14.燻り獣
「お……のれ、おのれぇ……っ」
――どうしてこうなってしまったのか。
吾輩は、吾輩の計画は何一つ間違っていなかった筈だ。
強者たちが通れぬ壁をいち早く抜け、その先にある下等生物の住まう世界を蹂躙する。
多くの頭の悪い――もとい、忠誠心の有る連中は仕えている六魔将の為に動いていたようだったが、吾輩はそんな愚物とは違うのだ。
吾輩の目的は唯一つ、他の強者たちがこちらに来るよりも早く、下等生物の住まう世界を支配する事。
それも吾輩の能力である転生卵ならば、決して不可能ではなかった。
事実、下等生物達を転生卵で吾輩の忠実なる下僕へと作り変えた事で、この大森林は後一歩で吾輩の支配下に入っていた筈だったのだ。
如何なるエルフであれど、吾輩の玉体にはかすり傷さえ負わせる事も叶わないのだから、この計画は完璧だった。完璧、だったのだ。
「ぐ……全て、全て……あの、小娘ェ……ッ!!」
亀裂の入った部分から、耐え難い程の苦痛が走る。
その度に浮かぶのは、あの――子供というのすらはばかられるような、幼い子供の姿。
あのような子供に傷をつけられたのも屈辱ならば、吐きかけられた言葉さえも許しがたい。
あの子供の言葉は、今仕えている……否、仕えたフリをしている六魔将の元に行く以前のことを、ありありと思い出させたからだ。
他の魔族達のような強さの無い吾輩は、日々媚びへつらって過ごす以外の選択肢は無かった。
魔力も魔族の中では平凡であり、決して秀でていた訳ではない。
唯一の取り柄である転生卵でさえも、そんな物を使わせてくれるような隙のある魔族は居らず――そんな最中に出会ったのが、六魔将の一人であるアリスと言う少女だった。
ああ、そういえば丁度あの小娘と同じくらいか。
そんな幼気な、頼りない――とても戦えるような風貌ではない彼女は、しかしあらゆる物を超越した力を持っていた。
だから、吾輩は全てを投げ売ってアリスに仕えたのだ。
プライドも捨て、道化も演じ、遊び相手だってしてやった。
こうして、元ある形を捨てて滑稽な姿にまでなってやった!
「ぐ……ぐ、うぅぅ……っ!それ、を……それをォ……っ」
苦痛の中、煮えたぎるような憎悪に身を焦がす。
そこまでして、ようやく――ようやく吾輩は、絶大な力を手に入れたのだ。
アリスが飼い慣らしていた、奇っ怪な、珍妙な姿の獣。
六魔将の配下達にも決して引けを取らない、最強の魔獣――バンダースナッチを。
寝こけているバンダースナッチを転生卵に入れて、吾輩の為だけに動くように生まれ変わらせるのに、どれだけの時間が必要だったか!
これは、いずれ向こう側からやってくるであろう強者達の為の、切り札だったというのに――……ッ!!!
「……くわあぁぁぁ~~……」
「ひ、ぃっ」
――バンダースナッチの気の抜けるような声に、勝手に身体が震え、身を焦がしていた憎悪も引っ込んでしまった。
下等生物達は知る由もあるまい。
この怪物が、どれほどの驚異か――どれほど恐ろしいものなのか。
「……ひ、ひひっ、ひひひ……っ」
せっかく作った下等生物の手駒は全て失った。
しかも身体にも傷は入り、絶え間なく襲ってくる苦痛はそうやすやすと癒える事もない。
挙げ句――今後のために残しておくべきだった切り札さえも、使ってしまった。
「くひっ、ひひひっ、いひひひひっ」
だが、構うものか。
吾輩を侮辱し、計画を台無しにした下等生物共だけは、根絶やしにしなければ。
「いひっ、ひひっ。吾輩のバンダースナッチよ……全て、全て食らい付くしてしまうが良いのである……っ」
「わぅん――」
吾輩の声に、相変わらず気の抜けるような声でバンダースナッチは鳴いた。
そして、再び大きく、大きく――何処までも大きく、その顎を開き――
「――ばくんっ」
――また、一口。
バンダースナッチは、大森林の一角をぺろりと平らげた。




