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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第三章 魔導国と嘲笑う人形師
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17.対英傑兵装

 ――雷光が焼き尽くした街並みから、僅かに外れた場所。

 路地裏だったであろうその場所に、貴族風の身なりのいい男達や研究者風の男女、そしてそれを誘導してきたのか、僅かに呼吸を荒くしているエルフ――リリエルの姿があった。


「よ、よく我々を守ってくれた。必ず、必ず礼はしよう」

「……っ、ぁ……いえ、お気になさらず。私も打算ゆえの事ですので」


 あのまま何処に行くかも考えずに走っていれば、雷光に巻き込まれて消し炭になっていたであろう貴族たちは、リリエルに頭を下げる……が、リリエルはそれに一瞥すらせずに、遠くに見える銀色の巨体を見る。

 遠くからでも戦闘の様子は辛うじて見る事はできたが、あの雷光が放たれる直前まで、リリエルの主であるエルトリスは一方的なまでに押し込まれていた。

 あのままでは勝てないと、傍から見ているリリエルでさえも理解できてしまう程に。


 ……別に、リリエルはエルトリスに対して絶対の忠誠を誓っている訳ではない。

 確かに金で買われた義理はあるし、自らの意思を尊重してくれるエルトリスの事を好いてはいるが、それだけだ。

 もし彼女の目的にそぐわない事になったのであれば――彼女の復讐の妨げになったのであれば、リリエルは何時だってエルトリスを切り捨てるつもりでいた。


「……貴方がたは、アレが何なのかご存知なのですね?」

「え――い、いや、それは」

「謝礼は要りません。アレが何なのかを、教えて下さい」


 ……それが変わったのは、その幼い主が無力な存在に成り果てた時だろうか。

 それとも、傍若無人とも言える主の世話を焼いている内にだろうか。

 少なくとも、この程度の窮地ではリリエルはエルトリスを見捨てようとはしなかった。


 リリエルの問いかけに、男たちは――反英傑派の人間は、視線をそらしつつ口ごもる。

 その態度だけで、リリエルは間違いなくこの者達はアレの正体を知っていることを確信した。


 仕方有りませんね、とリリエルは言葉にすること無く目を伏せる。

 指先に魔力をほとばしらせ、指先から凍りつかせて砕き、情報を吐かせよう――少なくともこの連中に対しては、そうした所で心は傷まない。

 リリエルは主に感化されているのでしょうか、と僅かに口元を緩めつつ、その質問(ごうもん)を実行しようとして――……


「――あれは、対英傑用の魔導人形だ」

「対、英傑用?」


 ……その寸前で、良心に耐えかねたのか。

 自らの守るべき対象だったものを嘲笑いながら破壊していく銀色の巨体を見ながら、研究者風の男は小さくそう漏らした。


「な……な、貴様、よせ――!!」

「今更保身など意味が無いでしょう。我々の意図がどうであれ、この街を――国を焼いているのは、我々が作ったものなのですから」

「……対英傑用、ということはエスメラルダさんへの対策に、ですか?」


 貴族は相変わらず保身のために声を荒げはしたものの、そんなものはこの場では何の意味も無く。

 研究者風の男は、リリエルの言葉に頭を左右に軽く振れば、言葉をさらに続けていく。


「あれは、英傑が居なくとも量産できる対魔族――いや、六魔将相手すら見据えた魔導人形なんだ。対英傑用兵装は、その一環で組まれた物で……」

「……技術的な事は私には理解できません。かいつまんで、アレの性能と弱点を」


 専門的な事に踏み込みそうだった男に軽く釘を差せば、リリエルは無表情なまま軽く唇を噛んだ。

 ――対、英傑用。

 つまりあの魔導人形は、英傑とさえ渡り合えるという想定の物であり――それが今、暴走して暴れているということが、どれだけ絶望的な状況なのかを理解してしまったのだ。


「……先ず、障壁を短時間で破壊出来る拳打を放ち、同時に疑似魔法を放つことも出来る腕部が八本。想定では、四本時点で魔族の扱うであろう魔法に相当する出力が出せる、筈だ」

「それだけでは、有りませんよね?」

「ああ……対英傑、いや、対エスメラルダ用兵装として腕部八本を同時に使用した機構もある。それは――……」


 ――男の語るそれを聞いて、リリエルは無表情だったその顔から、血の気を引かせた。

 一体何を考えてそんな物を作ったのか。

 否、この者達――少なくとも、研究者風の男達は英傑に代わる戦力をと作ったのだろう、それが過剰なまでに強いのはリリエルであっても理解はできた。


 だが。

 だが、今この状況において、その機構は余りにも――余りにも、致命的過ぎる。


「……っ、行かなくては」

「ま、待て!我々はどうすれば――」


 立ち止まっている訳には行かない。

 そう自らを叱咤して、背後で囀る貴族たちを切り捨てながら、リリエルは焼け落ちた街中を駆けていく。


 ――エスメラルダと、銀色の巨体が対峙する前に今の話を伝えなければ。

 そうしなければ、僅かに有った勝ちの目さえも消えてしまう。


 そんな、確信めいた思いに身体を突き動かされながら、リリエルは呼吸さえも忘れて走り続けた。








 ――そこから少し離れた、街外れにある丘の上。

 大方の誘導を追えたエスメラルダは、先程放たれた雷光に戦慄していた。

 あの雷光がもしこちらに向けて放たれたのなら、避難した人々はただでは――いや、間違いなく全滅してしまう。


「皆さんはここから動かないで下さいっ!」

「え、エスメラルダ様っ、何処へ」

「……大丈夫ですっ、私は強いんですからっ。あんなロボット、簡単にやっつけます!」


 今尚、街を蹂躙しているあの銀色の巨体を睨み、エスメラルダはふわりと空に舞い上がった。

 それは常人ならざる魔力を持った――授かったエスメラルダだからこそ出来る芸当であり、それを見た人々はどよめきと共に歓声をあげる。

 エスメラルダならば大丈夫だ。

 英傑であるエスメラルダならば、あの災禍を鎮めてくれる。

 何一つ疑う事無くそう信じる人々に、エスメラルダは僅かに笑みを零しつつ、空を駆けた。


 焼け落ちた建物も、崩れ去った道も無視して駆ければ、銀色の巨体まで辿り着くのはほんの僅か。

 彼方から飛来するエスメラルダに気づいたのだろう、銀色の巨体は彼女を見れば、街を破壊しながら何かを探している様子から一転して、エスメラルダに向き直った。


「――来たね、英傑サマ。さあ、どうかな、どうかな――!」

「これ以上、街は壊させない――っ」


 狂喜するように声を上げる銀色の巨体を無視して、エスメラルダは身体の内にある膨大な魔力を練り上げる。

 エスメラルダの持つ魔力は、常人――魔法使いの平均からみれば、水たまりと巨大な湖程の差があった。

 元々魔法が得意なものと不得手なものの間には、同じ魔法を使ったとしても威力に差異がでる。

 それ故だろう、膨大な魔力を持つエスメラルダの扱う魔法は、例え単発で使った物であったとしても常人の四重奏、或いは五重奏に匹敵するほどの破壊力を秘めていた。


「――五重奏(クインテット)!」


 そのエスメラルダが、宣言する。

 五重奏(ごばい)に圧縮された魔力は空間を軽く歪めながら、破壊を形どる。

 いかなる魔族であれど――それこそ、六魔将は別格だが――その障壁ごと消し飛ばして有り余るほどの破壊力を秘めたそれをみて、銀色の巨体は身構えた。


 ――背部の六本腕を広げ、肩からの二本腕をまるで手を合わせるかのように。

 それは奇しくも、エスメラルダが元の世界で見た神仏に似た構えだった。


 その構えに、エスメラルダは僅かな悪寒を感じたものの――


「喰らえ……星の息吹(スターライト)――ッ!!!」


 ――それを振り払うように、高らかに発動を宣言する。

 同時にエスメラルダのかざした手から放たれたのは、先程の雷光など比較にならないほどに眩い、光の奔流。

 例え単発で有ったとしても魔族の障壁を大きく削るであろうそれを五倍に増幅したそれは、例え銀色の巨体であったとしても受ければ間違いなく無事では済まない。


「――対英傑兵装(カウンターマジック)、起動」


 ……そう、受ければ。


 それが巨体に直撃する直前、銀色の巨体は静かにそれを宣言した。

 広げるように構えた六本腕から光芒が繋がり、巨大な円を描き出す。

 その円は瞬時に狭まり、胸の前で合わせている巨腕に集い――……








 ……その刹那。

 銀色の巨体を、ヘカトンバイオンを焼き払う筈だったその閃光が、反転した。


 声を上げる間もなく、何が起きたのかを理解する間もなく。

 エスメラルダは自らの意思に反して逆流する光を見て――その光が収まる頃には、空には何も無かった。


「……うんうん、よく出来てるじゃあないか、本当に。僕の知識を与えたとは言え、組んだのは彼らだ――感謝してあげよう」


 その結果を当然のように、しかし楽しげに見ながら、ヘカトンバイオンは嘲笑う。


 ――それを遠くで見ていた民衆は、まだ何が起きたのかを理解できていなかった。


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