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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第三章 魔導国と嘲笑う人形師
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16.少女は窮地の中で

 クロスロウド魔導国。

 三大国の一つに数えられるその国の一角から、本来ならばある筈もない音が響き渡っていた。


 それに巻き込まれ、逃げ惑う人々の悲鳴。

 激しくぶつかり合う金属音。

 そして、建物が倒壊する轟音。


 何れも、本来ならば大勢の人間が住まう国の中ではあってはならない音。

 それを鳴らしている張本人は、酷く愉しげに嘲笑いながら、その銀色の巨体を煌めかせていた。


「はははっ、ヒトに造らせたにしては良い出来でしょ、この人形は――!!」


 反響しているかのような、生き物ではあげられないような声を上げつつ、銀色の巨体はその八本の腕をもって目の前の小さな者を蹂躙しようと襲いかかる。

 片や、まだ少女と呼べるかも怪しいような幼気な少女、エルトリス。

 片や、身の丈程の剛弓を容易く扱っているエルフの女性、アミラ

 何れも、目の前の巨体を相手取るには余りにも小さく、頼りなく。


「……っ、ラ、アアァァ――ッ!!」


 だがしかし、その外見とは裏腹に、エルトリスは手にした魔剣を振るえば、八本の腕から放たれていく拳撃を次々と凌いでみせた。

 少女が火花をちらしながら拳を弾く最中、アミラもまた剛弓を引き絞れば、銀色の巨体に向けて矢を放つ。

 暴風を纏った魔性の矢は、それこそ鎧であろうが容易く撃ち抜ける程の威力を有していた。

 アミラはそれを一度に三発、肩口に、そして頭部に向けて撃ち放ち――……


 ……しかし、その尽くはガキィン、と言う重たい音と共に弾かれ、砕け散った。

 矢が砕け散ったのは、それこそアミラの放った矢の威力を示していたが、銀色の巨体にはかすり傷一つ付いておらず。

 先程から幾度となく腕を弾いているエルトリスの一撃もまた、未だに猫が爪を立てた程の傷さえも付けられていなかった。


「あははっ、大したものだねぇ巨獣殺し!安心しなよ、その体は僕が丁重に扱ってあげるからさぁ……!!」

「ハッ、死んでもごめんだな……ッ」


 故に、銀色の巨体の余裕は一切崩れない。

 その巨腕を振るってエルトリス達を蹂躙せんとし、その余波で街並みを破壊しながら、ズシン、ズシンと歩みを進めつつ……それを操る者は酷く愉しげに嘲笑っていた。


 一方で、エルトリスもまた余裕を――否、表情を崩す事無く目の前の巨体を討ち倒すすべを探っていた。

 魔剣ルシエラの出力を最大まであげれば、あの装甲に傷を入れる事はできるだろう。

 だが、それをするには相手の隙が余りにも少なく、何より傷を入れただけではあの巨体が止まらない事は判りきっていた。

 奥の手――ようやく取り戻したルシエラの力を全て使ったとしても、制限時間内にその巨体を破壊し尽くせるかどうかは怪しく、エルトリスはまだ酔いが醒めきってない頭を軽く振り、舌打ちをする。


 バンダースナッチと眼の前の巨体の違いは、その硬さにあった。

 アミラの魔弓マロウトによる暴風の矢は、並大抵の装甲であれば穿てる程だというのに掠り傷さえ付けられておらず。

 少なくとも、微小なりとダメージを与える事ができたバンダースナッチとは違って、まずはその装甲を打ち破る必要があった。


「アミラ、エスメラルダはどうした!?」

「今は民衆の避難誘導にあたっている、直に来るはずだ!」


 エルトリスが自身と同等……或いはそれ以上と認識しているエスメラルダは、未だにこの場には居らず。

 そんなことをしている場合か、とエルトリスは舌打ちをするが――直様飛んできた拳を弾けば、崩れ落ちる建物から避難するように隣の屋根へと飛び移って。


「……なら、時間を稼ぐしかねぇか」


 エルトリスは酷く不満げに、しかし現実を受け入れるようにそう呟けば、軽く呼吸を整えて守りに徹するように身構えた。

 奥の手を切るという手段も無いわけではないが、今のエルトリスの身体では制限時間が余りにも短い上に、倒しきれなければその瞬間に敗北が決まってしまう。

 そして、エルトリスは恐らくは、奥の手を使おうが目の前の相手を打倒するには至らないと、心の何処かで確信してしまっていた。


 ――それは、エルトリスが幼い少女の姿になって初めて味わった苦渋。

 とうとう自分の持ちうるすべての手段を使ったのだとしても届かない相手に出会ってしまったと、エルトリスは口元を歪め、眉を顰めつつも、その巨体から放たれる拳撃を全て弾き、ひたすらに時間稼ぎに徹して。


 そうして街並みを破壊しながらの戦闘が少し続いた後――唐突に、銀色の巨体は動きを止めれば、まるで人のように、口元に指を当てながら肩を揺らしてみせた。


「……なるほどねぇ。いやぁ、本当に大したもんだよ、エルちゃんはさ」

「あぁ?」

「勝てないって判ったんだろう?きっと君は今こう思ってるんだよね――エスメラルダさえ居れば、僕を……ヘカトンバイオンを倒せるかもしれない、ってさ」


 それは、銀色の巨体――それを操る魔族、ヘカトンバイオンからの素直な称賛の声だった。

 人にしては素晴らしい。という、エルトリスの判断を称えるような言葉を口にしつつ、ヘカトンバイオンはその八本の腕でガシャンガシャンと器用に拍手をしてみせる。


「ヘカトンバイオン……」

「ああ、アルルーナ様の配下が一人、ヘカトンバイオン……君たちを倒してしまう前に、称賛代わりに名前を教えてあげようと思ってね」


 ――その言葉に、エルトリスはルシエラを構えながら小さく息を吐いた。

 今の動きといい、ヘカトンバイオンの言葉といい、その節々から強烈な悪寒を感じ取ったのだろう。


 そうしなければ死ぬと、エルトリスは直感で悟ったのだ。


「アミラ、援護はいいから身を守れ」

「え――いや、だが」

「俺が手を出す余裕がねぇ、早く」


 身構え、アミラを逃がすような言葉を口にしたエルトリスを見れば、ヘカトンバイオンはその巨体でうんうんと、まるで人のように頷いてみせて。


「――まあ無駄だけどね。それじゃあそろそろこの体にも()()()()()し、終わらせてあげるよ」


 そんなエルトリス達を嘲るように、嘲笑いながらそう口にすれば――次の瞬間、ヘカトンバイオンは跳んだ。


「……ッ!!」

「ほら、遅い遅いっ」


 ヒュン、という音さえ聞こえてきそうな程の軽快さ。

 先程までの歩みとはまるで違う速度にエルトリスの反応は僅かに遅れてしまい――それでも尚、跳躍からの飛び蹴りを辛うじてエルトリスは躱してみせた。


「な……っ、バカな、あの巨体でこんな動きが出来る筈は――!!」

「ほら、ほらほらほらほら!!もっと真面目に逃げないと死んじゃうよぉっ!?」

「――っ、こ、の――ッ!!」


 そして、着地しつつ砂埃を巻き上げたかと思えば、その中から凄まじい速度の拳撃がエルトリスへと襲いかかる。

 一撃、二撃、三撃、四撃。

 文字通り轟音と暴風を撒き散らしながら襲いかかってくる巨腕を、エルトリスは辛うじて凌ぎ――


『――冗談じゃろう』


 ――その最中、戦闘に集中していた筈のルシエラが声をあげた。

 エルトリスが必死の思いで攻撃を弾き、凌いでいるその最中。

 砂埃に隠れて見えていなかった――攻撃をしていなかった残りの四本の腕が淡く光るのが、エルトリス達の目に映る。


「アミラ、こっちに来い!!」

「そら、おしまいだ――!!」


 拳撃を辛うじて捌き切った後、エルトリスはアミラの方へと跳んだ……が、それを嘲笑うかのように、淡く光っていた腕が輝きを増して――








 ――次の瞬間、魔導国に雷鳴が瞬いた。

 詠唱もなければ発動の際の宣言さえもないその雷鳴は、四本の腕から一直線上の全てを文字通り薙ぎ払い、吹き飛ばし、焼き焦がしていく。


 逃げ惑う人々も、まだ避難の済んでいない者が居る建物も――その射程に有ったものを破壊し尽くせば、ようやくその雷撃は収まった。


「――ふぅ。まあ、悪くはないね」


 そうして、辺りに残ったのはヘカトンバイオンの銀色の巨体と、瓦礫の山――そして、雷撃で焼け落ちた街並みだけ。

 その様子に満足気にヘカトンバイオンはうんうんと頷けば、ガン、ガン、とその両手を軽く叩き合わせて埃を払った。


「さてと。まだ死んではいないよね、巨獣殺し?」


 ヘカトンバイオンはそう口にすれば、きょろきょろとその巨体に付いた頭を動かして、周囲を見回していく。

 おどけた様子、小馬鹿にするような口調からは信じられない程に、ヘカトンバイオンには油断というものが無かった。

 戦闘不能に追い込み、その体を自分のものとして――或いは殺して、始めてヘカトンバイオンは自らの勝利を確信するのだろう。








『無事か、二人共』

「……ったく、クソ……厄介過ぎる、ね」

「済まない、エルトリス、ルシエラ……大丈夫か?」


 ――そんなヘカトンバイオンの視界から逃れるように、エルトリスたちは瓦礫の影で蹲っていた。

 ルシエラを振るって雷撃を喰らい、捌きはしたものの、その全てを捌ききれた訳ではないのだろう。

 エルトリス達の着ていた服も、肌も、所々が焼け焦げていて……しかし、まだ二人から戦意は消えていなかった。


「問題ないよ、大丈夫。今ので多分エスメラルダもこっちに来るだろうし」

「ああ、流石にそれは大丈夫だと思うが――」

『兎にも角にも、あの大女が来ないと話にならんの……リリエルも欲しい所じゃが』


 だが、決して状態が好転した訳ではない。

 八本の腕から放たれる無数の連撃にくわえ、更に詠唱すらない大火力の魔法まで有していると理解した今、エルトリスは必死になって思考を巡らせていた。


 どうすれば勝てる、どうすれば倒せる、どうすればまともに戦える――それは、エルトリスが元の体だった頃に自らを殺した少年と対峙した時に抱いていた思考と、まるで同じで。


「……ふふっ、ふふふっ」

「どうした、エルトリス」

「ううん、何でもないの。ただ――」


 ――エルトリスの表情を見た瞬間、アミラはぞくり、と背筋を震わせた。

 今二人は紛れもなく窮地にある。

 勝機はおろか、光明さえも見えない死線の最中にある。


 だというのに――エルトリスは、まるで妖精のようにあどけなく、楽しげな笑みを浮かべていた。

 それは、決して酔いによるものではなく、また絶望的な状況に狂ったわけでもない。


「――ええ、今……わたし、とっても楽しいの」


 だが、エルトリスは何の迷いもなく、満面の笑みでそう口にする。

 身体に引っ張られたような幼い口調で、幼い仕草で――エルトリスは今、窮地(しあわせ)の真っ只中にあった。


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