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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第三章 魔導国と嘲笑う人形師
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13.扇動者

 部屋に入った瞬間、僅かに空気がひりついたような気がした。

 それは、この部屋が反英傑派のリーダーが居る故か。

 執務室のようになっているその部屋の奥、この館の主が座るのであろうそこに腰掛けている金髪の優男は、俺達を認識するとにこり、と人のいい笑みを浮かべ、立ち上がった。


「ようこそ、巨獣殺し殿。僕が反英傑派指導者(リーダー)、メタゲイトだ」

『ご丁寧な挨拶、感謝いたします。私が――巨獣殺し、ルシエラと』

「エルトリスだ……っ、です」


 俺を腕で軽く抱きながら、指導者……メタゲイトと朗らかに挨拶を交わしつつ、促されるままにルシエラはソファーに腰掛ける。

 向かい合うように、同じように腰掛けたメタゲイトはまるでこちらを値踏みするような視線で見つめつつ、しかしその人のいい笑みを崩すことはなかった。


「さて、今回は反英傑派に加わりたいとのことでしたが……それは何故?」

『ええ、私はどうにも三英傑というものに懐疑的でして――……』


 ……少し、違和感を覚える。

 指導者であるメタゲイトは、恐らくは魔族によって洗脳された人間、の筈だ。

 事実、メタゲイト本人からはこれまで魔族と対峙したときに感じた圧のようなものはまるで無く、見た目通りの普通の人間のように見える。


 そう、普通の人間に見えるのだ。

 洗脳され、反英傑派という愚劣な――過激な思想を吹聴するリーダーだと言うのに。


「――エルトリスさん、お菓子でも食べるかい?」

「え、あ」

『遠慮しないでいいのよ。お話ばかりで退屈でしょうし』


 メタゲイトはそんな俺の視線を気にしたのか、にこりと笑顔を浮かべながら、机に置いてあった茶菓子を俺に差し出して。


 ――それでも食べて静かにしておれ。会話は私に任せよ。


 ルシエラも、このまま会話を続けて様子を見るつもりなのか、言外に視線でそう告げれば、俺は小さくこくん、と頷きながら差し出された菓子を口にした。

 仮に毒物が仕込んであったとしても、もう既にルシエラの力は戻っているのだから問題はない。

 致死毒であれど、ルシエラからの力の供給が有る内ならば分解できるし――……


「……おいしい」

「そう、良かった」


 ……思わず出てしまった声に、メタゲイトが笑みを零す。

 うぐ……思い切り子供に見られてしまっているのが、恥ずかしい。

 けど、でも、仕方ないじゃないか、美味しかったんだから。


 リリエルに頼んだりしたら作ってもらえるのかなぁ、なんて思いつつ、茶菓子をサクサクと口にして……再び、思考を戻す。


 メタゲイトは、魔族から洗脳を受けたにしては余りにも理性的で、余りにも普通過ぎるように俺には映った。

 となると、考えられる可能性は幾つか有る。


 一つは、魔族の洗脳がそこまで高度であり、相手の行動などに一切の齟齬を起こさせないモノであるという可能性。

 もしそうであるなら厄介だ。

 仮にアミラやリリエルをそうされてしまったなら、俺の手で殺すしかなくなってしまう。

 ……正直、それは凄く嫌だ。なぜかは判らないけれど、それは余りしたくはない。


 そして、もう一つは――こいつが、洗脳を受けていないという可能性。

 魔族からの洗脳を受けて指導者になる、という前提そのものが間違っている場合。

 メタゲイト自身が自分から反英傑派となって、リーダーとなり、貴族や民衆を煽っている――……


「……あ、む」


 サク、サク。

 茶菓子を口にしつつ、俺はその可能性を内心で否定した。

 王のヤツは確か、こう言っていたはずだ。


 ――直前まで反英傑派ではなかった者が、処刑を行った直後に反英傑派のリーダーとなった、と。


「貴女のような方に助力いただけると、本当に有り難いです。是非、この国から英傑を排除しましょう」

『ええ、あのような身体ばかりの女。私達で追い出してしまいましょうね』

「――ん」


 そう考えている内に、メタゲイトとルシエラは軽く会釈をしつつ立ち上がり、会話を終えようとしていた。


 ……つい先程、俺は自分の考えを滅多打ちにされてしまったけれど。

 幸いというべきか、ここには俺の考えを滅多打ちにする奴らは居ない。


 軽く服の裾を引けば、ルシエラは俺に視線を向けつつ……どうすれば良いのか伝わったのだろう、ひく、と表情を強張らせる。


 ――待て、正気か、確信はあるのか、と言った視線を向けてくるルシエラに眉を顰めながら、俺は小さく息を漏らし。

 軽くで良い、と言外に告げれば、ルシエラは少しだけ難しそうな顔をしていたが――やがて、不思議そうな顔をしていたメタゲイトに向けてそっと、手を差し出した。


 これから協力関係を結ぶであろう相手との、軽い握手。

 メタゲイトはそう考えたのだろう、ルシエラの手をそのまま軽く握り――……








 ……その刹那。

 ルシエラの手を握ろうとしたメタゲイトの指先の間に、チュイン、と火花が散った。


「……っ!?」

『ほー、偶にはエルちゃんの考えも当たるんじゃな』


 メタゲイトの人のいい笑みが、一瞬で崩れる。

 代わりに浮かんできたのは、まるで家畜かなにかを見るかのような冷酷さを感じさせる、冷たい表情。

 俺がルシエラを魔剣に変えると同時に、メタゲイトはトン、と軽く床を蹴りながら距離を取り、ルシエラの変貌を見るや否や、パチパチと手を叩き合わせた。


「――驚いた。そっちが巨獣殺しだったんだね、僕よりも演技が美味いや」

「はっ。随分と余裕だな、魔族さんよ――ッ」


 余裕を見せてる相手に容赦をしてやる筋合いもない。

 俺はルシエラを振るい、メタゲイトを切り払おうとその刀身を伸ばして――その刀身が、メタゲイトに触れる直前で再び火花を上げた。


 メタゲイト自身が魔族だったのは、扇動者だったのはこれで確定だ。

 まだ幾つか判らない事はあるが、それはそれこそコイツを殺してから考えれば良い。


「む、成程、これは……あの雑魚(ハンプティ)じゃあ荷が重い訳だ――」

「――っ、らああぁぁぁっ!!!」


 ルシエラは唸りを上げながら障壁を噛み砕き、破り。

 目に見えて摩耗するそれを見たメタゲイトは、少しだけ驚いた表情を見せつつ身を翻して。


 ――直後、執務室に鮮血が飛び散った。


「――な」


 壁に飛び散った血を見て、固まる。

 壁を赤く濡らしたそれは、俺が今までに見てきたような魔族や魔物の血では、断じて無く。


『違う……エルトリス、こやつは人間じゃ!?』

「んなバカな、たった今コイツ自身が魔族だって――」

「く、あははっ。良かった、簡単すぎてつまらなかった所だったんだ」


 人間の血を撒き散らしつつ、ルシエラに食い千切られた腕を軽く押さえ込みながら。

 メタゲイトはまるで痛覚が無いかのように、クスクスと笑ってみせた。

 先程のような人のいい笑みではなく、まるで丁度いい玩具でも見つけた悪餓鬼のような、そんな無邪気な笑みをもって、こちらを見つめてくる。


 ――何かが、おかしい。

 コイツは決して強くはない。

 俺がルシエラを振るうだけで簡単に倒せちまいそうなくらいに弱い、今までで出会った中じゃ最弱の魔族の筈だ。


 だと言うのに、何故俺の直感がこうも警鐘を鳴らす?

 何故、今ここでコイツを殺すのは不味いと思ってしまっているんだ――!?


「――迷ったね?」

「な――くっ、狡い真似を……!!」


 再びルシエラを振るう事に躊躇している僅かな隙を突いて、メタゲイトは懐から何か、小さな玉を取り出せば、床に叩きつけた。

 同時に広がる薄桃色の煙は、瞬く間に俺とルシエラの視界を奪い――直後、窓が割れる音が耳に届いて。


「あっはははは!折角のサプライズだ、もっと楽しませてもらうよ!!」

「逃がすかバカがッ!!」


 それを聞くのと同時に、窓際に向けて思い切り床を蹴った。

 ガシャァン、なんていう窓の割れる音を聞きつつ、空中に投げ出される最中。

既に庭を駆けて外壁を登り、そのまま隣家の屋根へと飛ぼうとしているメタゲイトの姿を見つければ、俺は落下しながらもルシエラを地面に向けて――庭に向けて思い切り振るい、地面を切り刻んだ勢いのまま飛んでいく。


「おお、怖い怖いっ」


 だが、間に合わない。

 その勢いのままに振り抜いたルシエラは虚空を斬り、外壁を刻みはしたもののメタゲイトには届かず、メタゲイトはおどけた様子で笑いながら屋根へと移り、駆け出した。


「ちっ」


 片腕を失う重傷からは考えられない程の機敏さと余裕に違和感を覚えつつも、舌打ちをしながらメタゲイトの後を追う。

 リリエル達ももう既に異変には気づいている筈だし、後から着いてくるだろう。

 今は、メタゲイトを――……


「――……っ?」


 ……そんな事を考えている最中。

 ぐらり、と何故か身体が揺れかけて、軽くたたらを踏んでしまった。


 何か変なものでも踏んだのかと思うが、今走っているのは、駆けているのは屋根の上だ。

 変なものなど、それこそ有る筈もない。


『……おいエルトリス、どうしたのじゃ?』

「いや、何でも――」

『お主、妙に顔が赤いぞ?』

「――な、に」

 

 ルシエラに言われて、初めて気づく。

 頭……というよりは、顔が妙なくらいに熱い。別に、恥ずかしいだとかそういう感情の揺れ動きでなっている訳じゃなく、何もしてないのに、熱い。


 いや、熱いのは顔だけじゃなく身体もだ。

 妙に熱くて、気づかない内に身体は少し汗ばみはじめて、いて――……


『……まさか、さっきの煙……』

「いや、毒は通用しない筈だろうが!?」

「あっはは、やっぱり効いてきたみたいだね。()()()()()()顔も可愛いなぁ!」


 ……酔っ払ってる。

 そうだ、これは元の体でも飲み比べの後で経験した事がある、あの感覚。


「毒物が効かないヤツは多くてもさぁ、酒が効かない相手って意外と少ないんだよね。ふふっ、あははっ!ちっちゃい子には効果覿面だねぇっ」

「……っ、舐めんなよ、このクソ魔族が――ッ」

『いかん、冷静になれエルトリス!!安い挑発に乗るでない……っ!!』


 解ってる、俺は冷静だ。

 頭がふわふわして、足元も少しふわふわと浮いてるような感じはするけれど、身体はしっかりと動く。

 だから――ああ、だから動いてる内に、あの扇動者を追い、倒さなければ。


 そんな事を考えつつ、俺は屋根を強く踏み割りながら、メタゲイトを追い――メタゲイトはそれを笑いながら、更に街の外れの方へと駆けていく。


『ええい、酒の分解なぞやった事もないというに……っ!!』


 体を動かせば動かす程に熱が増す、そんな当然の感覚を覚えながら。

 俺は、後ろからリリエル達が追いかけてくるなんて事も忘れて――見失うかもしれないなんて事を考えもせずに、メタゲイトを追い続けた。


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