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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第二章 大森林に巣食う魔卵
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20.ジャイアント・キリング(後)

「んぐああああぁぁぁぁぁ――ッ!!!!」

「ふ、く――ぅ……っ!!」


 更地となった元大森林の一角で、巨大な獣が暴れまわる。

 建造物を思わせる程の巨大な狼の頭に、それから考えれば小さいものの、巨人と言って差し支えない巨大さの肉体を持った怪物――バンダースナッチは、先程までの間抜けさなど微塵もなく目の前の敵を討ち果たさんと、その鋭い爪を振るっていた。


 巨大さからは想像も出来ない身軽さで、バンダースナッチは小さな影を追い回す。

 その爪が振るわれる度にその小さな影との間に火花が散り、その腕は微かにだが弾かれて。

 その偉業を成している小さな影――エルトリスは、口元から血を溢れかえらせながらも、その視線は自らの血ではなく、ただバンダースナッチだけを捉えていた。


「こ、ぷ……っ、ふ、あ――ッ!!!」

「ぎゃお――ッ!?ぐおおおぉぉぉぉっ!!!」


 エルトリスが着地する瞬間を狙うように放たれた腕の振り下ろしを、少女は爆ぜるように跳んで躱しながら、すれ違いざまに切り刻む。

 ルシエラによって刻まれた傷はその巨体故に浅く、決して致命傷にはならなかったが、牙で幾重にも食いちぎるように刻まれたソレは、苦痛を与えるには十分で。

 自分よりも遥かに小さな者に与えられた苦痛に、バンダースナッチはその巨大な顔を、口を歪めながら、徐に咆哮をあげた。


 それに魔力が乗っているわけでもなければ、同時に礫が放たれたというわけでもない。

 ただ叫ぶ、それだけでエルトリスの身体は揺れ、同時に思考がかき乱される。


『――っ、……っ』


 ルシエラが使い手であり相棒であるエルトリスに向けて何かを叫んでいるが、それがエルトリスに届くことはない。

 先程六魔将であるアリスにやられたような、強烈な洗脳――或いは改変によって、届かなくされたのとは違う、もっと単純で物理的な攻撃。


 ――ただの一度の咆哮で、エルトリスの鼓膜は破れたのだ。


「……だい、じょぶ……解ってる、わかってるよ」


 巨大な口から放たれた咆哮は幼い少女の身体でしかないエルトリスの鼓膜を破壊し、脳を揺らす。

 エルトリスはほんの一瞬、ほんの僅かな間では有るが、天も地も判らなくなりながら、よろめいて――その一瞬を、バンダースナッチが見逃すはずもなかった。


「ごああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 口元から唾液を垂れ流しながら、跳ぶ。

 巨体からは信じられないような跳躍力を見せつつ、バンダースナッチはよろめいているエルトリスを6つある瞳で見れば、口元をニヤリと歪め。


 ――そして、全体重を掛けて、その小さな存在を両脚で踏み躙った。

 同時に、大森林にまるで大爆発でも起きたかのような地響きが鳴り響く。

 それは、遠くで戦いを終えていたリリエルやアミラ達にも届くモノだったが――そんな事は、バンダースナッチには関係なかった。


 小さな、余りにも小さな少女に対して行うには、余りにも強大な暴力。

 しかし、バンダースナッチはそれに満足することはない。


「ぐぁっ!!がっ、がああぁぁっ!!がふっ、ぐおおおおぉぉぉっ!!!!」


 狂ったように地面を何度も、何度もその両脚で踏みつけて、踏み躙って、破壊する。

 その小さな存在を許さないとでも言うかのように、バンダースナッチは徹底的に、一切の容赦もなくエルトリスへとその強大な力を振るい続けた。


 それは、ハンプティによって改変された抑圧故か。

 或いは――その間に、エルトリスに殺される寸前までいったという、恐怖故か。


 吠え、叫び、その両脚で何度も地面を踏み荒らせば、ようやくバンダースナッチは少し落ち着いたように自分が破壊した大地を見る。


 そこにあるのはただ、穴だらけになり、砕け、跡形もなく荒廃した大地のみ。

 巨体によって無惨なまでに踏みにじられた、エルトリスの肉体など跡形も残るはずは無く――……








「……大きすぎる、のも。考えもの、ね?」

「――ご、ぁ」


 ……否、そこに有るはずもなかった。

 鼓膜を破壊され、脳を揺らされて天地も分からなくなっていた筈の少女。

 それは、いつの間にか――バンダースナッチが地面でよろめいているであろうエルトリスを蹂躙していた、そう思い込んでいた間に、その巨体をよじ登っていたのだ。


 気づいた時には、既に肩口。

 口元から、そして耳からも血を流しながらも、エルトリスはそこに立っていた。


 瞬間、バンダースナッチの脳裏に先程の激痛が蘇る。

 眼球を破壊され、その奥まで破壊される耐え難い苦痛の記憶。


「――ぐ……ごあああああぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!!!」


 それが、意表を突かれて硬直していたバンダースナッチの身体を突き動かした。

 大きく顎を開きなながら――それこそ、180度を超えて顎を開きながら、バンダースナッチは自らの腕ごとエルトリスを喰らわんとしたのだ。

 当然、肩口から腕を食いちぎったのであれば、バンダースナッチとて決して無事では済まない。


 だが、ここでエルトリスを自由にさせたのなら、間違いなく先程の苦痛を――その先を味わうことになると、バンダースナッチは直感していた。


「あ……ぁ――わ、れ」


 自滅を厭わないバンダースナッチの口撃に、死を目前にしながらエルトリスは笑う。

 それをバンダースナッチは見ることは出来なかったが――少女は、まるで愛おしいものでも見るかのような表情で、満面の笑みを零し。


 そうして、そのまま――バンダースナッチの(あぎと)は、自らの腕ごとエルトリスを噛み砕いた。








「――っ!?ぐ、ぎ――」


 噛み砕いた、筈だった。

 事実、バンダースナッチの腕からは鮮血が迸り、大地を濡らしている。

 そこに居たはずのエルトリスもまた、噛み砕かれて……そうでなくとも、圧殺されていて然るべきだ。


 ――だが、その代わりにバンダースナッチに訪れたのは、口内から、上顎から襲いかかる激痛だった。


「ごぐっ、が――ぎ、があああああぁぁぁぁぁ――ッ!!!」


 激痛に耐えかねて口を開けば、だらん、と自らが食いちぎった腕が、根本からぶら下がる。

 その腕の傷は、バンダースナッチも意に介してなど居なかった。

 耐え難い、何よりありえる筈もない、口内からの――上顎からの激痛に、バンダースナッチは悶え、暴れる。


 バンダースナッチの噛みつきは、ただの噛みつきではない。

 あらゆる物を文字通り喰らうそれは、モノの硬さ、大きさを問わず必ず、口内に入れた物を壊し、圧搾し、バンダースナッチの腹の底へと追いやってきた。

 大森林も例外ではなく、荒れ地となったその場所にあった樹々も生物も、全てバンダースナッチの胃の中にある。


 だから、バンダースナッチは何故口内から激痛が走るのか、理解が出来なかった。

 自分の6つの眼に映らないその場所で何が起こっているのか、察することさえ出来なかった。


「――れ、まわれ、まわれ――ッ!!」


 口内から微かに聞こえた幼いその声が、誰のものなのかさえ理解できず――……


「ご、がっ!?がががっ、ぐ、ごぁっ、あ、があああああぁぁぁぁぁぁ――ッ!!!!」


 上顎から来る激痛が、最早激痛と形容する事さえ烏滸がましい程になれば。

 その巨体をもんどり打たせながら、バンダースナッチは狂ったように暴れだした。

 痛い、痛い、痛い――耐え難いその痛みに、その鋭い爪が生えた腕を口にねじ込んでまで、バンダースナッチはそれから逃れようと藻掻いていく。


 だが、そこには既に何もない。

 鋭い爪で口内を、上顎を掻きむしっても既にそこには何も居ない。

 ただ、自らの手で口内を傷つけることしか出来ないままに、バンダースナッチは膨れ上がっていく激痛に、血の涙を流しながら――


「……っ。ご、ぼ……が……っ」


 ――やがて、その巨体を痙攣させるばかりになれば。

 その頭頂部から、勢いよく鮮血が噴き出し……傷をガリゴリと削り、抉り広げながら、内側から小さな塊が、姿を現した。


「――っ、ぁ……」

『は……ぁ。何とか、なったのう』

「う……ん」


 新鮮な空気を吸い込むように、ドレスを鮮血で染めたエルトリスは胸いっぱいに呼吸をすると、ルシエラに軽く返事をして、倒れ込む。

 咆哮による鼓膜の損傷だけではない。

 幾度となく巨体に振り回され、その後も何度も打ち合ったその衝撃で、既に身体は限界だった。


 ……否、それさえも直接の原因ではない。


「……ぁ」


 エルトリスの身体から、みなぎっていた筈の力が霧散していく。

 ルシエラを握っている筈なのに、普段のような力はまるで湧いてこずに――本来あるであろう激痛もなかったが、信じられない程の脱力感に、虚脱感にエルトリスは立ち上がる事さえ出来なくなった。


時間切れ(・・・・)じゃ。さて、これからどうするかの』

「……そ……っか。いたくない、のは」

『さぁての、麻痺でもしてるんじゃろ』


 起き上がることさえ出来ない気怠さの中。

 ぶっきらぼうにそう答えたルシエラに、エルトリスは小さく笑いつつ。


「あり、がと。すこし……ね、る」

『――ああ、眠れ。後のことなど、後で考えれば良い。今は、私に任せてゆっくりと休め』


 痛みがないのはルシエラのお陰だと言わんばかりに、エルトリスは珍しく礼を口にすれば。

 ルシエラは剣から人の姿へと形を変えると、疲れて眠ってしまった幼子に母親がするように、彼女を膝の上で休ませた。


「――っ、――……っ」

『……ふん、もう少し二人きりにしてくれれば良いものを。邪魔虫(エルフども)め』


 愛おしむように、膝の上で寝息を立てる少女の頭をなでながら。

 遠くから聞こえてくる声に、ルシエラは不機嫌そうに、しかし笑みを零す。


 こうして、大森林に巣食っていた魔卵との戦いは、ここに幕を下ろしたのだった。


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