4.少女エル、復讐を誓う
散々ルシエラに笑われた後。
ようやく抜けた腰も戻って立ち上がった俺は、ルシエラに軽く触れた。
今の俺にも持ちやすいように柄を傾けてくれたルシエラを手にし、軽く振るう。
ただソレだけで、先程までまるで力の入らなかった手足に熱がこもり、力が漲った。
振るった刃先は周囲の木々を八つ裂き、ズタズタに斬り裂いて木屑へと変えていく。
――が、それだけだった。
「……ルシエラの力を借りてもこんなもんか」
『いつもの5分の1、といったところかのう。いや、魔法も使えんのだから実際はもっと下か』
ルシエラの言葉が、地味に突き刺さる。
そう、これでいつも通りに魔法が使えたならば2割。
それが出来ないどころか魔法が一切使えないであろう現状では、2割どころか下手をすれば1割にすら満たないかもしれない。
それが、今の俺の――エルトリスの、最大戦力だった。
「無理をすれば、もうちょい行けるか?」
『やめておけ、今のお前がやれば五体無事では済まんぞ』
「……くそ、ああ、そうだな」
まだ、奥の手はある。
あるにはあるが、万が一それを使えばこの脆弱な肉体がどうなるかは、俺自身が一番よく分かっていた。
以前なら奥の手として使えたソレも、今の俺では良い所自爆にしかなりゃしない。
何という無力。改めて突きつけられた現実に、俺は肩を落とさずには居られなかった。
『さて、どうするのだ?』
「何がだよ」
『――これからどうするのだ、エルトリス』
そんな俺に繰り返し、ルシエラが問いかける。
ぶっきらぼうな返事で返した所で、意味は無い。
……ルシエラに問われるまでもなく、俺の心は既に決まっている。
決まっている、が――
「あのクソ女を、殺す」
『どうやって?得体のしれぬ術を使う相手を、全盛期にまるで及ばぬお前がどうやって殺せると……いや、探し出せるというのじゃ』
――そう、それだ。
全盛期であったなら、世界を駆け、蹂躙し、あの女の所在を探し当てて殺すなんて事は訳はなかった。
いや、まああの少年に立ち塞がられたら判らないが。そんな事でも無い限りは、可能だったのだ。
だが、今の体ではそんな事はまず出来ない。
この森から出ることくらいは訳ないだろうが、世界を蹂躙するなんて夢のまた夢。
そもそも世界を相手取るどころか、一つの国にすら勝てないだろう。
つまり、今の俺にはあのクソ女を探す手段が一切存在しないのだ。
「それは、これから考える。今は、さっさとここから出ねぇとな」
『……まあ、良いじゃろ。どうせ私はお前と一蓮托生、運命共同体みたいなものじゃ。私を退屈させなければ、それで構わん』
そう告げると、ルシエラはゆらり、とその刀身を揺らがせた。
――酷く、嫌な予感がする。どうやらこんな体になっても魂は俺そのものだからなのだろう、そういった勘だけは鈍っていないらしい。
「おい、ルシエラ。テメェ何をするつもりだ」
『今のお前の体では森から出るにもどれだけかかるか判らんじゃろ?情けなぁ~~~~い契約者に、手を貸してやろうというのじゃ』
「い、いらない気を利かすな!自分の足で歩くから、別に……っ」
『よいよい、遠慮するな。何より――』
ルシエラの行動を止める術は、元よりない。
ゆらり、ゆらりと揺らめけば、歯車で出来た剣のようだったルシエラの姿は見る見るうちに変わっていき――……
「……う、あ」
『――とても、愉しそうじゃからのう?』
……そして、俺も知っている女の姿へと変化した。
長い黒髪に豊満な体つきの……言いたくはないが、美女。以前に幾度か目にしていたその姿は、ルシエラ曰く「自分の魂の姿」らしい。
そう、その姿は知っている。知っていた筈だ。
『くく、こうして見ると本当にちんまいのう、エルトリス?』
「う……う、うるさい!」
だと言うのに。知っている筈のその姿は、今の俺からしてみれば、余りにも巨大に見えた。
目の前に人間の姿に変化したルシエラが居ると、改めて今の自分の小ささを自覚させられてしまう。
以前は見下ろせた筈のルシエラの顔が、あまりに遠い。近くから見上げれば、その豊満な胸に隠れて顔を見ることさえ叶わない。
それはつまり、今の俺はルシエラのヘソより少し上程度の背丈しかない、って事で――
『ほれほれ、遠慮するな。こうして――よいしょ、っと』
「え――きゃ、あぁぁっ!?」
――そんな体格差もあって、俺はいともたやすくあっさりと、ルシエラに抱きかかえられてしまった。
それも、普通に抱かれただけじゃあない。
まるで、そう。男が女をベッドにでも連れて行く時のような、そんな抱き方。
『ぷくく、お姫様抱っこがよーく似合うのうエルトリス――いや、今のお前にはエル♥なんて愛称がお似合いじゃな』
「う、く……ば、ばかにするなぁっ!!」
『ほれほれ、口調が崩れておるぞ?そうしておるとますます童女のようじゃ♪』
「~~~~~~……ッ!!!」
頭が、顔が自分でもわかる程に熱くなっていく。
ああ、ああ、もう――くそ、これが間違っていない事なのが腹立たしい!!
俺をお姫様抱っこしたルシエラは、軽快な足取りで森の中を進んでいく。きっと今の俺の体じゃあこうは行かない。
どんなに力を得ても、結局の所歩幅が違いすぎるのだ。足の長さの差で、どう考えたって森から出るならこっちのほうが効率的なのだ。
『どうしたどうした、頬が緩んでおるぞ?エ・ル・ちゃん♥』
「う、うううぅぅぅぅ~~……っ!!ばかっ、ばか、ばかばかばかぁっ!!!」
『あっはっは!!どうやら感情が高ぶるほど体に引き摺られるようじゃのう♪』
どんな罵倒の言葉を吐き出そうとしても、感情的にそれを出せば勝手に可愛らしい、子供らしい――この姿相応の言葉遣いになってしまう。
それをルシエラに教えられつつも、俺は口からそんな可愛らしい言葉をだす事を止められなかった。
……だって、当たり前だろう!?こんな辱めを受けて、罵倒しないで居られる訳がない!
「ばかっ、ばかぁっ!あほっ、すかぽんたん!!」
『あーっははははは!いや、本当に退屈せんのう♪善き哉善き哉♪』
――結局、森が途切れて河原に出るまでの間、俺はルシエラの良い玩具にされ続けた。
罵倒という名の幼稚な言葉を吐けば吐くほどにルシエラが喜んで、愉しんでいる事に気付いたのが丁度それくらいだったのだ。
ケラケラと笑うルシエラの姿には相変わらず頭が沸騰しそうにはなっていたものの、川の傍に降ろされれば少しは頭も冷えて。
『そら、少し身体を洗うと良い。エルもそのままでは居心地も悪かろう』
「……ちっ、覚えてろよ」
悪態をつきつつも、確かに身体を見れば泥まみれ。
俺は頭をしっかり冷やそうとまだ火照る顔を川の水で流しつつ、身体を軽く浸していく。
小さく弱々しい身体は、浅い川でも腰を下ろすだけで胸下辺りまで浸り、泥まみれだった身体を幾分か清める事ができた。
……視線を下ろせば、そこにあるのは肌色の双球。
大きさだけで言うなら、多分ルシエラにも負けてないんじゃなかろうか、これ。
ルシエラよりも大分背が低いのにこんなのまで付いてたら、そりゃあまともに飛んだり跳ねたりするのは無理だし、疲れるわな、と俺は変な所で納得してしまう。
「ん……っ」
水の冷たさに小さく声を漏らしつつ、大体身体を流し終えて。
後はまあ、ルシエラにでも火を起こしてもらうか、なんて考えながら――
「ぁ」
――見えてしまった。
水面に映る自分の姿。
弱々しい事は分かっていた。小さい事も分かっていた。
だが、改めて現実として突きつけられたそれに、俺は得も知れぬ感覚を覚えてしまった。
子供と言うにも幼い気がする、小さな身体。
鍛えたことなどあろうはずもない、柔らかな手足。
その幼い身体には不釣り合いな、大きな胸。
まるで人形のような、腰まで伸びた金糸の髪。
そして――まるで妖精か何かのような、愛らしさと可愛らしさを詰め込んだような、幼気な顔。
水面に写ったその顔が、泣きそうな表情に歪んでいく。
「……っ」
それが自分の顔だと理解するのに数秒。
今にも泣き出しそうだったその顔を、俺は慌てて――全身全霊で、食い止めた。
「……絶対に、殺してやる」
水面に映る愛らしい顔が、ほんの少しだけ険しくなる。
それでも相変わらず可愛らしくて、威圧感などまるでなかったが、少なくとも今すぐにでも泣き出しそうな表情ではなくなっていた。
――ああ、絶対に殺してやるとも。
俺がどんなに脆弱に成り果てていても、どんな姿に変えられていたとしても、それだけは絶対に変わらない。
俺から最高の結末を奪い、最低な始まりをプレゼントしてくれたあの女だけは特別惨たらしく――存在してしまった事を悔いる程の絶望を与えて、殺す。
『……ほお。少しはマシな姿になったのう、エルトリス』
「やかましい。火を起こせ、ルシエラ。休憩したら川沿いに進んで……兎に角、人気の有る所に行くぞ」
俺を見て愉快げに笑うルシエラにそう言いながら、視線を川の流れる方へと向ける。
川は、大抵の場合は人のいる所に繋がってるもんだ。きっとこの先に進めば、誰かしらに出会うだろう。
『それで、どうするつもりじゃ?』
「取り敢えず情報集めだ。アレからどれくらい経ったかも判らねぇ」
『……ほう、つまり』
「――傭兵か、冒険者か。あの女を殺す為なら、なんだってやってやるさ」
傭兵、あるいは冒険者。
以前ならなろうとすら考えたこともない、金のために自分を殺しに来た塵芥。
それに身をやつしてでも、絶対に目的を果たしてみせる。
その言葉が琴線に触れたのかどうかは判らないが、ルシエラはその妖艶な顔を心底嬉しそうに緩め――
『では、早速身なりを整えるかのう』
「……ん?」
――一体何処から取り出したのか。
或いは自身の魔力で作りでもしたのか、フリルの付いたドレスを手に、ルシエラは笑顔で俺に迫ってきた。
猛烈な嫌な予感に、一歩下がる……が、意味など有る筈もない。
『案ずるな、何処に出ても恥ずかしくない女の子にしてやるからのう……♪』
「てめっ、この、ばかっ、ばかばかばか、やめ……っ、~~~~~~~~……ッ!!!!!」
森に絶叫……というには余りにも愛らしい声を、可愛らしい罵倒を響かせながら。
その日から、俺の新しい――あの女を殺すための、長い長い旅が始まったのだった。
という訳で、プロローグでした。
今回も毎日投稿出来るように頑張ります。