7.魔なる物の巣窟
「――にしても、まあ」
リリエルが魔剣との初対面を済ませた後。
洞窟をしばらく進むと、噂に違わぬ場所なんだなぁと、少し感心してしまった。
壁に刺さっている剣、槍、斧。
打ち捨てられるように転がっている槌、弓――その他諸々。
そのどれもが普通の武器には無い魔性を宿しており、見ているだけでそれがそうなのだと理解できる。
……まあ、周りに転がってる死体やら骨やらのお陰っていうのも有るっちゃあるんだが。
「く、ひっ。ひひっ、いひひひひ……っ!!」
『っと、また来たのう。今度は槍か』
「リリエルは少し休むと良い、ここは私がやろう」
「……有難うございます、アミラ様」
アミラが背にしていたマロウトを構えると同時に、リリエルは控えめに息を漏らすと静かに座り込んだ。
相変わらずの無表情ではあるものの、額には汗も滲んでいるし、おそらくは疲れているのだろう。
それでも、アミラの一挙一動を見逃さないように、その戦いに視線を向けているのだから実に貪欲だ。
「き、ひゃあああぁぁぁァァ――ッ!!」
長く伸びた腕で槍を振るいながら、異形は奇声をあげてアミラに襲いかかる。
その動きは獣じみていて、技量など微塵も感じないが……それでも、魔槍から得ている力で純粋に強化されている身体能力は、中々のものだ。
洞窟の地面を蹴り、壁を蹴り、縦横無尽に跳びながら異形はその槍をアミラへと突き刺して――しかし、その寸前でアミラはゆるりとその切っ先から体をそらす。
元より樹を昇って奇襲を仕掛けるとかいう事を思いつくくらいには、立体的な動きには慣れているのだろう。
アミラは槍を躱しながらマロウトを構えれば、即座に異形の胴体を暴風を纏った矢で撃ち抜いた。
「ぐ、げ――ぎっ、いいぃぃィィ――ッ!?」
「悪いが、余り動かれると面倒なのでな」
『おーおー、遊びのない事だの』
壁に縫い付けられるように矢で射止められれば、異形はじたばたと長い腕を動かすが、アミラには届かない。
慌てて矢を掴んで引き抜こうとするが、岩壁に深々と突き刺さったソレはそう簡単には抜けず――そうしている間に、アミラは矢をつがえ終えた。
手にしているのは、十を超える矢束。
マロウトは、それを放つのに最適な形を取れば、その全てに風を纏わせて――
「……終いだ」
――その短い言葉と共に放たれた暴風を伴った暴力は、文字通り異形の身体を微塵に引き裂いた。
後に残っているのは、岩壁に縫い留められたまま残っている胴体と、カランカランと音を立てて転がっていく魔槍のみ。
実に情け容赦無い一撃――いや、攻撃である。
周囲には暴風に巻き込まれて千切れてとんだ、異形だったと思われるモノが飛び散っており。
「……しまった。リリエルを休ませるのであれば、もう少し時間をかけるべきだったか」
そんな凄惨な有様を作り出しておきながら、アミラはリリエルにどこか申し訳無さそうに頭を下げた。
まあ、あの大森林での出来事を考えるに、アミラは元より敵であるならば容赦なく殺せる質なんだろう。
普段が割と普通の……というのも変だが……エルフな感じだから忘れそうになるが、コイツも立派な魔弓持ちなのだ。
「いえ、大丈夫です。十二分に休めましたので」
リリエルはそんなアミラの戦いの様子を見つつ、少し考えるようにしてから立ち上がって、事も無げに歩き出した。
……感性でいうのであれば、容赦の無さで言うのであれば、リリエルだって間違いなく同類なのだが。
「……いい奴が転がってると良いんだがな」
『私の前で浮気を楽しみにするとは、いい度胸だの……』
「違うっての馬鹿剣」
ドスの利いた声を出すルシエラに苦笑しつつ、リリエルの後を歩き出す。
まだまだヤトガミの洞窟は道半ばどころか、入り口を少し進んだ程度だろうし、先は長い。
きっと、奥に到達する頃には俺にもリリエルにも、丁度いい何かが一つくらいは見つかっているだろう、多分、きっと、おそらくは。
そうして、更に魔性の武器達を捌きながら歩く事、小一時間。
「む?おやおや奇遇だのうお嬢ちゃんがた」
「……げ」
更に地下へと下る坂の中腹辺りで、見知った顔と出会ってしまった。
アルカン、オルカ、そしてメネス。
三人はちょうど昼食でも摂っていたのだろう、手のひら大の何か咥えており。
「折角だし、一緒にどうじゃ?」
そんな事を口にしつつ、アルカンは俺達にまだ開けていない包みをそっと差し出した。
……洞窟の中だから判らなかったけれど、成程。
こうして誰かが食べているのを見ればお腹が空く、ということはもうそんな時間なのだろう。
『私はどちらでも構わんぞ。道中少しつまみ食いしたからの』
「……不味い飯じゃねぇだろうな」
「カッカッカ、心配するな。儂じゃあなくメネスが作ったモノじゃからのう」
別に誰が作ったかを気にしているわけじゃあないのだが。
まあ、それはそれとしてこのまま奥に進むにはお腹も空いているし、渡りに船と来ているのに断る理由もないだろう。
「では私が作ったものもそちらに。口に合うかは分かりませんが」
「有難うございます。ではこちらに」
アルカン達と向かい合うように腰掛ければ、俺達が持ってきていた昼食を持ち寄って真ん中に置いた。
アルカン達の分と合わせれば、ちょっとしたご馳走にも見えて、少しだけ得をした気分になる。
とりあえず、アルカンたちが先程口にしていた手のひら大の――穀物の固まり、なんだろうか。
食べやすそうなそれを両手で握ると、ぱくりと口にした。
「ん……」
「どう、エルトリスちゃん?」
「悪くないな」
美味しい、と言えるのかは少しわからないが、仄かに甘味と塩気を感じるその味は、中々に悪くはない。
敢えていうのであれば、他に何かが欲しくなるのが気になる所だが、今回は目の前に他の食べ物も並んでいるのだから問題ないだろう。
「お茶をどうぞ」
「ん」
リリエルから飲み物を受け取れば、こくんと一口飲んで、小さく息を漏らした。
うん、何というかすごく落ち着く。
これで太陽の光が心地よく降り注いでたら言うことなしなんだが、まあそれは洞窟の中だし、この辺は外で食べるとか正気の沙汰とは思えない寒さだから仕方がない。
「リリエルさんは、料理が上手なのですね……」
「いえ、それ程でも」
「ううん、とっても上手だよー。オルカなんて、黒い塊とか――」
「黒い塊?木の実か何かか……?」
「め、メネス!!」
他愛のない会話を交わしながら、和やかな空気が続いていく。
まあ、偶にはこんなのも悪くはないか、なんて思いながら――少し遠くから聞こえてきた音に、小さく息を漏らしつつ立ち上がった。
『全く。つくづく無粋な稚児どもだのう』
「ま、丁度いい腹ごなしだ」
こんな身体だから、先程の穀物の固まりとおかずを少し口にしただけで、もうお腹は満ちたし。
飯を食ってる最中の奴らを動かすのも、邪魔するのも悪いから無粋な奴にお帰り願うのは俺の仕事でいいだろう。
「――っと、待てお嬢ちゃん」
そんな事を考えながら、ルシエラを剣の形にして音のした方へと向かおうとすれば、不意にアルカンが声をあげた。
「んぁ?何だ、爺」
「お前さんにはオルカ達の相手をしてもらった礼があるからの。儂のも見せてやろう」
『ほう、その腰に下げている者を見せてくれるのか』
「……ん。じゃあ、お手並み拝見といこうか」
俺とルシエラの言葉に、アルカンはカラカラと笑いながら立ち上がれば、俺達の前を歩き出す。
老齢とは思えない程に静かに、淀みなく歩くその様からはまるで年齢を感じられない。
腰に下げている魔刀からは、リィン、リィンと鈴なりのような音が聞こえてきて――まるで、獲物を待ちわびているかのよう。
「――のう、お嬢ちゃん。強さとは何じゃ?」
そうして、洞窟の奥に僅かに影が見えてくれば、不意にアルカンは俺に言葉を投げかけてきた。
強さとは、と言われて首をひねる。
俺にとってそれは、何だったか。
かつての俺は当たり前のように強く――無論赤子の時から、というわけじゃなかったが――強さとは、なんて考えた事も無かった。
「……後からついてくるモノ、かな」
「ほう、なる程の。間違っておらん」
だから、俺にとっての強さとはやりたい事をやり続けた先にあるもの、程度の認識しかない。
今の俺ならば、あのクソ女を殺す為に手を尽くすこと。
リリエルならば、仇である魔族を殺す為に手を尽くすこと。
その先で、結果として手にしている物が強さだと口にすれば、アルカンは楽しげに笑った。
「まあ、儂が聞きたかったのはもっと基本的な事なんじゃが――悪くない答えじゃな」
洞窟の奥から影が一つ、二つ、三つ。
斧を、剣を、そして弓を手にした不揃いの異形達が俺達を認識したのだろう、ぎろりと赤黒く血走った瞳をこちらに向けて。
「力、若さ、体格……そんなモノは、強さには無用の長物じゃ。余分でしか無い」
不格好に膨れ上がり、異常なほどに強化された肉体で襲いかかってくる異形達を見ながら、アルカンはカカ、と喉を鳴らして異形達の方へと歩き出した。
その歩みには相変わらず力みも無ければ淀みも無く、ただただ静かで。
りぃん、りぃんと言う魔刀から鳴る音だけが、妙に耳に残る。
「ぐがああぁぁァァァァ――ッ!!!」
「ぎひっ、ひいぃぃぃあああぁぁァァァァッ!!」
一歩、二歩、三歩。
異形たちが奇声をあげながら襲いかかっても尚、アルカンは何事もないかのように歩みを進め――
――刹那。
チン、という小さな音と共に、ずるり、と異形達の四肢がズレた。
「……な」
見えなかった。
アルカンが魔刀を抜いた様子は愚か、その剣閃さえも俺の視界には映らなかった。
あり得ない。
今まで力で圧倒された事はあっても、その攻撃が目で追えないなんて事は無かったのに――……!!
「キ――イイィィィィィ――ッ!!!」
「――技よ。老いさらばえ、枯れ木のように朽ちようとも……我が身に宿った技だけは、衰えぬ」
魔弓を持った異形がその矢を引き絞ろうとした瞬間、ズル、とその手首が落ちる。
そして、アルカンは事も無げにそう口にすれば、ニンマリと笑みを浮かべてみせた。
俺の目にさえ留まらぬ技。
魔刀の力ではなく、技を以てそれを成したというアルカンの表情は、まるで少年のように酷く得意げだった。