1.少女と魔剣、街を歩く
――暑苦しさに、目を覚ます。
窓からは日がさし始め、チュンチュンと鳥の鳴く声まで聞こえてきて。
「……ああ、くそ、夢か」
俺をまるでぬいぐるみかなにかと勘違いしているかのように抱いているルシエラに軽く辟易しつつ、身体をずらして腕から何とか抜け出せば、体を起こした。
……未だに、この脆弱な体には慣れない。
あれから何ヶ月も経った今でもこうして夢にまで見てしまう辺り、本当に腹立たしくて仕方ない。
「おい、起きろ」
『ん……くふふ、良い声で鳴くではないかぁ……』
「何変な夢見てやがる馬鹿、さっさと起きろ」
魔剣の癖にしっかりと睡眠をとってるルシエラの顔を、小さい足で蹴りつける。
結構強めに蹴りつけてもルシエラの頭を軽く揺らす程度にかならないのが、なんとももどかしい。
一回、二回、三回と蹴りつければようやくルシエラは寝ぼけ眼を擦りながら起き上がり、大きく欠伸をしてから視線を俺に向けた。
『……ん。おはよう、エル』
「んぁ……だ、だから撫でるのはやめろ、この……っ」
今の俺からすれば大きな手のひらで頭を撫でられると、勝手にフワフワと心が浮ついてしまう。
……断じて、嬉しいわけではない。比喩でも何でも無く、身体が勝手にそう反応してしまうのだ。
あれから数ヶ月あちこちを渡り歩いて、この体がどういうモノなのかは大まかに理解できていた。
非力、虚弱、魔力なし。ここまでは、この体にされて直ぐに分かったけれど、ソレ以上に問題なのが――
『ほーれほーれ。満更でも無いくせに』
「こ、ら……この、いいかげん、やめ……っ」
――問題なのが、俺の意思にこの体が完全に対応してくれない、という事。
簡単に言うのであれば、気を張っていないと体が勝手に……その、外見相応の行動をとってしまうのだ。
撫でられれば自然と頬は緩んでしまうし、口元を汚さずにものを食べるのだって一苦労。
何より、強く意識しておかないと言葉遣いまで勝手に変わってしまうのは最悪としか言いようがない。
「……やめて、ってばぁっ!」
『くく、わかったわかった』
そしてこのバカ剣はそれを理解した上でからかってくるのだから、本当に始末が悪い。
……まあ、それもここ数ヶ月で多少は慣れてきたが。
出てしまった言葉に顔を熱くしつつも息を吐くと、俺はベッドから降りていつものようにルシエラに着替えを頼み、身だしなみを整えていく。
魔剣の癖にルシエラはそういった心得でも有るのか、慣れた様子で俺の髪を、服を整えればぽんぽん、と軽く頭を撫でた。何度もやめろと言ってるのに。
『ふくく、そう拗ねた顔をするでない。で、今日はどうするのだ?』
「ったく、もう……昨日話しただろ」
『ふむ、昨晩はエルが可愛かったからよく覚えてな――これ、スネを蹴るなっ』
全く痛くない訳ではないのじゃぞ、といいつつも割と平気そうなルシエラをにらみつつ、肩を落とす。
ルシエラの場合、さっきのは冗談でも何でも無く本気で忘れてるか、或いは最初から聞いていなかったのだろう。
まあ、そういう奴だという事は俺の方も重々に承知してるし、何よりそれが許されるだけの力だってあるから、本気で怒ったりとかはしないが。
「ほら、アレだよ。何つったか……小間使いを買う、って話しだったろ」
『小間使い……ああ、そうじゃったそうじゃった、奴隷を買うんじゃったか。丁度収入も有ったからの』
「そう、奴隷だ奴隷。良く判らねぇ決まりだが、今の俺にとっちゃ悪くない」
奴隷売買。
あまり詳しくは知らないが、連合側には古くからある制度らしいそれは、金さえ払えば市場から人間等を買うことが出来る、という今の俺にはとても便利なものだった。
何しろ、今の俺には身分だとか出生地だとか、そんなものが一切無い上に外見は完全な子供でしかない。
一応ルシエラと二人一組で冒険者――とはいっても、ほとんど放浪してるが――をやってはいるが、だからと言って俺がただ買い物するのだって結構な頻度で面倒事になる。
それこそ、買い物できて偉いねぇだとか、親は何処だとか、迷子かな?お家はどこだいだとか……本当に鬱陶しい事この上ない。
だが、奴隷は違う。
金さえ詰めばどんな相手にだって売り買いするとかいうそれに、身分も何も関係ない。
逆を言えば、金がなければどんな身分の相手であろうと門前払いを食らう、というのが奴隷売買だと、話で聞いていた。
幸い、つい先日助けてやった女からたんまりと金をせしめた所だし、そろそろ下僕の一人くらいは手に入れても問題は無いだろう。
「……いい加減、まともに料理出来る奴が欲しい所だからな」
『うむ……素焼きだの何だのはもう飽き飽きだからのう』
ルシエラと二人、しみじみとそんな事を呟きながら宿を出れば、この辺境都市で奴隷売買を行っているらしい場所へと足を進めていく。
……勿論、ルシエラに抱かれて。外でなら別にルシエラを魔剣の状態にしても良いが、ここは街中だ。
幾ら俺でも、人混みの中でルシエラをぶん回しながら歩くのは宜しくないって事くらいは分かる。
以前やらかして白い目で見られたからな、うん。
「しかし、本当によく判らん。奴隷商人は別に強くは無いって話しだが」
『む?』
「何で奴隷どもは奴隷になんざなってるんだろうな?」
『さてのう。色々理由はあるんじゃろうが……少なくとも、私は奴隷の気持ちはさっぱり判らん』
「ふーむ……」
いくら考えを巡らせた所で、大した意味はない。
元より人の気持ちを察するなんて芸当は苦手中の苦手なのだから、考えるだけ無駄な事か。
そう結論づけると、俺はルシエラの腕に腰掛けるようにしつつ、街中に視線を向けた。
辺境都市、レムレス。
大陸の中央からは大分離れては居るものの、立地が良かったのかは知らないが、それなりに発展していて活気もある場所。
視線を周囲に這わせれば、老いも若きも、弱者も強者も変わらずに生活していて。
――いや、それはここに限らずこの数ヶ月巡ったどの場所でもそうだったか。
つくづく、理解し難い。
強いなら弱い者から搾取すればいい。
弱いなら、強い者に目をつけられないように日陰で暮せばいい。
弱者が寄り集まって、強者に立ち向かうのだってまあ有りだ。かつての世界はそうだったんだから。
だが、今の世界……というよりは、俺が見て歩いた世界はまるで違う。
どうして、弱者が強者に偉そうにしている?
どうして、強者が弱者に従っている?
どうして、誰もソレを疑問に思わない――?
「……ま、考えるだけ無駄か」
結局の所、いつも結論はそこに行き着いてしまう。
幾ら考えても、虚弱過ぎる体になった今でも目の前に広がる光景の理由はまるでわからない。
このまま1年2年と過ごせば、或いは分かるのだろうか。
そんな事を考えながら、ルシエラの腕の上で足をプラプラとさせて。
『何じゃ、なにか考え事でもしておったか?そういう事はお姉さんに相談せんか』
「なーにがお姉さんだ。実年齢数千年のババ――」
――瞬間。空気が凍りついた。
日常を送っていた周囲の連中も、ルシエラが発した冷気の如き気配に気付いたのだろう。
視線を俺……ではなくルシエラに向けて、表情を引きつらせる。
『――今、何か言ったのかのう?』
「……い、いや、悪かった、失言だった、許せ」
『ふむ、そうかそうか。直ぐに反省した事は褒めてやろう』
にんまりと、ルシエラが笑う。
……不味い。完全にやってしまった、元より逃げられないっていうのに腕の上でやっちまったのは最悪すぎる――!!
『ん――』
「ま、まて、話せばわか……ん、む……っ!?」
ルシエラの顔が近づき、吐息がかかる。
仄かに甘く香るルシエラに顔が熱くなるのを感じつつも、何とか押し留めようと手を出す――が、ルシエラはそれを意に介する事さえなく、俺の口を唇で塞いだ。
――ルシエラの口づけは、ただのキスでは断じて無い。
魔剣というだけあって、ルシエラは時折所有者……つまり俺に対して、対価を要求してくる。
精気、とルシエラが呼んでいるそれは、俺が元の姿だった頃から定期的に摂取させてきた物なのだが……それを、ルシエラは口づけで行っているのだ。
「んむっ、ん、ぅ……っ、ふうぅぅ……っ」
『――……♪』
口づけによる精気を吸収は、体にあるものを吸う関係上負担がかかるのだ、が……この体で精気を吸われるのは、元の体の何倍、下手すれば何十倍もの負荷がかかってしまう。
当然だ、こんな虚弱な体なのだから例えルシエラが加減してくれているのだとしても、比較にならないくらいの――……
『……ぷ、はぁ……♪くく、気持ちよかったかの?エ・ル・ちゃん♪』
「ふ、へぇ……うる、ひゃぁ……い……」
……気持ちよくなんてない、断じて快感だなんて認めてやるものか……っ!!
口元が緩みきり、閉じることも出来なくなりながら。
機嫌を直したルシエラを軽くにらみつつ、まるで力が入らなくなった全身を預けるようにすると、奴隷売買が行われている通称「奴隷市」に着くまでの間、休憩する事にした。
うん……体がもたんし、次からは発言に少しだけ、本当に少しだけ気をつけよう。