26.別れ、そして旅立ち
――エルトリスちゃんとの、別れの朝。
王様は、ヘカトンバイオンの打倒に協力してくれたエルトリスちゃんに少なからず礼をしたかったようだったけれど、結局エルトリスちゃんはその何れも断って、早々に旅立つ準備を進めてしまった。
正直言って、凄く寂しい。
私に忌憚なく言葉を口にしてくれるエルトリスちゃん達が居なくなったら、後は王様くらいしか私と真っ当に会話をしてくれる人は居ないし――ううん、それ以上にエルトリスちゃんと離れてしまうのが、寂しくて仕方ない。
「荷物は積んだか?」
「はい、滞りなく。食糧品を支給してもらえたのは、有り難いです」
「そうだな、何しろこれから向かう先は少々遠い。多いに越したことは無いからな」
私が見ている前で、とうとう旅立つ準備を終えてしまったのを見れば、少しだけ、ほんの一瞬だけ、私もついていこうかな、なんて思ってしまったけれど。
その考えを直ぐに笑って振り払えば、私は準備を終えたエルトリスちゃん達に、近づいて――
「――それじゃあ、気をつけてねエルトリスちゃん。それに、皆も」
「はい。色々と有難うございました」
「色々としてくれたのに、あまり返せなくて済まない。いずれ、埋め合わせは必ず」
――そう、別れの言葉を口にした。
うん、これは私が決めたこと。
エルトリスちゃん達と行くことと、私が守りたい人達を守る事を天秤に掛けて、私は後者を取った、ただそれだけ。
王様や、お城の人たちや、街の人達は私にとって、それだけ大事な人だから。
「じゃあね、エルトリスちゃん」
「おう」
『次会う時には、もっと良い待遇をするんじゃぞ』
冗談めかしてそんな事を口にするルシエラさんと、短く声を出したエルトリスちゃんに、笑みをこぼしながら。
私は、そのまま皆に背を向けて――……
「――またな、エスメラルダ」
……エルトリスちゃんのその言葉を聞けば。
振り返る事無く、背後で聞こえる竜車の走る音を聞きながら、つい口元を緩ませてしまった。
またな、と言ってくれた事が嬉しい。
そう、これが今生の別れというわけでもないのだから、寂しがる必要はないのだ。
次会う時は、もっともっと凄い私になって、エルトリスちゃんを驚かせてしまおう。
それこそ、お姉ちゃん凄い!なんて言われちゃうくらいな私になろう。
「良かったのか、エスメラルダ」
「はい。私は、この国の英傑ですから」
王様の言葉に、迷うこと無くそう返す。
以前の私なら、それをただ義務感で口にしていたかも知れないけれど。
今は、はっきりと自分の意志で、そう言葉にする事が出来た。
そんな私を見れば、王様はどこか微笑ましそうな視線を向けてくれて。
……まるでお爺ちゃんが成長した孫でも見るかのようなその視線は、ちょっぴり恥ずかしかったけれど。
「――……」
もう、少し遠くで聞こえる陰口も気にはならない。
男の人を前にしても、震えることも無い。
――うん、もう大丈夫。
だって、エルトリスちゃんに教えてもらったから。
私の守りたいものから外れている人達の言葉を聞き流しつつ、私は王様の後について歩き出す。
私はこれからも、英傑として――守るたいものを守るために、好きなように頑張るよ。
だから、この国が落ち着いて、次にエルトリスちゃんに会えた時は――……私、もっと好きにしちゃうからね?
「――くちゅん」
『なんじゃ、風邪でも引いたかの』
「ああいや、そういうんじゃない、大丈夫だ」
クロスロウドから出て、程なくした頃。
急にむず痒くなってでたくしゃみに少し困惑しつつ、王から貰った情報を見直そうと地図を広げた。
これから向かう先は、三つの大国の何れからも外れた位置にある山脈。
古くから魔性の武器が多く眠るとされている霊峰アンテスで新たな武器を手に入れるのが、今の俺達の目的だった。
これは主に俺がこれから先もやっていく為の補強、って意味合いが強いが――
「……私にも扱えるモノが、有れば良いのですが」
「まあ探すのは自由だからな。俺も自分の分が見つかったら手伝ってやるよ」
「私も手伝うぞ。私はまあ、使い慣れているマロウトが一番だしな」
――それに加えて、リリエルの戦力強化って意味合いが大きい。
リリエルは機転やら躊躇いのなさ、それにセンスはかなりいい線行ってると思うんだが、如何せんそれを活かす火力に恵まれていなかった。
無論、魔法の腕は普通の魔法使い並にはあるんだが、それじゃあ魔族とかを相手取るには余りにも足りていない。
俺の邪魔をしなければ復讐にも力を貸すと言った以上、その辺りには多少なりと協力してやるべきだろう。
一応、俺が買った奴隷でも有るわけだし、うん。
『お優しい事だのう。エルちゃん自身を優先せんでいいのか?』
「勿論、俺が最優先だっての。でも――」
からかうようなルシエラの言葉にそう返しつつ、口ごもる。
――まあ、正直な話をすればこの霊峰とやらで俺が欲しい物が見つかるかと言われれば、結構厳しいと思っているのだ。
ルシエラと対等ないし、少し劣る程度の武器があれば上々なんだが、正直そのレベルの武器はそうホイホイと転がってるもんじゃあない。
これから向かう先は、かつてその手の武器を造っていた伝説の鍛冶屋が、失敗作と共に最高傑作を封印したとかいう場所らしいが……まあ、それでも厳しい気はしていた。
多くの冒険者やら傭兵やらがそれを求めては帰らぬ人になってるって事は、何かしら良いものはあるんだろうが――……
『ま、私を超える武器など先ず、先ず絶対に有り得んからな』
「あー、解ってる解ってる」
……まあ、そんな雲をつかむような話でも有るだけマシだろう。
どちらにせよ、リリエルの戦力強化になるってんだから損はない。
ルシエラの自慢げな表情に、ひらひらと手を振りながら竜車の外を見る。
もうクロスロウドの姿は遥か遠く。
ついこの間、ヘカトンバイオンとあそこでやりあったってのが夢みたいだ、なんて思えてしまう。
「……早く、強くなっとかねぇとな」
――そして、アリスがまた来るであろうという事も、忘れそうになる。
今のままじゃあ駄目だ。
何れ来るであろうあの怪物を、今のまま相手にするのはただの自殺に他ならない。
何時来るかも判らない相手だが、それまでには何かしらの手札を仕入れておかなければ――……
「――……?」
「ん、どうしたアミラ」
「いや、何か……クロスロウドの方から、飛んで来ているような……」
そんな事を考えていると、ふと竜車の外、クロスロウドの方の空を眺めているアミラに気付く。
言われて視線を向けてみれば、たしかに――人型の何かが俺たちの方に向けて飛んできているように、見えて。
「……あ」
――そこで漸く、俺はとある存在を思い出した。
そう、あれは確かエスメラルダに一日付き合っていた時に、突然乱入してきてケーキやら水やらを勝手に拝借した――……!
「――……っ、……!!!」
その小さな影は次第に大きく、良く見れば翼を羽ばたかせながらこちらに向けて一直線に飛んできていた。
そう言えば、アイツ……クラリッサだったか、勝手に俺たちに着いていく、みたいな事を言っていたっけ……!!
「な――何だあれは、新手の魔族か!?くっ、飛ばせリリエル!」
「判りました、迎撃はお任せします」
「おい待て、大丈夫だ――!!」
アミラ達にすっかり説明するのを忘れてた、と今更ながらに後悔しつつ。
マロウトを構え矢をつがえたアミラを、竜車をガッタガッタ揺らしながら猛スピードを出し始めたリリエルを宥めながら。
「待ちなさ――っ、勝――にどこ行く――よ――ッ!!」
『……何じゃ、また賑やかなのが続きそうだの』
竜車の外から聞こえてくる叫び声に、そしてそれを面白がるルシエラに、小さくため息を漏らしつつ。
仲間とは言える訳もなく、下僕とも呼べる訳もない新しい同行者に、どうしたもんかと肩を落とした。