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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第三章 魔導国と嘲笑う人形師
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2.英傑と魔導国

「任務お疲れ様です、エスメラルダ様!」

「有難う。この子達は私が保護した子なんだけど、通っても大丈夫かな?」

「畏まりました、そのように!」


 竜車の中でエスメラルダと衛兵とのやり取りを聞きつつ、やっぱりこいつは三英傑なんだなぁ、と独りごちる。

 いや、別に疑っていた訳でもないし俺の直感もそうだと告げては居るのだけれど、何というかこう……そういう身分の高い奴が纏ってる雰囲気みたいなのが微塵も無いせいで、妙に実感がなかった。


「良いって。それじゃあ行こっか」

「はい、では――……」

「……おい、待て、俺は別に――む、ぎゅ」

「竜車が揺れると危ないから、エルトリスちゃんはここ、ね♥」

『……すっかり子供を通り越して赤子扱いだのう』

「ばっか、ふざけんなっ!誰が赤ちゃんだ誰が……っ!」


 ひょい、と再びエスメラルダに膝の上に抱かれ、腰の前で腕を組まれれば軽く身体が沈み込んでしまい、また身動きが取れなくなる。

 ルシエラの言葉に必死になって抵抗するが、エスメラルダの腕はびくともせず。


「ふふ、恥ずかしがらないで大丈夫だよ。チャイルドシート代わりだって思ってくれれば……」

「それが何かは知らねぇが、間違いなく子供扱いしてんだろうそれ……!」

「まあまあ、抱いて貰っていた方が安全なのは確かだろう。恥ずかしいのは分かるが、せめて竜車の中では我慢しておけ」


 あいも変わらずわけのわからない単語を口にするエスメラルダに食って掛かるも、エスメラルダ本人はただの子供の癇癪としか見ていないらしく、にこにこと笑みを浮かべたままで。

 ぐぎぎ、と唸りながら両腕に力を込めてはみたものの、今の俺が非力なのもあるが――それ以上に、体格差のせいで何ともならなかった。


 何しろ、エスメラルダはでかい。

 背丈は女としては高い方な筈のルシエラを軽く抜いているだけじゃあなく、下手な男よりも更に高く。

 かといって横に太いかと言えばそうではなく、出るところは出まくって、引っ込む所はしっかり引っ込んでいる、色んな意味でドでかい体型をしていて。


「……せめて、もうちょっと腕を緩めろ。頭と背中が圧されて、キツイ」

「え?あっ、ご、ごめんねエルトリスちゃんっ」


 ――軽く抱いているつもりなのだろうけれど。

 その度にしっかりと押し付けられてくるその胸の塊は、最早半分暴力の域に達していた。

 俺の鬱陶しい胸の駄肉よりも更にでかいそれは、体格のお陰で均整こそとれちゃあ居るがそれでも重いのだ。物理的に。


 エスメラルダが腕の力をさらに緩めれば、ようやっとその胸の重圧から開放され、小さく息を漏らす。

 ……男の頃だったら丁度良かったんだろうなぁ、エスメラルダの体格は。

 多分元の姿の俺とどっこいくらいの身長だし、抱くには手頃だったのかも知れない。

 まあ、元の姿だった頃は戦う事くらいしか頭に無かったから、そんな事考えもしなかったが――……


「……にしても、にぎやかだな」

「うん。クロスロウドは魔法で発展した国でね、他の大国と比べて産業が盛んなんだって」

『ふむ、まるで他人事のようじゃのう』

「あはは、私もその辺りはあまり詳しくなくて……」

「ああ、分かるぞそういうのは。私もリーダーだからとは言えど、流行り廃りには疎かったからな」


 竜車の中の他愛のない会話を聞き流しながら、外の景色を眺める。

 街の中を無邪気に走り回る子供たち。

 それを諌める事無く、微笑ましく眺める大人たち。

 道端にはゴミや汚物といったモノが落ちている事もなく、清潔で。

 成程、レムレスも都市だと思ったが流石は大国、その辺りは格が違うらしい。


「治安も良いのか?」

「少なくとも、強盗だとか殺人みたいなのは余り聞かないかな。そういう事をすると直ぐに分かるから」

「分かる……というのは?」

「ん」


 リリエルの疑問に、エスメラルダは街灯を指差した。


 ……否、良く見ればそれは街灯ではなかった。

 街灯に有るべき灯りを灯す機能は無く、代わりに有るのは鈍く煌めく水晶玉で。


『……げ、趣味が悪いのう』

「うへぇ……そういう事か」


 それを見た途端、俺もルシエラも揃って渋い顔をした。

 その街灯もどきによく似ている物に、心当たりが有ったからだ。

 リリエルとアミラはそれを見てもなお良く判らなかったらしく、首を傾げていたが――それを見たルシエラは小さく溜息を漏らすと、頬杖を付きながら自分の眼を指差した。


『遠見の鏡じゃろ、あれ』

「そうだね、確かお城の人がそう言ってたと思う。お城から街のことが全部見えるんだって」

「……それはまた」


 事も無げにいうエスメラルダに、アミラは複雑な表情を見せる。

 まあ、それが普通の反応だろう。

 自分が何をしているのか、どういう事をしていたのか、その全てをこの街は全て城の人間に監視されているのだ。余りにも不自由が過ぎる。


「良く平気だな、この街の連中は」

「そのお陰で犯罪も少なくて、平和に暮らせてるっていうのも有るから。それに、お城の人はそんな悪用なんてきっとしないよ」


 まあ、確かにエスメラルダの言っている事も一部は正しい。

 常に監視されているという事を自覚してしまえば、人間それだけで悪いことは出来なくなるものだ。

 特に、この国には三英傑が居るわけだし――ああいや、でも流石にそんな瑣末事には一々駆り出されたりはしないのかもしれないが。


 問題が有るとすれば、それはそのお城の人(・・・・)が真っ当かどうかだろう。

 エスメラルダの方は特に疑いもしてないようだが……まあ、こいつの場合は図抜けた強さがあるからこそ、か。


「大丈夫だよ、エルトリスちゃん。心配しないでも私と一緒なら安全だから」

「……そんな事を気にしてた訳じゃないんだけど、な」


 俺が考え込んでいるのを見て、不安がっているとでも思ったのか。

 エスメラルダの大きな手で髪を優しく撫でられれば、小さく溜息を漏らしつつ……しかし、妙に気恥ずかしくなってしまって、視線を反らした。


 そんな俺の様子にルシエラはニヤニヤと笑っていたが、気にしないことにする。

 相手になんてしても、心労が増えるだけだからな、うん。








「お疲れさまでした、エスメラルダ様。お付きの方の竜車はこちらでお預かりします」

「はい、有難うございます」


 そうして城にたどり着けば、俺達は竜車を預けて荷物を担ぎ……俺は手ぶらだったが……エスメラルダの後について、歩き出す。

 攻め込む以外で城に足を踏み入れるのは初めてだから、ほんの少しだけ心が浮ついてしまう。

 俺の記憶の中にある城はどれも廃墟ばかりだったが、ここはそういう訳ではないだろう、絶対。


 そんな少しワクワクとした気持ちを抑えきれないまま、エスメラルダの後ろを歩いていると――……


「――おや、そこに居るのは人間兵器エスメラルダ殿では有りませんか!」

「……っ」

「ん、ぶっ」


 ……不意に聞こえてきた耳障りな声に、突然立ち止まったエスメラルダの(かべ)に顔をぶつけてしまった。

 思わず尻もちを付いてしまえば、エスメラルダに隠れて見えていなかったその耳障りな声の主が視界に映る。


 贅肉で襟が出来ている首。

 肉で細まった瞼から覗く、いやらしい瞳。

 厚ぼったい唇をニンマリと歪ませた小男……とはいっても、今の俺よりは大分大きいが……は、エスメラルダを見上げながら、なおも厭味ったらしく言葉を連ねていく。


「おや?おやおや?おかしいですなぁエスメラルダ殿。貴女は大森林に現れた巨獣を倒した者を探しに行った筈ではぁ??」

「……その者は既に森を出た後でした、ので」

「ではなぁぜ薄汚いエルフどもと年端も行かぬ小娘を連れてきたのですかぁ??仕事も果たさずに戻ってくるとは、正に穀潰しではありませんかぁ!!」


 何なんだ、こいつ。

 エスメラルダの前でこんなバカなこと言うとか、自殺志願者か何かなんだろうか?

 まあ放っておいても、直ぐにエスメラルダの指先一つで肉塊に――


「……っ」

「……おい、どうした」


 ――だが、しかし。

 エスメラルダは簡単に殺せるであろうその小男(ぶた)を殺す事はなかった。

 訳がわからない。

 拳を握りしめて震えているのは、こいつに腹が立っているからじゃないのか?

 だと言うのに、何故その力を、魔法を振るわない!?


「――おやぁ?」


 そうこうしている内に、その小男の視線が俺の方に向いてくる。

 ねっとりとした、不快感しか与えないその視線に眉を顰めつつ――ああくそ、ルシエラを振るえる状態だったならとっくに肉片にしてやってるってのに……!!


「んだよ、豚」

「ふん、随分とマナーのなってない小娘が居るようですなぁ……?豚、とこんな肉を蓄えた子豚に言われても、何とも思いませんがなぁっ!」


 小男が、足を軽く引く。

 その動きは緩慢で、単純で。受けてやる必要もないくらいに、鈍重なもの。


「――あ、ぐっ!?」

「エルトリスッ?!」


 ――だった、のに。なのに、俺はそれを躱す事ができなかった。

 躱そうと身体を動かしたのに、意識通りに体が動かない。

 それは別に相手がなにかしたから、とかじゃなくて――単純に、俺が目の前の小男よりも、更に遅い、だけ。


「は……っ、ぁ……っ!」


 どむん、と音を立てながら蹴り飛ばされて、床に転がる。

 胸から来る衝撃のせいで、肺から空気が全部抜けて、苦しい。

 胸を抑え込みながら、立ち上がろうとしてるのに……手足に、全然力が、入らない……!


「あっはっは!良かったですなぁ、大層なクッション(・・・・・)がついていて!!全く、子豚を連れてくるとは人間兵器殿はつくづく頭の悪い――」


「――大臣さん」


 そうして、小男がその足を振り上げて、更に俺の身体を踏みにじろうとした瞬間。

 フロアを満たした殺意に、全ての生き物の動きが止まった。


 小男を氷の槍で穿ち、殺そうとしていたリリエルも。

 恩人を傷つけられて、即座にマロウトに矢を番えたアミラも。

 力がろくに溜まっておらず、しかし憎悪に満ちた視線を小男に向けていた、ルシエラも。


 当然、それを全て向けられていた小男も、その様子に介入できず戸惑っていた衛兵たちも、皆一様に固まって、動けなくなる。


「私に、何を言っても構いません。でも」


 ――その殺意の、敵意の主が言葉を告げれば、小男は惨めったらしく、ひぃっ、と悲鳴をあげた。

 こつん、こつん、とエスメラルダが小男に歩み寄れば、それだけで小男は尻もちをついてへたり込み、挙げ句小汚いシミまで作っていく。


「――何も出来ない子供に暴力を振るって、楽しいですか?」


 その言葉は、とても殺意を放っている相手が口にしているものとは思えない程に、優しい声色で。

 しかし、もし返答を一つでも間違えたのなら、即座に死が訪れるであろう程の威圧感を伴っており――……


「あ……あ、じょ、冗談だっ!!冗談だ、軽い冗談だっ!!やめろ、私も()()()()()()()殺すつもりか……っ!!!」


 ……しかし、小男がそう告げた瞬間。

 エスメラルダの纏っていた強烈な殺意は、圧迫感は一瞬で霧散した。


 小男はそれを見るや否や、悲鳴をあげながらその図体からは信じられない程の速度で、必死に通路の奥へと駆けていく。

 後に残されたのは、エスメラルダの放ったそれから開放され、殺意を向ける先を失ったリリエル達と……まだ、起き上がる事もままならない俺、だけ。


「……っ、け、ほっ」

「――エルトリスちゃん、大丈夫!?ごめんね、ごめんね……っ!」


 やっと肺がまともに動き始めて咳き込めば、慌てたようにエスメラルダは俺を抱きかかえ、抱きしめる。

 もう既に立ち上がることくらいは出来る程度には大丈夫……な筈の俺は、その腕を振りほどく事ができなかった。


 無力だから、ではない。

 あんな、あんな取るに足らない小男に蹴り飛ばされて、動けなくされて。


 もしこの場に俺しか居なかったなら、間違いなく嬲り殺されていただろうという、その現実。


「……っ、く……ぅ……っ」

「大丈夫、大丈夫だから……ごめんなさい、早く私の部屋に行きましょう。そこなら、大丈夫だから――」


 信じたくない、でも信じなければならないその現実に、勝手に涙が溢れ出して。

 そんな俺を優しく慰めながら、エスメラルダは胸元に俺を抱えると、そのまま城の中を早足で歩き出した。


 嗚咽が、止まらない。

 こんなの、これじゃあまるで本当の子供、みたいじゃないか――……っ。


『……ふ、む』


 溢れ出す感情を抑える事がどうしても出来なくて……だから、だろう。

 俺は、ルシエラが何処か……何かを考え込むかのようにしていた事に、全く気づかなかった。


ほんの少し嫌な回。

当然後で大変なことになります。誰が、とはいいませんが。

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― 新着の感想 ―
[一言]  大臣に対して、開口一番「んだよ、豚」でめっちゃ笑いました(笑)  エスメラルダさん、かっこよくて優しいくてとても好感のもてるキャラクターです!!  なでられて、まんざらでもないエルちゃんや…
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