4.少女、金策する
「――あの、申し訳ありません」
「ん?」
小間使い、もとい奴隷のリリエルを買った後。
奴隷市を出てしばらく歩くと、背後を静かに着いてきていたリリエルが、おずおずと俺に声をかけてきた。
表情は、相変わらず無表情。先程殺意をぶつけてきた時もそうだったが、どうやらリリエルは感情を顔に出すのが苦手か、或いは出来なくなっているらしい。
『なんじゃ、小娘。何か不満でもあるのかの?』
「いえ、そうではなく……私を、殺すのでは?」
「……ああ、それか」
無表情のまま、しかし言葉に戸惑いをのせながら問いかけてくるリリエルを見れば、そう言えばそんな事言ってたか、なんて今更ながらに思い出した。
あんなのは冗談――という訳でもないが、コイツが実際に使えるかどうか確かめる為の方便みたいなもので、使えると分かったのに殺すわけがない。
「テメェは使えそうだからな、俺の下僕1号にしてやる」
「使える、ですか?」
「俺を迷わず殺そうとした事。詰む寸前まで殺す手段を模索した事。後はまあ、それなり実力も有りそうだし――」
『小娘、お前の魔力は中々美味だったからの。時折私に食わせるのじゃぞ』
「――まあ、そんな訳だ。精々俺の役に立ってもらうぜ、リリエル」
ルシエラの腕の上から、未だに無表情のままで硬直しているリリエルにそう言うと、相変わらず少し戸惑っているようだったが、それも直ぐに消えた。
「……私には、為さなければならない事があります」
「そうかよ」
「それの邪魔をするのであれば、機会を見て貴女を殺すかもしれません」
「好きにしろ。俺の邪魔にならない程度なら、テメェのやりたい事にも手を貸してやるよ」
「――……」
軽く、本当に軽く。
何でも無い事のようにそう返すと、リリエルは少しだけ目を見開き――軽く、頭を下げて。
「分かりました。では、宜しくお願いいたします――」
「……んあ?どうした」
『ああ、名前か。私はルシエラ、この可愛いのは可愛い可愛いエルちゃんじゃ』
「――有難うございます、ルシエラ様。改めて宜しくお願いいたします、カワイイ=カワイイ=エルチャン様」
「テメッ!?バカっ、ルシエラの言葉を真に受けんな!!俺はエルトリスだ、エルトリス!!」
……外見通り、無表情以前に中身も生真面目なんだろう。
バカ剣の言葉通りに俺の事を呼んだリリエルに慌てて訂正すれば、ルシエラは今のがツボにでも入ったのか、俺を腕にのせたままケラケラと大笑い。
握りこぶしを作ってルシエラの頭を殴るけれど、ポコポコと軽く叩く程度にしかならず――……
「……宜しくお願いいたします、エルトリス様」
……そんな俺とルシエラを見ながら、リリエルはほんの少し、ほんの少しだけ口角を上げながら、改めて頭を下げた。
まあ、何がともあれそれなり使える奴隷……もとい、下僕が手に入ったのは行幸だ。
今の俺ではまだ力が足りないが、こうして下僕を増やせばあのクソ女を探す手段も増えるし、なんなら元の姿に戻る手段も見つかるかもしれない。
「おう、じゃあさっさと行くぞ、リリエル」
取り敢えず一歩前進した事に少なからず心を浮つかせながら、俺たちは一旦元居た宿の方へと向かうのだった。
『……で、どうするのじゃエル。私らさっきのでスッカラカンじゃぞ』
「あー、解ってる解ってる。考えなしで悪かったよ」
――そして、宿に戻って一息ついた後。
俺たちは目をそらしてはいけない問題に向き合う事になった。
先程リリエルを買った時に出した金。あれは、ついこの間身なりの良い女を助けた時に貰った金、その全てであり。
「え……まさか、あれが全財産だったんですか?」
「おう」
つまるところ、全財産をリリエルに費やした俺たちは、完全に無一文になってしまっていた。
幸い宿は先払いで払ってるから問題ないが、今後の旅費や食糧代とかも使ってしまったのは実に頭が痛い。
『どうしてこう、お前は考えなしなんじゃ……そうだのう、いっそお前さんが身体で稼いでくるか?』
「バーカ、こんなちんちくりんが金になるわけ……」
「いえ、そういう嗜好の好色家も居るかと思われますが」
「……バカ!ふざけんな、絶対やらないからね!?」
冗談混じりの会話にいきなり聞きたくなかった情報をぶちこんできたリリエルにそう言いつつ、背筋を襲う寒気に身震いする。
冗談じゃない、この姿になっただけでも最悪だってのに更に雑魚に、男に媚びへつらうとかやってられるわけ無いだろ……!
『まあ冗談じゃ、冗談。前の街でやった事でもやるかの?』
「はぁ……まあそうだな、それが確実か」
ルシエラの苦笑交じりの言葉に少し安堵しつつ、小さく頷いた。
まあルシエラの言ってるのが一番順当で、簡単で、確実だろう。
「一体、何をするのですか?」
「ああ、そういやテメェは知らねぇよな」
先程下僕にしたばかりのリリエルが知っている筈もない事を、すっかり失念していた。
ルシエラの腕に乗りつつ、微かに首を傾げたリリエルに視線を向ける。
「なーに、簡単な金策って奴だ。リリエルが居てもまあ大丈夫だろ、多分」
『そら、さっさと行くぞ小娘』
「……はい、分かりました」
リリエルも聞くよりは実際に見た方が早いと思ったのだろう。
これ以上俺たちに何かを問いかける事もなく、小さく頷けば後ろを着いて歩き出した。
うん、悪くない。
逐一説明してたら日が暮れちまうし、こっちだって面倒くさいからな。
再び宿を出て少し歩けば、目的の場所が見えてくる。
中には沢山の人間が詰めているのだろう、外からでも分かる程に賑やかで。
「……成程、エルトリス様は冒険者だったんですね」
「あー、その方が色々と都合が良いからな」
それだけで大体の事を悟ったのだろう、納得がいった様子でリリエルは小さく頷いた。
――通称、冒険者ギルド。
大体の村や街に点在しているソレは、冒険者にとっては金策するためにある場所だった。
色んな連中から依頼という形で面倒事を受注、それを冒険者達がギルドから受注する事で解決を図る。
ギルドは受けた依頼から一部……まあ、大体5~6割を報酬として冒険者に渡して、残りは自分たちの懐に。
冒険者たちは依頼を拾う手間をギルドにやってもらい、ギルドはただ依頼を受けてくるだけで報奨を得る……冒険者ギルドは、そんなwin-winの関係の上に成り立ったモノだった。
俺たちも、路銭を稼ぐには丁度いいからちょくちょく利用している場所だ。
カラン、とルシエラが扉を開ければ、中には酒を飲んで騒いでいる連中に、丁度依頼を終えて職員と話してる一団など、何処に行っても見るような光景が広がっていた。
「あー……?おいお嬢ちゃん、依頼するんなら裏口だぜぇ?」
『……はぁ』
……そして、こんなやり取りももう何度目か。
外見が外見だから多少は侮られるのも分かるが、コイツらは荒事で稼いでるような連中だろうに。
どうしてこう、相手の強さみたいなのが計れないんだ?
こんなので良くこの歳まで生きてこれたな、本当に。
ルシエラも流石にこんなやり取りには辟易しているからか、小さくため息を漏らしながら、こっちに寄ってきた酒臭い連中を無視して歩き出す。
「おい、姉ちゃん。俺は親切心で言ってやってるんだぜぇ?なのになんだぁ、その態度は――!」
が、どうにもそれが気に入らなかったらしい。
寄ってきた連中の1人が語気を荒げながら、ルシエラに掴みかかろうと手を伸ばしてきた。
当然ながら、ルシエラは不機嫌そうに、ゴミでも見るような視線をそいつに向けていて。
ああもう、面倒くさい。
いっそもう1人くらいなら殺しても良いか――……
「――氷精の悪戯」
「え――ひ、ぎゃああぁぁぁぁっ?!」
『……ほう?』
……そんな事を考えていると、ルシエラに触れようとしていた男の手が、唐突に凍り付いた。
白く、白く凍り付いた男の手はパキ、パキン、とひび割れて。
そこで何が起きたのか理解したのか、男は絶叫を上げながらたたらを踏み、尻もちを付く。
誰がやったのかなんて、考えるまでもない。
ルシエラは不機嫌そうだった表情を少し緩めれば、それをやったであろうリリエルの頭を軽く撫でた。
「わりぃなリリエル、手間をかけた」
「いえ。殺さなくても、宜しかったでしょうか?」
『ああ、そこまでやると依頼を受けるどころではないからのう』
あの調子で絡まれてたら、俺たちなら多分殺していた所だ。
それをこうして事前に止めてくれたのは、本当に有り難い。
尻もちを付いた衝撃で凍り付いた腕が砕けたのだろう、更に大声で悲鳴を上げる男を尻目に俺たちはギルドの一角にある、覚え書きが大量に貼られた掲示板の前に向かった。
「……お、おい、まさかあいつら」
「子供と大人の女二人組、間違いねぇ……賞金首狩りのエルトリスだ……!!」
「嘘だろ!?片方はガキもガキじゃねぇか、あんなのが賞金首を――」
相変わらず外野がうるさいが、まあ邪魔しないならどうでも良いか。
そんな事を考えつつ、掲示板を上から下まで眺めてから、ふと目に留まった貼り紙を手にとって、眺める。
「金貨、100枚……」
……この中じゃこれが一番金になるか。
女を助けた時に貰った金額と比べたら大分ショボいが、まあ仕方ない。
『また誰かしら襲われてたら良いんだがのう……』
「だなぁ、そしたら美味いんだが」
そんな言葉を口にしながら、俺たちはまだ――先ほどとは別の意味で騒がしい冒険者ギルドを後にした。
全く、これでもう絡まれなくなると嬉しいんだがな、本当。
金貨は一枚につき約3万円くらいの設定です。
金貨100枚ですので大体300万円くらいの賞金首、という事になります。