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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第二章 大森林に巣食う魔卵
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19.ジャイアント・キリング(前)

「んがあぁ~~……」


 気の抜ける声を上げながら、森の奥――だったであろう場所へと仰け反り、転がっていく怪物を追う。

 本来ならとっくの昔に止まっていたんだろうが、元大森林であったその場所には巨体を遮るものは何一つ存在していなかった。


 樹々も、木の葉も、草さえもない、不毛の大地。

 踏み均される事も無く荒れている土だけが、その怪物が食い荒らしたあとに残されており。


 ごろん、ごろん、と地響きを鳴らしながら転がっていた怪物は、全身を土埃まみれにしながらもようやく止まれば、じろり、と6つあるつぶらな瞳をこちらへと向ける。


 ああ、やっと俺が敵だと理解できたのか。

 その図体じゃあろくに敵らしい敵も居なかったんだろうな、かわいそうに。

 そんな奇妙な同情を覚えつつ、ルシエラを構える。


「ふっ飛ばして悪かったな。ここからは、本気でやるぜ」

「……んぬああああぁぁぁぁ~~~~……!!!!」


 ――それと同時に、間の抜けた咆哮が大森林を揺るがした。

 ただその巨大な口から吠えただけだというのに、それだけで大地が揺れ、遠くの樹々がしなり、土埃が舞い上がる。


「――っ!」

「ばぁ……くんっ!」


 土埃に紛れ、巨体が動く。

 城のような巨体だから鈍重かと思えば、とんでもない。

 咆哮でこっちの動きが止まったのを見たのと同時に、大口開けて俺を丸ごと平らげようとしやがった――っ。

 無論食われてやるつもりもない、思い切り真上に跳んでそれを躱せば、そのままルシエラを思い切り振りかぶる。


『奥の手を使って正解だったのう。無しなら今ので終わっておるぞ、エルトリス』

「わぁってる……っ!出し惜しみは無しだ、全力でやるぞ!!」


 ふざけた様子のまるで無い言葉とともに、振り上げたルシエラが轟音を鳴らしながら、周囲の空気を巻き込むように回転し始めた。

 牙を生やした円盤を、まるで雄叫びでもあげるかのように掻き鳴らしながら。

 そのままの勢いで、口を閉じた怪物の顔面――いや、顔しか無いが――に向けて、全身全霊を込めて叩きつける――!!


「ん、ぐぁ――っ!?」


 それはおそらく、怪物が初めてあげた苦悶の声。

 ルシエラは深々と食い込みながら、今なお怪物の皮膚を裂き、肉を掘り(・・)進んでいく。

 怪物からすれば小さい……否、小さいという言葉さえ過ぎる程のサイズ差だったが、ルシエラはそのサイズ差を物ともしない速度で怪物の体内を、皮膚から食い荒らし始めた。


「ぐ――んぬああぁぁぁぁぁんっ!!!」

「ルシエラッ、離すなよ!」

『誰に言っておる、当然じゃ――ッ!!!』


 だが、当然怪物とてそのまま食われているわけがない。

 身体からすればあまりにも細く頼りない、4本の手足でその体を持ち上げれば、ぐるん、ぐるんと身体を揺すって抵抗する。

 悪あがき――という訳ではない。

 怪物からしてみればただの身動(みじろ)ぎであったとしても、この体格差ではただそれだけで凄まじい破壊力になる。


「――っ、……ぐ、ぅぅ……っ!!」

「ぬああああぁぁぁぁぁ――んッ!!!!」


 気の抜けるような咆哮を上げながら身を捩れば、たったそれだけで俺は振り回され、その度に凄まじい衝撃が全身を襲う。

 空気の壁に叩きつけられるような感覚。

 ルシエラの強化がなければとっくの昔に血まみれになって死んでるであろうそれを受けつつも、ルシエラから手を離す事無く食らいついた。


 それに苛立ったのか、怪物はその巨体をかがませると、僅かに力を溜めてから鼻先を思い切り振り上げようとして――……


「今、だ――!!」

『く、は……っ、そぉら、一気に頂くぞ!!!』


 ……その刹那、ルシエラは喰らいついて居た怪物の血肉から、ズルリと抜ける。

 傷口が小さくとも、内側で散々食い荒らしたのだろう。

 その部位からは勢いよく血が噴き出して――その血を薙ぎ払うように、ルシエラを横薙ぎに振るった。


「――ぬ、ぁ――っ」


 勢いよく飛び散った血が、6つのつぶらな目を直撃していく。

 ……普通だったら眼球ごと潰れそうなもんだが、流石にこの巨体ではそんなダメージは当然与えられない。

 ベチャァッ、と眼球に直撃した血液は、ただ怪物の視界を塞いだだけだ。


 それでも多少の痛みもあったのか、怪物は苦悶の声をあげながら、巨体を屈ませたまま動きを止める。


「行くぞルシエラァァッ!!」


 そして、その千載一遇の好機を逃すまいと、俺はその巨体の上を駆けた。

 ルシエラがけたたましい音を鳴らしながら、早く、早く――この怪物の生命を喰わせろと、喚き散らす。

 そんなルシエラに、俺は口元を歪ませながら――血液を浴びて塞がっている、怪物の眼球に向けて勢いよくルシエラを突き立てた。


「ぬ、あ――ぎゃおおおおおおおぉぉ――っ!?」

『くはっ、はははははっ!!良いっ、実に良いぞっ!もっと、もっとじゃ!!』


 眼球……とはいっても、俺よりも遥かに巨大なそれを、ルシエラは轟音とともに削り、砕き、穿っていく。

 血液とは違う体液を撒き散らしながら、怪物は再び悶え、暴れ始めるが……


「離さねぇ、よ……っ!」

「ぐおおおぉんっ!!ぎゃおおおおぉぉぉ――ん……っ!!!」


 ……今度はただ鬱陶しいだけではなく、凄まじい激痛が怪物を襲っているのだろう。

 頭をぶるんぶるんとゆすりこそするが、先程までの勢いはない。

 怪物の手足がちゃんとしたものだったなら、きっと眼球ごと俺を叩き潰せたんだろうが、あの小さく細い手足じゃあそれも出来まい。


『ははっ、抜けたぞ!!このまま喰らいつくしてくれるわ――!!!』


 そうしている内に、とうとうルシエラは怪物の眼球を食い破った。

 その奥にあるものへと目掛け、容赦なく食い荒らし始めれば今度は勢いよく鮮血が噴き出していく。


 そう、どんな生物であったとしても。

 少なくとも俺が知る限りであれば、眼球の奥にはその生物にとって急所であるモノが、存在している。

 そこさえ砕いてしまったのならば、食い荒らしてしまったのならば、最早どんな生命力が、再生能力があったとしても関係はない。


 ルシエラが歓喜の声をあげながら、眼球の先――巨体故に多少の距離はあるだろうが、この怪物にもある筈の(きゅうしょ)へと食い荒らし、進んでいく。


「――……?」


 ……このまま行けば殺せる(勝てる)

 まだ勝利を確信するには早い段階ではあったものの、少なくともそれが見えてきた刹那。

 ふと、なにか違和感を感じて俺は周囲を見た。








 静かだ。

 怪物はまだ死んでもいない筈なのに、周囲から音が突然消えた。


「……な」


 ――背筋が、凍りつく。

 先程まで、気の抜けたような声をあげながら暴れまわっていた怪物は、声を上げることもなく残った5つの眼球で、俺を観察するように眺めていた。

 その様子に、先程のような間抜けさなど、愛嬌など微塵もない。

 突然、生まれたてのやんちゃな子犬が完璧に躾けられた猟犬に変貌したかのような、そんな変容。


「――あら。ハンプティは割れてしまったのね……悲しいわ、悲しいわ」


 そして、それと同時に耳に届いたのは、幼い……本当に幼いとしか言いようがない、愛らしい少女の声。

 ハンプティが……あの卵魔族が割れた事を残念そうにしているのに、まるで悲しそうではないその声色が、今なお血肉を抉られているであろう怪物の口から、聞こえてくる。


「貴女。ふふ、私と同じくらいの可愛い女の子なのね。可愛いわ、可愛いわ」


 その声の主が、眼前の――巨大な怪物を通じて、俺を見ていた。

 割れてしまった所有物から興味を失った少女は、怪物に今とどめを刺そうとしている俺に、興味を示していて。


「でもお洋服がボロボロね。はい、どうぞ♥」

「え……な、ぁっ」


 ――少なくともこの場に居ないはずの、少女は。

 先程怪物に振り回された衝撃でボロボロになっていた俺の服を、一声で別のものへと変容させた。


 空色の、可愛らしいエプロンの付いたフリルドレス。

 多分頭のリボンも別のものに変えられたんだろう、ふわりとした感触が髪に触れていて。


『――いかん、ソレ以上そいつと話すなエルトリスッ!!』

「くす、くす。とっても似合ってるわ。可愛い、可愛い……エルトリスって言うのね?」

「テ、メェ……っ!」


 恥ずかしい。

 こんな格好をさせられて真っ先に感じるべきはその事の筈なのに。


 だというのに、俺は――この声の主のその存在感に。

 この場に居ないにも関わらず感じられるその圧力に圧倒されつつあって、そんな感情など抱く余裕すら無くしていた。


「あら、汚い言葉遣いね。ふふ、もっと可愛くしましょ?あたし、とか、えるちゃん♥なんて自分を呼んだらきっと可愛いわ?」

「ばかにしないでっ、あたしはえるちゃんなんかじゃ――っ!?」


 ――くちから、でそうになったこえに、ぞくっとする。

 あたしは――違う、俺は今、何と言おうとしていた?

 一瞬で思考が滲んで、かき混ぜられて――まるで、アリスの思うままに操られそうになっていた、なんて……!


「ん、ぐ……っ、テメェ、何をしたっ!?」

「……あら、残念。流石にこれだけ距離があると、可愛いこの子を通じても()()()()なっちゃうのね。可愛い可愛いお友達、作りたかったのになぁ」

『そいつと会話をするなと言っておるじゃろうが!?くそ、さっさと死ね、死ねこのデカブツめ――ッ!!!』


 あの卵野郎と同じ洗脳?

 違う、今のはそれよりももっと悪辣で、より絶対的なものだった。


 それを、声の主は――ああ、きっとここから遥か彼方にいるであろうソイツは、俺にしたのだ。

 今までこの体に苦しめられた事もあって弾けたが、弾くまでルシエラの声さえ耳に入っていなかったなんて……!


「でも、名前は覚えたよ♥エルトリス……うん、エルちゃんね。私はアリス、よろしくね?」

「……テメェの名前も覚えたぞ、アリス」

「うんうん、嬉しいわ♪初めての人間のお友達になれそうだし……うん、それじゃあハンプティとバンダースナッチと遊んでくれたお礼をしてあげなくちゃ」


 少女――アリスのその言葉に、ぞくりと背筋が冷える。

 体中の血液が凍てついたかのような感覚を覚えつつも、突然ぐらり、ぐらりと揺れた足場に――足場にしていた怪物、バンダースナッチに視線を向ければ、目を見開いた。


「ハンプティが変なのにしちゃったから、物足りなかったでしょ?今、元に戻してあげるね♪」


 今、何と言ったのか。

 ハンプティが、変にした?


 思い返してみれば、ハンプティは確かにあの卵で洗脳――あるいは作り変える時に、必ずそれを改悪していた。

 自分に忠誠を誓うように低能に。

反旗を翻せないように扱いやすく、思考を単純に。


 ――つまり、それは。


「それじゃあ、バンダースナッチと沢山遊んであげてね、エルちゃん♪今度はもっと遊ぼうね、ばいばい♥」


 その言葉を最後に、場を支配するかのようなアリスの存在感は消失する。

 だが、それと同時に――既に致命傷を与え、殺す寸前だったはずのバンダースナッチの身体が、蠢いた。


『ぐ――身体の組成が、変わって――!?』

「……っ、戻れルシエラっ!!」


 既に脳に届いて筈のルシエラを剣状に戻せば、そのままバンダースナッチの頭から降りる。

 ゴキン。ベキ、メキィ。

 音を響かせつつ、今まで血を噴き出していた箇所を塞ぎながら変容していく――否、本来の姿へと戻っていく、バンダースナッチ。


 その巨体は少しだけ縮み、城から砦程度にはなっていたものの、相変わらず(おお)きく。


『いや、いや……改悪にも程があるじゃろ』


 先ほどと比べれば、大分小さくなったもののまだ大きな頭部。

 筋骨隆々とした手足と――それに見合った胴体。

 頭部についている愛らしい6つの目玉だけは、先程までのバンダースナッチと似通っていたが――……


 ……なんて改悪してやがったんだ、あの糞卵は。


「ああ……まあ、やるっきゃ――っこ、ぷ」


 だが、それでもまだ何とかやれる。

 今の俺でも戦える相手なのは、勝てる相手なのは直感で察して、ルシエラを握り――途端に、口から()()が零れ落ちた。


 空色のエプロンドレスの、白いエプロンが赤く染まる。

 そこでようやく、俺はそれが自分の口から溢れたものだという事を理解した。


『……っ、限界じゃ。3分で決着をつけよ、でなければ逃げるぞ』


 余りにも早い。

 いかに幼い身体とは言えど、ここまで早く限界が訪れるとは思っていなかった。

 ルシエラの言葉を信じるなら、この状態を――奥の手を保てるのは、あと3分。


「……うん、大丈夫。やれるよ」


 ――十分だ。全て、全てを目の前の戦いだけに費やそう。

 その3分でこの化け物を……バンダースナッチを、今度こそ片付けるとしよう。


 全ての神経を目の前の怪物に向けつつ、俺はルシエラを強く、強く握りしめた。

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