15.そして、その先で待つ者たち
「……は、ぁ。やっと人心地着いた」
「色々と、お疲れ様だな」
アミラからのねぎらいの言葉を受けつつ、ようやっと真っ当な服を身につける事が出来た俺は小さく息を漏らす。
まだ顔は熱いままだったけれど、まあ……よくよく考えれば、ここに居るのはアミラとリリエル、それにルシエラだけだ。
三人とも、俺の裸なんて見慣れてるだろうし――
「――は、あぁぁ」
『まあそんなに気に病むでない。あんなもの、犬に噛まれたとでも思っておけ』
「まあ……うん、わかってる」
――理屈ではそう解っていても、先程の醜態を思い出すだけでどうしても口からは溜息が漏れてしまう。
みっともない格好をさせられて、挙句の果てに全裸にまで。
実力的には格下……とまでは言えないかもしれないけれど、少なくとも力押しで倒せた相手だって言うのに、情けない。
もう二度と、あんな醜態は晒さないようにしなければ。
「――……」
「ん……?」
ふと視線を向けてみれば、自己嫌悪で頭を抱えたくなっている俺をよそに、リリエルは部屋に散らばっていた金の残骸を拾いながら、何かを考えている様子だった。
後で換金でもするつもりなのだろう、溶け落ちて固まった金を削ったり砕いたりして袋に詰めているその姿は、何ともたくましい。
「どうした、リリエル」
「……あ、いえ。今後の旅費用にと」
「あーそっちじゃなくてだな」
少し気になって声をかけてみれば、リリエルは珍しく少しだけ驚いた様子でそう答えて。
少し間の抜けた答えに、苦笑しつつ再び問いかければ、リリエルはこほん、と小さく咳払いをしてから――砕いた金を指先で触れて、手のひらの上で転がした。
「――あの時、この固く重い金が液体のように動いていたのが、不思議だなと思ったのです」
『ああ、成程のう。他の物に干渉出来る魔剣は珍しいからの』
「そういや、お前はぶった切って食い千切るだけだもんな」
『戯け、私は別格じゃ!万象ありとあらゆる物を喰らう事が出来るのは私だけじゃぞ!?』
ルシエラの言葉にはいはい、と返しておきつつ。
成程確かに、エルドラドの持っていた能力は即座に理解は出来たけれど、ルシエラやマロウトと比較すると異質なものだった。
あらゆるモノの黄金化と、黄金を液体状にして操作する力。
……ああ、あと日の目を見ることが無かった、黄金を身につけた者を操る力もあるんだったか。
「……っ」
想像するだけで身震いしてしまう。
エルドラドに言われるままに操られるようになってしまったら、その時点で敗北は決まったようなものだ。
そういう意味では、エルドラドは決してルシエラに引けを取る事のない強力な魔剣だったのだろう。
まあ、その分どう見ても斬り合いというか、近接戦には向いていないような感じでは有ったが。
散々制限を食らった俺でさえも弾けるくらいには、攻撃も荒かったし……まあ、そういう所でバランスは取れているんだろう、きっと。
「リリエルは、ああいうのが良かったか?」
「私、ですか?」
そこまで考えて、ふと思ってしまう。
もしかしたら、エルドラドならリリエルのお眼鏡にも叶うのではないだろうか?
容赦なくエルドラドを叩き割ってしまったが、リリエルのことを考えるのならば、早計だったのではないだろうか、なんて。
「……いえ、アレとは趣味が合わないと思いますから」
ただ、そんな俺の懸念をリリエルは僅かに口元を緩めつつ、払拭した。
そっか、なら良かった、なんて返しつつ……でも、それならどんな魔剣なら、どんな武器ならリリエルは満足するんだろうか、と思ってしまう。
「ん……いっそ、一番奥まで行ってみるか」
『ふむ?』
「よくよく考えりゃ、最初からそうしときゃ良かったんだ。途中で拾えたら楽だろうが、一番奥のが傑作っつー話なんだから」
――それなら、まあ。
この洞窟……建物の一番奥に有ると言われている傑作とやらを見た方が、早い筈だ。
それが俺達のお眼鏡に叶わなかったのならそれで終わり、叶ったのなら万々歳。
うん、それが良い、それで良い。
「よし、とりあえず進めるだけ進んじまうぞ。こうなったら途中にあるのは無視だ無視」
「そうだな、それも一つの手か」
「奥から戻っていく、という手もありますからね。畏まりました」
『まあ、雑じゃが悪くはないかの』
ルシエラ達の言葉を聞いてから、改めて小部屋の奥を見る。
どこか冷たい――外よりも冷たい空気が流れてくるような、その先に視線を向ければ、俺達は改めてこの構造物の中を進んでいった。
奥へ、奥へ。
途中いくつか有った武器を見なかった事にしつつ、先へ進む。
かつて同じことを試みた奴でも居たのか、所々に骨が転がっていたが、気にすることも無く。
「……しかし、何なのだろうなこの建物は」
「ん?」
「噂では失敗作の廃棄場だったのだろう?だが、ここは余りにも奇妙だ」
「廃棄場にしては整いすぎていますね」
進んでいく最中、アミラ達が口にした疑問にふむ、と軽く首をひねる。
……確かに、失敗作の廃棄場であるのならこんな通路など拵える必要はなかったはずだ。
それに、奥に進むほどに強い魔性の武器が眠っている、というのも奇妙ではある。
最奥部に傑作が――というのはまだ真実かは判らないが、もしそうだとするのであればそれも奇妙な話だ。
「――町、か?」
『町?』
「ああ、いや、何だ。辺境都市とか見てきたから何となく、な」
ふと、思い浮かんだ言葉に俺自身も軽く頭を振る。
――魔剣の、魔槍の、魔性の武器達の町。
人間が作った町に城が有るように、奴隷市があるように。
この洞窟においては、深部に住まう魔性の武器ほど強く、その端で暮らす魔性の武器ほど弱い。
いわば、この深部は――クロスロウドのような国で言う、城のようなモノなんじゃあなかろうか。
そんな、下らない想像を頭に浮かべながら。
段々と奥から吹いてきた、外とは違う冷たい風に目を細める。
「外に繋がっている、という訳ではなさそうだな」
「だな、これは寒さというよりは悪寒に近い」
「……最深部が、近いのかもしれませんね」
玉座が近い。
そう考えると、ほんの少しだけ口元を緩めてしまう。
道中に有った剣を考えるなら、エルドラドは大分特異なモノだったんだとは思うが――最深部にある傑作だと言うのであれば、それ以上という可能性は高い。
まあもっとも、それを手にしている奴が居ない限りはその最高傑作とやらと戦う機会は無いわけだが――……
……そうして、恐らくは洞窟の、構造物の最奥部。
そこに広がっているモノを目にすれば、リリエルも、アミラも――そして俺も、息を呑んだ。
最奥部にある広間は、分厚い氷で四方を覆われており。
その中央に鎮座している、鞘に収まった細身の曲刀を中心として、異様な光景が広がっていた。
氷像、と言うべきなのだろうか。
中央に安置されているその魔刀に手を伸ばしながら、永久に動くことはないであろう氷の塊と化した、人間の成れの果てが無数に並んでいて。
砕けたものもあるのだろう。
床に散らばっている氷の破片に、軽く喉を鳴らしつつ――
「――やっと来おったか。全く、随分待ったぞい」
「……どうしてテメェがここに居るんだ、爺」
――その、魔刀の安置されている台座の隣。
氷像達がいくら手を伸ばしても届かなかったであろうその場所に、そいつは――アルカンは、飄々とした様子で腰掛けていた。
アルカンだけではない。
オルカも、メネスも、その隣に控えるようにして立っていて。
「どうして、か……なぁに、最期だからの。久方ぶりに顔を出しただけじゃよ、サクラの姉の元にな」
そんな言葉を口にしながら、アルカンはゆらりと立ち上がる。
サクラの姉、というのがどういう意味なのかを察する事はできなかったが、これだけは理解できた。
「オルカ、メネス。左右の娘たちは任せるぞい」
「分かりました、では私は弓を」
「私は、メイドさんを」
「――リリエル、アミラ。来るぞ」
「な……何だ、一体何を言って――だって、彼らは」
「……畏まりました」
アルカンの深くシワが刻まれた顔が、ニンマリと歪む。
理由はわからないし、道理もわからない。
――だが、これからコイツがどうするのかだけは理解できた。
「――カアァァァッ!!」
「ッ、は、は……っ!!」
問答無用。
瞬きの後に間合いに踏み込んできたアルカンの見えない一撃を、ルシエラで受ける。
防がなければ、胴体を薙ぎ払われていた――コイツは、アルカンは紛れもなく本気だ……!!
「な……っ、何のつもりだオルカさん!!」
「……貴女の相手は、私が。アルカン師の邪魔だけは、させる訳にはいきません」
「メイドさんはー、私がお相手するね?」
「宜しくおねがいします、メネス様」
そうして、ヤトガミの洞窟の最深部。
思いがけない相手との、突然の戦いが幕を上げた。