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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第三章 魔導国と嘲笑う人形師
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18.真に、恐るるべき者

 ――眩い閃光が反転し、英傑を飲み込んだように見えた刹那。


「――あはっ、あははっ」


 微かに届いたその無邪気な声に、ヘカトンバイオンはグルンと首を回し。

 その無機質な瞳に映った影を見れば、そこに居た者にヘカトンバイオンは驚愕した。


 そこに居たのは、先程一方的に蹂躙した相手であるエルトリスだった。

 雷光を完全には防げなかったのだろう、幼い身体の所々に火傷を負い、焼け焦げたドレスを纏った姿は痛々しく。

 しかし、エルトリスはそんな状態でありながら、心底幸せそうな、多幸感に酔いしれているような表情を見せていた。


 無論、ヘカトンバイオンが驚いたのはエルトリスのその姿に、というだけではない。

 彼女が居たのはヘカトンバイオンの背後――つまり、エルトリスはあのエスメラルダの閃光が放たれたと同時に、ヘカトンバイオンに飛びかかったのだ。

 もしヘカトンバイオンが閃光を反転させなければ、諸共に消し飛ばされた――よしんば、ヘカトンバイオンは耐えれたとしてもエルトリスの幼い身体は跡形も残らなかっただろう。

 そんな単純な道理が分からない少女ではないと、先程まで戦っていたヘカトンバイオンはよく理解していた。


 ――エルトリスは、そのリスクを顧みること無くヘカトンバイオンの死角を取ったのだ。


「狂人め――ッ!!」


 単純な戦闘能力だけならば、エルトリスは今のヘカトンバイオンにとっては取るに足らない存在だというのに、その判断力が、実行力がヘカトンバイオンを戦慄させる。

 果たして、エルトリスはそれを理解して行ったのか、或いは単なる直感によるものなのか。

 まだ一度も見せていない対英傑兵装(カウンターマジック)を起動した直後に生じる僅かな隙を突かれたヘカトンバイオンは、背後に……死角に居るエルトリスに何をする事もできなかった。


 ――だが、大丈夫だ。問題はない。


 ヘカトンバイオンは狂喜に満ちた表情で魔剣を構えるエルトリスに視線を向けつつも、そう自分に言い聞かせる。


 事実、ここまでヘカトンバイオンは終始エルトリスに対して優位を取り続けてきた。

 貴族の身体を用いて相手の力量を測り、弱体化させ、その上で――仮に底力のようなものが有ったとしても勝てると、ヘカトンバイオンは判断していた。

 それだけ、反英傑派を利用して得た魔導人形の身体は強力だと理解していたのだ。


「そぉ、れ――ッ!!」

「ぐ……っ、は、ははっ」


 そして、事実それは正しかった。

 まるで周囲の大気を喰らうかのような轟音を上げているエルトリスの魔剣は振るわれはしたが――狙ったのは、ヘカトンバイオンの()()ではなくその腕だったのだ。

 背中から生えた六本の腕の内の一本。

 その一つを、轟音を上げながらエルトリスの魔剣は火花を散らし、食い破り――しかし、完全な破壊には至る事はなく。


「残念だったね、奇襲した所で君に決定打は無いんだろう――!」


 対英傑兵装を起動した反動で生じた僅かな硬直が解ければ、即座にヘカトンバイオンはエルトリスに向き直り、再び拳打を放った。

 今度は四本ではなく、八本の腕全てを使った強烈な連打。

 幼く小さな姿をしたエルトリスには過剰すぎる暴力を、ヘカトンバイオンは容赦なく振るっていく。


「か、ふ――きゃはっ、あはっ、あはははっ、ふふっ」

「この……死ね、死ね、死ね――ッ!!」


 降り注ぐ巨腕は、まるで流星のよう。

 それを魔剣を振るい弾いても、弾いた拳は周囲の建物を壊し、抉り、叩き潰して。

 建物が立ち並んでいた街だったとは思えない程の凄惨たる有様を作り上げてなお、ヘカトンバイオンは攻撃の手を緩める事はなかった。


「――っ、きゃ、は……っ、ははっ」

「何で――くそ、狂人め……!」


 既に、巨腕が放つ衝撃だけでも幼い身体は耐え難い苦痛を味わっている筈だというのに。

 だというのに、一向に笑うのを止めない――幸せそうな笑顔を消す事のないエルトリスに、ヘカトンバイオンは焦燥に苛まれる。


 この顔はまだ何も諦めていない。

 この有様は、まるで思い通りに踊らされているようだ。


 ――この人形師(パペットマスター)の名を頂いている僕が、目の前の少女の前で踊る人形のようじゃあないか……!!


 それだけは、ヘカトンバイオンの自負が許さなかった。

 踊らされるのは相手でなければならない。踊らせるのは自分でなければならない。

 そうする事で六魔将の配下にまで上り詰めたヘカトンバイオンだからこそ持つ歪な誇りは、それ故にエルトリス以外の物を見えなくした。


 ガシュン、と振りかざした拳に唐突に衝撃が走る。

 ヘカトンバイオンにはそれが何なのか判らなかった。

 敵は最早エルトリスだけだと、たかを括っていた。


 視線を向ければ、そこには――エルトリスが先程食い破った、装甲が崩れ内部が露出した腕に突き刺さった、一本の矢。

 内部の機構を暴風とともに破砕しながら深々と突き刺さった矢に、ヘカトンバイオンは一瞬だけ意識を奪われる。


 ――いや、問題ない。もう既にこれが必要な相手は倒している。


 八本の腕の内、一本が機能不全を起こしたのを悟りつつも、しかしヘカトンバイオンは冷静にそう判断すれば、それに構う事無くエルトリスに拳打を振るった。


「――……っ!!」


 そして、ついにその巨腕が幼い姿を捉えれば、エルトリスは瓦礫に叩きつけられる形で弾き飛ばされた。

 辛うじて受け身を取りはしたものの、そんなもので巨大な金属の塊から放たれた一撃を抑える事は出来はしない。


「げ、ほ――ごぷっ、ぁ――っ」

「……は、は。よし、これでもう敵は――」


 実際に驚異だったのはエスメラルダだけだった筈なのに――事実、そのための対策を造らせたのに――何故か、僅かな傷しか負わせていないこの少女こそ、ヘカトンバイオンには驚異に映っていたのか。

 吐血し、身体から血を流し、瓦礫を赤く染めていくエルトリスを見下ろしながら、ヘカトンバイオンは心底安堵したように胸をなでおろした。


 ここまで傷ついてはもうエルトリスの身体は使えない――死体では腐るだけだから意味がない――が、まあ良いだろう。

 これでもう、自らを害する事ができる敵は居ない。

 もっと内側から腐らせて、人形どもが踊る様を見ていたかったけれど、これはこれで愉快な結果だ、とヘカトンバイオンは表情の無い顔で笑う。


 自らを守る守護神を貶め、自らを守る守護神を殺す物を造らせて、それを国のためだと言い張る者は、何もわからないまま死んでいった。

 それは、何とも無様で荒唐無稽な人形劇(グランギニョル)

 おおよそ満足したのか、ヘカトンバイオンは地に伏したまま動かない――動けないエルトリスを見下ろしつつ、後はこの国を更地にでもするかな、と独りごちて。








「――っ、おねえ、ちゃん……やっちゃっ、て――ッ!!」

「……?」


 唐突に、ピリピリと装甲に響くほどの大声でエルトリスが叫んだのを見れば、ヘカトンバイオンは困惑した。

 おねえちゃん、とは一体誰のことなのか。

 エルトリスの仲間であろうエルフが役に立たなかったのは先程エルトリス自身が見ていたはずだ。

 他にも仲間がいる可能性は無い訳ではない、が――だからといって、エルトリス以上の存在ではないだろう。そうであるなら、今まで参加しなかった理由がない。


 ――そこまで思考を巡らせて、ヘカトンバイオンは思わず小さく悲鳴をあげそうになった。

 最早大声を出すだけでも血を吐き散らす、そんな限界一杯の有様であるエルトリスの、その表情。


 その顔は、先程までと何も変わらない、笑顔のままで。


「――うん、解ってる。解ってるよ、エルトリスちゃん」


 そして、その声とともに膨れ上がった膨大な魔力に、ヘカトンバイオンは思わずその巨体がよろめく程の勢いで振り返らせた。


 そこに居たのは、黒髪の魔女(えいけつ)

 一体いかなる方法で先程の閃光から、破壊の奔流から免れたのか。

 黒髪を赤く濡らしつつも、その顔には先程以上の強い決意が漲っており。


 エスメラルダ=ランダ=クロスロウドは、エルトリスの呼びかけに応えるようにそこに居た。


「……バカな!何で、どうして――逃れる暇なんて……!!」

「私――お姉ちゃん、やっちゃうから……っ、十重奏(デクテット)――」


 確実に葬った筈の相手から放たれた無慈悲な宣告に、ヘカトンバイオンは有りもしない背筋を凍らせる。

 先程の閃光でさえもまともに受けたなら危うかったというのに、それ以上の出力をまだ隠し持っていたのかという驚愕。


「く――っ」


 だが、問題はない。と、ヘカトンバイオンは再び先程のように対英傑兵装を起動する。

 いかなる魔法であれど、それが魔法であるのならばこの機構の前には全て無意味だった。

 アンチマジックの名の通り、ヘカトンバイオンが人の世にはまだない知識を与えて造らせたそれは、あらゆる魔力の流れを反転させるという至極単純なモノ。

 あらゆる魔法はこの機構の前には全て使用者の元へと帰るのみ。

 万事問題ない、そう言い聞かせながらヘカトンバイオンが構えた六本腕が再び光芒を描き――その一角が、いびつに歪んだ。


 まさか、とヘカトンバイオンは地に伏せているエルトリスを思い出す。

 初めから――否、対英傑兵装を使用したのを見た瞬間から、どうすれば破れるのかと理解していたのか?

 よしんば破ったとしても、既に目の前でエスメラルダが焼き払われた後だったのだから、無意味に終わる公算の方が圧倒的に高かったというのに?


 そんなか細い可能性を見逃さず、勝利する事を考えて――何という勝利への執念か、とヘカトンバイオンは自らがエルトリスを恐れた理由を、漸く理解した。


「チィ――ッ!!」

「――星の息吹(スターライト)オォォォ――ッ!!!」


 それでも最早、ヘカトンバイオンに出来る対応策は――否、最初からエスメラルダへの対応策はこれ以外には無い。

 いびつに歪んだ光芒を胸の前で合わせた巨腕に集中させれば、ヘカトンバイオンは対英傑兵装を起動させる。


 ――瞬間、溢れんばかりの光が日が沈んだ空を明るく照らした。

 エスメラルダから放たれたのは、渾身の――自らの全魔力を込めた、最大最強の一撃。

 その閃光は、ヘカトンバイオンの巨体を焼き払わんと煌めいて――


「ぬ、ぐ――う、おおおぉぉぉッ!!!!」


 ――その閃光が、ヘカトンバイオンの腕の前で拡散し、分散していく。

 完全ではないものの起動した対英傑兵装は、エスメラルダの魔法を少なからず拡散し、分散させて、その威力を散らしていく。


 巨体をジリジリと焼かれ、その威力に巨体を圧されながらもヘカトンバイオンは勝利を確信した。

 確かに多大なダメージは受けるだろうが、この魔導人形が動けなくなる程ではない。

 今度こそ、今度こそ僕の勝利は揺るがない――そう、ヘカトンバイオンは内心で安堵して。


「ごぽ……っ、か、ふ……り、リエルッ!!!」

「はい、ここに」

「――な」


 その瞬間、ヘカトンバイオンは聞きたくなかった声を聞いた。

 血を吐いたのだろう、掠れたエルトリスの声に確かに応える者が居た。


 それは、エスメラルダと比較すれば――エルトリスと比較しても取るに足らない、計算するにも値しない戦力。

 空色の髪のエルフは、エスメラルダと比較したら芥子粒のような魔力で氷の槍を作り出していた。


 その行為自体は、本来ならば何一つ問題のない行為だ。

 対英傑兵装が()()()機能していたのならば、その氷の槍もただリリエルの身体を穿つだけなのだから。


 ――だが、対英傑兵装は今、正しくは機能していない。

 本来ならば反転させる筈の機構が機能せず、拡散し分散させるに留まっている。


「――や、めろ」

三重奏(トリオ)――」

「やめろ、やめろやめろやめろぉぉぉぉ――ッ!!!」


 圧倒的な破壊力を誇る星の息吹を辛うじて拡散し凌いでいるに過ぎないこの状況で。

 新しく、別個の魔法が投げ込まれたらどうなるのか――それを理解し、ヘカトンバイオンは初めて悲痛な叫びをあげた。

 だが、何もできない。対英傑兵装を解いたならばその瞬間に、エスメラルダの魔法はヘカトンバイオンの巨体を焼き尽くすだろう。

 逃れることさえ叶わないその状況に、ヘカトンバイオンはどうにか、何とかしてこの状況を乗り切ろうと思考をフル回転させて――……


「――氷結晶の槍(クリスタルランス)!」


 ……その巨体からすれば、小枝で突かれたような衝撃。

 だが、それを対英傑兵装が認識した瞬間、辛うじて保たれていた均衡はいとも容易く崩れ去った。


「あ――あ、ああああぁぁぁぁ――ッ、くそ、くそくそくそ――ッ!!!」


 拡散、分散させていた対英傑兵装が限界を迎え、火花を上げる。

 六本の腕が次々に煙を噴き、火を立ち上らせて、爆発する。


 そして――ついに、拡散しきれなくなった閃光はヘカトンバイオンの巨体を焼き尽くした。


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