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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第三章 魔導国と嘲笑う人形師
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12.少女、窘められる

「……全く。力を取り戻したのであれば、教えてくれても良いものを」

「悪かった、悪かったよ。言う暇無く色々有ったんだっての」


 少し拗ねた様子のアミラに苦笑しつつ、ボロボロになっていたドレスを着替えていく。

 流石にいつまでも胸元があらわになってるあの格好のままでいるのは恥ずかしい――いや違う、みっともない。

 取り敢えず替えのドレスに袖を通し、リリエルに軽く整えてもらえば、やっと人心地が付いたような気がして、小さく息を漏らした。


「しかし、こんな大国にまで魔族とは。噂に過ぎないと思っていましたが、あの話も信憑性が出てきてしまいますね」

『あの話?』

「街中……いえ、この街のギルドで話題に上がっていたのですが、こちら側と魔族側を隔てている光の壁が、徐々に弱まっているのではないか、と」

「……ハンプティの件もあるからな、与太話と言えないか」


 リリエルの言葉にアミラはそう言うと、少しだけ陰鬱とした表情を見せる。

 俺としては、強い魔族と戦う機会が増えるのは願ったり叶ったりなんだが……まあ、それだけで済まないのは確かだ。

 ハンプティは兎も角として、ファルパスのような魔族が続々と人側の領地に入り込んでくれば、それこそ過去に俺と連合側がやった――いや、それ以上の戦争が始まるのは目に見えてる。


 何より、今の所見てる限りでは人間と魔族の彼我の戦力差は絶望的だ。

 英傑であるエスメラルダを見る限り、三英傑は真っ当に戦えるんだろうが戦力がたった三人じゃどうにもならない。


 ……そもそも、あのバンダースナッチを通して語りかけてきた奴。

 あれと同格のが数人居るなら、それだけで人間側はほぼ詰みだ。


「――まあ、そんな話は今は関係ないだろ。んな事より、こっちの話だ」

「うん、そうだねエルトリスちゃんっ」


 頷きながら、自然に俺を抱き上げて膝に座らせるエスメラルダ。

 ……俺も俺で、それに少しずつ違和感を覚えなくなってきてるのがちょっぴり怖い。

 そんな俺を見ながら小さく笑うアミラ達に、少しだけ顔を熱くしつつ――ここでがなり立てたらまたルシエラのからかいの的だと、気持ちを落ち着けて。


「扇動者……としておこうか。それが魔族なのではないか、という話だったな」

「うん。まだ確たる証拠は無いけれど、そうだったら色々と納得できるところが多いから」


 そう、今はこっちの話が優先だ。

 魔族――扇動者、と仮称するソイツが持ってる特徴は、判っている限りで二つ。


 一つは、瞬時に相手を洗脳する何らかの能力を有している事。

 これに関しては、反英傑派じゃない人間が唐突に反英傑派のリーダーになった点から言って、ほぼ間違いない。


 そして、もう一つは……その能力を、多人数に向けては使えない、という事。


「……つまり、反英傑派の中核を為しているのは常に一人、という事ですね」

「正確には洗脳された奴と魔族の二人、だな。そうじゃなかったら、とっくの昔にこの国はひっくり返っちまってる筈だ」


 そう、もし多人数を一度に洗脳できるのであれば、それこそ一週間もあればこの国は魔族に洗脳された愉快な国になっていた筈だ。

 だと言うのに、随分と長く時間を掛けてこの魔族は反英傑派を育てている。

 ……まあ、そういうのが好きな魔族って言うんなら判らなくなるが、恐らくはこの魔族は自分の能力を一人にしか使用出来ないのだろう。


「だが、しかし。話が真実であるのなら、例え扇動者に洗脳された者を倒しても無駄なのだろう?一体どうするのだ?」

「ええと……その、一応エルトリスちゃんに考えがあるみたい、なんだけど」


 少し不安げに言葉を口にしつつ、エスメラルダが俺をぎゅう、と抱きしめてくる。

 ……失礼な奴だな、まるで俺の考えが無鉄砲だとか、無謀みたいじゃあないか。


 良いだろう、俺の考えを聞けばきっとアミラもリリエルも納得するに決まってるんだから――……








「……」

「……う、ん」

『まあ、それが普通の反応じゃなぁ』

「だよね、良かったぁ……」


 ……おかしい。

 俺は別に変なことは言ってない筈なのに、アミラとリリエルの反応が妙に悪い。

 悪いと言うか、何を考えてるんだと言った顔すらしているような、気がする。


「……いや、待て。普通にいい考えだと思ったんだが」

「本気で言ってるのか?」

「流石に……いえ、有効だとは思うのですが、いい考えかと言われると……」

「エルトリスちゃん、その、ね?力技というか、強引過ぎるのはどうかなって……ね?」

『まあ失敗というか、効果がなかったら笑い話では済まんだろうからの。私としてはどうでも良いんじゃが』


 真っ向から全否定――とまではいかずとも、難色を示されてしまうと、少しショックを受けてしまった。

 ……いや、割と真面目にいい考えだと思うんだけどな。


「そんなに、ダメか?」

「駄目という以前の問題だ、扇動者の……洗脳されている者の所にいきなり殴り込みをかける、なんて」

「洗脳されているとは言えど、地位の有る人間ですからね。成果が得られなかった時が悲惨の一言かと」

「う、ぐ……」


 アミラとリリエルの少し呆れたような視線が刺さる。

 何だろう、この……何というか、悪さをした子供を見るかのような視線は。

 敵意とか殺意よりもよっぽどキツい、気がしてならない。


「で、でも、ほら。不意の襲撃ってのは有効だろ!?」

「襲撃して洗脳された者を倒した所で、再び洗脳された者が現れるだけだと言われただろう。それこそ、魔族と洗脳された者が会合している瞬間ならば良いが」

「……うぐ、ぅ」


 ……まあ、確かに。

 能力を単体にしか使えないんだから、洗脳された奴の近くには魔族が居る可能性が高い、なんて思ってたけれど……そうじゃなかったら、ただの空振りだ。

 いや、正直俺としては空振りでも色々試すべきだとは思う、んだが――……


「……下手をしなくとも、私達がお尋ね者になりかねません。エルトリス様がそれを望まれるのでしたら、着いていきますが」

『私としては追われて命を狙われる生活は真っ平じゃなぁ。ある程度はのんべんだらりとしたいぞ』

「ぐ、ぬぬ……わ、判ったよ、俺が悪かった」


 こうも全方位から否定されてしまっては、流石にどうにもならない。

 確かにお尋ね者になってしまえば今後にも支障が出るだろうし、こいつらが言ってる事は十二分に正しいのだ。


 ……ただ、他に取れる手段が思いつかないというのが問題な訳だが。


「……えっと、良いかな?」


 そんな最中、俺を膝の上に抱えているエスメラルダが控えめに声を上げた。

 リリエル達の視線が集まれば、エスメラルダはちょっと考え込むように口元に指を当てて。


「それなら、こうするのはどう?」


 少し遠慮がちに、俺達に――本当に珍しく、自分の考えた事を口にし始めた。

 しどろもどろしながらの説明は少し分かりづらかったものの、エスメラルダの考えは成程、理に叶っており。


『……意外とそういう黒い事も考えられるんじゃな』

「い、意外ってどういう事ですか、もうっ」

『いや、何。てっきり綺麗事しか考えられん花畑頭だと思っておったからのう』


 ルシエラはそう言うと、エスメラルダの頭を軽くなでた。

 まさかルシエラから撫でられるとは思っていなかったのか、エスメラルダは少しの間きょとんとしてから、僅かに頬を緩ませて――








「――よし、じゃあやるか」

『うむ。手筈通りに……エルちゃんは余り喋るでないぞ』

「わ、解ってるっての……苦手なんだよ、こういうのは」


 ――そうして、少しの時間が過ぎた後。

 俺は普段よりも装飾の多い、華の衣装が凝らされたドレスに身を包みながら、ルシエラの腕に抱かれていた。

 ルシエラも普段とは違い、如何にも高貴な様相の黒と赤のドレスに着替えており――普段とは少し違うルシエラのその装いに、少しだけドクン、となるのを感じつつ。


「お待ちしておりました、巨獣殺し殿。アレクセイ様がお待ちです」

『ええ、有難う。反英傑派のリーダーと引き合わせてくれるなんて、嬉しいわ』

「――ぶふっ」


 普段からはとても想像出来ないような口調で、淑女らしく喋ったルシエラを見れば、思わず噴き出してしまった。

 館の使用人であろう男は、そんな俺の様子に首を傾げる……が、それ以上は何もせず、俺達の前を歩き出す。


『……エルちゃん?』

「や、やめろその喋り方っ。噴き出すだろうが……っ」

『後でたっぷりと折檻してあげるわね、ふふ。ええ、それはもう、たっぷりと』


 あまりの落差に噴き出すのを抑えきれなかった俺を睨みつつ、ルシエラもその後を着いて歩き出した。

 エスメラルダとリリエル達は、館の外――より少し離れた場所で、俺達の様子を見ながら待機している。


 ――俺とルシエラが味方を装って反英傑派に接触する、というのがエスメラルダの提案だった。

 ドルボーと使用人たちが即座に牢に繋がれた事もあって、俺とルシエラがどういう存在なのか、という情報はまだ反英傑派には入っていない。


 だからこそ、反英傑派は比較的容易に()()()()の名前に釣られてくれた。

 反英傑派からすれば、エスメラルダに対抗できる戦力である巨獣殺しは喉から手が出る程欲しい戦力の筈だから、よく考えなくとも当然だ。

 内部に潜入したなら、後は警戒されない内に魔族の居場所を突き止めればそれで良い。


 ……まあ少なくとも、いきなり襲撃するよりは魔族と遭遇出来る可能性も少しは、少しは高いだろう。


「それにしても、まさか巨獣殺し殿が親子連れだったとは。それであの馬鹿げた大きさの巨獣を仕留めてしまうのだから、凄まじいものですね」

『ふふ、あの程度大したことは有りません。この子を抱えたままでも、十分に戦える程度でしたから』

「……貴女が此方側に来てくれて、本当に心強い。是非、我々にその力をお貸し下さい」


 そんな会話(ウソ)を自然に、当然のごとく続けながら。

 使用人の後について歩けば、やがてその館の主の部屋なのだろう、大きな扉の前にたどり着いた。


 ――さて、それじゃあ。

 魔族に洗脳されている、反英傑派のリーダーとやらの顔を拝んで見るとしよう。


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