12.馬鹿と黄金
宿に戻ってしっかり休んだ翌日。
今度はいつもの洞窟からではなく、先日見つけた朽ちた縦穴から内部に侵入する。
幸いというべきか、アマツから縦穴までは洞窟までの距離と大差なく。
俺達はそこまでの大荷物を用意する事もなく、再び昨日到達した場所まで戻ってくる事ができた。
『ええと……直進じゃったか』
「そうですね。ここから見て右側が、洞窟に繋がっている筈です」
間違って洞窟に戻らないように確認しつつ、通路を歩いていく。
古びた通路は余り人が来る事も無かったのだろう、所々に苔がむしており。
しかし、その苔自体が薄ぼんやりと光っているお陰で、光源に困ることはなかった。
「変わった草だな、まあ有り難いが」
「これは苔だから草では……いや、まあ良いか」
軽く足先でつつけば、ふわりと光が宙に舞い上がる。
余り刺激すると光源が失われそうだったから、それ以上手を出すことはなかったが――足元を見れば、そんな事はお構いなしな連中も居るようだった。
無遠慮に踏みならしたかのような、無数の足跡。
その具合から見るに、恐らくごくごく最近この上を歩いたのだろう。
こんな所を団体で、後々のことを余り考えずに進んでいく……となれば、思いつくのはあの間抜け面くらいしかない。
『ふん、まあどうせ放っておけば勝手にここらの武器の餌食になるじゃろ』
「ま、そうだな」
まあ、わざわざそんな連中を気にするなんて無駄なことだろう。
俺達は直ぐにそんな連中のことなど頭の外に追い出して、通路の先へと進み始めた。
……出来れば、分岐とかがありますように。
ついでに、あいつらはハズレの方向を引いていますように。
そんな風に、考えながら。
エルトリスが、朽ちた縦穴から降りてきた頃。
冒険者の一団を連れていたアムニスは、疲労困憊と言った様子で自らに見合った――少なくとも本人が納得する――奥に眠っている、ヤトガミの最高傑作を探し続けていた。
洞窟から人の手が加わった建造物に変わった時は冒険者共々歓喜していたが、構造物に入って以来魔性の武器は数を減らし、長時間の探索という事もあってその上機嫌も直ぐに終わる。
「……くそっ、くそっ、くそっ!何で見つからないんだよ、もう四日だぞ!」
「一旦外に戻るのはどうです?」
「馬鹿かお前は!?ここまでまた戻ってくるのにどれくらい時間がかかると思ってるんだ!!」
半ばヒステリックになりながら、アムニスは通路に響くような声で叫ぶと髪の毛を軽く掻きむしった。
アムニスは、アマツから程なく離れた場所にある地方都市――というよりは、片田舎の領主の長男だった。
本来ならば家督は長男であるアムニスが次ぐはずだったのだが、弟である次男がとかく優秀だったこともあり、これは不味いと焦った結果、こうして魔性の武器を求めてきたのである。
要するに、自らを領主と認めさせる為の箔付け。
そんなことの為に魔性の武器を求めるのが、どれだけ愚かな事なのか、アムニスは気付く事もない。
それは、そんな領主の長男坊が出した依頼に乗った冒険者たちも同じことだ。
片田舎のギルドであっても、魔性の武器の危険性を――それを求める事の愚かしさを知っているものは、それなりには居る。
アムニスについてきたのは、そうではない者たちで……つまりは、募集通りの腕の立つ冒険者ではなかったのだ。
だから、アムニスが既に精神的に限界に来ていると解っていても、帰還の判断を下せる者は居なかった。
魔剣さえ、アムニスの納得するものさえ手にすれば、後は帰って報奨金をたんまりと貰えばいい。
日頃あまり稼げていないが故に、そんな事を考えている者ばかりで――
「……あ?」
「どうしました、アムニスさん」
「あれは……」
――だから。
アムニスが、通路の先で光っているモノにふらふらと吸い寄せられても、誰も止めることはしなかった。
ふらり、ふらりと焚き火に吸い寄せられる虫のように、アムニスはその光っているモノへと近づいていく。
そこにあったのは、一振りの細身の剣だった。
金色の刀身は恐らくは刺す事のみに特化しているのだろう、酷く鋭く。
柄は長い間放置されていたとは思えない程に綺羅びやかで、宝石にも似た鉱石で彩られており。
「お、おい、これって」
「まさか金か……!?」
何より、その細身の剣が突き立てられているその周囲の床は、黄金色に輝いていて……それが、冒険者達とアムニスの目を奪った。
「……これだ」
「え?」
「これでいい、これがいい。これこそ、僕に相応しい」
ぽつり、ぽつりとつぶやくアムニスの表情は、まるで目の前の剣に魅了されているかのようで。
ふらふらと近づきながら、アムニスはその剣に手を伸ばし――そして冒険者たちは誰もそれと止める事はなく。
アムニスは、その細身の剣をしっかりと、握ってしまった。
「――っ、ふ、ふふっ、ふふふっ」
「ど、どうしましたアムニスさん」
「あはっ、あはは……ええ、中々悪くない」
冒険者たちは一瞬だけ身構えはしたものの、アムニスの様子に直ぐに安堵の息を漏らす。
アムニスには、全く正気を失った様子は無かった。
寧ろ、焦燥しきっていた先程よりもずっと落ち着いた様子で……冒険者たちは、これでやっとこの洞窟から帰れると、心の底から安堵し。
「うん。いい顔してるじゃない、この子」
「……アムニスさん?」
――続いた言葉に、冒険者の一人が違和感を覚え、アムニスに声をかけた。
何か、何かがおかしい。
そう感じたのだろう、その冒険者はそっとアムニスの肩に手を伸ばし――……
「あ、汚い手で触らないで下さる?汚れてしまいますわ」
「え」
……ひゅおん、という風切り音。
それと同時に、ピキピキと音を立てながら冒険者の姿が変わっていった。
「え、な――あ、ひ……っ」
「そう怖がらないで下さいな。不細工な顔で固まってしまいますわよ?」
身につけていた鎧が、服が――そして、その身体が黄金色に輝いていく。
冒険者は悲鳴をあげようとしたが、それよりも早くその黄金色は全身を覆い尽くして……そして、冒険者はただの黄金に変わってしまった。
事ここに至って、漸く冒険者達も異常に気がついたのか。
慌てた様子で武器を手に取り、酷く落ち着き払った様子のアムニスを囲み、構えた。
「な……あ、アムニスさん、何をするんです!?」
「アムニス……?ああ、この身体ね。うん、とても外見が好みだったから、貰ってしまったわ」
「貰った……って」
アムニスの……否、アムニスの姿をした何かが口にしている言葉を、冒険者たちは理解が出来なかった。
彼らの中では、魔剣を手にした者の末路は二つしか無かったのだ。
死ぬか、バケモノになって彷徨うか。
それは何れも、この洞窟に来てから幾度となく見てきたものだったからこそ、今目の前で起きている事が彼らには理解できず。
「――貴方達は要らないわ。ここまでの旅路、ご苦労さま」
――刹那、黄金色の軌跡が冒険者達の間を駆け巡り。
たったそれだけで、数十人もいた冒険者たちは全て、物言わぬ黄金と化してしまった。
「うん、やっぱり黄金は良いわ……どんな造形のモノでも、美しくしてくれるものね」
間の抜けた顔で固まっている冒険者だったモノの頬を撫でつつ、アムニスの姿をした何かは、ほぅ、と甘く息を漏らす。
そして、そのまま手にしている細身の剣をタクトのように振るえば、瞬く間に目の前の黄金は形を変えて。
冒険者だったモノを悪趣味な輝きを放つ椅子へと作り変えれば、そこに腰掛けた。
「……ヤトガミの奴。私を失敗作だなんて、失礼してしまうわ。あの冷血女より私の方がずっと美しくて完成されていると、思い知らせてやるのだから」
少し拗ねるようなそんな言葉とともに、ゴキ、ボキン、とアムニスの身体から異音が鳴り始める。
「でも、その前に……もう少し、この体を補正しておくとしましょうか。私の身体ですもの、美しくあらねばね」
くすくす、と変貌していく自らに酔いしれるように笑いつつ。
アムニスの姿をした何かは――その姿を、アムニスの身体を思うままに作り替えていった。