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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第三章 魔導国と嘲笑う人形師
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14.恐慌の瞳

 日が傾き始めた街の中を駆ける。

 屋根を蹴り、下から聞こえるざわめきを無視して、目の前の魔族を――扇動者、メタゲイトを追いかける。


 身体に回った熱は、幸いというべきかそれ以上は広がる気配はなく。

 酩酊とまでは行かなかった事に安堵しつつも、勝手に逸り、熱くなる思考に俺はギリギリの所で歯止めをかけていた。


 文字通り幼いこの体にとって、酒は猛毒とまでは行かずとも、思考を……いや、判断力を鈍らせるには十分すぎた。

 あいも変わらずこちらを囃し立てるようにしながら逃げ続けるメタゲイトの一挙一動が、どうにも心をざわつかせて仕方がない。


『――取り敢えず、出来る限りの酒を分解はした。じゃが、既に全身に回りきっている分は無理じゃ』

「十分だ、少しはマシになった」


 ルシエラの言葉に軽く返しつつ、まだいつものように行かない身体の感覚に少しだけ苛立ちつつも、少しずつだがメタゲイトとの距離を詰めていく。

 片腕を失って尚これだけ動けるのは流石魔族、というべきだろうか。


 ……いや、何かがおかしい。

 何かを見落としていると、俺の少し鈍っている直感が告げている。


「そら、おかわりはどうだい?」

「――二度は喰わねぇよ!」


 振り返りざまに投げつけられた、小さな玉を今度は炸裂するよりも早く、ルシエラで食いちぎる。

 ガシュン、と音を立てて喰われた玉からは、僅かに薄桃色のガスが溢れはしたものの、それも直ぐに霧散して。


「へぇ、大した魔剣だ……君がそれだけ動けるのは、その剣のお陰かな」

「さあ、どうだろう――なぁッ!!」


 そのまま、無駄口を叩いているメタゲイトに向けて、続けざまにルシエラを振るった。

 メタゲイトは射程外だとでも思っていたのだろう、予想を越えて伸びてきたルシエラに目を見開き。


 ――ルシエラが触れる刹那、辛うじて身を翻して皮一枚……とは行かなかったものの、胴の肉を僅かに削がれた程度で済ませたメタゲイトは、その見開かれた目で俺を見た。


 切り裂かれた所から血を溢れかえらせつつも、メタゲイトは逃亡をやめる事はない。

 否、これは――多分、逃亡ではなく何か、何処かに目的が有って向かっている、のか?


 何を企んでいる?何を考えている?

 メタゲイトは、なにか切り札でも持っているのか――……?


「……くそっ」

『どうした、まだ酔いが酷いのか?』

「違う、何だ……変な、感じだ」


 不意に浮かんできた思考に、俺は軽く頭を振るいながら前を見る。

 さっきから、何かが変だ。

 酒でこの体が酔っている、っていうのは解ってる。それはまあ、どうでも良い。


 だが、メタゲイトを前にしてから何かがおかしい。

 どうして俺はアイツをみて、ここでアイツを殺すのは不味いだとか、そんな事を考えたんだ?

 そうだ、アイツに見られてからだ。

 メタゲイトに見られてから、明らかに――こう、何かがおかしい。


 まるで、なにか不安に駆られるような……そんな、感覚。

 洗脳には程遠い、心に少し波を立てられるような――……


「――これか、あいつの能力は」

『何じゃ、何を受けた!?』

「受けたって程じゃねぇ、だが……ああクソ、これは確かに面倒だ」


 ……そこでやっと、理解する。

 扇動者が扇動者足り得たその能力は、洗脳ではない。

 そんな高度なものではなく、もっと微弱で弱々しい……本来なら、能力とさえ言えないような、心に働きかける力。


 不安を煽る能力、と言うべきだろうか。

 直感も判断も僅かに歪ませるその能力は成程、民衆を扇動するには十二分な力だ。

 民衆の不安を少し煽って誘導してやれば、元からエスメラルダに対し多少不満を持っていた人間なら、反英傑派にできてしまうのだろう。


 ――いや、だが、それなら。

 目の前のアイツは、一体何なんだ?


「……くそっ」


 メタゲイトの能力に気づきはしたものの、それまでの間にどれだけ思考力を奪われていたのか。

 後ろを振り返ってもリリエル達が追いかけてきている様子はなく、俺は舌打ちしながら目の前で嘲笑うメタゲイトを睨んだ。


 大丈夫だ、さっきの能力ならそうだと解ったなら問題ない。

 アイツの小馬鹿にするような口調も行動も、全部その能力が通りやすくするようなお膳立てだったんだろう。

 だが、そういうものだと判っている今なら――最初に抱いている感覚さえ信じれば、大丈夫だ。


「へぇ、もう慣れたんだ。これは確かに、本当に――ファルパスやハンプティじゃ手に負えないね」

「はっ、口ばっかり達者な野郎だ――ッ」


 俺の様子に、既に自分の能力に抵抗されている事に気づいたのか。

 メタゲイトは薄く笑みを浮かべながら、再び懐に手を入れて何かを取り出そうとして。


「――ぐ、ぅっ?!」

「遅いんだ、よ……ッ!!!」


 ――それをさせることなく、今度こそ、ルシエラはメタゲイトの懐に入った腕を食いちぎった。

 赤い血を撒き散らしながら、表情を苦悶で歪めるメタゲイトに、小さく息を漏らす。

 両腕を失い、身体にも浅くはない傷を負い、血を流し続けているその姿は間違いなく限界、の筈だ。


「く、はっ」


 だが、メタゲイトはそれだけの重傷を負いながらも、再び笑みを浮かべてみせた。

 まるですべてが思い通りとでも言うかのような、酷く愉しげな、愉快そうな笑み。


 ……そして、その笑みを見て思い出す。

 奴の血が何故か赤い事。

 そして、ルシエラが最初に奴に一撃を食らわせた時――人間だ、と口にした事。


 人間ではありえない。

 人間だったなら、その傷は既に重傷を通り越して致命傷だ。

 あんな動きで走ることは愚か、激痛でろくに動くことさえ出来ない筈なのだ。


 だが、そんな傷を負いながらもメタゲイトは笑みを崩すこともなければ、倒れる事は愚か膝さえもつかず。


「あはっ、ははは――ああ、ちょっと遅かったねぇ」

「!?」

『いかん、跳べエルトリス!!』


 口からも血を吐き出しつつも、そんな事を宣えば――その瞬間、メタゲイトの身体が、轟音とともに懐から爆散した。

 俺とメタゲイトが居た屋根を吹き飛ばして有り余る程の大爆発から、辛うじて跳んで逃げる。


 眼下には、屋根どころか2階が丸ごと消し飛んだ工房風の建物と、そこから立ち上る黒煙が見えて――それから少し離れた建物に降りれば、俺は小さく息を漏らした。


「……自爆、か?」

『流石にあの爆発じゃ、あの体では生きてはおるまい』


 あの爆発に巻き込まれていたのなら、俺も流石に無傷とは行かなかっただろう。

 既に満身創痍だったメタゲイトなりに、最後に一矢報いようとしたのか、と少しだけ考えるが……直ぐに、俺はその考えを否定した。


 ちょっと遅かった、とメタゲイトは勝ち誇ったような表情で告げていた。

 自爆の前に言うにしては、それは余りにも奇妙な言葉だ。

 あの言葉には、まるで自らの勝利を確信したかのような、そんな感情が含まれていた。


「――この、建物」

『む……ああ、何か大きな工房のようじゃが』


 工房らしい建物の一階から、衛兵や職人――それから、貴族らしい人間までもが蜘蛛の子を散らすように逃げ出して、いて。


 ――酷く、嫌な予感が背筋を震わせる。


『おい、何処に行くのじゃエルトリス?』

「……念の為だ、様子を見に行く」

『むぅ……まあ、リリエル達も爆発を見れば直ぐに追いつくか』


 渋々と言った様子のルシエラの言葉を聞きながら、俺は逃げていく貴族たちを避けて、爆発で吹き飛んだ2階から建物の中に入った。

 中は、おそらくは何かしらの研究か開発でもしていたのだろう。

 爆発に巻き込まれて倒れ伏している――或いは原型をとどめていない職人か、或いは研究員がそこら中に転がっていて。


『酷いもんじゃな、流石に焦げ肉は私も喰いたくはないの』

「喰うな喰うな……ったく」


 一体、ここで何を作ろうとしていたのか。

 メタゲイトは、一体何を狙ってここで自爆したのか――判らない事が、余りにも多すぎて。


「……た、たす、け……っ」

「ん……?」


 どうしたものか、と周囲を見ながら考えていると、不意に聞こえてきたか細い声に視線を向ける。

 そこに居たのは、おそらく爆発で落ちた柱に身体を挟まれたのだろう、使用人らしき女が俺の方に手を伸ばして、助けを求めていた。


 ……丁度いい、ここで何を研究していたのかを知れれば、メタゲイトの目的もはっきりするだろう。

 ルシエラを軽く振るえば、その使用人が挟まれていた柱を軽く切り払いつつ。


「おい、女。ここで何をしてたか、判るか?」


 流石にまだ起き上がれないのだろう。

 床にうつ伏せになったままの女と視線を合わせようと、屈み込みながら、声をかけて。


 ――その刹那。

 薄ら笑いを浮かべた使用人と、はっきりと目が合った。


「――あっ、ぐ」

「あはっ、あははははっ。引っかかった、引っかかった」


 ぐらり、と体が揺れる。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け――っ、何だ、今、何をされた――!?


「距離が離れると、魔眼の効きも悪くてさぁ……ふふ、僕だよ、僕。判る?」

「な……バカな」


 思考が定まらない。

 僕?誰だ?決まってる、この口調は、間違いなくメタゲイトの筈だ。本当に?


「恐慌の魔眼、って僕は名付けてるんだけどねぇ。あははっ、マトモに思考も出来ないでしょう?」

「――っ、あ、あぁぁっ!!!」


 ――考えるよりも疾く、ルシエラを振るう。

 やばい、何だこれは、おかしい。考えれば考える程、頭が――思考が、不安に染まって、何も肯定出来なく、なる……っ!!


「……っと、危ない、危ない。折角乗り換えた身体を直ぐに壊されちゃたまらないよ――ああいや、まあ直ぐに乗り換えるんだけどね、これも」


 ボロボロだし、なんて言いながら。

 焼け焦げている背中を見せつけつつ、使用人……いや、メタゲイトは、ルシエラを振るってまた固まった俺を見て、嘲笑っていた。


 メタゲイトは嘲笑いながら、俺に一歩、一歩近づけば、手を差し伸べて――……


『しっかりしろエルトリス!何をしておる?!』

「……っ、……っ!!」

「あははっ、無駄無駄。至近距離からしっかりと魔眼を覗き込んだんだ、当分正気には――」


 まるで、頭の中にヘラでもねじ込まれて、かき混ぜられてるみたいに、マトモに思考が出来ない。

 何を考えてもそれが正しいのか判断できない。

 不安になって、何かを考えれば延々それが正しいのかって、なって――身体が、動かなくなる。


「――ッ、あ、あぁ――!!!」

『んなっ!?』


 ――ガンッ、と。

 気力を振り絞り、額に思い切ってルシエラの柄を叩きつけた。

 どろり、と生暖かい液体が――赤い血が、額を伝っていく。


 視線を前に向ければ、そこには俺の行動を見て――まさか動けると思っていなかったのか、俺に手を差し伸べたまま驚いた様子で固まっている、メタゲイトの姿があった。

 もう、その顔は見ない。

 二度と同じ手だけは、喰わない。


「――脳筋め」

「褒め言葉有難うよ」


 その言葉と同時に、俺はルシエラでメタゲイトの身体を容赦なく薙いだ。

 ルシエラの円盤に付いた無数の牙は、その体を容赦なく食い破り、赤黒い血を周囲に撒き散らしていく。


 ……これもだ、これも人間の体だ。

 だが、さっきのメタゲイトの台詞で俺は何となくだが、メタゲイトの正体に察しが付いた。


「ぐ……っ、ぅ」

「もう周りには死体しか無いぜ――さっさと()()()()()移ったほうが良いんじゃあねぇか、あぁ?」


 上半身と下半身が泣き別れになりながらも、まだ動いているメタゲイトにそう口にすれば、メタゲイトはくく、と喉を鳴らして。


「……ああ、遊びはもうお終いかぁ。ざーんねん」


 ごぽっ、とメタゲイトが血を吐き散らしたかと思えば、突然ぐったりとしたまま動かなくなった。

 死んだ、とは違うのだろう。

 さっきのメタゲイトの――いや、本当の名前は別なのだろうけれど――言葉を鑑みるのなら、この体はメタゲイト自身のものではない。


 先程の自爆した身体もそうだ、今までメタゲイトは自分の本体を現す事無くずっと、ずっとこの国で遊んでいたのだろう。


 魂によるものか、或いはもっと物理的な何かか。

 メタゲイトは、人間に寄生して自らのように操り、暗躍を続けていたのだ。

 だから、いくら処刑されても、殺されても関係はない。

 おそらくは先程の様子を見ている限り、死体のままでも操る事はできたし、死体に寄生し続ける事さえ出来たのだろう。

 周囲の目が無くなったなら、その後で新しい身体に乗り換えて扇動者になれば良いだけなのだから、メタゲイトにとっては何も難しい話ではなかったのだ。


 ……たった今、俺の身体に寄生しようとしていたようにすれば、良いだけだったんだから。


 そして、ここに来た目的も恐らくはそれなのだろう。

 台詞の節々から考えるのであれば、メタゲイトの本体――或いは戦うための身体はここに有る筈だ。


「……さあ来いよ、寄生虫野郎」


 ズン、と地面が揺れる。

 ああ、そういやさっき逃げてるやつの中に貴族も居たが――成程。

 反英傑派の連中が屯していたのだとすれば、それはきっと、とてもろくでもない事なのだろう。


「――それじゃあ、本番だ!楽しもうか、巨獣殺しィ――ッ!!」


 轟くような愉しげな大声とともに、床が砕け散り――飛び出してきた物を避ければ、思わず口元が緩んでしまった。


魔導人形(ゴーレム)か……ッ!」


 床を砕きながら、粉砕しながら現れたのは銀色の巨人。

 全身を金属で覆われた――いや、鎧そのものとさえ言える体をした、四対の腕を持った多腕の魔導人形(ゴーレム)


 5mはあろう巨躯が地下から一階を破砕し、建物を粉砕しながら頭を出せば……その表情の無くなった鉄の顔で、メタゲイトはとても愉しげに嘲笑っているように見えた。


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