11.洞窟から、人工物へ
「火の気はよし、一応後片付けも済んだな」
『律儀だのう。誰も気にはせんだろうに』
「ま、別にいいだろ。んじゃ行くぞ」
「はい、畏まりました」
野営の片付けを済ませてから、再び奥へ。
一応3日分の食料の備えは有るし、今日行ける所まで行ってから戻れば問題はない……筈だ、多分。
兎にも角にも、アミラが口にしていた、風の流れが来ているらしい方へと歩みを進める。
この辺りまでくれば、流石に迂闊に魔剣に触れてどうこうといった手合いも減ってきたのだろう。
異形の数が目に見えて減ってきたのを感じながら、時折その辺りをふらついているソレとリリエル達との戦いを眺めつつ、軽く欠伸をした。
「あ、ふ」
……竜車での移動中の野営とは違い、洞窟の中での野営は妙に疲れが取れない、気がする。
いや、これに関しては湯浴みとかをしてないせいか。
一応濡らした布で軽く拭うくらいはしたが、やはり身体をしっかり温めないとその辺りは抜けきらないらしい。
宿に戻ったらのんびりと湯船に浸かるか、なんて考えつつ――不意に、ひんやりとした空気が頬を撫でた、ような気がした。
異形と戦っている最中のリリエル達は気づいている様子は無いが、成程確かにアミラが言っていた方角から風が流れ込んできている。
余りにも微弱だが、洞窟の中よりも明らかに冷たいその風は、明らかに外からのもので。
『いいのう。こんな奥につながる入り口があるのなら、次からは労せずここまで進めるではないか』
「……そう上手い話は無いとは思うがなぁ」
ルシエラの言葉に軽くそう返しつつ、リリエル達が無事に異形を打倒し――再び、リリエルが武器を床においたのを見れば、軽く伸びをしてから立ち上がった。
「……おまたせ、致しました」
「段々と強くなってきては居たが、この辺りは格別だな。中々に手こずらされたぞ」
「ん、そっか」
少し疲労の色が濃いリリエルと、息を切らせてこそ居ないもののそう口にするアミラ。
そんな二人につられて、先程まで二人が戦っていたであろう異形の死骸を見る。
見てみれば、その姿は入り口辺りに居たいびつな異形のモノと比べれば、随分と人らしい姿になっており。
先程の戦いを見ている限り、その動きも随分と獣から離れてきていたのもあって、この辺りの武器達はまだマロウトには劣るのだろうけれど、それでも随分と質が良くなっているのだろうと、何となく察する事ができた。
――しかし、急だ。
つい少し前までは、リリエルとアミラの二人で危なげなく戦えていたのにここに来て急に強くなったような、そんな気がする。
「無理そうなら言えよ。俺がやっちまうからさ」
「はは、まだまだ大丈夫さ。だが、その時は頼む」
「申し訳、ありません」
『気にするでない。碌な武器も無い奴隷の身で良くやっておるさ』
少し気落ちした様子のリリエルに、ルシエラは軽く欠伸をしつつもそんな言葉を口にして。
ほんの少しだけそれを微笑ましく感じつつ、俺は先程から冷たい風が吹いて来ている方角へと、歩き始めた。
進めば進む程に、洞窟の中の空気がひんやりとしたものに変わっていく。
元々涼しいというには寒い感じだったが、それよりも明らかに外気に近い。
ルシエラにはああいったものの、こうなってくると少なからず期待してしまう。
もしこんな所に出入り口があるんなら、毎日宿に戻って――なんていうのも難しくはない、はずだ。
昨晩の野営が少ししんどかったのもあって、俺の足取りは自然と少しずつ早くなり――……
「――っと」
「これは……」
「……石畳……というよりは」
……そうして先に進んだ俺達を出迎えたのは、少し予想外の光景だった。
整然とした形の石材が並べられた床に、壁。
どう見ても自然物ではない、視界の先に映るもの。
「遺跡……でしょうか?」
『これはまあ、流石に洞窟とは言えんのう』
洞窟であった場所に突然現れた、人工物。
明らかに人の手で作られた通路が、そして階段が更に地下へと続いているのを見れば、俺達はつい足を止めてしまった。
「……いや、考えてみりゃあ当たり前、なのか」
空気は、その人工物である階段の下から流れ込んできている。
今までは洞窟の奥に自然にできた出入り口があるんじゃないかと思っていたが、そうじゃあない。
逆だ。
俺達が入り口だと思って……アマツの連中が入り口だと言っていた所こそが、自然に出来てしまった出入り口で。
恐らくは、本来の出入り口はこちら側にあるのだろう。
『何じゃ、嬉しそうな顔をしてからに』
「いや、だって……毎回律儀にここまで来たり戻ったりなんて、面倒な事この上ないし……」
「はは、まあ確かにな。ここまで行って帰るだけで二日がかりだし」
「こちら側に出入り口があるのなら、有り難いですね」
ルシエラの言葉に、喜びが顔に出ていた事に気づいて口元を手で隠す。
とは言えそう口にしているルシエラも、そしてリリエル達も声色は大分嬉しそうだった。
やっぱり皆、ひたすら薄暗い洞窟の中を歩いているのは退屈だし、面白くも無かったのだろう。きっと。
「よし、さっさと出入り口を探して一旦戻るぞ」
『そうだの、荷物を軽くしてきた方がよかろう』
少しだけ熱くなった頬を、冷たい空気で冷ましつつ。
俺達は軽くなった足取りで、人工物の中を更に下に――空気の流れてくる方へと、歩き出した。
そうして、整然とした通路の中を進んでいく内に道が分かれる。
分岐路とでも言えば良いのだろうか、恐らくは案内板であったのだろう朽ちた何かがかかっている壁に視線を向けつつ、足を止めた。
「……風の流れは、こちらか」
「という事は、あちら側が進路、でしょうか」
「一応覚えておくか。無駄に洞窟の方に行きたくも無いしな」
壁にかかっているモノに書かれている文字を読む事は、当然出来なかったけれど。
とりあえず先ずは出入り口の方へと向かおうと、俺達はそのまま空気が流れてくる方へと足を進めていく。
ひんやりとした風は、最早洞窟の中のモノではなく、完全に外気と同じもので。
否応なしに高まる期待に胸を高鳴らせつつ、先に進んでいけば――通路の奥に、明らかに松明とは違う明かりが灯っている――否、差し込んでいる事に気がついた。
『おお、これは大当たりだの』
「よし、じゃあ今日は宿に戻ってすこしのんびり――」
――のんびりしよう、と言おうとした直後。
俺は何故、アマツの連中がこの出入り口を知らないのか……或いは、紹介しないのか、という事を理解させられてしまった。
「……これは……成程」
「ギルドで、紹介されない訳ですね……」
アミラとリリエルも、内心かなり期待していたのだろう。
目の前に広がる光景を見れば、明らかに……露骨にがっかりとした、残念そうな声色で、表情でそれを見上げていた。
そこにあったのは、朽ちた何かの残骸と遥か頭上から差し込む光。
縦穴になっているその場所は、かつては確かに出入り口として機能していたのだろう。
だが、肝心のその出入り口として機能する為の機構が、仕組みが壊れてしまっていた。
朽ちた残骸はもう修理とかそういう次元の問題ではないし、縦穴の高さは、深さは下手な城より高い。
上から飛び降りて残骸の上に着地しようものなら、探索以前に大怪我を負ってそのまま帰らぬ人になるだろうし――実際やった馬鹿もいたのか、残骸の中には何やら人骨まで混ざっていた。
「上手い話は無い、という訳か。仕方ないな」
「――ん?いや、まあこれくらいなら何とかなるだろ、なぁ」
『まあ、の。本当なら嫌じゃが、背に腹は代えられんか』
諦めの入り混じったアミラの言葉に、軽くそう返す。
――そう、たしかに真っ当な人間ならそうなのだろう。
だが俺には幸いというべきか、ルシエラが居る。
そうであるのなら、この出入り口とすら呼べない縦穴であっても、問題はない。
「どうするのですか?この高さは、流石に飛び上がるには無理があると思うのですが」
『何、少し待っておれ――エルトリス』
「おう、任せとけ――ッ!!」
頭に疑問符を浮かべているリリエルに笑みで返しつつ、ルシエラを軽く振りかぶり――そして、思い切り振り上げた。
その勢いのままに、ルシエラが伸びる、伸びる。
円盤を連ねていたチェーンを限界まで伸ばしながら、遥か頭上まで伸びて、伸びて――そして、ガキン、という手応えとともにルシエラの動きが止まった。
『――よひ、しっはりふはへはほ』
「ん。じゃあしっかり掴まれよ、リリエル、アミラ」
「え、あ、ああ」
「畏まりました、では失礼をして」
リリエルとアミラに抱きつかれ――いや、これは寧ろこう、二人がかりで抱っこされてるような。
二人に挟まれるようにされると息苦しいような気がするけど、それ以上に心地よくて――いや、今はそれはどうでも良い。
「よし――んじゃ頼む、ルシエラ」
俺の言葉とともに、ルシエラがそのチェーンを巻き上げるかのように縮んでいく。
縮んで、縮んで――
「う、わ……っ!!」
「――……っ」
「んむ、ぐっ」
――二人に強く抱きしめられながら。左右から押し潰されるように圧迫されつつも、外の光が強くなってくるのを感じれば、小さく息を漏らす。
アミラとリリエルの体温に包まれると、妙に心地よくなってしまって、頭がふわふわしてしまうけれど……まあ、次からは二人もびっくりしないだろうし多分大丈夫だろう、多分。
ともあれ、ルシエラがそのまま元の姿まで縮めば、無事縦穴の頂上まで辿り着く。
縦穴の頂上はちょっとした小部屋になっており、ところどころ崩れていたり少しかび臭かったりはしたけれど、まあそれもさしたる問題ではない。
「……ああ、びっくりした。有難う、エルトリス、ルシエラ」
「ん……うん、大丈夫」
『おーおー、お姉ちゃん二人にぎゅーっとされて幸せだったかの、エルちゃんは♥』
「う――うっさい、馬鹿、バーカ!!」
ルシエラのからかう言葉に、思わず声を荒げながら。
崩れていた出入り口の瓦礫を八つ当たりとばかりに吹き飛ばした。
……もう、ああもう。
くそ、最近は外でああいう事無いからすっかり油断しちゃってたじゃないか、もう。
まだ熱いままの頬を冷たい風で冷ましつつ、外に出れば――そこは、霊峰の麓。
随分長い間使われていなかったからだろう、周囲は鬱蒼とした森になってはいたものの、霊峰の麓であるのならアマツまではそう遠くはないだろう。
「……ほら、さっさと行くぞ!」
「ふふ、そうだな」
「今夜は、私がお体を流しますね」
俺はクスクスと笑っているルシエラを無視しつつ、さっさとアマツに……宿に戻って休んで、さっきの事は忘れようと歩き出した。
……アミラやリリエルも、どこか微笑ましげな視線を向けていたのは、見なかったことにしよう。