第25章 M1-Ka.D-0の日々 (時系列-32)
バイトは両手を膝に置き、コクコクと頷きながら対面に座る男、先日訪れたテイラーの話を聞いていた。熱の入ったテイラーはいつ呼吸をしているのかわからないほど舌を回し続けている。
「つまり人間は美しいか美しくないかでわけるべきだと思っているのだ考えてみてほしいのは僕が一方的に見た視点ではあるが女性は平等を訴える時異性からの優しさや尊重を欲していると受け取ることが出来るだがおかしなことに美人な女性ほどその限りではないという事実があるこの前はあるネットの片隅に優しい男性に価値を見いだせないとする女性たちのインタビューが掲載されていたなんでも優しさは簡単に手に入るそうだそれもそうだろう興味深いことにそれに答えている若い女性が皆美人だったならば大抵の男は下心も本心も含め優しくするだろう恐らく平等を訴える女性にも美人はいるが男性の優しさを二の次にする女性達は僕が見る限り美人ばかりなのだ僕が好きになった人もその傾向があったしねそれに男の優しい行動については下心を感じるだとかなよなよしくて弱く感じるだとか言われたりしているししまいには優しいイコールそれしか出来ない弱い人間と断じる女性までいたつまり美人な女性に好かれたくあるのならフェミニズムはある意味で邪魔になる可能性が大いにあるということだそしてそれは男女の在り方に大きく矛盾をしているのではないかとも思う僕は女性を尊重すべきだと思っているから出来る限り優しくしたいと思っているこれは宇宙戦記Vでのテーマにもなっていたんだ女性を守ることってねだが女性は僕が優しくしようともそれを受け入れてはくれないママ以外はねその上美人な女性に限ってかっこいい男性からぞんざいに扱われたいなどと言い出す子もいる始末だし男性の分別無い発言に対して可愛いなどと言う女性だっている僕が同じことを言ったら訴えられるだけだろうがそれに知っているかい殺人鬼にはしばしばイケメンと呼ばれる男がいて一定数のファンの女性がつくことがあるんだ殺された被害者が女性だとしてもそういう事が実際にありえるんだよつまり人間の持つこの混沌は単に人類皆善くあれという思想から発生しているのではなくまず美しさから発生している単なる好きか嫌いかの話になるのではないかと思うのだということは人間は男女における平等を訴える前に美しいものが美しくないものを尊重する土台を整えるべきであると思っているだがそれは不可能なのだろう人間の無意識には見た目で相手を判断する機能が備わっているそれは人間が遺伝子に刻んできた危険回避能力から生じる部分でもあるのだからそれにそもそも自分を美しくないと認められる人間はほとんどいないだろうからね僕はわかってるけどということは人間と人間では純粋な愛情のやり取りはどこかで確実に致命的にすれ違ってしまうだって根本的に美しさの基準は自分にしか無いんだ他の誰が美しく感じようとわからない人にはわからないだからこそすれ違う自分をわかってもらおうとするばかりで相手を尊重しないしたとしても相手の感性に合わなければその気持はともすれば悪意とも取られてしまう世の中だほら好きか嫌いかだけだ世界は理性という言葉の意味を知っている人間はほとんどいないそれに失望したかつての僕は他人との交流をやめたんだママ以外とはねだがそんな世界の光となるのは君のような優しい存在だ僕のようなものの話を熱心に聞いてくれる君であれば僕も少しずつ心を許してくし現に君を抱きしめたくも思うこんな僕にもこうして給仕をし話を聞いてくれるだから僕は君が好きだバイトさん」
よくぞ真顔で言い切ったものだが、テイラーはバイトの顔を見られずに顔を紅潮させながら、手元の空になったコップをじっと見つめている。
普通の人なら流し聞いてしまうような今の機関銃のような言葉にも、バイトは微笑みを持って返事を返した。
「わ~……難しい話だと思いますテイラーさん。でも本当にそうなのでしょうか……私はそのような立場になったことがないので正直わかりませんが、テイラーさん、あなたは純粋な方だと思います。いつか何かがあって傷ついてしまったんですよね。あなたは自分を美しくないもの、とおっしゃっているようですが、私からしたらそんな事はありません。誰にでも美しさはあるはずです。人間の誰もが発揮できる美しさを知っていますか?」
「……それは?」
「転んだ時に立ち上がる事です。壁にぶつかっても立ち向かって、いずれ乗り越えることもしてしまう。例えば機械にはスペックがあって、スペック以上のことは出来ませんよね。でも人は辛かったり苦しいことがあっても成長して、かつて出来なかったことを成し遂げたり進化するんです。だからあなたならきっと自分が思っている以上に美しく輝くことが出来ますよ」
テイラーが静かにうなずくのを見たバイトは、誰かを思い出したような優しい雰囲気を持って続ける。
「私はそうやって立ち上がる人を身近で見てきて……その人のことがとっても大好きです。テイラーさん、意中の人がいるのなら転んだまま終わるのはもったいない……と思います。すみません、お客様に偉そうなことを言って。でもあなたには何が大切かを選ぶことが出来るはずです。何もかも頑張る必要はありません、でも大切なもののために立ち向かうべき事があるなら、遠くからでも良いんです、もう一度見つめてみてはどうでしょうか」
バイトは励ますようにテイラーの手を握ってそう言った。手を取られた瞬間のテイラーは心臓の鼓動を早めたがバイトの言葉に落ち着いていき、最後には目を見て話を聞いていた。
「いや……そうか……痛いところをつくな、バイトさんは……確かに、僕には努力が必要だと思う。人と話すのもおぼつかないし、運動も出来ないし気も利かない。わかってるんだけど……」
「あれもこれも、だと疲れちゃいますよ。自分のペースで大丈夫ですから」
ひょっとして自分には出来ないと最初から諦めて逃げていただけなのではないかとどこかで感じていたのだろう。テイラーは項垂れた後でメロンソーダをすすり、コップとカレー皿を空にしたことを確認すると「ありがとうバイトさん」と小さくつぶやいて立ち上がり、いつもならまっすぐ出ていくところをカウンターの奥でテレビを見ている(ふりをして話を聞いていた)マスターに向き息を吸ってから。
「ごっ、ゴッ、ごつ……」
唇を震わせながら何かを言おうとしているテイラーにマスターも体を向けている。
「ごちそ、さま、すた」
なんとかひねり出したテイラーの言葉にマスターは他の客に送るのと変わらない気持ちのいい渋顔で笑う。
「ああ、また来いよ」
テイラーはペコ、とお辞儀するとカランコロンと扉のベルが鳴らして出ていき、その帰り道で彼は「この一歩は大きすぎた」と多大な疲労感と小さな達成感を覚えるのだった。
「テイラーさんは面白い考えをお持ちのお客さんですね、マスター」
「そうだな、お前も面白いよ。いっそ人生相談コーナーでも設けるか?くく。ほれ、片付けは頼んだぞバイト」
「はーい」