14.少女、激怒する
「そら、そらそらそらぁっ!」
「っ、この、調子に乗って――」
金色の剣閃が煌めく。
その尽くをルシエラを振るって斬り、喰らい、防ぎはしたものの、俺はどうしても反撃に移れずに居た。
「――あらあら、はしたない。そんなにみっともなく揺らして」
「~~~~……っ!!」
――それも、これもこの格好のせいである。
場末の酒場の踊り子のような――それ以上にそれらしい格好。
あまりにも、あまりにも恥ずかしいその格好のせいで、俺はいつものように動けなくて。
「そら、ひれ伏しなさい、土下座なさい、踊りなさい――!」
「ふざけ、ないで――誰がそんな、バカなこと……っ!!」
命令するように口にするエルドラドに反抗しつつ、何とかこの状態に慣れて反撃に移ろうとする……が、どうしても、どうしても慣れない。
否、そもそも慣れたくないのだ。
慣れてしまったら、こんな格好に慣れて――こんな、小さいくせに余りにも……女すぎる程に女である身体が自分である事を認めてしまえば、俺の大事な部分が間違いなく歪んでしまう。
この体とそれなり付き合ってきた今であっても、それだけは、その一線だけは、どうしても踏み越えたくなくて。
「――っ、どうして言うことを聞きませんの!?私の黄金を身に纏っているというのに……!!」
『戯けが、貴様ごとき小娘の呪縛など私が弾いておるわ!エルトリス、しっかりせんか!小娘さえ粉砕すればそれで終いじゃぞ!?』
「解ってる、わかってるよ……っ!!」
ただ、何故かエルドラドの方も自分の思い通りにならない事に、妙に焦燥しているようだった。
口ぶりからすると、もしかしたらおれの今身にまとわされている黄金には、洗脳にも似た効果でもあるのかもしれない。
……心の底からルシエラに感謝しつつ、エルドラドを睨む。
普段どおりに動けたなら、もうとっくにコイツを倒せている筈なのに――だというのに、そう出来ないのがもどかしくて、苛立たしくて仕方がない。
こんな手で行動を縛られるなんて、本当に腹立たしい――!
「こうなれば……っ、もう、早速切り札を使うだなんて品がないことをさせられるなんて――!!」
「……っ、させる、かぁっ!!」
もう、これ以上好きにさせるものか!
後ろに跳んだエルドラドに追いすがるように、前に飛ぶ。
ぶるんっ、ぶるんと揺れる胸元に顔を熱くするけれど、その恥ずかしさをどうにか抑え込みながら、俺はルシエラをしっかりと握り込み。
「眩き壁よ、私を護りなさい!!」
「く……っ!?」
しかし、しっかりと振り抜いた筈の一撃は目の前に突如として現れた黄金の塊に遮られ、エルドラドには届かなかった。
俺は舌打ちをしながら、更にもう一歩踏み出して――黄金の塊の後ろから、エルドラドが居る筈のその場所にあった物に、呼吸が止まる。
――そこにあったのは、金色の姿見だった。
移っているのは、幼い癖に胸だけは立派な子供――が、あまりにもはしたない格好をしている、そんな姿、で。
ぽかん、とした表情をしてる姿はとんでもなく滑稽で、はしたなく、恥知らずで――
「~~~~~~っ!?!?」
「ふふ、初心ですこと……♥」
一瞬で、燃え上がるように顔が熱くなり、動きが止まって。
そんな俺を笑いながら、エルドラドはどぷん、と黄金の中にその肢体を沈めていった。
~~~~っ、この、この、この……っ!!
「――落ち着いて下さい、エルトリス様」
「……っ、あ」
幾度となく翻弄され、恥をさらされて。
頭が、思考が白くなる程に激昂すれば――不意に、いつの間にか近くに立っていたリリエルに、静かに声をかけられた。
先程のエルドラドの防御で隙が出来たからだろう。
リリエルもアミラも、俺の格好を見ていて……それだけで、また顔が熱く、なって――
「大丈夫です。こちらを」
「え、あ」
――そんな俺に、リリエルはしゅるり、しゅるりと手早く……本当に手早く、俺の身体に服を着せていった。
それは、俺が先程まで身につけていた服よりもどちらかと言えば可愛らしいもの、だったけれど。
それでも、ちゃんとした服を身につけているというだけで随分と頭は、心は落ち着いて。
「あ、ありがとう、リリエル……」
「どういたしまして。油断ならない相手ですね」
「どうやら口車に載せてして相手の動揺を誘うタイプのようだな。付き合う必要はないんだぞ、エルトリス」
二人からの言葉に、怒りや羞恥で煮えたぎっていた頭が醒めていく。
……そうだ、別に相手の奇手やら何やらに、付き合う必要はないんだ。
深く息を吸い、吐いて――
「……ごめん、ありがとう」
「お気になさらず。ここで負けては私も困りますから」
――リリエルに、そう口にすれば。
恥ずかしい所を見せてしまった事を恥じつつも、リリエルはその表情を僅かにほころばせて。
それと同時に、黄金の小部屋が揺れ始めた。
足元の、壁の、天井の黄金が蠢き、蠢き――それに巻き込まれないように飛び退けば、目の前で黄金がぐにゃり、ぐにゃりと一点に集まっていく。
「――ああ、全く忌々しい。まさか、いきなりこれを使う事になるだなんて……黄金の準備も馬鹿にならないというのに」
そんな、どこか悔しそうなエルドラドの声とともに、集まった黄金は形を歪め、整えて。
俺達の目の前で、黄金は先程まで居たエルドラドの――その上半身の姿を象った。
「まあ、構いませんわ。貴女達の尽くを黄金で彩って……私に隷属させてさしあげます。ええ、特にそこのお子様は念入りに――!!」
――小部屋の半分を埋め尽くすような、巨大なエルドラドの上半身。
その手には魔剣は握られてはいなかったものの、最早そんな事は瑣末事に過ぎなかった。
エルドラドはその巨大な腕を振り上げれば、そのまままるで小虫でも叩くかのように平手を振り下ろす。
咄嗟に飛び退けば、俺達の居た場所にはズン、とその手のひらが容赦なく叩きつけられて。
地面に残った手形を見れば、成程確かに、大した破壊力だと感心してしまった。
「あら、着替えてしまいましたのね。先程の格好はとても良くお似合いでしたのに」
俺を見ながら、エルドラドは楽しげに嗤う。
そうして、再び俺に……今度は指先を向ければ、また黄金が服の布地を巻き込みだした。
「せっかくですし、また踊りを見せて頂戴な。ねえ、はしたない踊り子さん?」
「――うるさい」
服が巻き込まれ、巻き取られ。
また、あの恥ずかしい、はしたない格好にされていくけれど……これ以上、リリエル達に情けない所を見せられるか。
そう思えば、顔は熱くなっても俺は冷静さを失わずに済んだ。
ルシエラを両手で握りながら、構え、飛ぶ。
いささか大きな相手だし、何より俺にこんな恥を晒させてくれたんだ、たっぷりと礼をしてやろう――!!
「――っ、無駄ですわ!!」
先ほどとは反応の違う俺に驚いたのか。
僅かに言葉をつまらせつつも、しかしエルドラドはその両腕を広げれば、左右から思い切り俺に向けて、叩きつけようとして。
「氷結晶の槍……私達を」
「無視されては、困るな」
「この――貴女達は後と言ったでしょう……!?」
――その両腕は、氷の槍と暴風の矢に阻まれ、俺を捉える寸前で動きを鈍らせた。
エルドラドは予想外の抵抗だったのか、そんな少し間の抜けた事を口にして。
「――お終いだよ、女の敵」
そして、俺は思い切り、一切の容赦なく、今までの恨みを込めるように。
その黄金の巨体に向けて、ルシエラを振り下ろした。
「く……この、程度――!!」
『くははっ、無駄じゃ無駄じゃ!よくも散々エルトリスを嬲ってくれたの……!!』
火花を散らしながら、ルシエラは唸りを上げながらその牙でエルドラドの黄金を削り喰らっていく。
辛うじてその両腕で体を守るようにしては居るが、無駄なことだ。
そんなことで、俺の怒りを受け止められるものか――!!!
「あ……あっ、あっ、嫌、待って、ちょっと――嫌っ!!私、私まだ、自由になったばかりなのに……っ!!」
『やかましい、とっとと逝ね』
「うるさい、さっさと死ね――ッ!!」
「あ、あっ、あああぁぁぁぁぁ――ッ!!!」
守っていた両腕を喰らいつくし、そのまま黄金の頭部へ。
そして、ルシエラは容赦なく――俺も一切の情けなく、その巨体を破砕していく。
エルドラドは情けなく懇願し、悲鳴を上げていたが誰が容赦するものか。
振り下ろしたルシエラは、そのまま黄金の巨体を真っ二つに両断し――ゴン、ゴトン、と左右に割れた黄金は、そのまま動かなくなった。
先程までは生き物のように動いていた黄金は、まるでただの鉱物のように動かなくなり……そして、ドロドロと溶けて、床に広がっていく。
『……ふん、戯けが。はしゃがずに大人しく過ごしておれば良かったろうに』
「ルシエラ?」
『あーせいせいしたわい。私のエルちゃんで散々遊びおって、全く』
やはり、同じ魔性の武器だったからか。
ルシエラは少しだけ思う所が有ったようだが、直ぐにいつもどおりの態度に戻り――
「……え、あっ」
――それと同時に。
俺が身にまとわされていた黄金もまた、どろりと溶けて、落ちた。
「~~~~……っ!!!」
「安心して下さいエルトリス様、ここには私達しか居ませんから……どうぞ、お着替えを」
「最後まで嫌な敵だったな、全く」
『――やはり殺して正解じゃったな、うん』
こんな外で、全裸同然どころか全裸にされてしまえば、声にならない声をあげながらへたり込む。
今度こそ、顔を限界まで熱くしながら……俺は、頭を真っ白に染めて、しまった。
「――は、ぁ……はぁ……っ、な、何ですの、あのお子様はぁ……っ」
――エルトリス達が居る所から、程なく離れた場所。
前もって残していた、地中を通した黄金の避難経路を通って死地から抜け出したエルドラドは、息も絶え絶えにになりながらもそこに居た。
黄金を大量に操って大分力を消耗したのだろう、すっかり疲れ切った様子で。
「ああもう、あんなお子様が居るんじゃここに居られませんわ……別の居場所を探しませんと……もう、もうっ」
心底悔しそうに、エルドラドはそう口にしながら洞窟の方へと歩き出す。
その足取りは重く、ふらついてはいたものの。
どうやらまだ、エルドラドは何一つ懲りては居ないようだった。