閑話:少女の寸法
「……んっ?」
ばつんっ。
バンダースナッチとの一戦が終わって、目を覚ましてから少し過ぎたある日の事。
特にする事も無いが寝たままというのも面白くないと起き上がると、胸元に妙な衝撃を感じて、首をひねった。
まるで何かが弾け跳んだかのような、そんな感覚。
一体なんだろう、と視線を下ろせば――そこにあったのは、変わらずある鬱陶しい肉塊と、それを押し込んでいた筈の服がみっともなく開いている、そんな光景だった。
……確かに少し寝苦しい、とは思っていたが。
どうやら意識を失っている間に着せてもらっていた服は、少しサイズが合っていなかったらしい。
「ま、仕方ないか」
服の前が弾け跳んだのにはちょっとびっくりはしたものの、それなら別に問題はない。
アミラかリリエルにでも頼んで、新しい服を用意してもらえばそれで済む事だ。
本当ならルシエラに服を生成してもらいたい所ではあるけれど、今は少しでもルシエラには力を戻してもらわないといけないし、うん、仕方ない。
「おーい、リリエル。居るか?」
「……はい、どうかなさいましたか――ああ」
呼べば、すぐ隣の部屋にでも居たのか。
数秒もせずに部屋にやってきたリリエルは、俺の様子を見て何事かを察すれば、言葉を途切れさせつつ小さく頷いた。
「服、ですか。困りましたね」
「ん……?いや、ボタンを付けてくれりゃあそれで良いぞ」
「いえ、そういう訳には。そうなったという事は、サイズが合っていないという事ですし――……エルトリス様、因みにですが」
「どうした?」
「エルトリス様は、自分の体の寸法を測られた事はありますか?」
「寸法、って……」
寸法、というと身長や体重、だろうか。
そういえばこの体になってから、そういうのはまるで測った事はなかった気がする。
服に関しちゃルシエラ任せだったし――まあ、この集落で初めて違うのも着せられちまったが、それも別に寸法を測ってた訳じゃあない。
『……ふぁ……何じゃ、どうした?』
「おはようございます、ルシエラ様。ルシエラ様は、エルトリス様の服の寸法等は判りますか?」
『んー……?』
俺とリリエルの会話に目を覚ましたのか、最近は四六時中眠たそうにしているルシエラも部屋にやってくれば、リリエルの言葉に俺の方に視線を向けた。
ごしごしと目を擦り、細め。ぼんやりと俺の方をしばし眺めれば――
『……ほう。ほう、ほう。そう言えば私もエルちゃんの正確なサイズは知らんのう』
――その眠たげな目が、好奇心で一気に爛々と輝いて。
その視線に嫌なものを感じた俺は、思わず開いたままの胸元を両手で隠した。
……いや、なんで胸元を隠すんだ、俺。
もにゅん、と両手に弾力と重さを伝えるその肉塊の奥からは、ばくん、ばくん、と何やら嫌な予感で荒れている心音が伝わってくる。
何だ、何でこんなに俺は悪寒を――……!?
「そう、ですか。一応用意していた服が一番ゆとりの有る物だったのですが……」
『エルちゃんの暴力的なおっぱいに負けてしまった、という訳じゃな?』
「んな――っ、な、何を……」
顔が、勝手に熱くなっていく。
落ち着け、落ち着け、俺……いや、別にルシエラは間違ったことは言ってない、筈だ。
この体のサイズに、服が合ってないってだけの話しだろう。
『これは、一度エルちゃんのサイズを正確に測る必要があるのう……?』
「そうですね。サイズさえ判れば、エルフの方々に頼めますから」
『というわけじゃ、エルちゃん。少し大人しくしてもらうとしようかの――』
「あ……あ、わ……っ」
……だってのに、それだけだって筈なのに。
どうして、どうしてこんなに嫌な悪寒で、一杯になってしまうんだろうか――……!
『うーむ……しかし改めて見ると、凄い身体だのう』
「……とても女性的かと。将来が楽しみです」
「う、うるさいっ!んなジロジロ見てんじゃないっ!!」
『なんじゃ、浴場で散々見せとったじゃろうに』
部屋の窓をしっかりと幕で隠し、扉の鍵も締めた密室の中。
俺は、二人の前で一糸まとわぬ姿にされてしまっていた。
ルシエラの言う通り、二人に裸を晒すのはこれが初めて、とういう訳ではない。
リリエルを下僕にする前はルシエラと一緒に浴場に行ったりもしたし、リリエルが来てからは――まあ、大体リリエルに身体を洗ったりするのを任せていた。
……だと言うのに、何故か俺の顔は勝手に熱くなってしまう。
ここが浴場でもなんでも無い、ただの部屋だからなのか。
それとも、もっと別の理由なのかは判らないけれど……二人の視線が、妙に刺さってくるような、そんな気がしてならない。
「と……ともかくっ。さっさと測れよ、もう……!」
『っと、そうじゃったな。リリエル、任せて良いか?』
「お任せを。まずは背丈を……」
ルシエラの言葉に頷けば、リリエルは手慣れた様子で借りてきた計器を扱いながら、俺の寸法を調べていく。
まずは背丈、という事で踵から頭の天辺までをリリエルは計器で挟む形で測っていって。
「……エルトリス様、背伸びをしないでください」
「うぐ」
……ちょっとでも誤魔化そうとすれば、目敏くそれを咎めながら。
ぎゅ、と軽く頭を押さえつけられてしまうと、そんな悪あがきさえ出来なくなってしまった。
正直、既に背丈はかなり悪い――もとい、小さい事は自覚している。
ワルトゥより小さい、なんて言われてしまったらもう否応なしに自分が小さいと理解せざるを得なかったし。
だからこそ、その小ささを正確に伝えられるのは、嫌で嫌で仕方がなかった。
まあ、もう観念せざるを得ないだろう。
俺は聞かされるであろう悪い数字に備えるように、小さく息を吸い、吐いて――……
「……103、ですね」
「ひゃっ!?」
……予想以上の小ささに。
信じたくないその数字に、思わず声を上擦らせながら、リリエルを見上げてしまった。
103?
103って、103って……そんな、それこそ幼児とかじゃ……
「う、嘘だっ、ちゃんと測り直せ――!!」
「……103です」
「あ、う――……っ!!」
俺が声を荒らげれば、再び計器の数値をリリエルが読み上げる。
……リリエルが、数字を誤魔化す理由などあるはずもなければ、2回も間違えて同じ数字を読み上げる筈もない。
『ぷっ、ふふ……まーまー、そう気を落とすでない、103のエルちゃん』
「て、てめ……っ、ルシエラ……こ、この……っ!!!」
『あっはっは、まあ良いでは無いか。小さい子は可愛いしのう。私は好きじゃぞー、103のエルちゃん♪』
「が――っ、あああ――っ!!」
怒りと恥ずかしさのあまり、頭を熱くしながら。
飛びかかろうとする俺の頭をルシエラは片手で抑えつつ、可笑しそうに笑っていた。
……流石にいくら俺だってこれは傷つく。
元の俺の身体は、200とは言わずともそれに近いくらいはあったのに。
なのに、まさか100をちょっと超えたくらいまで、小さくなっていたなんて。
そりゃあ、周囲の草木やら茂みやらが巨大に見える訳だ、畜生……っ。
「……こほん。次に移っても?」
『っと、すまんすまん。ほれ、他のサイズも測ってもらうといい』
「うぐ……は、測らないと駄目……か……?」
俺の言葉に、リリエルは無言でこくんと頷いた。
……正直、次のも俺としては聞きたくない。
この体になってからこの方、ずっと俺のことを邪魔し続けてきたこの肉塊。
胸についた駄肉がどのくらいかなんて、それを正確に聞くなんて、下手な拷問よりよっぽど耐え難くて。
「失礼します」
「え、あっ、ちょ、リリエル――っ」
でも、そんな俺の筆舌に尽くし難い心境など無視するように、リリエルはするりと先程とは別の計器を用意すれば、俺の胸元に充てがった。
「ん……っ」
「……? ……少し、締め付けますね」
「あっ、ぅ……ん」
ひんやりとした感触に、思わず声が漏れてしまう。
むにぃ、と駄肉に計器がめり込めば、抑えようとしても口の端から声が勝手に溢れてしまって……恥ずかしくて、耳まで熱くなって。
「……」
「り、リリエル……?」
そうして、数値が測り終わったのか。
俺の駄肉に計器を巻きつけたまま、無言になってしまったリリエルに不安になって、声をかける。
だが、リリエルはまるで信じがたい物をみてしまったかのような顔を――いや、無表情なままだったのだけれど、酷く困惑しているような、そんな雰囲気を漂わせていて。
『何じゃ。どうしたリリエル?』
「……121、です」
『は?』
「は?」
――俺と、ルシエラの声が重なる。
ひゃく、にじゅう?
『いやまて、流石にそれは有り得んじゃろ。寄越せリリエル』
「い――っ、いたっ、いたたっ、痛い痛いっ!?痛いってばぁっ!!!」
真顔になったルシエラがリリエルから計器を奪えば、ぎゅううぅぅっ!と力を込めて、俺の胸元を締め付け始めた。
むにゅううぅぅ……っ!と強引に歪められた駄肉は、それでも計器を力強く押し返しているのか、ギリギリと音を立てていて。
く、苦しい……苦しい、けど……い、いや、121なんて数字おかしいし、きっとこれくらい締め付ければ――!!
『ぬ、ぐ……ぐぐぐ、うぅぅ……っ!!』
「……はっ。や、やめてくださいルシエラ様!エルトリス様の乳房が壊れますッ!!」
「ひゃ、あっ!?きゃ……っ!!」
――そんな無意味な希望も、ハッとした様子とリリエルの手で止められた。
リリエルがルシエラの手から計器を奪えば、ばるんっ!どたぷんっ!と締め付けから開放された駄肉が重たげに揺れ、弾み。
その拍子に素っ頓狂な声をあげながら、俺は駄肉が揺れた反動に耐えきれずに、その場でぺたん、と倒れ込んで、しまって……
『……ひゃく、にじゅう……121じゃと……?私の110を、超え……??』
「認めましょう、ルシエラ様……」
「……い、いやだ、俺はまだ認めてないぞ!そんな、そんなの――っ」
……ぶつぶつと、困惑した様子で呟くルシエラを諌めるリリエルに食って掛かるけれど。
リリエルはそんな俺を見つめながら、無表情だった顔の口元だけで笑みを作り、視線を合わせるように屈み込んで。
「――大丈夫です、エルトリス様。背丈が整えば、エルトリス様も絶世の美女になりますから」
「そういう事をいってるんじゃ、なーい――っ!ばかっ、ばかばかぁ――っ!!」
優しく、そんな言葉を呟いたリリエルに。
俺はとうとう感情を抑えきれなくなって、部屋の外まで響いただろう大きな声をあげてしまった。
「……な、あ」
『……なんじゃ』
……結局、その後も数値を聞かされる度に絶句し、悶絶し、絶叫しながら。
すべての数値を測り終えれば、リリエルはそれを手に集落に居る服飾関係が得意なエルフの元へと向かい。
「その……」
『うぅ……』
残された俺とルシエラ――というか、ルシエラは。
俺を膝の上にのせながら、取り敢えず何とか服の中に詰め込んだ胸元の駄肉を、悔しそうに、本当に悔しそうに、むに、ぐに、と歪めるように抱いていた。
むず痒いような、くすぐったいような……それ以上に恥ずかしいような感覚に、俺は顔を赤くしつつも、抵抗出来ず。
「そろそろ、離してくれないか……?」
『うるさい、乳お化けめ。私の自慢の一つを容易く超えおって……』
「……自慢でも何でもないだろ、こんなの……うぅ……」
いじけたようなルシエラの言葉に、顔を熱くしながらそう返すと、俺は諦めたように息を漏らした。
……どうか、どうかこれ以上成長はしませんように。
あ、いやもちろん背丈はぐんぐん伸びてほしいけれど、この駄肉だけはこのままか小さくなりますように。
むに、むにといじられる度に恥ずかしくなるような感覚に羞恥で一杯になりながら、心の底から誰とも知れない何かに、祈ってしまった。




