15.少女、得も知れぬ感情を得る
アミラの指揮の元、帰還した抵抗勢力のエルフ達は勝利に沸き立つ――事もなく、皆一様に項垂れていた。
狂った……もとい、ハンプティに作り変えられてしまったエルフ達との戦いは、間違いなく抵抗勢力の勝利だった。
無論抵抗勢力にも一定の犠牲者は出ていたようだったけれど、それでもこちらはかなりの数が生き残っていたし、逆にハンプティ側はほぼ壊滅。
残っていたであろう連中も、恐らくはあの落書きみたいな化け物に食われて死んでいるだろう。
――まあ、その落書きみたいな化け物のせいで、今こうして抵抗勢力の連中は深く、深く沈み込んでいる訳だが。
「……ったく、辛気臭ぇな」
『まー仕方ないじゃろ。敵を討ち果たしたと思ったらもっと強い敵がー、なんて喜べるのはエルちゃんくらいじゃぞ』
「そんなもんかねぇ」
俺としては寧ろ、あんな雑魚卵で終わりじゃなくて心底安心したし、喜んでも居るんだが。
そこは俺とエルフ達の事情の違い、って所なんだろうか。
「エルトリス様、どうぞ」
「おう。腕はどうだ?」
「折れてはいますが、問題はありません。処置も済みましたので」
小さく息を漏らしながらエルフ達を眺めていると、リリエルが暖かい茶を持ってきてくれた。
リリエルはまあ、エルフとは言ってもここの連中とは縁もゆかりもないからか、特に沈み込んだ様子もなく、いつもどおりの無表情で。
折れた腕も治療が終わったのか、布地で巻かれている様は多少痛々しかったものの、リリエル自身は特に意にも介してない様子だった。
……片手で淹れてくれたお茶も、不思議な事に相変わらず美味しい。うん、良し良し。
「これからどうするのですか?」
「ん?」
「まだ、抵抗勢力の方々に協力するのでしょうか、と」
「あー……」
『まあ、確かに協力はこの辺りで終いにしても良いかもしれんのう。もう役に立たんじゃろ、これ』
リリエルの言葉に、そしてルシエラの言葉に改めて抵抗勢力の連中に視線を向けるが、確かに二人の言う通り、もう奴らに協力する意味も無いのかな、と思えてしまう。
意気消沈したまま立ち上がらず、下を向いたままのエルフ達。
まだ戦わなければいけないのかと嘆くばかりで、これからどうすべきかに目を向けすらしない連中。
……まあ、作り変えられたとは言え同胞を散々殺して、それでもまだ終わらないっていうんだから多少は同情しないでもないが。
それでも、嘆くのは、悲しむのは――そんな無駄な事は、全部終わった後ですりゃあ良いのに。
「――エルトリス」
そんな事を考えていると、不意に声をかけられた。
リリエルでもなく、ルシエラでもない……となれば、まあ誰なのかは決まっている。
「何だ、アミラ?」
「あの怪物相手に、勝算は有るか?」
――ああ、それでもまあ、全員がダメって訳じゃあない。
未だに戦意は消えず、現状を打開しようと動く奴だって居る。
アミラの、まだ諦めていないその声を聞けば……まあ、まだ手伝ってやってもいいか、なんて思えてしまった。
視線を向ければ、そこにはアミラだけではなく他にも3人。
陽動部隊を率いてた狙撃手に、侵攻部隊で良い動きを見せてた剣士――それに、もう一人。
『……随分場違いな奴がおるのう?』
「どうしても、と言って聞かなくてな」
アミラと、二人の側近らしいエルフの後ろ。
控えめに、しかし泣き腫らした瞳に強い意志を宿した小さな子供が、ワルトゥがそこに立っていた。
「……僕、も……いきます」
「役に立たねぇ奴は要らねぇぞ」
「命にかえても、絶対に、役に立ちます」
以前のように言葉を途切れさせてはいるものの、その言葉に載せた意思には、揺らぎは無く。
……たった少しの間に一体何が有ったのか、とアミラに視線を向ければ、ワルトゥは一歩前に出て俺と視線を合わせた。
「姉さんの、みんなの、仇を、討ちたいんです」
『はっ、今更だの。それらを見捨てて逃げた癖に』
「ルシエラ!そんな言い方は――」
「――いいん、です。ルシエラさんの、言う通り、ですから」
ルシエラの言葉に眉を潜めるアミラを、ワルトゥは制すると頭を左右に振る。
……本当に一体何が有ったんだ、こいつ。
前はもっとこう、頼りないというか、言い訳しまくったりとか――まあ確かに俺に強さを聞きに来た辺りは、少しだけマシにはなってたが。
首を捻る俺を見れば、ワルトゥは小さく笑みを零す。
「僕のせいで、姉さんも、皆も死んでしまったんです。それは解っています」
「それは違う、全てハンプティの――」
「僕が一人で逃げず、皆を……せめて、姉さんだけでも一緒に連れて逃げれば、もしかしたら、助かってたかもしれない」
それは、紛れもない事実だ。
無論そうすれば逃げられる可能性は低くなっただろうけれど、ワルトゥ一人だけでも――子供一人だけでも逃げられた事を考えるなら、大人一人増えた所で成功率もそんなに変わりはしないだろう。
「……っ、でも。それでも。僕は、アイツを殺したい」
――その上で、ワルトゥははっきりとそう口にした。
静かに、しかし強い意志を込めて。
そう言えば、リリエルも確か家族が殺された復讐で……だったか。
それだけ肉親を失った憎悪っていうのは強いのか――いや、でも他のエルフ達だって同じだろうし、そういうのも居るってだけなのか。
俺には良く判らない所だが、まあ、悪くない。
「おい、ルシエラ。さっきのはまだ持ってるか?」
『さっきの……ああ、硬いばかりで硬かったからのう。ほれ』
ルシエラから受け取ったものを、ワルトゥに投げ渡す。
……リリエルとワルトゥに違いがあるんだとすれば、それが今日芽生えたか何年も前に芽生えたか、それくらいだろう。
どうせあの雑魚卵にはもう興味は無いし、誰が殺したって俺としては構わない。
「これ、は?」
「着いてくるんなら勝手にしろ。但し、助けは期待すんな」
「……は、はいっ!」
受け取った破片のようなそれに戸惑いつつも、ワルトゥは俺の言葉にこくん、と頷けばそれを大事そうに抱きしめた。
アミラは俺がワルトゥ追い返すとでも思ってたのか、大分意外そうな顔をしていて。
「良いのか?言っては悪いが、ワルトゥは戦力には――」
「そこらでへたり込んでる連中よりは万倍マシだろ。どの道、雑魚卵はお前らに任せるつもりだったしな」
「……待ちなさいよ。それじゃあまるで、貴女が一人であの怪物とやりあうって聞こえるんだけど?」
侵攻部隊でいい動きをしてた女エルフが、怪訝そうな顔をして俺を見る。
俺の実力を軽く見てる……とか、そういうわけじゃあないか。
アミラもこいつらも、ハンプティよりもあの落書きみたいな怪物のがヤバいって解っているんだろう。
まあ、それでも。
「勝算はある。が、それをやるにはテメェらは邪魔だ」
「私も、ですか」
「ああ。テメェらはあの雑魚卵をやれ。障壁がいつ治るのかは判らねぇが、まあ多分何とかなるだろ」
リリエルも、アレとやり合うときには正直言って邪魔だ。
正直に言えばあまりやりたくはない奥の手ではあるが――……
「……解った。お前の強さはアミラ様との一戦で良く判っている、その判断に任せよう」
「シュトルがそう言うなら……まあ、良いけど。やばかったら呼びなさいよ?」
「心配するな、エルトリスがそう言っているのなら心配はいらんさ」
「……む、ぅ」
『何じゃ、どうした』
「いや……」
……変な気分だ。
奥の手を使えばあの怪物にも勝算が出てくるのは確かだが、奥の手を使ったならその後で致命的な事になる。
そうなった後の事を考えれば考えるほどに、胸の奥に感じたこともない感情が湧き上がってきて――
「……何でも無いさ」
――どうしてそんな感情が湧き上がってるのか、判りたくもない。
ともあれ、あの怪物を殺すにはそれしかないと直感が告げているし――アミラ達とリリエルなら、傷ついてるあの雑魚卵くらいは何とか出来るだろう。
深く考えると妙に気恥ずかしくなる、そんな気がして俺はその感情を胸の奥にしまい込んだ。