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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第二章 大森林に巣食う魔卵
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13.『切り札』

「小賢しい、小賢しい、小賢しい小賢しい小賢しい――ッ!貴様ら全員、見るに堪えない矮小な存在に生まれ変わらせてくれるのであぁぁぁぁぁるうぅぅぅぅっ!!!」

「出来るもんならやってみな、卵野郎」


 自らの能力までもが砕かれたハンプティが、全身を赤くしながら吠える。

 外見こそ珍妙ではあるものの、ハンプティのその硬さは依然として厄介極まりない。

 先程は形成中だったからこそ、通常のルシエラでも喰い破る事ができたけれど……おそらくは、ハンプティ自身の身体の硬度はそれよりも上と見たほうが良いだろう。


 だからといって、以前ファルパスにしたような全力攻撃はする隙が無い。

 いや、隙自体はあるが……恐らくは、先程の転生機(たまご)がそうする事を許してはくれないだろう。

 あれに包まれればどうなるのかは想像したくもないし、脱出しようとルシエラを振るってしまえば再び溜め直しだ。


「――まあ、ちまちまやるっきゃねぇか」


 ともあれ、出来る事をするしか無い。

 小さく息を吐き、呼吸を整えつつハンプティを睨む。

 ……先程の魔神の鉄槌を斬り裂いたは良いが、残った衝撃をモロに喰らったのはやっぱり痛い。

 息を吸う度にズキズキと肺の辺りが痛む。


 リリエルも白壁で防いではいたが――いや、三重奏で七重奏の魔法を受けたにしちゃあ良くやった方か。

 片腕は圧し折れてるし、動きがぎこちないところからすると他にも浅くない傷を負ってそうだ。


「吾輩の前に立ったことを、そして吾輩に無礼を働いたことを一生涯悔やみ続けるが良いのであぁぁぁルッ!!!七重奏――」

「させん!」


 再び、先程の魔法を発動させるつもりなのだろう。

 俺達の前で堂々と――バカ丸出しで魔法の詠唱を始めたハンプティに、アミラが矢を放つ。


 ――だが、通用しない。

 カン、と音を立ててその体に弾かれた矢は地面に突き刺さるだけで、意味を為さない。


 バカ丸出しの行動にも意味はあるという事だろう。

 その超硬度の身体を打ち破る事が出来ないのであれば、目の前で魔法を唱えようが関係ない、という訳だ。


「く……っ」

「アミラ、さっきのは撃てるか?」

「……すまない、この場では無理だ。腕を失う覚悟はあるが、周囲の樹にもう力がない」

「――暗黒の槍(ブラックランス)!!ふはははっ、下等生物には無いこの魔力で穴だらけになるのでああぁぁぁるッ!!!!」

「そうか……上に跳べ、二人共」


 会話している間に、再びハンプティは魔法を発動させた。

 暗黒の槍はその名の通り、漆黒の闇で出来た槍を地面から突き出させる魔法である。

 地面からまるで槍衾のように飛び出してくる槍は、本来なら厄介極まりないもの、だが――ふむ。


「……ははぁん、成程?」

「ぬ、ぅ――ちょこまかと……っ!!」


 その飛び出した槍には、遥か高い所まで届く程の射程は決して無い。

 先程まで立っていた場所が針地獄のようになる有様は壮観でこそあれど、当たらないのであれば何の意味もない。

 俺の声にアミラもリリエルも、樹を伝って上まで逃れているから被害はまるで受けておらず、ハンプティは苛立つようにこちらを睨んでいる――ように、見えた。


 ――それで、何となく理解できてしまった。

 相手を作り変え、それを戦わせて高みの見物をする気質。

 強力な魔法を持ちながらも、それを愚直に目の前で溜めて、ただ放つようなやり方。


「さては戦い慣れてねぇな、テメェ」

「……何だと?」

「戦い方があまりにも雑過ぎる。テメェより強いエルフを俺は知ってるぜ?」


 そう。余りにも、余りにもハンプティの戦い方は拙い。

 自らの防御力に任せるのは良いにしても、魔法を使うのも下手とくれば擁護のしようがない。

 かつての俺の元に居たエルフの中には七重奏の魔法をフェイント込みで使いこなす奴も居たというのに……こいつは魔族という優れた種族でありながら、魔法の扱いに関してはそいつの足元にすら及んでいない。


 ――正直言って、がっかりだ。

 まあそれでも並の獣やら何やらよりは遥かに強いから、マシっちゃあマシだが。


「――ファルパスのが数倍強かったな。ったく」

「……き……き、きき、ぎざま、吾輩が、あのような雑魚にすら、劣るというのであるか……ッ!?」


 以前戦った魔族の名前を口にすれば、ハンプティは声を荒げながらぶるぶると震えだした。

 ……まあ、確かに硬さとか考えるんなら直接戦って有利なのはハンプティなんだろう。


 だが、技の精度がまるで違う。戦い方の練度が違いすぎる。

 演奏という本来なら戦闘とはかけ離れたモノを武器にまで昇華し、詰められた場合の対処までしっかりとしていたアイツとは比べるのも失礼だ。

 ろくに戦いの研鑽を積んでも居ないであろうハンプティと比べたら――戦いに向いてないだろうに、それでもちゃんと強かったファルパスのが圧倒的に上だと、断言できた。


「雑魚はテメェだ、卵野郎。少しずつ削り飛ばしてやるから覚悟しやがれ」

「……ッ、舐めるな、下等生物がああぁぁぁぁぁっ!!!」


 俺の言葉に激昂しつつ、ハンプティは全身を赤く染めれば再び膨大な魔力を全身に漲らせる。


 成程、成程。

 確かに魔力だけなら大したもんだ、この体になってから相手にした中なら最強って言っても過言じゃあない。


「貴様如き下等生物には勿体ないが、吾輩の最大最強の魔法を見せてやるのであぁる……!!八重奏(オクテット)――」

「――馬鹿が」


 だが。

 そんな物を敵の前で堂々と準備するなんざ頭が悪すぎる。

 ご自慢の防御力に絶対の自信があるんだろうが、つい先程それを解決出来るモンを自分で出したばかりだろうに。

 目の前で最大最強の魔法とやらの準備を始めたハンプティを尻目に、俺はルシエラを伸ばせば先程その辺りに飛び散ったそれ(・・)をルシエラに咥え込ませた。


「しっかり咥えたか?ルシエラ」

『あんぐ……まふぁふぇふぉ、いふへほいふぇふほ』


 何とも間抜けな声を出してるルシエラに思わず噴き出しそうになったが、まあそれをすると後でひどい目に合いそうだからやめておこう。


「な――よせエルトリス、無茶だッ!!」


 俺はルシエラを構えれば、そのままハンプティへと飛びかかった。

 上から見ていたアミラが叫んだのが聞こえたが、まあ問題はない。


 ハンプティもまた、俺のことを無謀な馬鹿とでも思っているんだろう。

 長々とした溜めを止める事もなく、膨大な魔力を以て、今度こそ必殺の一撃を――とでも考えているのか。


 ――馬鹿が。だからテメェは雑魚なんだ。


「お――らああぁぁっ!!」

「馬鹿な小娘がっ!そんななまくら(・・・・)など――お、ぉぉっ!?」


 ルシエラを振り下ろせば、再びガキィン、と硬いものに衝突する音が鳴り響き、火花が飛び散っていく。

 先ほどと同じ結果に終わると安心しきっているハンプティは、俺を見下すような言葉を吐いていた、が――


「な――な、なっ、何故、何故えええぇぇぇぇっ!?」


 ――その体に、ピキ、と亀裂が入れば、途端にその余裕は崩れ落ちた。

 集めていた膨大な魔力も霧散した辺り、本当に驚いたのだろう。実に間抜けだ。


 そうなった理由は実に単純である。

 ルシエラが牙に噛ませていた、先程ハンプティがアミラを生まれ変わらせようと使った転生機の欠片。

 ハンプティ自身には及ばないとは言えど、異様な硬さを持ったそれが、高速で回転しながらハンプティの身体を削り砕いたのだ。


 ……言うまでもなく。

 こんな事、あんなバカみたいな隙を目の前で晒したりしてくれなければ、とてもでは無いが出来ない事である。


「ひ……ひっ、ひっ、ひいいぃぃぃぃぃっ!?!?」

「ああ、やっぱテメェはファルパスの足元にも及ばねぇよ――とっとと死ねッ!!」


「――ひいいぃぃぃぃあああぁぁぁぁっ!!!」


 つくづくがっかりさせてくれたハンプティに、忌々しげにそう叫べば。

 顔のないハンプティは、明らかに怯えの色を滲ませた奇声を上げながら残っていた魔力を炸裂させながら、ゴロンゴロンと転がって、無様に距離を取った。

 炸裂した魔力には威力こそ無いものの、目くらましにするには十分で。


「ち……っ、この雑魚卵が」

「ひ、ひひ、ひひひぃぃ……っ」


 そして、ハンプティは距離をとったかと思えば。

 先程まで腰掛けていたであろうその場所を……否、そこに埋まっていた小さな何かをハンプティは掘り出して、握り、笑い出した。


「……卵?」


 そう、アミラの言葉通りそれは卵だった。

 とは言っても、人間大ほどの大きさもない――市場で見かけることがある程度に、小さな卵。


 ――背筋が、何故か冷たくなる。


「まさか、まさか下等生物如きに、これを……あの女(・・・)からくすねたコレを使う事になるとは、思わなかったので、ある……ひひ、ひ」

「――っ、氷結晶の槍!!」


 先程の尊大な態度はなりをひそめ、卑屈そうに笑いながら卵を掲げるハンプティ。

 それを見てリリエルも何かを感じ取ったのか、即座に魔法を放った。

 地面から生えた氷の槍は、寸分違わずその掲げた卵を穿ち――穿とうとして、砕け散る。


「無駄、無駄である。ひひ、ひ――後悔するが良いのである。吾輩を馬鹿にした事、コレの腹の中で悔やむが良いのである……!!!」


 ――そして、その小さな小さな卵は、パキン、と小さな音を立てながらひび割れた。








 小さな小さな卵から、ずるり、と――どうやって収まっていたかも判らない、真っ黒な長い腕が這い出していく。

 それと同時に、ずるん、ずる、ずるるっ、と、残りの腕……あるいは足だろうか。

 黒いそれが四足で歩くような形で地に着けば。


 バリン、とひび割れていた卵が砕け散り、その中に収まる筈もないような、巨大な……思い切り見上げなければならない程の、視界に収まりきらない程の、とてつもない大きさの頭が勢いよく飛び出した。


「な――何だ、これは……?」

「ひひ、ひ……もうこんな森、要らないのである。ひひっ、ひひひっ、いひひひひひひ――ッ」


 巨大な真っ黒い狼のような頭に、6つほどのつぶらな瞳。

 その頭から四本の頼りない手足を生やした四足歩行のそれは、まるで子供の落書きのようで。

 その生き物かどうかすら判らない奇妙な獣に、アミラは戸惑いの声をあげた。


「あふぅ……んがぁ――……」


 間の抜けた声をあげながら、その落書きが口を開いたかと思えば――その巨大な顎は、体の大きさを、物理法則を無視して何処までも広がっていく。

 何処までも、何処までも――それは、俺やリリエルの近くにまで広がって――……


「――不味い、離れるぞ!!」

「な……バカなっ!後一歩ではないか!?」

「あんな雑魚卵はどうでもいいがあっちはヤバい!!リリエルも急げッ!!」」

「は、はい!」


 ……それを見た瞬間、直感に従って俺はその場から全力で離脱した。

 怪我を負っているリリエルの襟首を引っ掴みながら、少なくともアレの攻撃が及ばない所まで。








「――ばっくんっ」


「……は?」


 背後から聞こえた、可愛らしくさえある間の抜けた声に振り向いたアミラが、信じられないような物でも見たような声を上げる。

 それにつられて後ろを見れば――そこには、何もなかった(・・・・・・)


 鬱蒼と生い茂っていた草木も、先程マロウトに生命を吸い上げられた樹々も、なにもない。

 有るのはただ、本来ならば枯れ葉で埋まり見えなくなっている筈の地面だけ。


「え……あ、え?何が……」

「良いからさっさと他のエルフ共にも声をかけろッ!一旦体勢を立て直すぞ!!」

「……あ、ああ!」


 有り得ない光景。

 大規模な魔法で破壊されたわけでもない光景に呆気にとられていたアミラに、声を荒げる。

 だが、少し間を置けばそれが何の仕業だったかだけは理解できたのだろう。

 アミラは顔を青ざめさせながら、しかしそれでも――既に大方の戦闘を終えていたエルフ達に撤退命令を出した。


「――っ、エルトリス!一体何なのだ、あれは……っ!!」

「判らねぇ。判らねぇ、が」


 魔族よりも理解が及ばない、信じがたい存在に声を荒げるアミラの問いかけには、俺もはっきりとは返す事は出来ない。

 あんなものは見たこともない。

 魔族の一種なのか、それともそれより高位の存在なのかも判らない。


 ――ただ、はっきりとしてる事は、一つだけ。


「……なぁんだ。ちゃんと、楽しめそうじゃない……!」


 ハンプティの無様さも、滑稽さも、弱さも――その存在の御蔭で、俺が全て許せてしまいそうな程の高揚感を覚えている事、ただそれだけだった。


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