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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第三章 魔導国と嘲笑う人形師
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5.少女は甘く、甘く

 ふわり、ふわりと沈み込んでいた意識が浮かび上がる。

 まだ重たい瞼を開けば、目の前には見覚えのない天井があった。


「――ふ、ぁ」


 まだ頭と身体にしっかりと残っている眠気に、思わず欠伸をしながら身体を起こせば、そこが何処なのか一瞬だけ首をひねったけれど。

 日が落ちているのか、外からの灯りがなく薄暗いその部屋がエスメラルダの部屋だと、直ぐに理解できた。


 ああ、俺はあの後――図書館で本を読み終えた後、眠ってしまっていたのか。

 そんな事をぼんやりとした頭で考えつつ……しかし、ベッドから降りる気にはなれなかった。

 ふわふわとしたベッドのシーツは心地よく、暖かく。

 まだ眠気の残った身体を解放するまいと、俺の身体を捕えて離さないのだ。


 まあ、どうせ起きた所で既に夜みたいだし、出来る事もないだろう。

 今日のところはベッドに負けて、このまま二度寝してしまおうと、俺は残った眠気に身を委ねようとして――


「――あ。起きたんだねエルトリスちゃん、おはよう」


 ――不意に、部屋の扉が開けば。

 体を起こしていた俺を見たエスメラルダが、どこか疲れたような……それでいて嬉しそうな顔をして、ベッドの縁に腰掛けた。


「ん……ふ、ぁぁ……っ。まあ、な……もう一寝入り、するつもりだけど」

「一杯本を読んで疲れてたもんね」

「……ん」


 エスメラルダの大きな手のひらが、俺の頭を優しく撫でる。

 ……眠気がまだ残っていて、少し寝ぼけているからか。

 鬱陶しい筈のそれが、妙に心地よくて……払う気が、湧いてこない。


「あ、でも折角起きたんだし、身体を綺麗にしてから寝よっか。私も、今日は後はお風呂に入ったら寝るつもりだったし、一緒に寝よう?」

「んー……まあ、そうだな」


 ぼんやりした頭のまま、軽く頷く。

 まあ確かに、あの森からここに来るまでの間、水浴びすらしていなかったし。

 少し髪がベタついてた気もするから、エスメラルダの提案は決して悪いものではなく。


「それじゃ、一緒にお風呂に入ろうね♥」

「え――う、わっ」


 俺の反応に笑みを零せば、エスメラルダは俺をベッドからひょいっと抱き上げると、そのまま歩き出した。

 相変わらず、高い。

 元の俺と多分余り変わらないくらいの視点は、今の俺には何故か少しだけ、ほんの少しだけ――いや、そんな訳は無い、筈だ。多分。


 エスメラルダの身体に少し手を宛てて、落ちないようにしつつ。

 流石は英傑の部屋というべきなのか、部屋に備え付けてある浴室に足を踏み入れれば、エスメラルダは俺を下ろして。


「一人でお着替え出来る?」

「……流石に馬鹿にし過ぎだっての」


 あいも変わらず子供扱いをやめないエスメラルダに少し辟易しつつ、着せられた白いフリルドレスを脱いでいく。

 まあ正直に言えば、大森林で着せられたアレよりも遥かに着るのも脱ぐのも面倒なドレスを自分でやるのはちょっとだけ大変だったけれど、だからといって手を借りなきゃいけない程じゃあない。


 ドレスを脱いで、髪を結っているリボンも外して。

 一糸まとわぬ姿になれば、エスメラルダも準備が済んだのか――いや、俺が終わるのを待っていたのか。

 既に準備万端なエスメラルダは、何も言わずに俺の頭を優しく撫でると、軽くかがんで俺の手を握った。


「足元が滑るから、気をつけてね」

「だから大丈夫、だって……の……」


 ――隣を歩くエスメラルダの、その大きさに思わず圧倒されそうになる。

 俺の背丈はエスメラルダの半分強くらいしかないんだろう、こいつの腰辺りに丁度頭があるくらいで。

 エスメラルダのは軽くかがんでる、っていうのに、思い切り見上げなければ顔を合わせる事さえ出来なかった。

 俺の手を軽く指先で握るエスメラルダの手も、俺の手より倍以上に大きくて……


「……っ」


 ……言われるまでもなく、俺が小さいって言うのは自覚していたのに。

 リリエルやルシエラの時には感じる事さえなかった酷く奇妙な感覚が、俺の中で首を擡げ始めていた。








 浴室に入れば、それはとても個人に与えられているとは思えない程に豪華な造りになっていた。

 広さは4人か5人で使っても余る程、湯船も5人一緒に入ってもゆったり出来る程の大きさで、ちょっとした大浴場といった感じだろうか。


 今までルシエラやリリエルと使っていたそれとは比較にならない浴室に、俺は少しだけ呆気にとられていたけれど、エスメラルダが軽く手を引けばハッとして、引かれるままに歩き出した。


「それじゃあ、洗ってあげるね。おいで、エルトリスちゃん♥」

「……子供扱いはやめろって、言ってるだろ」


 小さくため息を漏らしつつ、文句を口にしつつも椅子に腰掛ければ、まあリリエルにもやらせてる事だし、と目を閉じる。

 ……流石に自分から膝の上に、なんて出来るわけもない。

 いや、物理的には出来るんだろうがやりたくない。


 そんな俺の意図を察してか、エスメラルダはくす、と小さく笑みを零せばその大きな手のひらで俺を軽く抱き上げると、膝の上に座らせた。

 リリエルとは違って身体が大きいのもあるのだろうけど、足に大股開きで跨がらされてしまっているのは、正直に言って恥ずかしい。


 まあ、ここからはリリエルと何ら変わりないだろう。

 子供扱いされるのは癪に障るし、恥ずかしいが、流石に身体を洗う時くらいはそういうのは無いだろうし――……


「それじゃあ、綺麗綺麗しようね♥」

「……っ、あ」


 ……そんな事を考えていると、エスメラルダはたっぷりと泡の付いたその両手で、俺の身体を洗い始めた。

 リリエルとは違ってそういう事を学んでいたわけではないのだろう、無論辱めるような意図は感じない、が……


「ん……っ」

「あんよもしっかり綺麗にして……っと」

「あ、ふ……」


 その大きな手のひらで包まれて、柔らかく撫でられて、軽く揉まれるように洗われるのは、リリエルの洗い方とはまた違った心地よさを与えてくる。

 足先から太もも、お尻にお腹をゆるゆると、優しく包まれていくような感覚。


 ――まるで自分が、とても、とても小さな存在なんじゃないかと錯覚してしまうような、異様なほどの安堵感。


「それじゃあ、お手々を上げて――」


 それが余りにも心地よくて、気持ちよくて、抵抗する気力も湧いてこない。

 眠気がまだ残っているのも有るのだろうけれど、おれはエスメラルダに言われるままにおててを上げれば、大きな手のひらで手の指先から、脇の下まで綺麗に、優しく包み込まれていって。


「それじゃあ、最後に……ふふっ、エルトリスちゃんはここは凄いね♥」

「ん……っ」


 そうして、最後。

 胸に有る忌々しい、憎たらしい、無駄にでかい駄肉にエスメラルダが触れれば、おれは思わず小さく声を漏らしてしまった。

 エスメラルダの大きな手のひらにも余るのだろう、泡が駄肉を滑る度にくすぐったくて、変な感じがして身体を捩り。

 そんな俺にエスメラルダは小さく笑みを零しながら――とうとう、駄肉まで泡で包み込んでしまった。


「……ぁ」


 全身をくまなく包み込む脱力感に目を開けば、俺の身体は所々肌が出てはいるものの、泡で覆われていて――でも、それ以上に。

 視線を何の気なしにあげた瞬間に映ったそれに、ぽかん、と口を開いてしまう。


 ――そこに映っていたのは、全身を泡まみれにした、女性に抱えられた小さな女の子だった。

 女性の脚にまたがって、だらしなく身体を弛緩させて、心地よさそうに口をぽかん、と開いた幼い子供。

 その体には余りにも不釣り合いな胸元まで泡で覆われているその姿は、余りにも、余りにも幼くて――それが自分なんだとおれは、全然認識、出来なかった。


「それじゃあ泡を流して……っと。次は髪の毛も、ね?」

「あ、う、うん」


 それに気を取られていたせいか、口からつい何時もとは違う声が、言葉が溢れてしまう。

 ……違う、違う、違う。

 落ち着け、姿見に映ってるのはおれ、だけど。

 でも、そんな風に映ってるのはエスメラルダが大きいからであって、断じて――っ。


「どう、気持ちいい?かゆい所があったら言ってね、エルトリスちゃん♥」

「あふ……ん……っ」


 ……そんな動揺に似た感情も、髪を洗われていく心地よさに、どんどん鳴りを潜めていく。

 姿見に映る幼女(おれ)の顔は、よほど心地よいのか、ふにゃり、と緩んでいて。


「はい、ばしゃーん♪」

「ん……っ、ぷ、ぁ」

「綺麗綺麗できたね、エルトリスちゃん♥それじゃあ私もちゃちゃっとやっちゃうから、ちょっとまっててね?」


 頭からお湯を浴びれば、そのふわふわとした思考も、少しだけ戻ってくる。

 エスメラルダの膝の上から椅子の上に降ろされ、俺はぼうっと、エスメラルダを見上げた。

 先程以上にエスメラルダが大きく、(おお)きく感じるのは、きっとさっきは屈んでいてくれたから、なのだろう。


 ……おれは、こんなにも、小さかったのか。


 そんな事を不意に思ってしまえば、俺は慌てて頭を左右に振った。


「――ふぅ。おまたせ、エルトリスちゃん。それじゃ、一緒に入りましょう♥」

「あ――っ」


 振って、その考えを振り払ったのに。

 ひょいっと、軽々とエスメラルダに抱き上げられてしまうと、否応なしに頭にその考えが浮かんでしまう。


 ちいさい。おさない。おんなのこ。


 そんな事を自覚させられながら、エスメラルダと共に湯船に浸かれば――おれは、何故か自然と、エスメラルダの脚の上に座ってしまって。


「気持ちいいねー……」

「ん……う、ん」


 エスメラルダの言葉に、こくん、と頷きながら。

 柔らかな胸元に頭を預けるようにしつつ、何故か、そこから動こうと思うことが出来なかった。








 そうして、身体をしっかりと温めれば浴室から上がり、エスメラルダに身体を拭かれて。

 髪の毛までしっかりと拭われれば、小さく息を漏らし。


「エルトリスちゃん、足をあげてー」

「ん……」


 ……言われるままに、足をあげて、しまう。

 何故か抵抗する気に、反抗する気に、なれない。

 おかしい、何か、絶対におかしい――だっておれは、自分でも、ちゃんとお着替えが出来るのに。


 なのに、どうして……エスメラルダに、頼ってしまうんだろう?

 こいつが、何かをしたわけじゃあない。ない、筈なのに。


「ん、お着替えできたね、偉い偉い♥」

「あ、ぅ……ん、も、もう」


 やめろ、と口にしようとしたはずなのに、ついそれを言い損ねてしまった。

 そんなおれを見ながら、エスメラルダもテキパキと着替え終えるとそのまま俺を抱きかかえれば、ベッドに載せて。

 ごろん、と寝転がらされると、再び眠気が頭と身体にじわり、じわりと染み込んでくる。


「――それじゃあ一緒に寝ようね、エルトリスちゃん♥」


 エスメラルダも俺の隣に寝転べば、一緒にシーツに包まって、身体を寄せてきた。

 ……エスメラルダの体温の心地よさと、シーツの柔らかさに、意識がゆっくり、ゆっくりと沈んでいく。


「おやすみなさい……♪」

「ん……おや……す、み……」


 ほとんど意識もせずに、言葉を返す。

 背中に、頭に大きな手をまわされて。視界も、柔らかなもので塞がれて、真っ暗になってしまえば。

 エスメラルダに軽く抱かれながら……甘い香りと心地よさに包まれながら、おれはそのまま、意識を手放して、しまった――……


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