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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第二章 大森林に巣食う魔卵
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17.決戦

 ――徐々にその形を失いつつある大森林の中を、6つの影が駆けていく。

 幼い少女を先頭としたその集団は、今なお欠け続けている大森林のその一角へと、迷うこと無く向かっていた。


 その先に居るのは、巨大な――比喩ではなく、城のような大きさの頭に小さく細い手足が付いた、子供の落書きのような怪物。

 大きささえ無視するのであれば愛嬌さえあるその怪物の6つの目が、それぞれ別の方向にギョロギョロと動く。


「……んがぁー……」

「ちょ……っ、また喰うつもり!?」

「止まんな、走れ!」


 そして、怪物が間の抜けた声と共に大きく口を開けば、思わず集団の内の一人――ウルゥが足を止めかけるが、先頭を走るエルトリスがそれを叱咤した。

 ウルゥは少しだけ難しそうな顔をしつつも、ええいままよ、とそのままスピードを緩めることはせずに。


「……っ、ちゃんと何とかしなさいよね!?」

「心配すんな……っ」


 失敗したら容赦しないんだから、と。

 万が一失敗すれば瞬く間に全滅する、そんな状況の中で、しかしきっとこの少女ならば何とかするに違いないと。

 自らが信を置いているアミラが信用しているエルトリスならば、なにか考えが有るに違いないと、そう信じた。


 その信頼に応えるように……しかし、エルトリスは僅かに身体を震わせながら、今までは片手で握っていたルシエラを両手で握り込む。

 

「――っ、やれ、ルシエラァッ!!!」


 ――異変が起きたのは、エルトリスがそう叫んだ直後だった。

 握り込んでいた魔剣ルシエラから、突如として使い手(エルトリス)に牙を向くように、その牙の付いた円盤同士を繋いでいたチェーン状の触手が伸び、巻き付いたのだ。


「ぐ、ぁ――っ、あ、ぐ……っ!!」

「エルトリス様!?」


 エルトリスに巻き付いたソレは、彼女の身体を喰い破る事は無かったものの。

 それでもルシエラ自体から迸る、傍から見ても分かる力の奔流がその幼い身体に入り込めば、歯を食いしばっているエルトリスの口から苦悶の声が溢れ出す。

 口元からは血が溢れ、エルトリスは時折ふらつきながら、しかし走る事は止めず。


『ああ……以前のお前ならば容易く受け入れただろうにのう』

「う、る……さ、い……っ。もっと……もっと、寄越せ、ぇ――ッ!!!」

『――無論じゃ。受け入れよ、エルトリス……私の、この力を!』


 苦悶する有様に憂うようなルシエラの言葉を、エルトリスが一蹴すれば。

 それをどこか嬉しそうな声色で受け入れつつ、より激しく、より強烈に――その幼い身体に力を注ぎ込んでいった。


 ルシエラが行っているのは、アミラがハンプティの障壁を破る際に使った一撃と同様の物である。

 ただルシエラの場合はアミラの持つマロウトとは違い、力を自らの内から引きずり出し、その力を矢ではなく使い手――すなわち、エルトリス本人に送り込んでいるだけ。


 それは、エルトリスの昔からの……ルシエラを手にした時からの、切り札であり奥の手だった。

 強大な魔剣であるルシエラによる、純粋な自己強化。

 ルシエラ自身の力の大部分を用いるため、一度使ってしまえば暫くは使えなくなるものの、これを用いたエルトリスは事実、勇者と呼ばれた少年以外には一切敗北しておらず。


「――……ッ、ふぁ、ぃ……あ、あ゛ぁ……っ!!!」


 ――ただ。

 その力を受け入れるには、今のエルトリスの身体は――幼い少女という器は、あまりにも脆すぎた。

 以前ならば容易く受け入れることが出来た筈の力が、内側からエルトリスの身体を食い荒らしていく。

 体中の神経を針の山に晒されているかのような激痛に、どんなに抑え込もうとしても苦悶の声が溢れていく。

 泣きたくもないのに涙が溢れ、あげたくもない声を上げてしまうその姿に、かつての魔王としての面影はない。


「おいエルトリス、大丈夫か!?」

「……っ、心配……すん、な……っ!」


 だが、それでも。

 耐え難い激痛の中であっても、エルトリスはソレ以上の無様を晒す事はなかった。

 何の力もない少女の器でありながらも――その器をボロボロにされながらも。

 エルトリスは、ルシエラの強化をその身に確かに宿したのだ。


 心配するようなアミラの声に半ば嗚咽混じりの声で返しつつ、エルトリスは既に見上げても全容が見えない巨大な怪物を睨む。


 そして、そのまま更に力を溜めるように、走りながらルシエラを振りかぶれば――……








「――吹っ飛び、やがれェ――ッ!!!!」


 ――エルトリスが振り上げたルシエラは、そのサイズを無視するかのように巨大な怪物の顎を、文字通りカチ上げた。

 怪物からすれば豆粒のような小さな存在がそれを為す光景は、まるでお伽噺のようで。


「わ、ぶ――ぐ、おおおぉぉぉ――ん……ッ!?!?」

「うっそぉっ!?」

「信じがたいな……!」


 開いた口を閉じさせられるように巨体を後方へと弾き飛ばされ、怪物は驚きの声をあげる。

 そしてそれを見たウルゥ達も、唖然としていたが――その背中を、アミラが思い切り引っ叩いた。


「――雑魚は任せるぞ!!」

「ああ、任せろ――ッ!!」


 その言葉だけを残して、ふっ飛ばした怪物の巨体を追うように、エルトリスは文字通り森の中を跳んでいく。

 アミラもそれに応えるように叫べば、後に残った……先程の怪物からしてみれば、あまりにも矮小なソレを見た。


「……ば、ばか、な」


 それは――ハンプティは、信じられないと言った様子で吹き飛ばされた怪物を、ただ呆然と眺めていた。

 滑稽な姿と相まって、その姿には憐れみさえ抱かせる程で。


 ――だがしかし、その場には誰一人として、ハンプティを憐れむ者など居なかった。


 呆然と立ち尽くしているハンプティを囲むように位置どれば、四人は各々の武器を構える。

 剣を、弓を……そして、魔法を。

 切り札を引き剥がされ、障壁はまだ修復が終わらず、4人の強者に囲まれて。

 それでも尚、ハンプティは呆然としたまま、吹き飛ばされた怪物とそれを追う少女の姿を眺めていた。


「覚悟しろ、ハンプティ……貴様は、ここで倒す!!」

「私達の同胞を弄んだ罪、今ここで贖って貰うわ……!」

「決して逃げられると思うなよ……貴様だけは、絶対に許さん」


 自らを囲んだエルフ達が、怒りを込めた言葉を口にしても尚、ハンプティは動かず――








「――ひ、ひっ」


 ――不気味に。

 卑屈とも取れるような、そんな薄気味悪い笑い声をあげれば、ぐるん、とその体を動かした。

 細く頼りないその手足で動くその様は、決して凄みが有るものではない。

 寧ろ、動きだけを見るのであれば愛らしいとさえ言えるだろう。


「ああ……ひ、ひひっ、ひひひっ。まだ、まだ吾輩は見捨てられてなどいなかった。あの小娘、あの小娘を手駒にすれば、幾らでも再起出来るのである……っ」


 だが、その狂気に満ちた声色が、妄執に満ちた言葉が……それとともに身体から立ち上った強烈な魔力が、アミラ達を震え上がらせた。

 既に障壁を失い、その体に傷を負っているというのに。


 ――それでも尚、エルトリスが雑魚と呼ぶこの魔族は、自分たちよりも遥かに格上なのだと、理解させられてしまった。


「……残念ですが、それは叶いません」


 だが、それでも震え上がらなかった者が、怯えなかった者が居る。


「……あ、あ?」

「エルトリス様はあの怪物を打倒しますし、貴方がエルトリス様を再び見る事も決して有りませんので」

「く、くひひっ、ひひひっ。何を言うかと思えば……あの小娘が居なければ、貴様ら下等生物如きに、吾輩が遅れなど取るはずもないのである……っ!!」


 ハンプティはリリエルのその言葉を一笑に付したが、それでもリリエルの表情が、態度が崩れる事はない。

 当然といえば、当然の話である。


「……貴方は、所詮は通過点に過ぎません。私の標的は――仇は、貴方の遙か先にいるのですから。疾く、ご退場を願います」

「……っ、きさ、ま……ぎざま、ぎざまあああぁぁぁっ!!下等生物、下等生物風情が、また、また吾輩を、このハンプティ様をぉぉぉぉ――ッ!!!!」


 リリエルにとって、ハンプティは飽くまでも仇を討つ前に現れた、ただの障害物に過ぎない。

 そんなものに怯えていて、恐れていて、仇にたどり着ける筈もないと、そう理解しているのだ。

 何より、自らが今主としているエルトリスが――自分よりも遥かに強い者が、自分たちならばハンプティを打倒できると言っているのだから、何を恐れる事があるのか。


「……済まなかった。気圧されている場合では、無かったな」

「貴様には一刻も早く、この森から退場願おう。視界に入れるのも不愉快だ」

「ええ、ほんの一瞬でもここに居る事が許せないもの」


 リリエルのその様子に、アミラ達も自らを奮い立たせた。

 恐れている場合ではない事を理解し、己の武器を手に、しっかりとハンプティを睨む。


「か……か、かか……っ、下等生物、風情、があぁぁ……っ!な……め……っ、わが、吾輩を、舐めるぬあああぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 追い詰められたハンプティの、強者らしからぬ絶叫が大森林に響き渡り――そうして、大森林を巡る最後の戦いが幕を上げた。


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