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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第四章 霊峰に眠る魔刀
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5.魔窟の入り口にて

 軽い眠気覚ましの運動の後、部屋に戻れば既にリリエルとアミラは目覚めており。

 日が昇ってもまだ惰眠を貪っていた駄剣を蹴って起こせば、俺達は少し遅めの朝食を採った。


 どうやらアルカン達はもうヤトガミの洞窟の方へと向かったらしく、ほんの僅かに残念だな、なんて思いつつ暖かなスープを口にする。

 ……うん、美味しい。

 この辺りが寒いからっていうのも有るけれど、少し甘味のあるスープは身体に染みる。


「それで朝は何をしていたのだ、エルトリスは?」

「あー、ちょっとあの爺達と顔を合わせてな。軽く揉んでやった」

『揉まれそうだっただけにか!』

「……ルシエラ様、朝からそういうのは控えたほうが宜しいかと」


 俺を膝の上に載せながら、愉快そうに笑うルシエラに小さく息を漏らした。

 まあ、コイツが起きて無くて良かったと思うべきか。

 アルカンが俺の――その、無駄に大きなやつをつついた時にコイツが起きてたら、間違いなくひと悶着起きてただろうし。


 正直なところを言えば、あのアルカンと一戦交えてみたい欲望はむくむくと頭をもたげて来てはいるんだが、こと殺し合いにでもなったら目的を果たせなくなりかねない。

 飽くまでも目的は、ヤトガミの洞窟に有る魔性の武器であって、強敵と戦うなんて事じゃあないんだから。


 ……こういうのを自制というんだろう、多分。


「――もしかしてお嬢ちゃん達も、帰らずの魔窟に行くのかい?」

「あん?帰らず?」


 自分に奇妙な感心をしつつ、スープを口にしていると唐突に宿屋の店主――だと思う、恰幅のいい女が声を掛けてきた。

 こっちを心配するような視線を向けてきている辺り、特に侮蔑だとかそういう意図は無いのだろう。

 ルシエラも聞き慣れない単語を耳にすれば、首をひねって。


『何じゃ、その帰らずの魔窟とやらは』

「ああ、そうか……この辺りじゃあヤトガミの洞窟をそう呼んでるんだよ、行った奴の殆どが帰ってこないからね」

「成程、分かりやすいな」


 店主は苦笑しながら、空いた皿を片付けると手持ち無沙汰になったのだろう、俺達の席の近くに椅子を引っ張ってくれば腰掛けて、少し憂鬱そうな息を漏らした。


「外からは魔剣を手にしようって輩がどんどん来るんだけどねぇ。見送った連中の内2割も帰ってこないってなると、やっぱりねぇ」

「心配して頂き、有難うございます」

「……って事はやっぱりお嬢ちゃん達も行くんだね。良いかい、無茶はするんじゃあないよ?」

「あー、まあ魔剣がどういうのかは解ってるからな、そういう連中よりは大丈夫さ」

「そうかい?」


 俺の言葉をどう受け取ったのかは判らないが、店主はどこか微笑ましげな視線を浮かべれば、ぽんぽん、と大きな手のひらで俺の頭を撫でてくる。

 妙に手慣れた――ああいや、見た目を考えるんなら多分子供が居るんだろう――手付きに目を細めつつ、心地よさに息を漏らして。


「どうあれ、命あっての物種だ。今夜は夕食も良いのを作っとくから、必ず帰っておいで」

「それは楽しみだな」

『中々悪くはないからの。多めに作っておくんじゃぞ』


 アミラやルシエラの反応に嬉しそうに笑みを零せば、店主は椅子を戻して調理場の中へと戻っていった。

 残っていたスープを口にしつつ、食器を置けば俺達も立ち上がる。


 ――うん、それじゃあ今日は探索も程々に。

 暖かで美味しい食事を食い逃さないよう、良い時間には戻ってくることにしよう。








「……まあ、そう意気込んできた訳だが」

「これは、何とも」


 宿から出て、小一時間ほど歩いた後。

 ヤトガミの洞窟の前に来た俺達を出迎えたのは、観光地じみた光景だった。


 来た記念に洞窟の入口の石を削って持って帰る冒険者。

 これから手に入る魔剣を夢見て興奮している傭兵。

 そして、大勢の冒険者と共に笑いながら入っていく身なりと顔立ちの良い――あ、アイツは昨日見た奴か。


 ともあれ、何とも緊張感の欠片もない連中の多いこと。

 中にはヤトガミの洞窟に来たことで満足して、中に入らずに道を戻っていく奴も居るくらいで――ああいや、あれは観光客だな、多分。


「気が抜けるな。まあ確かに、魔剣やら何やらに触れなければ安全なんだろうが」

「……触れなければ、ですか?」

『ん?ああ、そうかリリエルは触れた事が無いんだったかの』

「つってもリリエルは今回それが目的だしな。ま、入れば否応無しに分かるだろ」


 アミラの言葉にリリエルは首をひねるが、口で一々説明するよりは実際見たほうが早いしわかりやすいだろう。

 ちょうど良く浮かれた連中が沢山居るのだから、噂通りそういった物が沢山眠っているのであれば、ちょっと洞窟の中を進んでいけば直ぐに分かる筈だ。


 そんな事を考えつつ、ルシエラの腕から降りれば魔剣の形にして、ぶらぶらと中を進んでいく。

 進んでいくに連れて、段々と人はまばらになっていき、洞窟の奥からはひんやりとした空気が流れてきた。

 洞窟の中は松明で照らされてて随分と明るいが、それでもある程度足を踏み入れればガラリと空気が変わっていくのが分かる。


 和やかな観光地から、冷ややかな屠殺場へ。

 この空気を感じ取ってかどうかは分からないが、外では浮かれていたであろう連中も笑えるくらいに静かになっていた。


 そうして、歩くこと僅か数分。


「――お、あった!見た目も良いし、これで良いかな……!」


 俺達のいる所から少し離れた場所。

 壁に突き刺さっていた剣を見つけた若い冒険者が、この空気に耐えかねたのか、或いは見初めたのか。

 そんな言葉を口にしながら、その仄かに紅色に染まっている剣に手をかけて。


『……おーおー。場所が場所とは言え、哀れだの』

「ルシエラ様?」

『見ておれリリエル、アレが何の心構えも無く魔を手にしたものの()()じゃ』


 ルシエラが心底呆れたような言葉を吐き出せば、リリエルは一体何のことかと首を傾げていたが――視線の先に映ったソレに、少し怯えるように肩を揺らした。


「え――ひっ、あ……っ!?あ、ぎ……な、なんで、手から離れな――」


 剣の柄を握った瞬間、冒険者の表情が一変する。

 激痛でも走っているのか、身体をびくん、びくんと痙攣させながら、顔色をみるみるうちに変色させていくその様は、明らかに異常だった。


『以前私達にも選ぶ権利はある、と言ったじゃろ。無遠慮に局部に触れようとする下衆には似合いの末路じゃな』

「……例えが最低だぞ、お前」

『おおっと済まんのう、エルちゃんには早かったか』


 ルシエラの例えに軽く頭を抱えつつも、クスクスと笑われながら頭を撫でられれば、なぜだかこっちが恥ずかしくなってしまう。

 ぶんぶんと頭を振ってルシエラの手から逃れれば、小さくため息を吐き出しながら、先程の哀れな奴の方へと再び視線を戻し――


「――丁度いいか。リリエル、ちょっと相手してやれ」


 ――その変わり果てた様を見れば、ぽん、とリリエルの背中を軽く押した。

 俺達の中じゃ一番弱く、経験も浅いであろうリリエルには丁度いい相手だろう。


「――あ……あぎっ、ぎ、ひ――ぃ……っ」


 倍以上に膨れ上がった上半身。

 赤黒く腫れ上がった両腕。

 首ごと胴体に埋もれるようになってしまった頭。

 そんな中で変わることが無かった下半身だけが不格好な、魔剣に嫌われたモノの成れの果て。


 ……まあ、ちゃんと相手が魔剣だという心構えがあれば、ここまで酷い事にはならないんだが。

 どうやら目の前のコレは、そんな心構えさえ無く安易に魔剣を手にしてしまったのだから、仕方がない。


「畏まりました」


 俺に背中を押されれば、リリエルは淡々と、躊躇う様子すら無く目の前の成れの果てに殺意を向ける。

 先程までは普通の……ああいや、いささかな間抜けだった冒険者であるソレにも、特にリリエルは遠慮するつもりはないらしい。


 うん、だから良いんだ、コイツは。


「人間相手じゃなくて、魔剣相手だって事忘れんなよー」

「有難うございます、エルトリス様」


 その辺りにあった丁度いい大きさの岩に軽く腰掛けつつ、リリエルを眺める。

 アミラも手出しをするつもりはないのだろう、近くの壁に背を預けて。


『ほう、お前さんは手出ししそうだと思ったがのう』

「リリエルの強くなりたいという意思は強い。邪魔をするのは無粋だろう」

「はは、もっともだ」


 そんなアミラの言葉に軽く笑いつつ――俺達はリリエルと魔剣の戦いを、しばしの間見物することにした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 魔剣を黙らせて従える位の事をしないといけないのかな(゜ω゜)?
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