24.色々な魔族
「……断る。悪いが、誰の下にも就くつもりはねぇよ」
「まあ、そうよね。そう答えるとは思ってたけど」
俺の言葉を予期していたのか、クラリッサは小さくため息を吐き出した。
……元より誰の下に就くのも嫌だとは思ってるが、それが魔族の下だというなら尚更に忌避感が有る。
無論、魔族全てがムカつく奴だとか、人間全てがいい奴だとか、そういう訳じゃあない。
訳じゃあない、が。
「そもそも、テメェら魔族は俺たちに敵対してんだろうが」
「あ、それ偏見よ。人間が持ちがちなマヌケな考えね」
「……違う、っていうんですか?」
ピッ、と指先を俺の方に向けつつ、今度は俺のスプーンを手に取れば、何の断りも無くクラリッサはケーキを一匙掬い、つまみ食いして。
眉をひそめた俺を気に留める事もなく、エスメラルダからの言葉に軽く頷けば、どっかりと背もたれによりかかりながら、口に咥えたままのスプーンをピコピコと動かした。
「アンタ達人間って、国は幾つあんの?」
「大国でいうなら三つ……だけど、まあ大小含めたら判らないな」
「で、そのアホみたいな数の国はぜーんぶ同じ考えなわけ?」
「――それは、まあ、確かに違います、けど」
……成程、クラリッサの言葉は確かにもっともだ。
俺たち人間が全員同じ考えかと言えば、当然そんな事はない。
国どころかその内部でさえ思想が統一できている訳じゃあないし、そう考えれば魔族全てがこっちに対して敵対的じゃない、っていうのも判らなくはなかった。
ただ。
「でも、お前の所の……で良いんだよな、ファルパスは人間に思い切り敵対してたぞ」
「そりゃあ全ての人間に対して友好的、なんて事はないわ。私達は――アルケミラ様の派閥はね、有能な存在に対して友好的なのよ」
「有能な、存在ですか?」
ええ、と口にしながらクラリッサは今度はテーブルに置いてあった水を口にする。
……本当に遠慮という物を知らないのだろうか、と思いつつも、話の腰を折るのも馬鹿らしいので文句を言うのは後にしておいて。
咥えこんでいたスプーンを口から出せば、柄の方でつんつん、と俺のケーキを突きながら、クラリッサは言葉を続けていく。
「例えば、美味しい食事を作れる者」
そして、今度は――そのクリームの付いた柄で、俺の頬を軽く撫でて。
「例えば、強い者」
そうして、俺の頬にクリームを付けながら、クス、と少し妖艶に笑みを零せば――今度はその柄を、唇で咥えこんだ。
「――例えば、歌の上手い者。そして、美しい曲を奏でる者」
そこまでクラリッサが口にすれば、俺にもおおよそクラリッサの――こいつの所属しているらしいアルケミラの派閥が、どういう思想の集団なのかは理解できた。
魔族、人間問わず優秀な者であれば分け隔てなく迎え入れる、という事なのだろう。
今まで出会ってきた魔族の中じゃあ一等真っ当に見えるその思想に、エスメラルダは少し感嘆というか、見直していたようだったが――……
「……で、それ以外は無価値、ってわけだ」
「ええ、当然。そんな者に気をかけるのは時間の無駄でしょう?」
……要するに、そういう事なのだろう。
コイツが、アルケミラとやらが気にかける人間というのは、一定の水準以上の人間のみ。
それは案外、俺とよく似ている気はしたが……正直な所、少し怪しいとも思ってしまう。
俺はリリエルやアミラの事も気に入ってるが、どうにもコイツの語る基準からすれば、無価値の分類に入れられるような、そんな気がしてならない。
「――やっぱり無しだな、誰かの下に就くのなんざまっぴら御免だ」
そう考えてしまうと、やっぱりアルケミラとやらの下に就くのは考えられなかった。
俺が気に入ってる者であれど、コイツラのメガネに叶わなかったら切り捨てられるなんてのは、どうにも我慢ならない。
そんな俺の反応を見れば、クラリッサは小さくため息を吐き出しつつ、頬杖を付いて。
「……言っとくけど、拒否権は多分無いわよ?私としては、後々同僚になるんなら出来れば傷は浅い内に、って思ってるんだけど」
「――エルトリスちゃんに何をするつもりですか?」
「エスメラルダ、やめろ。こんな街中でぶっ放したら不味いだろ」
クラリッサが呟いた言葉に不穏なものでも感じたのか。
殺気とともに目に見えるような魔力を揺らめかせたエスメラルダを窘めつつ、少し考える。
――今の口ぶりは、どちらかと言えば危害を加える、というよりはそれをしたくない、というように聞こえてならない。
「……ま、良いわ。私は当分こっちに居るつもりだし――というか、アンタに付いていくつもりだし」
「あぁ?」
「こっちに来たのもアンタが目的だもの。何の手土産もなしに帰るなんて出来ないわ」
だが、そんな思考も続くクラリッサの言葉に瞬く間に霧散した。
着いてくる?クラリッサが?
魔族が、俺に?
「おい、ふざけんな。俺にもやる事が有るんだよ、邪魔すんな」
「心配しないでも邪魔はしないわよ。アンタが心変わりするまで着いていくだけだし」
一向に引くつもりも、そもそも考えを変えるつもり自体が無いのであろうクラリッサは、そんな事を口にすれば、ニンマリと笑みを浮かべて。
「――それに。アンタ、結構柔らかくて美味しそうじゃない?なんて」
「――……っ、もう、いい加減にして――ッ!!」
――恐らくは冗談半分だったのだろうが、クラリッサがそう口にした瞬間。
周囲をビリビリと揺らすほどの怒声をあげながら――俺に窘められて抑えていた魔力を先程以上に立ち上らせながら、エスメラルダが勢いよく立ち上がった。
涙目になりながら、顔を赤くしながら、今にも癇癪を起こしそうなその顔は愛らしかったものの、そこから放たれる強烈な敵意と殺意は紛れもなく一級品で。
「……わ、悪かった、悪かったわよ。まあ、今日はこれくらいにしてやるわ」
「……っ、ううぅ……っ!」
周囲の視線が集まる以上に、その予想以上の敵意の向けられ方に驚いたのか。
クラリッサはどうどう、とエスメラルダに口にしつつ、とん、とん、と軽く跳べば、そのまま建物の上に登り――そして、何かが羽ばたくような音を立てれば、姿を消した。
「あ――……」
「……っ、ぐす……っ、酷い、酷い……っ。折角、最後に思い出、作ろうって、思ってたのに……」
……が、エスメラルダは一向に気持ちを抑えられないのか。
とうとう、ボロボロと泣き出せばぐずりだしてしまった。
そう言えば、ここに来る前に言ってたっけか。
もうすぐお別れになるから、思い出を作りたい、みたいな事。
そんな最中にこんなトラブルがあったら、思い通りに行かなくなったら、まあ癇癪を起こさないまでも、多少なりと怒って当たり前だろう。
とは言え、流石にちょっと子供っぽいとは思うが――英傑になる以前はただの村娘だったらしいし、ある意味相応なのか、これが。
「……エスメラルダ」
「っ、ひっく……?」
「ほれ、あーん」
まあ、いつまでもそんな状態で放置しておくわけにも行くまい。
何しろ、一応エスメラルダとは約束してしまっているのだ。
「あむ……ん」
「落ち着いたか?」
「……う、ん」
――少なくとも、今日一日はコイツの為に時間を割くと決めているんだから、いつまでも子供みたいにぐずられてても困る。
もぐ、もぐと口を動かしながら、エスメラルダは少し驚いたような表情を見せれば、先程までの癇癪を収めたようで。
「えへへ……っ、お姉ちゃんも、食べさせてあげるね」
「いや、俺は――ん、む」
「どう、美味しい?」
俺の真似をしてかどうかは分からないが、エスメラルダも俺の口にケーキを差し込めば。
口の中に広がる甘味に、俺はつい、素直にこくん、と頷いてしまって。
そんな俺を見れば、エスメラルダはまだ少し涙を浮かべては居たものの、大分機嫌が戻ったのか、笑顔を見せた。
「それじゃあ、ケーキを食べちゃおうっか」
「ん……まあ、そう、だな」
……どうやら、エスメラルダは周囲の視線も気にならないのだろう。
先程の騒ぎで通りに居た連中は皆こっちを見てたが、まあ、確かに気にしても仕方ないか。
俺も出来る限り気にしないことにすれば、そのままケーキを一匙掬い、口にして。
「ふふ、お口汚れてるよ♥」
「ん、ぅ……」
少し急いで、しかしそれでも時間を掛けながらケーキを口にしつつ。
その甘味に少し酔いしれつつ、先程までの穴埋めをするように、エスメラルダとの時間を少なからず楽しんだ。