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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第二章 大森林に巣食う魔卵
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21.彼女は、決意した

 大森林を支配し、多くの同胞を弄び、狂わせ、玩弄した魔族を打倒してから一週間が過ぎた。

 生き残ったエルフは私達抵抗勢力の他にも、隠れて事が済むのを待っていた者達も居たようで、予想していたよりも遥かに多く。

 ……まあ、多いとは言っても多くて3割、と言った所ではあるのだが。

 それでも、新しく集落を築き、生活基盤を再建していくには十分な人数と言えた。


 無論、抵抗勢力として戦った者達と逃げ隠れしていた者達との確執が無かった訳ではないが、それも瑣末事だろう。

 一体、あれだけの恐怖を目の当たりにして立ち向かえる者が、どれほど居るというのか。

 そんな当たり前のことは、実際に戦った者ほどそれを痛感しているのだから。


「――へへっ、俺達はお前らと違ってあの化け物共と戦ったんだ!少しくらい多く貰ったって罰は当たらねぇだろ?」

「そんな、配給は皆平等にってアミラ様が……」

「うるせぇ!さっさと寄越せ!!」


 ……だから、こういう不届き者が出ればそれは即座に悪目立ちする。

 実際に立ち向かった者は、そんな馬鹿げた事なんて考えもしない。


「……誰が、化け物と戦ったって?」

「あぁ!?誰だ、テメ……ぇ……っ、いでっ、いでででっ!?」

「う、ウルゥ様……っ」

「あー、こいつのいう事なんて無視していいよ。気をつけてねー」


 私が声をかけるよりも早く、その不届き者の腕をウルゥの細腕がひねり上げた。

 ウルゥとシュトルは変わらず、私の補佐――というよりは、新しく再建中の集落の副リーダーらしき事をしてくれていて。

 こんな事があれば、この二人がそれを見過ごす筈も無かった。


「――私、アンタなんて知らないんだけど。何処で戦ってたの?」

「え……ひ、ひぎっ!?そ、それは、その――ば、化け物と」

「へぇ、化け物ねぇ。どんな奴か聞きたいからこっちにいらっしゃいな――」


 ギリギリと腕をひねり上げたまま、ウルゥは男を集落の一角にある監視小屋へと連れて行って……まあ、その後どうなるかは想像する必要さえないだろう。


 あんな事が有ったにも関わらず、抵抗勢力として戦ったと騙り、そうでなかった者から物資を脅し取る……なんて、小賢しく愚かしい真似をする同胞は、後を絶たなかった。

 無論、全体から見ればほんの僅かな数ではあるのだろうけれど、毎日見かけてしまえば少なからず辟易としてしまう。


「……まあ、そんなバカが出来るくらいには平和になった、という事なんだろうか」


 小さく溜息を漏らしつつ、私は今日も集落の中央にあるほんの少しだけ立派な建物に向かっていた。

 集落の皆が私やウルゥ達の為に、と頑張って建ててくれたそれは、決して多くない人員で造ったとは思えない程によく出来ていて。


 コンコン、と私は扉をノックすれば、中から聞こえてきた静かな声に小さく笑みを零しつつ、中に入る。


「こんにちは、アミラさん。そちらは変わらず大変そうですね」

「……さっきの騒ぎが聞こえていたのか。まあ、いつもどおりさ」


 空色の髪をしたエルフ――リリエルは、相変わらず無表情なまま私に軽く頭を下げた。

 その腕には痛々しく包帯を巻かれこそしていたものの、集落の薬師による処置のお陰か痛みは無いらしく。安静にしていれば半月程度で元に戻るだろう、との事だった。


「集落の再建は問題なく?」

「ああ。取り敢えず住居は目処がついた、後は施設を何とかすれば一通りは、な」

「それは、何よりです」


 片手で器用にお茶を入れつつ、リリエルはその無表情な顔をほんの僅かに綻ばせる。

 ……むう、女性の私から見ても可愛い。


 っと、そうじゃなかった。

 本題を忘れかけていた私は軽く頭を左右に振ると、淹れてもらったお茶に口を付けつつ、建物の一角――相変わらず閉じているその扉を見る。


「エルトリスは、どうだ?」

「もう傷は大分癒えているようです。ただ――」


 ――そこまで口にして、リリエルは軽く口ごもった。


 今回の大森林における戦いの、一番の功労者。

 魔族ハンプティに勝つ糸口を作り、そして――私達が束になっても決して敵わなかったであろう巨獣、バンダースナッチを倒した文字通りの英雄。


 幼き姿をした英雄、エルトリスはあの日以来、死んだように眠っていた。

 人の形を取っているルシエラ曰く、全力を出した対価、との事らしいが……考えてみれば当然だ。

 魔剣を振るい超人とも言える力を見せていたとは言えど、その体躯は私よりも遥かに幼い。

 そんな身体を、全身青痣や生傷塗れにして、口や耳からも血を流しつつ戦い抜いた彼女の姿は、余りにも痛々しく――……


「……まだ、目覚めないか。いや、気にしないで良い、幾らでも休んでくれて構わないんだ」

「心遣い、感謝します」


 ……命に別状が無いとは言えど。

 そんな彼女にそこまでの負担を負わせてしまったことは、本当に申し訳なくて、申し訳なくて仕方がなかった。

 せめて、彼女に何か一つでも恩を返せれば良いのだが……


「このまま目覚めないようなら、クロスロウドにエルトリスを連れて行った方が良いかも知れないな」

「クロスロウド……三大国の一つ、ですね」

「ああ、この森の名の通りクロスロウドは森の中央にある街道を抜けた先にある。今なら何にも襲われる事も無いだろうし……ああ、治療費は当然だが私達が――」







「……おい、俺の居ない所でそういう話を勝手に進めんな」


 ――私達が持つ、と口にしようとした刹那。

 ここ一週間程聞いていなかった声を聞いて、私とリリエルは音を立ててゆっくりと開いていく扉に視線を向ける。

 両手で扉を押しながら、寝ぼけ眼をこすりつつ。

 その幼く可愛らしい姿にはまるで似合わない口調で私達を睨むその姿に、私は――そしてリリエルは、嬉しそうに破顔した。


「あ……ふ。傷なら大丈夫だ、治りは早い方だからな」

「――おはようございます、エルトリス様」

「おう。お前らも無事で良かったな」


 そんな事を言いつつ、エルトリスは少しだけおぼつかないような足取りで椅子まで寄ると、手をかけて――


「ん、ぐ……っ」

「……?どうした、エルトリス?」

「ぐ、ぎ……んんん~……っ、る、ルシエラっ!」


 ――何故か、椅子を重たげにずり、ずり、と少しだけ引きずると、呼吸を荒くしながら。

 顔を赤くしつつ、彼女の相方であるルシエラに声をかけた。


『ふ、くく……なーに、分かりやすい説明になったじゃろ?』

「お前、なぁ……っ、は、ぁ……」


 やはりまだ体の調子が悪いのだろうか?

 エルトリスはルシエラに椅子を引いてもらえば、そのままゆっくりと椅子によじ登って腰掛ける。

 その動きは、まるで本当に見た目相応の、幼女のようで。

 そんなエルトリスの様子を可笑しそうに……しかし、見守るようにルシエラは見つめていた。


「……ま、あ……俺の方は、こんな感じ、だけどな」

「やはり怪我が良くないのか?」

「そうじゃねぇ、怪我はまあ……まだ7割くらいだが、治ってる」


 そこまで言うと、エルトリスは酷く難しそうな顔をしてから視線をそらす。

 ……今まで言いたいことを言ってやりたいことをやっていた彼女らしからぬ、その態度。

 まるでそれを口にするのが恥ずかしいか、或いは――それを、恐れているかのような。


 そんな態度で暫くの間、エルトリスは口籠っていたが。


「――力が、全然出ないんだよ」

「え……それは」

「あのバンダースナッチとの一戦で、ルシエラの蓄えてた力を大部分使っちまったからな……その、なんだ」

『今はこの外見相応の可愛い可愛いただの女の子、エルちゃんという訳じゃ』


 そんな、とんでもない事を恥ずかしそうに……ルシエラの方は愉しげに……口にした。








「……つまり、ルシエラが力を取り戻すまでは……という事、か?」

「ああ、まあそういう事だ」


 片手だとカップも支えきれないのだろう。

 両手で子供らしく、リリエルの淹れてくれたお茶を支えながら口にして、エルトリスは忌々しげに……というには余りにも可愛らしく溜息を漏らす。

 口調こそ何時も通りではあるものの、成程。確かにその動きは……力は、完全に子供のそれになってしまっているようだった。

 普通の椅子を満足に引っ張る事も出来ず、お茶が注がれたカップを片手で持てず、椅子に登るのさえ一苦労。


 ……本人は軽く言っているが、これはとてつもなく不味い事なのでは無いだろうか。


「それで、これからどうするつもりなのだ?」

「どうするも何も、どうしようもねぇ。取り敢えずルシエラが力を溜め終えるまで……そうだな、一ヶ月くらいはこのまんま、さ」

「……それは」


 一ヶ月。

 一ヶ月すぎれば、エルトリスは元の力を取り戻す、という。


 ――つまり、その一ヶ月の間にエルトリスを捕え、服従させてしまえばその者はあの凄まじい力を手中に収めるという事でもある。


 これは、この状況は余りにも危険だ。

 エルトリスに自覚があるかは判らないが、こんな好機を大国が見逃す筈がない。

 大森林であった出来事も既に――特にそこから近いクロスロウドは、間違いなく把握しているだろう。


 あの巨獣を打倒した何者かが、この森に存在するという事を。


 ……となれば、この新しく作った集落にその何者かを傘下に収めようとする連中が来るのも、そう遠い話ではない。

 そしてその者達がエルトリスの状況を知ってしまったならば、力づくでも自国に連れ去って――それこそ、拷問や薬などの外法を用いてでも、彼女を自国に忠実なモノへとしようとする筈だ。


 力を振るえるのであれば取るに足らないそれらであっても、今の無力な彼女にとってはそれは余りにも、余りにも危険過ぎる――!


『む……何じゃ?急にブツブツ言い出して』

「……となれば」

「ん……どうした、アミラ?」


 訝しげにこちらを見るエルトリスを一瞥してから、考える。


 元々私は力だけでリーダーとして認められた者だ。思慮だとかそういう事を含めるなら、シュトルの方が数倍長に向いているだろう。

 それに、ウルゥは私よりも女性的で集落の男達からも人気がある。


 ――うむ。よし、ならば問題ないな。


「エルトリス」

「な、何だよ」

「私も、エルトリスに着いていく事にした。この身を賭して、守ると誓おう」


 驚いたように目を丸くしたエルトリスも可愛らしいな、なんて思いつつ。

 私はこの大森林を救ってくれた英雄(しょうじょ)に少しでも恩を返す為に、森を出る事を決意した。


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