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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第四章 霊峰に眠る魔刀
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1.少女、霊峰に赴く

 霊峰アンテス。

 天を衝くように聳える、人間側の世界では最も高い山。

 その余りの高さから、アンテスには昔から神が住まうとされていた。

 頂上からの景色はそれはもう絶景らしく、人と魔族を隔てている光の壁のその向こうまで見える……という話だが、そこまで登頂出来たものは殆ど居ない。

 何しろ登山するとなれば、そのルートは生物には余りにも厳しく、険しく。

 よしんば登れたとしても、その後には更に難易度が高いであろう下山が待っているのだ。


 故に、この霊峰を訪れる者の多くは決してこの山に挑もうとはしなかった。

 いかなる絶景と言えども、命あっての物種である。


 だが、その実霊峰アンテスを訪れる者自体は非常に多かった。

 単純に、天高くそびえ立つ霊峰をひと目見ようと訪れた観光客も多いが、それだけではない。

 訪れる者の半数近くは、霊峰アンテス自体には用は無いのだ。


 ――その天高く聳える霊峰を、ほんの少し登った辺りにぽっかりと口を開けている洞窟。

 その洞窟に眠るモノを求めて、今日も多くの冒険者が、傭兵が――或いはそれを雇った貴族たちが、喜び勇んで足を踏み入れていく。


 その多くは戻る事は無いのだが、そのリスクに目を瞑ってでも手に入れたいものがそこには眠っていた。


 通称、ヤトガミの洞窟。

 伝説に残る鍛冶師ヤトガミが失敗作を廃棄したとされる、魔剣や魔槍といった魔性の武器の宝庫。


 その魔窟に眠る、魔性の武器を――そして、その最奥部に眠ると語られている最高傑作を求め、今日もヤトガミの洞窟には人が絶えなかった。








「――くちゅんっ」

「エルトリス様、毛布を」

「ん……あー、有難うよ」


 竜車の外から吹く冷たい風に身体を震わせる。

 毛布を軽く肩にかけながら外を見れば、街道沿いの草地には薄く雪が積もっていて。


『中々いい景色だの。浴場からのんびり眺めたら良さそうじゃ』

「そ、そそそ、そう、か?わた、私には、さむ、さむむ、寒すぎて」

「……アミラ様も、毛布をどうぞ」


 ……元々薄着というか、軽装なアミラには事さらに堪えるのだろう。

 ガチガチと歯を鳴らしていたアミラは、リリエルから毛布を受け取れば全身にくるまるようにして丸くなってしまった。


 そんなアミラに苦笑しつつ、竜車の手綱を預かっているルシエラの脇から顔を出す。

 街道の先には俺たち以外にもそこを目指しているのだろう、ぽつりぽつりと竜車らしい影が見えていて。

 それが続く先には、白い煙らしいものが上がっており――俺は白い息を吐きながら、やっと見えてきた目的地に少しだけ心を躍らせた。


 地方都市アマツ。

 霊峰アンテスの麓に有るこじんまりとしたその街――から、少し離れた場所に、今回の目的地は有る。


「――沢山の魔性の武器が眠る洞窟、ねぇ。眉唾ものだわ」

「案外そうでもねぇさ」


 幌の上で寝転がっているのだろう、クラリッサの訝しむような声に軽くそう返す。

 確かに通常、ルシエラみたいな武器はそこらにゴロゴロ転がっているような物じゃあない。

 それどころか、アミラが使っているマロウトでさえも稀有な存在と言えるくらいにはそういった武器は珍しい物だ。


 ただ、これから向かうその洞窟……ヤトガミの洞窟には、それがゴロゴロ転がっているという。

 それだけなら確かに、クラリッサの言う通り眉唾ものの与太話といえるだろう。


 ――ただ、実際にはそこから魔性の武器を持ち出せた者が殆ど居ない、という事実さえ除けば。


「なな、何か、確証でも、ああ、ある、あるの、か?」

「……俺の分の毛布も使っていいぞ。ルシエラもそうだし、お前のマロウトもそうだろうがこういうのは選り好みが激しいからな」


 まだガチガチと震えているアミラに毛布を渡しつつ、そう言いながら竜車の手綱を握っているルシエラをちらりと見る。

 コイツなんかはその最たるものだ。

 俺の前の所有者を何人食い散らかしたかは知らないが、俺が手にする前は処刑道具扱いされてたくらいには、選り好み――要するに、使い手を選んでいた。


『当たり前じゃろ、私らにも選ぶ権利は有るんじゃぞ』

「ああ、まあそうだろうな」


 選ぶであろう時に、その握ったやつを殺す、災いをなす――そういった特徴さえ無ければ、まあルシエラの言葉にも同意していただろう。


 ――まあ、つまりはそういう事だ。

 実際に魔性の武器は転がっているんだろうが、その武器に選ばれなけりゃあソイツに殺されるか、それ以上にど偉い目に合わされるから生半可な奴は戻ってこれない、ってだけ。

 こういう魔性の武器に憧れるのは、まあそういう生半可な奴が多いんだから尚更に犠牲者が多いんだろう。


それでも尚、こうして訪れる者が減らないってのはやはり憧れから、なんだろうか。


「ですが、単純に凶暴な生物……或いは、魔獣や魔族が居る、という可能性もあるのでは?」

「全く無い、って事は無いでしょうけど多分無いわ。メリットがないもの」


 リリエルのもっともな疑問に、ひょっこりと幌の上から顔を出しながらクラリッサは小さく欠伸をした。


「こんな大国と関わりのないひなびた場所なんて、何の得もないもの。行くなら大国かその近辺よ」

「……き、きさ、貴様は、どうなのだ」

「心配しないでも、私はアルケミラ様にそこのエルトリスを勧誘しろって言われただけ。それ以外にはあんまり興味はないし、警戒するだけ無駄よ無駄」


 鋭い視線を向けたアミラに、クラリッサは軽くそう返しながら幌の上に戻っていく。


 事実、ここに来るまでの間クラリッサは時折会話に挟まる程度で、俺達に特に干渉……というか、敵対するような行動はしてこなかった。

 以前エスメラルダと過ごしている時に、街中っていうエスメラルダが魔法を使いづらい絶好の状況でも仕掛けてこなかった辺り、コイツに敵対する意思がないってのは本当なんだろう。


 まあ、どんなに勧誘された所でアルケミラとやらに仕えるつもりは毛頭無いんだが、まあ邪魔してくる感じでもないし、放置していても大丈夫……な、筈だ。

 よしんば邪魔してきた所で、あの時のヘカトンバイオンやバンダースナッチ程の強さは感じないし、多分大丈夫だろう。


「――ま、私は適当にその辺見て回ってるから。アンタ達はアンタ達で、勝手になさいな」

「……何なんだ、あの魔族は」


 そうしている内に、人が増えてきて居心地が悪くでもなったのか。

 クラリッサは幌からぴょん、と飛ぶとそのまま姿を消した。


 毛布に包まったアミラの呆れた声を聞きつつ、段々と外から聞こえてきた賑わう声に視線を向ける。

 衛兵たちが竜車を調べつつ、行商人や冒険者、傭兵たちと和やかに会話しているらしい。

 久しく見ていなかった和やかな光景に小さく息を漏らしつつ、俺はルシエラの隣に腰掛ければ、俺たちの番が来るのをのんびりと待つ事にした。


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