8.老人、夜空に願う
アルカン達との食事を終えた後。
俺達はアルカンとは別の方角へと向かいつつ、再び異形達の相手を続けていた。
少し奥の方へと進んだからか、異形の数は少し減り――その代わりに、その質が少しだけ変わっていて。
今まではただ獣のように理性も何もなく襲いかかってくるだけだった異形が、少しずつだが生前――冒険者や傭兵であった頃の技らしきものを使うようになっていた。
最奥部に傑作が有る、と言われる所以もこれなのだろう。
進むにつれて、辺りに転がっている魔性の武器の質自体が少し良くなっているように見えた。
「――っと」
『量を食えるのは有り難いが、質が欲しいところだのう』
……まあ。
だからといって、相変わらず俺やアミラが苦戦するような相手は居ないのだが。
リリエルも少し手こずるようにはなってきたものの、相手の変化に慣れれば処理もスムーズになってきているし、まだ大丈夫そうだ。
「リリエル、良さげなのはあったか?」
「……いえ、特には」
しかし何より凄いのは、その精神力だろう。
魔剣、魔槍、魔斧。
とりあえず異形の腕からそれを落とせば、リリエルは躊躇する事無くそれを手にしていく。
並の人間ならとっくに発狂しているような所業だが、リリエルは特に疲労を見せる事もなく、今日何本目ともしれないそれを床に置いた。
「ふむ、これだけ探して無いとなると、もっと奥に行くべきか……?」
『まあ、この辺りのは稚児とは言わんが子供ばかりだからのう。私ほどは望めんだろうが、せめてアミラの持っているマロウトくらいの物は見たいもんじゃ』
「まあ、そうだな」
ルシエラの言葉に小さく頷きつつ、今まで相手にしてきた異形達が持っていたソレを思い浮かべる。
確かに所有者を強化するといった、魔性の武器が基本的に持っている性能自体は有るようだったが、それ以外に特筆すべき点はなく。
リリエルは兎も角として、俺が欲しい水準に達しているものは、ここまで一つも無かった。
とりあえず、奥に進めば質が良くなる事自体は判ったのだし、それならもっと奥に向かえばいいだけなのだが――
「――エルトリス様。そろそろ戻ったほうが宜しいかと」
「んあ、どうした?」
「帰りの時間を考えると、そろそろ戻らないと夕食に間に合いません」
――どうやら、逐一異形とかの相手をしていたせいで大分時間を食ってしまっていたらしい。
どの道今日は様子見のつもりだったし、これ以上無理して進むのも良くないか。
食料の準備はおろか、寝泊まりする準備だって出来ていないのだから、そうする意味も薄いだろう。
「……そうだな、宿屋の奴に悪いか」
『夕食は豪勢に、みたいな話だったしの。ここで間抜け共を喰らうよりは良さそうじゃ』
何より、宿屋の店主が夕食を準備してくれているのだ。
目の前の木っ端武器達と美味しいご飯、どっちが大事かなんて比べるべくもない。
ルシエラの言葉に軽く頷けば、俺達は踵を返して洞窟を後にした。
何、洞窟に足が生えて逃げるわけでもない。
武器を探すついでに、リリエルに戦いの経験を積ませられると考えれば、のんびり日数をかけるのも悪くはないだろう。
――エルトリスが踵を返した地点から、少し奥。
一つ深く潜った所に、アルカン達は居た。
アルカン達の目的は、エルトリス達と同じくメネスの武器探しである。
とはいっても、リリエルとは違ってメネスは無手というわけではなく、扱うものが決まっているので探すのは比較的容易かった。
今日何本目かの曲刀を地面に突き立てつつ、メネスは小さく息を漏らすと額の汗を拭う。
周囲にはオルカとメネスが刻み、突き、殺した異形達。
二人の腕前は少し奥の異形たちを相手取っても何ら問題なく――しかし、それを見ていたアルカンは皺が深く刻まれているその顔を、軽く顰めた。
「――これ、メネス。何故手を抜いた」
「え、あ」
「取るに足らん相手でも全力で殺せ。試すのは良いが、手を抜くのは駄目じゃ」
「……ごめんなさい」
手を抜いていて尚、この有様を作り出したメネスに対して、アルカンは苦言を呈する。
例え格下であっても無駄にするな、というアルカンのその言葉は、正しくアルカンの性質を表していた。
既に百年と数日を生きてきたアルカンのその人生は、常にそれであった。
あらゆる鍛錬を試し、あらゆる手段を試し、あらゆる技を試し――誰かを相手にする時は、決して手を抜くことはなく。
壮年になってから取り始めた弟子が相手であっても、それは変わることは無かった。
「……アルカン師。何か、良い事でもありましたか?」
「む?」
「いつもより、叱咤が優しいので」
アルカンは、そんなオルカの言葉にふむぅ、と小さく唸る。
少しだけ恥ずかしそうに頬を掻きながら、口元をどこか嬉しそうに歪めて。
「――儂の最期の死合に、良い相手が見つかったからかの」
少しだけ明るい声色で、そう呟いた。
最期の死合の意味することを理解しているのか、オルカは少しだけ寂しそうに、しかしアルカンが喜んでいるのだから、と笑みを零す。
「もしかして、エルトリスちゃん?」
「うむ。アレは良い、技に生きた儂の最期にはうってつけじゃ」
メネスの言葉に、アルカンは大きく頷くと――腰に下げていた魔刀を引き抜いた。
魔刀、ヤシャザクラ。
淡い桜色の刀身を持つその魔刀は、アルカンが20を超えた頃からずっと手にしていた物である。
どの弟子よりも、どの友人よりも付き合いの長いヤシャザクラに、アルカンは誰よりも愛着を感じていた。
言うなれば、相棒だろうか。
『……ワタシ、アイツ、嫌い』
「カカ、そう言うな。実に良いではないか、たわわに実って――」
『違う。あの子は、柔らかそうだし、良い。嫌いなのは……』
静かに、辿々しい声を上げながら、ヤシャザクラが淡く光る。
刀の形をしたソレは、見る見る内に姿を変えていきながら、座り込んでいたアルカンの膝の上にするりと収まり。
……光が収まる頃には、アルカンの膝の上には幼気な――それでもエルトリスよりは上だが――小柄な少女が、腰掛けていた。
桜色の髪が可愛らしい彼女こそが、魔刀ヤシャザクラ、その人の形である。
『……嫌いなのは、あのオバサン。死臭が、キツイ』
「あれは年季が入っておったのう。儂の八十年が及ばぬ程じゃ、いかなる日々を過ごしてきたのかは気になるが……なぁに、お前さんも負けとらんさ、サクラ」
『別に……負けるかも、なんて、思ってない』
膝の上に載せたヤシャザクラの頭を、枯れ木のような指先で撫でながら、アルカンは穏やかに笑みを零す。
ヤシャザクラは無愛想に、しかしどこか嬉しそうにそう口にすれば、自分を膝の上に抱えているアルカンの顔を見上げた。
『――ワタシと、アルカンは、無敵。最強。絶対に、負けない』
「カカカ、そうだのう。儂らは無敵じゃ――ソレ故に、壁の向こうで生を終えようとも考えておったが、最期に恵まれたわい」
強がりでも何でも無く、当然のように口にしたヤシャザクラの言葉に、アルカンは大きく頷いて、まるで星空でも見るかのように洞窟の天井を見る。
そこに映るのは、ただの岩肌。
星空など見えよう筈もない。
「――儂が無敵でなくなる事を、願いたいものじゃ」
『それは、無理。あのオバサンも、一撃で、真っ二つだから』
どこか願うようなアルカンの言葉を、ヤシャザクラは文字通り一言で真っ二つにして。
そんな八十年来の相棒の言葉に、アルカンは――そして、オルカ達は可笑しそうに笑みを零した。




