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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第二章 大森林に巣食う魔卵
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12.少女、魔卵とまみえる

「おーおー、結構やるじゃねぇか」

「下を見るのは良いが、ちゃんとついて――来ているか、なら良いが」


 眼下に広がる戦いを見ながら、木々の上を跳んでいく。

 陽動部隊は上手いこと相手の大部分を引き付けて、侵攻部隊は集落の残存戦力を処理してから陽動部隊とその大部分を挟み撃ちの形で殲滅する。

 そんなに都合良くいくもんかね、なんてちょっぴり懐疑的だったが――……


「二人、いい動きしてる奴が居るなぁ。あいつらのお陰か」

「シュトルとウルゥか。あの二人はこの森でも五指に入る戦力だからな」

「後三人の内、一人はアミラ様でしょうか。後の二人は?」

「――私達三人を安全に離脱させるために、犠牲になった。私とシュトルの師とウルゥの師でな、凄い人達だったよ」


 ……そんな二人を、目の前のアミラを含めれば三人を育てたエルフ達が居た、という話を聞けば、心底惜しいと思ってしまう。

 その二人はそれなりに年老いては居たのだろうけれど、それでもきっと相当な実力者だったに違いない。


「……会ってみたかったな」

「ああ、きっとお二方とも喜んだと思う。子供が好きだったからな」

『あー、多分じゃがエルちゃんはそういう意味で言ってる訳じゃないぞ、アミラよ』

「ふむ?……っと、無駄話はここまでだ」


 ルシエラの言葉に首を捻りつつも、アミラは小さな声でそう呟くと、太い枝の上で立ち止まった。

 戦闘音は遥か後方……ということは、ようやく到着したって事だろうか。


 どんなものかね、と枝の上から地上を覗き見れば、成程、確かにそれが居た。


 上から見るとちょうど丸に見えるそれは、何かの上に腰掛けており。

 遠くの戦いを愉しげに、高みの見物でもしているかのように眺めているようで。


「――私が奴の障壁を剥がす。その後は、頼めるか?」

「出来んのか?」

「問題ない」


 それを、殺意を込めた瞳で食い入るように睨みながら、しかしアミラは冷静な様子で頷いた。

 リリエルも呼吸は整え終わったのか、アミラからの目配せを受ければ、小さく頷いて返し。

 俺達の反応にアミラは安堵したのか、小さく笑みを零せば――


「好きなだけ喰らえ、マロウト」


 ――アミラのその小さな言葉と同時に、木々がにわかにざわつき始めた。

 マロウトはまるで根でも張るかのようにアミラの手に、そして足場にしていた枝に食いついていく。


 根を張った部分にまるで血管のような痕を付けていくマロウトを意に介する事もなく、アミラは姿を変えていくマロウトにゆっくりと矢をつがえた。


『……成程、大森林ならではのやり方じゃな』

「どういう事、でしょうか」

『使い手だけではなく()()()()()()()力を徴収しておる。私のような力ある魔剣ならば、かような真似は必要無いが――』


 ルシエラの言葉通り、ざわめく樹々からマロウトに向けて力が流れ込んでいるのが、次第に目でも判るようになってきた。

 葉はひとりでに落ち、樹の表面は乾き剥がれ、樹々が蓄えていたであろう水分――否、命が目に見える速度で失われていく。


「――……っ」


 流石にマロウトもアミラからは徴収してはいないのだろうが、それでも腕に深く根付いているソレは激痛を伴うのか。

 極力表情を崩さないようにしていたアミラの口の端から、時折苦悶の声が溢れ。


 それでも、ソレ以上泣き叫ぶ事もなければ、マロウトから手を離す事も無く――……


「……行け、二人共!!」

「おう、任せろ――行くぞ、リリエル」

「はい、かしこまりました」


 ……アミラの言葉と同時に、今にも枯れ落ちそうな枝の上から眼下の魔族へと躊躇う事無く飛び降りた。

 次いで、飛び降りている俺達を追い抜くように白光を纏った一本の矢が魔族へと放たれる。


 それは、以前アミラが俺に放ったモノとはまるで別物だった。

 辛うじて視認できる速度で放たれたその一矢は、きっと俺であっても弾く事が難しい一撃で。


「……ぬ、ぐぉ――ッ!?」


 そんな物を視界の外、認識の外から放たれた魔族は、驚きと苦痛の混じったような声を上げながら――間違いなく、その身に矢を受けた。

 同時に巻き起こる砂煙に目を細めつつも、このまま一気に押し切ろうとルシエラを構える。


「三重奏――氷精の悪戯(タッチコールド)!!」


 俺の一撃をより確実にする為だろう、リリエルは凍てつく空気を魔族へと放って拘束して。

 流石によく解ってんな、なんて思いながら。俺はルシエラを魔族に向けて、全力で振り下ろし――








「ぐ――下等生物、如き、がああぁぁぁぁっ!!」

『ぬ……っ!?』


 ――瞬間、火花が散った。

 激しい音とともに舞い散る火花は、魔族の障壁によるものではない。

 障壁は、確かに消滅していた。

 アミラの一撃は間違いなく、この眼前に居る――卵に手足の生えた、珍妙な姿の魔族の障壁を打ち破ったのだ。


『この――間抜けな見た目の癖に、硬い……っ!?』

「調子にのるのもそこまででああぁぁぁるっ!!七重奏(セプテット)――」

「……っ、いけない!三重奏……白雪の壁!!」

「俺は良い!テメェの身を守れ、リリエルッ!!」


 予想外だったのは、障壁抜きでのその硬さ。

 確かにルシエラの牙はその体を削りはしていたものの、それでもついたのは引っかき傷程度で――……


『く……おのれおのれ!私がよもや、獲物を喰い損ねるなど――ッ』

「――魔神の鉄槌(デモンズハンマー)ッ!!!!」


 ……奇襲が失敗に終わり、かすり傷程度で終わってしまったこの状況は非常に宜しくない。

 ああくそ、だから他人に合わせるってのは苦手なんだっ。

 これだったら、最初っから真っ向勝負だった方が色々と対策とか考える余裕も有ったってのに――


 卵型の魔族が作り出したのは、漆黒の巨大な円柱。

 逃げるのはもう間に合わないし、できることなんてもう一つしかないじゃあないか……!!

 俺は未だに悔しそうにしているルシエラを構えれば、今この瞬間に振り下ろされようとしている鉄槌を、睨み――








 ――激しい音とともに、大森林が揺れる。

 地響きは他の場所で戦っていた者達にも届く程で、それから少しして樹々から大量の木の葉が降り注いだ。


「――ふん。全く、下等生物の分際でっ。このハンプティ様に何たる無礼をっ」


 その震源。

 樹々ごと押しつぶされ、円柱形に凹んだその跡で、奇襲を受けた卵型の魔族……ハンプティは憤懣やる方ないと言った様子で、地面を何度も蹴りつけていた。

 下等生物と見下していたエルフ達から奇襲を受けた事も腹立たしかったが、それ以上に自らの障壁を全て剥がされた事こそ、彼には許せなかったようで。


「……そん、な」

「ふん。貴様が先程の矢を撃ったエルフであるか」


 障壁を剥がし奇襲をかけ、一瞬で終わらせる――その目論見が目の前で崩れ去り、部外者までもが犠牲になったのを目の当たりにしたアミラは、地に降りつつも立ち上がれずにいた。

 瞳の無いつるりとした顔でそんなアミラを見ながら、ハンプティはショックから立ち直れていないアミラに手を翳す。


「貴様はどうしてくれようか。吾輩のプライドに傷をつけたのだ――そうだな、豚に生まれ変わらせてやるとするのである」

「あ……っ、く、ぅ」


 それと同時に、アミラを覆うように白い、何かの殻が形成され始めた。

 それは、ハンプティを形成している卵型の身体と同じもの。

 包み込んだものを、ハンプティの都合のいいような存在へと生まれ変わらせる――そんな、悍ましい転生機(たまご)だった。


 そうとは知らずとも、アミラはそれが危険だと察したのだろう。

 立ち上がり、逃れようとするが卵の形成は止まらない。


「醜く肥えた、同胞を食う事しか考えぬ豚エルフにしてやるのであぁる。吾輩に感謝するのである……!!」

「……っ」


 これから自分がなる存在。生まれ変わらされてしまう物に、アミラは――初めて、表情を恐怖に引きつらせた。

 アミラにとって、死は恐れる事ではない。

 師から常々、死した後はこの森の一部となって皆を見守るという死生観を教えられていたアミラにとって、それはただの一つの終わりでしかないからだ。


 ――だが、もし死ぬ事さえ無く自分を捻じ曲げられてしまったなら?

 そうなってしまったなら、自分は一体どうなってしまうのだ?


 ……今までコイツに作り変えられてしまった、歪められてしまったエルフ達は、何処へ行ってしまったのだ?


「う……あ、あああぁぁぁぁぁっ!!!」

「ふん、最後まで無様であるなぁ下等生物は」


 アミラは恐怖に、そして怒りに奮い立ちマロウトを構え、矢を放つ。

 だが、そんな事に意味はなかった。

 ルシエラですらかすり傷を付ける所で止まった身体には、ただ弾かれるだけで――そのまま、アミラは卵へと閉じ込められる。








「――っ、だらああぁぁぁっ!!!」


 ――筈だった。

 閉じ込められる刹那、まだ空いていた隙間に入り込み、殻を強引に砕くものがそれを許さない。


「……な」

「あ……っ、あ、あ」


 アミラは信じられないものを見たかのように、喜びの表情を浮かべた。

 ハンプティは、信じられない物を見たかのように――後ろに、よろめいた。


 ガキン、バキ、バキンッ、バリンッ、と音を立てて、決して割れない筈の卵の殻が砕けていく。

 それを成した小さな影は、荒く息を漏らしながらアミラをひっつかむと、立ち上がるように促した。


『――は、ぁ……っ、どうじゃ見たかエルトリス!私が喰えぬものなど、有る訳がなかろう!!』

「最初からやれ、馬鹿剣……!おらっ、リリエル!!」

「……はい、ここに」

「……っ、良かった、無事だったのだな!?」

「無事、とは言えませんが」


 ――それは、先程黒い円柱に叩き潰された筈のエルトリスとルシエラ、そしてリリエルだった。

 エルトリスもリリエルも決して無傷という訳ではなく、切った額から血を流したり――リリエルに至っては骨が折れたのか、その細腕があらぬ方向に曲がりつつ変色していたものの、その瞳から戦意はまるで消えておらず。


「おら、さっさと立て。まだ戦えんだろうが」

「あ……あ、ああ、無論だッ!!」

「な……く、ぐぐぐ……っ、下等生物の分際で、ここまで吾輩に楯突くとはぁぁぁぁぁ――!!」

「は、ぁ……っ、ったく、カトーセーブツカートセーブツうっせぇ卵だな……っ!叩き割って目玉焼きにしてやるよ!!」


 確実に仕留めたと思っていた人間が二人、しかも片方は自らの術を打ち破ったのを見れば。

 ハンプティはその体を真っ赤に染めつつ、地面が割れる程に地団駄を踏み――それを見ながら、エルトリスは今度こそ真っ当に戦える、と口元を愉しげに歪めた。

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