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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第三章 魔導国と嘲笑う人形師
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22.英傑のお願い

「――見えなかった?」

「うん。ええっと、正しくは数値が見えなかった、かな」


 夜、エスメラルダの部屋。

 もうすっかりエスメラルダと一緒に寝る事にも慣れてしまった俺は、ぬいぐるみ扱いされないように少しだけ距離を取りつつ、ベッドの上でエスメラルダと言葉を交わしていた。


 特殊な目を持つエスメラルダからアリスについて何かしら聞ければ――そう思っていた俺に帰ってきたのは、少し肩透かしを食らうような、そんな言葉だった。

 見えなかった。

 相手の情報を数値化して見ることが出来るらしいエスメラルダの目を――超常の存在に授けられたらしいその目をもってしても尚、アリスの強さを見る事はできなかった、というのだ。


 まあ、よくよく考えればあの時エスメラルダはアリスを見ただけで錯乱しかけていたし……まともに見えていなかったのは、元より判りきっていた事なのかもしれない。


「因みに、どんな風に見えてたんだ?」

「……文字に、見えなかった……って言うのかな」


 何の気無しにエスメラルダに問いかければ、少し悩んでからエスメラルダは選ぶように言葉を紡いでいく。

 エスメラルダ自身、あの時自分が見ていたものがまだ良くわかっていないのだろう。

 少しずつ、あの時見たことを思い返しながらエスメラルダは口元に指を当てて。


「でも――そう、いえば」

「何だ?」

「あの時、一瞬だけだけど、意味のある言葉も見えた、かな」


 ――そう言えば。

 アリスと対峙していた時、エスメラルダが唐突に口走った言葉があった。

 あの時はまるで意味が判らなかったが……


「お友達になりましょう、一緒に遊びましょう、仲良くしましょう。後……」

「……つくづく、常識外れというか規格外だな、アイツ」


 ……相手の強さを映すエスメラルダの瞳に、自分の思いを投影した、という事なのだろう。

 相手の能力でさえも容易く操る――或いは誤認させてしまう、そんなアリスの力に俺は大きくため息を漏らした。


 勝ち筋が、見えない。

 ヘカトンバイオンの時は暫く観察して、エスメラルダの魔法を反射した――つまりは反射しない限りは危険だった――ってのが見れたから、何とかなったが……アリスには、それが無い。

 攻撃の一切はまるで無かった事のようにされるし、アリスが言葉を紡げばそれだけで物事を書き換えられる。

 触れられればそれだけで身動きが取れなくなるし――アイツの存在が近ければ近い程に、逆らえなくなる、そんな感覚すらあった。


 何より、まだアイツは一度たりとも俺たちに向けて攻撃していないっていうのが痛い。

 アリスがこっちに向けてやった事と言えば、ただ言葉を口にしただけだ。

 それだけであの有様だってんだから、先ずは同じ地平に立てるようにしないと話にならない。


「――後、確か……嫌わないで、って」

「あん?」

「あの時は余裕がなかったからうろ覚えなんだけど、うん。確か、そんな言葉も有った気がする」


 ……嫌わないで。

 その言葉は、最早超常の域に立っているアリスにはあまり似合わない言葉だ。

 それこそ、アイツだったら他人に好意を強制することだって出来るだろうに。


「……ん?」


 そこまで考えて、首を捻る。

 ……そう、アリスならばそれができた筈なのだ。

 俺たちの意思など無視して、一緒に遊ぶように強制したのなら――多分、俺たちは笑顔でアリスの遊び相手になっていただろう。

 だが、アリスはそれをしなかった。

 思い込みにも似た言葉を口にする事はあれど、圧倒的に格下であろうこちらの意思を、辛うじてだが確認している様子があったのだ。


「……んん?」


 分からない。

 考えれば考える程に、アリスという存在が良く判らなくなる。

 俺は眉をひそめながら、首を更に捻り、考えて、考えて、考えて――……


「……駄目だ、判らんっ」

「あはは……まあ、うん。あのアリスって子……ううん、魔族は六魔将だから、ね」

「んー……はぁ」


 エスメラルダの言葉に小さく唸りつつ、息を吐き出した。

 六魔将。以前、この城の書庫で見たその言葉。

 魔王より一段落ちるが、実質的に魔族を支配しているであろうそれらの内の一人が、アリスなのだという。


 ――つまりは、あのレベルがあと5人。

 これから先、俺じゃない魔王とやらに会うのであれば、少なからず相手にしなくちゃならないだろう奴らが、アリス以外にも5人は居るわけだ。


 無理筋にも程がある。正直、考えることを放棄したい。


「あークソ、何か考えねぇとな……」

「大丈夫、エルトリスちゃんっ。六魔将と戦う時は、私も一緒だよ!」

「わ……ぷ、んむぅっ」


 わしゃわしゃと髪の毛を掻いていると、エスメラルダはそんな事を言いながら――ああくそ、またぬいぐるみ扱いだ。

 体格差もあって、俺の小さい身体はエスメラルダの両腕にすっぽり収まってしまって、ぎゅうっと抱きつかれてしまうと、もう逃れられない。


 ……いや、以前とは違って強引に抜けられない事もない、筈なんだけども。

 何でか分からないが、柔らかさと暖かさ、それに心地よさに抜け出したい、という気持ちさえも萎えてしまう。


「うぐ……あの、なぁ。俺はぬいぐるみじゃないんだぞ……」

「うん、解ってるよ♥エルトリスちゃんは、エルトリスちゃんだもの」


 エスメラルダに抵抗の意思を口にしても、あまり意味もなく。

 俺はむにゅ、むぎゅう、とエスメラルダの柔らかな肢体に埋められるように、しっかりと抱かれてしまえば……心地よさに、とうとう全身から力を抜いてしまった。


 ああ、もう。

 だって仕方ないじゃないか、暖かくて、柔らかくて、安心するんだからっ。


「――♪」


 後はまあ、いつもどおり。

 エスメラルダは俺を抱きかかえたまま、聞いたこともない歌を口ずさみつつ……心地よさの中で、段々意識が微睡んでくる。


 まあ、聞きたいことは聞けたし良いか、なんて。

 そんな事を考えながら、おれはその心地よい微睡みに、身を委ねて――……


「……ねえ、エルトリスちゃん」

「ん、ぁ?」

「お礼……前に言ってたよね、して欲しいことはないか、って」

「……あぁ」


 ぼんやりとした頭で、エスメラルダの言葉に小さく頷く。

 ……そういえば、そんな事を口にした気がする。

 ヘカトンバイオンを倒したんだし、もう十分かと思ったけど……まあ、ヘカトンバイオンを倒せたのはエスメラルダの力が大きいし、何か頼みがあるんなら聞かないでも、ない。


「それじゃあ――……」

「……ん……う、ん」


 ……エスメラルダの言葉を、頼み事を、微睡みの中で聞く。

 耳にした、そんな他愛も無いお願いに俺はなんだそんな事か、と小さく頷けば――そのまま、意識を手放した。








 ――そして、翌日。


「……なあ、エスメラルダ」

「うん、どうしたのエルトリスちゃん?」

「確かに、確かに俺はお前と一日付き合う事は約束した。それは、認める」


 眠りに落ちる前。

 私と明日一日付き合って欲しいというお願いを耳にした俺は、こくん、と頷いたのを覚えている。

 だから、それ自体に文句はないし、約束はちゃんと果たすつもりだった。


「――この、格好は、なんだ」

「えへへ、とっても似合ってるよ、エルトリスちゃん♥」


 ……だが。

 俺が目を覚ますや否や、エスメラルダは満面の笑顔で俺に着替えを要求すれば、瞬く間に今まで着たことも無いような格好をさせて、きて。


 その格好は――いうなれば、子供が着るような、幼い格好だった。

 空色のフリルワンピースに、腰を軽く結っている青い大きなリボン。

 髪の毛は左右に結われていて、靴も小さく、リボンで彩られた可愛らしい物を履かされており――……


「に、似合ってなんか……っ」

「だって、折角のお出かけだもんっ。おめかししなくちゃ、ね?」

「それなら、普段の格好でも良いだろ……って、う、わっ!?」


 文句を口にしている俺を意に介する事も無く――いや、その様を笑顔で、微笑ましそうに見つめながら。

 エスメラルダはひょいっと俺を抱きかかえるようにすれば、背中とお尻を支えるように、して。


 そう、それはまるで母親が子供を抱くかのような、そんな優しい抱き方。

 それをされている事を自覚してしまえば、頭が一気に熱っぽくなってしまう。


「あ、ぅ……っ、え、エスメラルダ、なんのつもり……」

「安心して、エルトリスちゃんっ。今日は一日、いーっぱい楽しませてあげるから――」


 恥ずかしさのあまり、声もうまく出せない。

 俺の言葉に笑顔で返しながら部屋を出たエスメラルダに、激しい不安を覚えながら――それから逃れようと、まるで子供みたいにきゅうっとエスメラルダの服にしがみついて。


 そんな俺の頭に、顔に軽く頬ずりをしつつ、エスメラルダは何時になく軽快な足取りで歩いていく。

 城から出れば、外は快晴。

 未だに復興以前の問題なのか、兵士達が忙しそうにしていたけれど――崩れた街並みとは逆方向に足を向ければ、そこにはまだ少なからず、以前の光景が残っているようだった。


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[一言] 流石保育士志望( ˘ω˘ ) 母性が溢れている
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