2.少女、老人と遭う
街に入り、宿をとって竜車を預けた後。
流石に長旅――という程でもないが、竜車から降りて直ぐに洞窟に行く気にもならず、とりあえず今日は手続きだけ済ませておくか、と俺はリリエルとルシエラを連れてギルドに向かう事にした。
アミラは寒さにまだ慣れないのか、部屋で毛布に包まっていたが……まあ、多分明日くらいには少しはマシになってるだろう、きっと。
「んで、ギルドで手続きしとけばそれで良いんだよな?」
「はい、ヤトガミの洞窟に入る人数とその名前を書いて、念書にサインすれば大丈夫なようです」
『念書じゃと?』
俺を軽く抱えるようにしつつ、ルシエラが首をひねる。
ルシエラの腕に抱かれるのも少し久々な気がするが、やっぱり何というか、凄く落ち着くな、うん。
エスメラルダは何というかこう、常に甘い感じがして全然落ち着かなかったし。悪い訳では無いけれども。
「はい、命の保証は出来ない、救助は出さない、四肢や精神に重大な損傷を受けても訴えない――と言った内容だそうですが」
「あー、まあそうだよな」
そんなどこか懐かしい気持ちになりつつ、リリエルをの言葉を聞けば軽く頷いた。
魔性の武器を手にするならそのくらいの覚悟は絶対に必要……ではあるんだが、ここを訪れている連中を見るとどうにもそういった感覚が有るようには見えない。
軽い気持ちで、自分だけの武器を――なんていう軽い気持ちの連中が散見されるし、そういった警告をするっていうのは実に親切だ。
……まあ、運良く生き残った奴が文句言ったりしたんだろうな、多分。
『全く、餌になりに行ってるという自覚はあるのかのう』
「無いだろ、そりゃ。そうでもなけりゃあ魔剣を楽しみになんてしてないだろう」
少し浮かれているような、楽しみにしているような――これから先、魔剣や魔槍といった武器を手にした自分を想像して高揚している冒険者を見ながら、呆れたようにルシエラは肩をすくめる。
多分、こういう連中は自分だけは特別だ、自分だけはちゃんと魔剣を手にして戻れる、なんて考えてるんだろうな。
その先に待っているのが何なのかは、ギルドが念書を書かせてまで教えてくれてるっていうのに、それでも後を絶たないっていうんだから実に間抜けな話だ。
「……ま、そんな連中に何を言っても無駄だろ。さっさと手続き済ませるぞ」
「そうですね。私と、エルトリス様と、アミラ様と――ルシエラ様はどうしますか?」
『……武器も書く必要はあるのかの?』
そんな連中から視線を外し、他愛のない会話をしながらギルドに入る。
中は人でごった返して居たが、その多くはこれから洞窟に向かうのだろう。受付の方は特に並んでいる様子もなく。
列に並べば、受付横に貼り付けてあった注意書き――とはいっても、先程リリエルが口にしていた物と同じ――に軽く視線を向けながら、順番を待つ。
これから洞窟に潜る連中は浮かれてるのが多いからか、俺達も特に悪目立ちをする事はなく、絡まれずに――……
「おい、順番を讓れガキ。僕が先だぞ」
「……はぁ」
……絡まれずに、済んだと思ったのに。
次で受付という番になって、いきなり後ろから妙に威張りくさった声が聞こえてきた。
思わず口からため息を漏らしつつ、ルシエラの腕に軽く抱かれたまま、声のした方に視線を向ける。
そこに居たのは、肩口まで伸ばした金髪を揺らす、身なりの良い――ついでにまあ顔立ちも整った男だった。
周りには多分この男の仲間か、或いは雇われたかした連中なのだろう、10人程の傭兵やら冒険者やらが屯していて。
その何れもが、俺たちをニヤニヤとした表情で見つめており……その久々とも言える、こちらを舐め腐った視線に少し懐かしくなりながらも、俺は無視するように受付の方に視線を戻した。
こちとら長い移動で疲れてるんだ。
こんな如何にもバカ丸出しな連中と関わっていられるか、全く。
「――おい、聞こえなかったのか!順番を讓れと言ったんだ!!」
「さっさとしろ、乳デカ女が!」
「どうせ観光にでも来たんだろ、さっさとアムニスさんに順番を讓れ、この牛!」
『……殺して良いか?』
「あ゛ー……もう、面倒くせぇな……」
だから、関わりたくないって言ってるのに……いや、口には出してないけどそう思ってるのに、どうしてこう食って掛かってくるんだ。
どうせ次なんだから俺が退こうが退くまいが、大して時間も変わらないだろうに。
「黙らせましょうか。余り血が散ると、職員の方が大変ですので」
「そうだな、もうそれで――」
リリエルが少し職員に気を使った言葉を口にすれば、もうそれでいいや、と俺は頷いて。
「――っ!?」
「な、何だ突然!やる気か小娘!」
身体が、勝手に反応した。
ルシエラを剣の姿に戻し、その場から――俺達に絡んでいた連中、その後ろから放たれた殺気にも似たモノから飛び退く。
殺気を感じすらしなかったのか、身なりのいい男も、その周りの連中も特には反応せず、ただ俺がルシエラを剣にした様子に驚いているようで。
『なんじゃ、いきなりどうした、エルトリス?』
「どうかしたのですか、エルトリス様」
「……いや」
背筋を、冷たいものが伝う。
ルシエラもリリエルも、何故俺がそうしたのか判らなかったのだろう、不思議そうにしていたが――
「ほー、コイツは驚いたのう。見えたか、感じたか」
――そんな俺達の耳に、しわがれた声が届いた。
よく見れば、身なりのいい男達の後ろ。その背後に、いつの間にか小柄な老人が立っていて。
チン、と腰に下げた曲刀から音を鳴らしつつ――その深く皺が刻まれている顔で、ニンマリと笑みを浮かべれば。
「――へっ?」
「え、な、何っ!?」
はらり、はらり。
バラバラと、目の前に居た身なりのいい男達の服が、鎧が、俺達の目の前で、突然バラバラに破れ――否、斬り裂かれていった。
あっという間に服を全てただの布切れに変えられて、一糸まとわぬ姿にされてしまえば、身なりの……いや、顔立ちの整った男は、その周りの連中は顔を赤く染めていく。
「……っ、こ、この、お、覚えていろ――ッ!!!」
「ま、待って下さいアムニスさん、置いていかないでぇぇっ!!!」
全裸の男たちは、そんな捨て台詞を事もあろうに俺の方に残しながら、慌ただしく駆け出していった。
……すぐに外から悲鳴が聞こえた気がするが、まあ、それは良いとして。
そんな連中が去った後。
その後ろに立っていた老人と、その左右に立っている女達は俺の方に視線を向けると軽く頭を下げてきた。
「いらん世話だったかの、お嬢ちゃん」
「……いや、手間が省けた」
カラカラと笑いながら、老人は愉快そうに俺をじろり、と眺めてくる。
その視線はこちらを舐め腐ったものではなく、寧ろ酷く愉しいモノを見つけたような、そんな好奇に満ちたもので。
「しかし大したものじゃな。儂、あれを躱されるとは思っとらんかったぞ」
「やっぱりさっきのはテメェか、爺――」
「実に良い、弟子にも見習わせたいくらいじゃ。ま、全部は無理だったようじゃがの」
「――何?」
老人が、チン、と再び曲刀を鳴らせば。
……その瞬間、急に胸元が涼しくなった。
視線を降ろせば、ちょうどドレスの胸元の部分。
無駄に大きな、その駄肉を収めている下着だけを残して、綺麗にドレスは切り取られていて――……
「……っ!?」
「カッカッカ、まだまだ青い、しかし立派な実りじゃわい!どれ、少し揉ませて――フガッ!?」
頭をカァっと熱くしつつ、胸元を抑え込み。
老人がそんな俺を見ながら笑いつつ、手を伸ばせば――今まで静観していた左右の女の内、片方が血相を変えて手にしていた長物で老人の頭を打ち据えた。
「な、な、何をしてやがりますかこの馬鹿師匠は――ッ!!す、すみませんすみません!!」
『とか言っておるが、どうするのじゃ?立派に実ったエルちゃんは』
「~~~~……っ、の爺……っ」
――弟子らしい女に思い切り頭を打ち据えられて昏倒……いや、あれはしてないな。
気を失ったふりをして女弟子の尻を撫でてる老人を見つつ、呼吸を落ち着かせる。
やられた。
もしあの老人が、服じゃなく生身まで切るつもりだったなら、俺はこの胸を切り取られて死んで――少なくとも、致命傷に近いものを負っている。
その実感が、後からじわりじわりと湧いてきて……俺は、爺に視線を向けながら胸元に軽く、リリエルからそっと手渡された布地を巻いた。
「……爺、テメェ何者だ」
「カカカ、儂か?そうさな、その立派な実りを揉ま――待てやめんかオルカ、冗談じゃ冗談」
俺の言葉にむくりと起き上がりながら、再び手を伸ばした老人に、女弟子――オルカが再び長物を構えれば。
「儂は、アルカン。ただのアルカンじゃよ――若くも熟し、実ったお嬢ちゃん」
「……師匠が大変失礼をしました。私はオルカ=カンタール、アルカン師の弟子です」
「私はー、メネス。メネス=エウリスだよー。おじいちゃんが、ごめんねー?」
老人は立派に蓄えたひげを軽く撫でて、そう名乗り。
長物を持った女と、そして今までぼんやりとしたまま――しかし一度もこちらから視線を外す事が無かった女は、それぞれ名前を口にすると、申し訳無さそうに頭を下げた。