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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第三章 魔導国と嘲笑う人形師
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3.少女と指標

 エスメラルダの部屋に入ってから、暫く。

 感情を抑えきれなくなっていた事を恥ずかしく思いつつも、ようやく落ち着いた俺はエスメラルダの腕からベッドの上に降ろされ、一息ついていた。


 ……本当に、なさけない。

 まさかあれしきの事でショックを受けて、あまつさえ泣き出しちまう、なんて。


「大丈夫か、エルトリス」

「骨は……大丈夫そうですが、痣になっているかもしれません」

「……大丈夫だ、変な心配すんな」


 アミラ達に心配そうに声をかけられてしまえば、情けなさもひとしおだ。

 今の俺が虚弱で弱い、なんて自覚していたつもりだけれど、正直認識が甘かった。

 あんな小男の蹴り一発で吹っ飛んで、挙げ句呼吸も出来なくなるとか、冗談じゃない。


「――エルトリスちゃんの言う通り、大丈夫みたい。異常は無いよ」

『ほう?医術の心得でもあるのかの、英傑サマは』

「あ……ううん、そういう訳じゃないんだけど」


 ルシエラに訝しげな視線を向けられてしどろもどろするエスメラルダには、先程のような殺気もなければ、威圧感もなかった。

 そんなエスメラルダに視線を向ければ、エスメラルダはにこりと笑みを浮かべると優しく頭を撫でてきて……何故か、妙に落ち着いてしまう。


 ……いかん、しっかりしろ俺。

 撫でられて落ち着くとか、それこそ子供みたいじゃあないか。


 それにこいつには一応感謝しても良いが、それ以前に聞いておかなきゃいけない事があるだろう。


「なあ、エスメラルダ」

「ん、どうしたの?」

「――その眼(・・・)は、何なんだ」


 俺の言葉を聞いた途端、エスメラルダは軽く硬直した。

 子供だと思っていた相手から、まさかこんな質問が来るとは思っていなかったのか。

 或いは、その眼で何を見ていたのかが問題だったのか――どちらかは分からないが、エスメラルダは暫く答えに困った後、ぽすん、と俺の隣に座り込んで。


「……ええっと、何時から気づいてたの、かな?」

「はっきり判ったのは今だが、おかしいと思ったのは初対面からだ。俺の名前を普通に口にしただろ、お前」

「う……そ、そうだったっけ」


 あちゃあ、と言った様子で軽く頭を抱え込みつつ、エスメラルダは大きな体を縮こまらせる。

 まあ、正直な所を言うのであれば、その事に対して不快感を覚えているわけじゃあない。

 それでこっちに害を為してるって言うんならまだしも、こいつはどうも俺を守ろうとしているような、そんな節があるし。


「怒らないから教えてくれ。俺も、俺がどういう状態なのかは知りたいんだ」

「……ん。エルトリスちゃんは、強いね」

「わ、ふ……な、撫でるな、子供扱いするなっ」

『ぷっ。顔が緩んでおるぞ、エルちゃん?』

「やかましいバカッ!!」


 俺の言葉に淡く、どこか羨ましそうに笑みを零せば、エスメラルダは俺の頭を優しく撫でながら、軽く抱き寄せてきて。

 奇妙な暖かさを感じつつも、ルシエラに揶揄されれば俺は思わず声を荒げてしまい――そんな俺達を見れば、エスメラルダは気持ちを落ち着かせるように息を吸い、吐いた。


「――私の眼は、見た相手の情報が見えるの」

「情報……というと、名前や年齢か?」

「うん、それも勿論だけれど――その人の経験……って言えば良いのかな。強さの指標になるものも数値として見えるし、その上限も見える、かな」

「……私達の情報も、ずっと見ていたのですね」

「ごめんなさい。これは、人を……ううん、物を見ると必ず見えてしまって。不快にさせたなら、本当にごめんなさい……っ」


 心底申し訳無さそうに頭を下げるエスメラルダを見ながら、俺達は軽く顔を見合わせる。

 ……一体何が問題なんだろうか。

 こいつは自分の持っている力を行使しただけだし、しかもそれでこっちに迷惑をかけた訳でもないのに。


『何を謝っておるのか知らんが、小……いや、大娘。大事なのはそこではなかろう』

「え……?」

「別に勝手に見えてるモノで責めるとかはしねぇよ、んなバカな事する訳無いだろ」

「そう、ですね。特に被害を被った訳ではありませんし」

「……まあ、気恥ずかしくはあるが。不快とは思わんな」

「そ……そう、なの?」


 心底意外そうな顔をしながら頭を上げれば、エスメラルダはどこか安堵したかのようにその規格外な胸をなでおろした。

 ……何というか、こいつは自身が力を持ってるせいなのかもしれないが、妙な所で変な方向にズレている、そんな気がしてならない。

 常識だとか、倫理だとか。そういった物が、俺達とは違うような――いや、そんな事はどうでも良いか。


「そんな事より、俺の質問に答えてくれ。俺は、どういう状態なんだ」

「あ……う、うん。えっと、さっき言った通り、私の眼には相手のステータス……例えば力だとか、頭の良さだとか、素早さだとかの指標の今の値と、上限が見えるんだけど……」


 ……便利そうな眼だな、なんて思ってしまったが、そこまで細かく見えていると正直凄く鬱陶しそうだなんて、思ってしまう。

 エスメラルダの言を信じるのであれば、こいつの眼はそれの切り替えも出来ないようだし、まるで何かの呪いみたいだ。


 ほんの少しだけ、エスメラルダを気の毒に思いつつ――


「……その、エルトリスちゃんは、その指標も上限も、極端に低いの。私が見た中では、何よりも」

「……あ、あ。成程」


 ――エスメラルダの言葉に、妙に納得してしまった。

 強さの指標が極端に低い、というのはまあ当然だろうが、やっぱり上限も低いのか。

 自覚はしていたが……それを現実として、数値にして見れる奴に言われてしまうと中々に、キツい。


『……因みにじゃが、エルトリスの指標は?』

「ん……」

「良い、言ってくれ」


 ルシエラの言葉に、エスメラルダは俺に確認を取るように視線を向けてくる。

 一瞬だけ俺は躊躇いそうになったが――これは、今後俺がどうやって力をつけるかにおいて、大事な話だ。

 避けて通るわけには、いかない。


 そんな俺の様子に、言葉に、エスメラルダはこくん、と小さく頷けば。


「――エルトリスちゃんの指標は、全て3。エルトリスちゃんくらいの子供だと大体が5から6で、大人が20前後だけど――エルトリスちゃんの場合、上限も3までしか、ないの」

「は――おい待て、何だそれは」

「普通の子供の半分程度だと、言いたいのですか?」


 はっきりと告げられた、今の俺のその指標に――絶望的な弱さに、俺以上にアミラとリリエルが動揺しているようだった。


「う、ん。リリエルさんも、アミラさんも凄く強いのは見えてるから……私の目がおかしくなったとかじゃ、無いと思う」

『はっ。良かったの、英傑サマのお墨付きという訳じゃ』

「~~……っ、そんな訳があるか!私は――もがっ」

「……そうですか。だから、エルトリス様の保護を?」


 エスメラルダの言葉に、実際に俺が戦っている所を見た――そして手合わせをしたアミラは信じられなかったのか。

 何を口にしようと思ったのかは分からないが、少なからず俺が例の巨獣を倒したと取られかねない言葉を口にすると思ったのだろう、その口をリリエルが静かに塞いだ。

 ……まあ、エスメラルダに関しては例え俺がそうだと知っても危害を加えるような相手ではない、とは思うが――……


「うん。こんなの絶対におかしいし、あのまま放っておくなんて出来ないものっ」

「ん、む――っ!?」


 そんな事を考えていると、むにゅん、という柔らかな感触とともに視界が塞がれる。

 ああでも、でもこれだけはやめてほしい。

 じたばた藻掻いてもエスメラルダの腕はびくともせず、俺をしっかりと抱いていて。

 何とか空気を吸おうとすると、甘い香りがして頭がゆるゆると溶かされそうに、なって――


『――大娘、エルトリスが苦しんでおるじゃろうが。その駄肉から離せ』

「え?あ……ご、ごめんね、エルトリスちゃん……っ」

「ぷはっ、はぁ、はぁ……っ」


 ――そうして意識が飛びかけた瞬間、ルシエラの助け舟のお陰で辛うじて意識をつなぎとめる事ができた。

 つくづく、情けない。

 幾らエスメラルダの体格が凄いとはいっても、抱きしめられただけで気絶とか、冗談じゃあない……っ。


『ふん、まあ良かろう。で、大娘……貴様はエルトリスをどうしようというのじゃ?』

「……勿論、私が責任を持って守るよ。危険な目になんて、絶対に合わせない」

『まるでエルトリスを所有物のように扱うんじゃな。そやつは貴様のモノではないぞ』


 ルシエラの言葉に、エスメラルダは身体を少し強張らせる。

 珍しい、ルシエラが凄く真っ当に良いことを言ってるぞ。

 そうだ、おれは誰の所有物でもないんだから、こんな風に過保護にされたって困る。


『――エルトリスは私の所有物じゃ。それを奪うのであれば、殺すぞ』


 ……ん?

 いやまて、何を言ってるんだ、ルシエラは。

 いつもの冗談かと思いきや、何故そんな真顔でそんな事を……??


「だ、大丈夫、お姉さんから奪おうとか、そういう事は考えてませんっ。お姉さん達も含めて、私が守りますから――っ」

『ふん、どうだかの。貴様のその目は少なからずエルトリスに情欲を――』

「そ、そ、そんな訳ないでしょう――っ!?」


 何やら、話が変な方向へとすっ飛んでいったような気がする、が――エスメラルダが叫んだ瞬間、部屋……というか建物が地響きを上げたせいで、それさえもすっ飛んでしまった。

 部屋がガタガタと音を立てている事に気づけば、エスメラルダはコホン、と咳払いをしてからその原因である自分の魔力を抑え込み。


「……ごめんなさい。ともかく、こんな呪われているとしか思えない子を……エルトリスちゃんを放置なんて出来ません。当然、ルシエラさんたちも含めて私が守るから、安心してくださいね?」

「私もリリエルも、守られる必要があるとは思えないが……」

「……私はまだ怪我が癒えている訳ではないので、お言葉に甘えさせていただきます」

『ふん……まあ、その方が都合が良いかの。エルちゃんは暫くは甘えておるといい』

「ちょ……ちょっと待て、俺も別に――」


 そのまま話が進みそうなのを感じると、慌てて口を挟もうとする……が、エスメラルダは立ち上がろうとした俺の身体を優しく抱き上げて。


「大丈夫だよ、エルトリスちゃん。私が――ううん、私とルシエラさん達が、ちゃんと守ってあげるからね……♥」

「……っ?い、いや、そこまでする必要は無いって……」


 ――何故だろう、何か今、エスメラルダの言葉と表情に、無性に背中が冷たくなった。

 それは決して敵意だとか殺意による危険を感じて、という訳じゃないけれど。

 この体になってどころか、元の体でも感じたことのない奇妙な寒気を感じ、俺はそれでも尚、食い下がろうとする……が。


『心配するでない、ルシエラお姉ちゃんも傍にいるからのー♥全く甘ったれなエルちゃんめ、私が離れると直ぐにぐずるんじゃからな♥』

「なっ、ば、ばか――」

「まだ小さい子に無茶を言わないでくださいっ。このくらいの子は甘えん坊で当然なんですから――」


 そんな俺の言葉を遮るように、ルシエラがわざとらしく甘い声を漏らしながら、俺をエスメラルダとの間に挟むように身体を寄せてきて。

 二人からの言葉に顔を真っ赤にしながら、なおのことこの状況から逃れようと身体を動かすが、全く意味はなく。

 むにゅ、むぎゅぅ……っ、と体の前後から圧迫されるような感覚に、羞恥と苦しさで一杯になりながら――


『――しばらくは我慢しておれ。それが、私達にとっても都合がよい』


 ――一瞬。

 幻聴かと思える程に静かに、真面目なルシエラの声が耳に届けば、俺は思わず小さく頷いた。

 それと同時にルシエラが俺とエスメラルダから離れれば、いつものように意地悪くイタズラっぽい笑みを浮かべて。


『まあ仕方ないのう。しばらくは世話になるとするか、よろしく頼むぞ大娘』

「大娘って……もう、気にしてるんだからあまり言わないでください」

『判った判った、ではくれぐれも甘えん坊なエルちゃん♥をよろしく頼むぞ、エスメラルダ。私らの部屋もあるんじゃろうな?』

「うん、勿論――」








 二人に圧迫されて、少し朦朧としている内に、話が進んでいってしまい。

 気付けば、ルシエラ達は自分たちに用意された部屋へと移ったのだろう、この場には俺とエスメラルダしか居らず。


「――ん、ふふっ♥これから宜しくね、エルトリスちゃん……♥」

「あ……あ、ああ」


 ――優しく慈愛に満ちているような、そんなエスメラルダの甘い言葉に。

 俺はなぜだか、先程感じた奇妙な寒気を抑える事が出来ずに居た。


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