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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第二章 大森林に巣食う魔卵
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22.2章エピローグ 不思議の国

 人の住む世界とそれ以外とを別つ光の壁の、その向こう側。

 魔族が暮らしているその世界の一角には、少なからずソレを知っている魔族ならば決して近づくことは無いであろう領域が存在していた。


 色とりどりの花が咲き乱れ、可愛らしい動物が仲睦まじく遊び、来訪者を暖かく出迎えるその場所は、とある六魔将の領地。

 六魔将は皆少なからず畏怖と尊敬の対象となっていたが、その領地を支配している彼女だけは違う。


「~♪」


 魔族とは思えない程の愛らしい外見。

 とても力など有りそうには見えない細腕に、小さな体躯。


 人間の少女――否、幼女と言っても差し支えないであろう彼女は、青色のエプロンドレスに身を包み、髪を結っている大きなリボンを揺らしながら、いつものように……いつも以上に機嫌よく、彼女の住んでいる小屋の前で鼻歌を口ずさんでいた。


「おや、アリス様。何か、良いことでもありましたかな?」

「あ、ごきげんようハッター♪ええ、とても、とても良いことがあったの♪」


 そんな彼女に、紳士風の――頭がシルクハットだけ(・・)の魔族が声をかける。

 ハンプティとは違い、心からアリスに心酔している彼は上機嫌な彼女を見れば、どこか嬉しそうにして。


「人間のね、お友達になれそうな子を見つけたの!」

「……ほう、人間の。それは、それは珍しい」

「すごいのよ!ハンプティもだけど、バンダースナッチとも遊べちゃうの!人間なのに!」


 そして、続く言葉に興味深げに帽子の縁を軽くなぞった。

 言うまでもなく、六魔将であるアリスの実力は魔族の中でも屈指である。

 そんなアリスが気に入ったという人間には、当然ながら配下であるハッターも興味を示し。


「よろしければ、このハッターめがそのご友人をエスコート致しましょうか?」

「んー……」


 そして、事も無げに。

 ハンプティとバンダースナッチと遊んだ――打倒したその人間を連れてこようかと、口にした。

 アリスはその言葉にしばし迷う様子を見せていたが、ハッターも答えを急かすような事は無く。

 その様子は、まるで祖父が孫を見守るかのような微笑ましささえ感じさせて――……








「――六魔将アリス、覚悟……ッ!!」


 ……その穏やかな静寂は、突如訪れた侵入者によって打ち砕かれた。

 黒い鎧を身に纏った魔族の麗人は、剣を片手に六魔将アリスの領域へと、空から侵入したのだ。


 六魔将は畏怖と尊敬の対象であると同時に、常にその座を狙われる者でもある。

 魔族の中でも魔王を除けば最上位――つまりは王とさえ言えるその地位は、魔族にとっては羨望の的であり。

 六魔将の中でも特に外見において弱く見えるアリスは、頻繁に襲撃を受けていた。


「ほう、今日のお客様は少しは名のある方ですね。確か黒雷のミリア、と言いましたか」

「うーん、うーん……」


 黒い剣士……ミリアは、いつもの事だと特に慌てる様子もない二人を見ても、動揺する事はまるで無かった。

 アリスに至ってはミリアに反応すらしていなかったが、それを侮蔑と捉える事も無く。

 六魔将を倒し成り代わる、その野心を胸に秘めている彼女は寧ろそれを好機と捉え、背中まで伸びた血のように赤い髪を揺らしながら、剣に黒い雷を纏わせる。


 それはミリアの持つ能力であり、彼女が六魔将の配下でも無いにも関わらず、それなりに名が知れていた理由でもあった。

 剣に纏わせた黒い雷は、一度相手に食らいつけば相手を絶命させるまで消える事は決してない、謂わば必殺の一撃で。

 例え防御をしたのだとしても関係なく、触れさえしたならば後は相手が絶命するのを待つだけで良いというその破格の能力に、ミリアは絶対の自信を持っていた。


()った――ッ!!」


 そして、その必殺の能力をアリスは回避する事さえ無く、ミリアを一瞥する事さえ無く受ける。

 剣を深々とその幼く愛らしい身体に受けつつ、全身を焼き焦がす黒い雷を受けたアリスを見て、ミリアは勝利を確信し――


「――んー、やっぱり良いや。初めての人間のお友達だもん、私が会いに行きたいなっ」

「そうですか、畏まりました。それではお召し物が必要になりますね」

「……な」


 ――それでも尚変わらない。

 まるで剣に貫かれている事にも、黒い雷で身を焦がされている事にも気づいていない様子のアリスと、それを当然のように見ている帽子の魔族に戦慄した。


「……あ、ごめんね?ちょっと悩んでたから」

「~~……っ、これ、はっ!?」


 全身を黒い雷で焼かれながら。

 服が焼け焦げているのを見てようやく自分が攻撃を受けていた事に気づいたのか、アリスは申し訳無さそうにミリアに笑みを見せる。

 それは、正しく異常だった。

 剣は紛れもなく彼女の身体を穿っている。

 黒い雷は今も尚、彼女の肉体を焦がし、焼き続けているというのに――だというのに、アリスはそれをまるで意に介しておらず。


「ええっと、あなたのお名前は……」

「ミリアです、アリス様。巷では、黒雷のミリアと呼ばれている方ですね」

「えへへ、ありがとうねハッター。ミリアちゃんって言うのね、こんにちは!」


 そう言って、アリスは焼け焦げている――焼け続けているドレスの裾を摘みながら、可愛らしく挨拶をしてみせた。

 その言動は、所作は、紛れもない少女のもの。

 強さなど微塵も感じさせない、愛らしさしか無いアリスのその一挙一動が、ミリアを心底恐怖させた。


 ただ強いだけならば、圧倒的な実力差で威圧されるのであれば、ミリアは恐怖する事はなかっただろう。

 だが、アリスはそうではなかった。強いのではない。事実、ミリアに奇襲を許した上に今も尚その体に攻撃を受け続けている。


「……っ、う、おおおぉォォ――ッ!!!」


 それでも恐怖を押し殺しながら、ミリアはアリスに向けて再び黒い雷を纏った剣戟を放った。

 一撃、二撃、三撃。

 アリスはまるでそよ風でも受けているかのように目を細めつつ、その攻撃の一切を躱す事無く受け続け、その身を斬り刻まれ、焼かれていく。


「あはは、くすぐったいよぅ」


 誰がどう見てもくすぐったいでは済まないような、致死に至っても可笑しくはないダメージをその身に受けつつ、アリスは笑って。


「ね、そんな事より私とおままごとしましょ?」

「ふ……っ、ふざけるな――!!」

「ミリアちゃんは……そうね、赤ちゃんなんかどうかしら!私がお母さんで、ハッターがパパね!」


「――あ、ぅ?」


 ――アリスがそう告げた瞬間。

 ミリアは自分に一体何が起きたのか、理解できないままぺたん、と花畑の上にへたりこんだ。

 立ち上がれない。

 手足に力がまるで入らず、口からも意味のある言葉が出てこない。


 見上げれば、そこには自分よりも遥かに大きなアリスが――まるで、先程までのことなど無かったかのように、無傷で立っていて。


「う、あ……あーっ!」


 何が起きたのか理解できず、再び黒い雷を放とうとすれば――しかし、それが放たれる事はなかった。

 何も起きず、ただミリアは舌っ足らずな声を上げながら、手を前に突き出しただけ。


「あ……ぅ……っ!?」


 その突き出した手を見て、ミリアは再び戦慄する。

 そこにあったのは、ミリアの慣れ親しんだ手ではなかった。

 幾年も剣を振るい鍛錬を積み重ねてきた無骨な指は、丸く、短く。まだろくに物もつかめない程に小さな、未熟な手。

 身につけていた筈の黒い鎧もいつの間にか消えており、代わりにミリアが身につけていたのは、ピンク色のふわふわとした幼稚な――それこそ、赤子に着せるような服だった。


「う、あ……あ、あぁぁぁ……っ、あー……っ!?」


 悲鳴を、絶叫をあげたつもりのミリアの口からは、赤子らしい鳴き声が溢れるだけ。

 先程まで自分よりも遥かに小さかったアリスは、そんなミリアの様子に満面の笑みを零しながら、ひょいっと軽く抱き上げて。


「あらあら、どうしたんでちゅかーミリアちゃん?おなかすいちゃったのかな?それともお漏らししちゃった?」

「……っ、……っ」

「えへへ、だいじょうぶよミリアちゃん♪ここにはお友達も沢山いるから、これからいーっぱい遊びましょうね♥」


 じわり、と。

 ミリアは自分の下半身が濡れていくのを感じていたが、彼女には最早何一つ抵抗する事など出来なかった

 出来るのはただ、笑顔のアリスを見ながら、声にならない声をあげる事だけ。


「あは……やっぱりお漏らしだったんだ♪大丈夫、かわいいおむつ付けてあげるね!」

「では、私がご用意致しましょう。しばしお待ちを」

「あ……あ、ぅ……えぅっ、う……っ」


 ――何も出来ない赤子にされ、今までの自分を全て虚無に変えられていく。

 やがてミリアは自らが持っていたものも、名前さえもも失うだろう。

 ただの赤子として、永劫を――六魔将アリスが存在する限り続く世界の中で、過ごす事になるのだ。


 この領域にある色とりどりの花も。

 仲睦まじく遊んでいる動物たちも。

 花の蜜を吸っている可愛らしい色の蝶も。

 遠くで遊んでいる、魔族の子供達も。


 その全てが、彼女と同じく六魔将アリスに挑んだものの末路だったなど、ミリアは知ることはない。

 それを考える知性さえも、既にミリアからは失われつつあった。

 ミリアという魔族を構築していた経験、知識――ありとあらゆるものが、アリスの戯れによって塗り潰され、消えていく。


 いつからか黒雷のミリアと呼ばれ、少なからず気持ちを浮つかせていた事も。

 見上げていた強者を討ち倒した時に得た、得難い喜びも。

 自らを研鑽し、その間に得てきた何事にも代えがたい思い出も……何もかもが「赤ちゃん」というアリスが戯れに与えた役割で、上書きされて――……


「ふふ、それにしても楽しみだわ♪うーんと弱くなれば、きっと向こうにお出かけ出来るわよね……ね、ミリアちゃん♪」

「あ……ぅー……」


 ……そうして、いつものように穏やかな時間が、アリスの領域の中で過ぎていく。

 それは何のことはない、六魔将アリスのいつも通りの一日だった。

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