13.金色の魔剣
通路だからか、或いは洞窟から抜けて恐らくは深部だと思われる場所に入ったからか。
異形はおろか、魔性の武器さえ殆ど見当たらなくなってきた道を、進む。
足元にある足跡は先へと続いているようだし、しばらくはこんな感じなのだろう。
そうでもなければ、いい加減戦闘の痕跡の一つでも合って良いはずだし、それ以前に悲鳴の一つくらい聞こえてきても良いはずだ。
『しっかし何もないのう。もうめぼしい者は連れて行かれた後かもしれんな』
「……俺もちょっとそれを考えたけど、まあその時はその時だ」
洞窟の中ではあれだけ見かけた武器が見当たらない、その理由としてはルシエラの言が恐らくは正しいのだろう。
何しろ、奥のモノ程良いのが有るなんて少し潜れば解ってしまうのだ。
ここまでさっさと進んで、めぼしい物を見つけたらさっさと帰るのが一番手っ取り早い。
「ですが、異形さえ見かけないのは少し奇妙ですね」
「そう、だな。異形の死骸の一つくらいは有っても良さそうな物なのだが」
「ん……それも、そうか」
『……異形、のう。もしやとは思うが』
リリエル達のもっともな言葉に首を撚る。
ルシエラは何かに思い当たったのか、少し考え込むように言葉をつまらせて――
「……む?」
「どうしたアミラ」
「いや、通路の先が妙に明るくないか?」
――そんなルシエラをよそに、アミラは通路の先を指差した。
成程、たしかに通路の先……道を曲がった先から、明かりが漏れてきているようで。
しかしそれは自然の、太陽の光とは明らかに違い……なんと言えば良いのだろうか。
こう、金属に反射した光というか。それをもっと眩くした感じというか。
「先に進んでいた方達が、野営をしているのでしょうか?」
「にしては……いや、まあ良いか」
リリエルの言葉になにか違う物を覚えつつも、俺は軽く頭を左右に振るとその光が溢れている方へと歩き出した。
誰かが野営してるんなら、その横を通り過ぎればいいだけだし。
元より、これ以外に道が無いのだから先に進む他ないのだ。
俺が歩き始めればリリエル達も後に続くように歩き始める。
念の為にルシエラを軽く握り込みつつ、呼吸を整えて。そうして、通路の先にある眩い光の方へと視線を向ければ――そこに有ったものに、思わず歩みを止めてしまった。
「何だ、どうし――」
「何かあったのです、か」
『……これはまた、悪趣味な』
俺が見たものをアミラ達も見て、固まる。
言葉をつまらせるのも当たり前だ、今まで石造りだった通路の先に突然こんな物が現れたら、そりゃあ誰だって固まってしまう。
通路の先にあったのは、一面の金、金、金。
壁も床も、天井までもが眩いほどの金に埋め尽くされた、立方体の小部屋。
その中央には、これまた金色の玉座に――どこか、見覚えのあるような奴が腰掛けていた。
「……あら。ふふ、随分と可愛らしい来訪者さんですわね?」
窮屈そうに胸元を押し上げる頭ほどの膨らみと、引き締まった腰回り。
腰掛けているにも関わらず解ってしまう程にむちりとした下半身で艶めかしく足を組ながら、金髪の美女は俺達に笑みを向ける。
その顔には、たしかに見覚えが有った。
いや、正確には面影が有った、というべきだろうか?
声色も、体の形も、ましてや髪型さえも肩まで伸びた女性的な物に変わっていたが――
「……まさか、アムニスですか?」
「アムニス?ああ……そう言えば、この体の名前はそんなのだったかしら」
リリエルの困惑が入り混じった言葉に、金髪の美女はそう口にしながら豊かに実っている胸元を指先でなぞった。
――同時に、目の前の相手が何なのかを理解する。
分不相応な物に手を伸ばしてしまった者の末路。
死に至る、人外の化け物と化して彷徨う、その他諸々ある中では有る種最悪の部類であろうそれは、俺でさえ与太話としてしか聞いたことが無いモノだった。
「……身体を奪う武器か。そりゃあ、打ち捨てられる訳だ」
「失礼ね、可愛らしいお嬢さん。私だって奪う相手は選びますわ?」
アムニスだったであろうそれは、クスクスと楽しげに、本当に楽しげに笑いながら立ち上がる。
その動きはとても優雅で、女性的で、最早元の人間の面影はその顔に僅かに残るばかり。
「私の名前はエルドラド。黄金剣エルドラドと呼んで下さいな――」
エルドラドを名乗るそれは、腰に差していた針のように細い剣を引き抜けば、俺達の方へと向けて――……
「――もっとも、直ぐに名前を口にできなくなるでしょうけれどね」
「っ、白雪の壁!!」
その剣先に嫌なものを感じたのだろう。
リリエルが咄嗟に氷の壁を作り出せば、その剣先から放たれた剣閃のような眩い光は壁に衝突し――瞬時に、氷の壁が黄金の壁へと変わっていった。
「良くやった、リリエル。できるタイミングで補助を頼む」
「畏まりました、エルトリス様」
「アミラも油断すんなよ。こいつは洞窟の連中とは格が違う」
「判っているさ」
剣閃を避ける事はできただろうが、それよりもリリエルが咄嗟にあの一撃を防いだ事が、妙に嬉しくなる。
少しずつ……否、確実に成長しているリリエルに口元を緩めつつ、俺は壁から飛び上がるようにすれば、未だに玉座の傍で立っていたエルドラドに向けてルシエラを振り下ろした。
元のアムニスであったのならば、それだけでただのひき肉になっていたのだろうが――流石にそう上手くは行くはずもなく。
エルドラドはふわり、と舞うようにルシエラの牙から逃れれば、心底嬉しそうに、愉しそうに口元を歪めた。
「――ふふっ、ふふふっ。良いですわね、貴女達……しっかり動けて、外見も良いだなんて」
『随分と余裕だの、小娘が』
「あら、これは随分とお歳を召した御婆様。ふふっ、御婆様と違って私はまだまだ若いですから」
『……殺す。その悪趣味な装飾ごと金粉に変えてやろう』
ルシエラの逆鱗に触れつつ、しかし尚エルドラドはは余裕を崩さない。
そして、その針のような剣先をまるで楽団に指揮でもするかのように揺らせば――刹那、足場がぐにゃりと歪んだ。
「ちッ」
「察しのいいお子様ですこと。ええ、ですが――」
咄嗟に飛び上がり、まるで足かせのように変わっていた床から逃れる。
だがそれでもエルドラドは剣先を振るいながら、さも当然といったように追撃を続けていた。
部屋一面にある金が、まるで液体のようにうねり、蛇のようにのたうち、伸びて――俺に掴みかからんと迫る、迫る。
ルシエラを振るいつつそれを切り裂き、食いちぎり。
アミラ達の方へと視線を向けるが、どうやら追撃自体は俺の方へしか向けていないようで――
「貴女達は後で。そのお子様を調教してからゆっくりとお相手いたしますわ」
「ちっ!」
「これは……厄介ですね」
――しかしそれでも尚、その守りは文字通り鉄壁と言ってよかった。
飛んでくる暴風の矢を、氷の礫を柔らかな黄金が受け止め包み、防いでしまう。
視線さえ向けていない辺り、あの防御は恐らくはエルドラドが意識せずとも勝手に行われるものなのだろう。
「ふふっ、うふふっ」
『……全く、楽しそうにしおって。しょうのない子だの、エルちゃんは』
思わぬ相手に思わず笑みを零せば、窘められてしまうけれど仕方がない。
元より今回は強敵や楽しい戦いなど元より期待せずに来ていたのだから、こんなのが現れてしまえば否応なしに高揚してしまう。
ルシエラに苦笑交じりに呆れられつつも、エルドラドが操る黄金を斬り裂き、引きちぎりながら距離を詰める。
これ見よがしに開いている出入り口はまあ、恐らくは完全に罠だとして――だからといって、この小部屋自体もよろしくはない。
エルドラドの持つ力は恐らくは、黄金を操る力と黄金化。
その前者が遺憾なく発揮される、いわばエルドラドの手のひらの上とも言えるであろうこの場所において、エルドラドは圧倒的に有利だろうから。
「中々粘りますわね。仕方有りませんわ、準備に苦労したのですけれど――」
それでも尚、少しずつ距離を詰められている事に少しだけ眉をひそめれば、エルドラドはヒュン、と虚空に剣を振り下ろした。
あの眩い剣閃が起こるわけでもなく、金色の触手達がこちらに伸びるわけでもない。
一体何を。そう、一瞬だけ考えて――
「……あはっ、そう来るんだ」
――その刹那、天井からぼたりと落ちてきた金色に視線を上に向ければ、そこには溶け落ちてくる金色の塊があった。
天井の黄金をまるごと俺の方へと落としてくる、一切の逃げ場がない面攻撃。
浴びてしまえばタダでは済まないであろうそれに笑みを零しつつ、俺はルシエラを両手で握った。
ルシエラを思い切り――周囲の空気を巻き込む程に回転させながら、振り上げる。
どぱぁん、とまるで湖に物でも投げ込んだかのような音を立てながら、視界は完全に眩い金色で埋まっていって――……
「……驚きましたわ。今のを凌ぐだなんて」
『はっ。小娘とは年季が違うわ、戯けが』
……そのまま金色の海を食い破れば、俺は小さく息を吐きながら、驚いたように声を漏らしているエルドラドに視線を向けた。
多少服に黄金が付着はしたが、まあ然程問題はないだろう。
「ねえ、もう終わり?だったら――ルシエラの餌にしちゃうけど」
「あら怖い。ふふ、とてもお強いのね、貴女は」
お子様呼びながら変えつつ、エルドラドはその針のような刃を構えながら――何故か、笑みを零していた。
一体何を、と思いはするがまだやり合うつもりだというなら好都合だ。
まだ楽しませてくれるというのなら、それを断る理由もないと、ルシエラを握り込んで――
「――やんちゃな貴女にはお似合いの格好を差し上げますわ」
「え……え、ぁっ!?」
――瞬間。
服に僅かに付着していた黄金が、しゅるんと蠢いた。
攻撃かと身構えるが、そういう訳でもなく……黄金は俺の服を、布地を巻き込むようにしながら形を変えていく。
『ちっ、小癪な真似を――!』
「む――御婆様のお力かしら?黄金の彫像にして差し上げようと思っていたのに……っ」
俺の着ていた服は瞬く間に形を失っていけば、その分だけ黄金を増していき。
身体に黄金が及ぶことがなかったのは、恐らくはルシエラのお陰なのだろうが――それでも、俺の着ていた服だけはしっかりと形を変えてしまった。
「あっ、あ……っ、な、なん……っ!?」
「くすっ。ええ、やんちゃに動き回る貴女にはお似合いでしょう?」
必要最低限、最小限しか大事な所を隠していない、服というのも……下着と呼ぶのさえ烏滸がましい、それ。
場末の酒場に居る踊り子だって、もう少し慎みがあるであろうその格好に、顔の熱は見る見る内にあがっていって――
「――そら、隙だらけですわ!」
『し、しっかりせんかエルトリス!』
「きゃ……っ、く、うううぅぅ……っ!!」
――そんな隙を、エルドラドは見逃すはずもなかった。
針のような剣先で鋭い刺突を放ってくるのを見れば、俺は咄嗟にそれを交わし――その度に、抑えを失ったせいでぶるんっ、だぷんっ、と重たげに揺れてしまう胸元に、どうしても意識がそれてしまう。
ああ、もう、くそ……そんな場合じゃないのは、解ってる筈なのに……っ!!
「ほら、もっと踊りなさいな?小さくて可愛らしい踊り子さんっ!」
「……っ!うるさい、うるさいうるさい……っ!!」
剣先が奔る度にそれから体をそらし、逃れつつ。
その度に揺れる胸元に、自分の格好を思い出させられながら――俺は、エルドラドの前で踊りたくもない剣舞を踊らされてしまっていた。