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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第二章 大森林に巣食う魔卵
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11.交戦開始:侵攻部隊

 陽動部隊が、狂ったエルフ達の大部分を引き付けている最中。

 彼らが交戦を開始してから少し遅れて、侵攻部隊は集落の側面へと到達していた。


「……少し時間がかかったわね」

「陽動部隊の皆は、大丈夫でしょうか」

「心配いらないわ、シュトルが居るし――ある程度の犠牲は、彼らも納得の上よ」


 遠くに聞こえる戦闘音を心配そうに聞く部下に、侵攻部隊のリーダー格である女性――ウルゥは、小さく呟く。

 彼女とて、彼らの犠牲を許容している訳ではない。

 陽動部隊の中には彼女の顔見知りや友人だって多く居るのだから、犠牲は出来うる限り抑えたいと、彼女は言葉にはしなかったものの願っており。


「――側面を食い破れ!集落を片付けたなら、そのまま助けに行くわよ!!」

「オオ――ッ!!!」


 それは、侵攻部隊の面々も同じだったのだろう。

 ウルゥの怒号にも似た号令と共に、集落の両側面に到達した侵攻部隊は一斉に集落の防衛に残っていた者達へと喰らいついた。

 陽動部隊に完全に意識が向いている最中の奇襲は、本来ならば相手に恐慌をもたらす筈、だが――


「あれぇ?どうしてこっちに――げ、ぶっ」

「ぐぇっ、あはっ、敵襲、敵襲だよ!ハンプティ様を守れ!!」

「アレの餌にしてしまおう!」


 ――矢で射抜かれ、剣で斬りつけられながらも、狂ったエルフ達は動揺をする様子は微塵もなく。

 血を吐き、声を上げて……嗤いながら、奇襲を仕掛けてきた侵攻部隊へと対応し始めた。


「うー……あー……っ」

「く……っ、やりにくいったら無いわね、もう!!」


 集落の中には、恐らくは単純作業だけを割り当てられたのだろう。

 知性まで抜け落ちてしまった、白痴のような表情をしたエルフ達までもが、手に武器を持って侵攻部隊へと襲いかかってくる。

 普通に口でも敵意を表してくる、知性を持ったまま狂わされたエルフ達とは違うそれらに眉を顰めつつも、ウルゥは手にしていた木剣を振り抜いた。


 無論、ただの木剣ではない。

 エルトリスの持つ魔剣ルシエラ、アミラの持つ魔弓マロウトと比較してしまえば、格は大分落ちるものの、その木剣もまた魔法の一品であった。

 鋼の如き硬度と鋭い切れ味を持ち、幾度折れようとも再生するその木剣はウルゥの家系に伝わる家宝であり、名剣と呼ばれる剣と比べても遜色は無く。


 ウルゥが木剣を振るえば、その度にごろん、ごとん、と相手の首が落ちていく。

 シュトルとは違い遠隔から射られてしまえば弱いものの、奇襲に成功し混戦の様相を見せている現状では、ウルゥを止められる者はそうは居ない。

 元々はアミラと共に主力部隊として魔族と戦う筈だっただけの事はあり、ウルゥもまた一騎当千の強者と言った様相だった。


 集落での戦闘は侵攻部隊が終始優勢。

 狂ったエルフ達も次々と倒れていくのを見れば、ウルゥは小さく息を漏らしつつ、遠くでまだ戦闘音が聞こえるのを確認して口元を緩める。


「よし、このまま押し切るわよ!粗方片付けたら、シュトル達の方へ――」

「――う、わああぁぁぁぁっ!?」


 そうして、陽動部隊を助けに行こうと動こうとした瞬間。

 突然聞こえた、仲間たちの悲鳴にウルゥはそちらへと視線を向けて――そして、身体を硬直させた。


「う……ガ、ァ……グガアアァァァァァッ!!!」

「な、何だコイツは!?くそ、矢が通らな――プゲ、ァッ」

「投擲物に気をつけろ!畜生何だコイツ、こんなの聞いてない――!!」

「――……っ」


 ウルゥの視界に入ったのは、身の丈がエルフの三倍程ある、歪な身体をした巨人だった。

 腕や足の形や長さまでもが歪なその巨人は、雄叫びを上げながらその巨躯を振るって次々と侵攻部隊の者達を薙ぎ払っていく。

 遠くから矢で射られれば、近くにあったモノ――それこそ家屋を引きちぎり、投げつけてきて。


「くそ、くそ……っ、よくも、あんな事を」


 ――だが、ウルゥを硬直させたのはその巨人の歪さや強さなどではなかった。

 頭部に見える、微かに残る特徴でそれが何なのかを、ウルゥは否応なしに理解させられてしまったのだ。


 自分にもある、切れ長の耳。

 歪な肉体に埋もれつつも見えたそれは、紛れもなくエルフのモノであり。


「下がりなさいッ!貴方達はシュトル達の援護を――コイツは、私が斬る!!」


 その悍ましい所業に内側から燃え上がるような憤怒を感じつつ、ウルゥは叫んだ。

 これを為した相手は絶対に許せない。

 だけど、今は――こうされてしまった同胞を、早く、一刻も早く、開放してやらなければ。


 同情、哀れみ、怒り、憎悪――そんな様々な感情に苛まれつつも、ウルゥは怒号とともに巨人へと駆ける。

 巨人もそれに気づいたのか、近くにあった小屋の屋根を引きちぎれば、そのままウルゥの元へと投げつけた。


 だが、当たらない。

 ウルゥは投擲物を身を翻して躱せば、そのまま一直線に駆け抜けて、巨人の足首……人間で言う所のアキレス腱を、一閃する。


「ゴアアアァァァァ――ッ!?」

「……せめて、安らかに」


 腱を切断されバランスを崩した巨人に、哀れみを向けながら。

 ウルゥは自分の方へと倒れ込んできた巨人に視線を向けると、そのまま跳び上がり、その頭部を両断した。

 鼻から上を両断された巨人は、そのまま地面に倒れ伏すと、夥しい量の血を草木に撒き散らして――……


「ウ、ブ――ボ、ゴブアアアァァァ――ッ!!」

「な――ッ!?」


 ……それでも尚、巨人は死ぬこと無く起き上がった。

 頭部は半分――それも、頭蓋の大半を失いながらも、巨人は止まる事無く、息絶える事も無く吠える。


 嗚呼、一体どれ程の化け物にされてしまったの、とウルゥは言葉にはしなかったものの、酷く悲しくなった。

 この巨人だけではない。

 外見こそ普通のままだったが、恐らくは今まで手にかけてきた狂ったエルフ達も、もうエルフとは呼べないような存在に成り果ててしまっているのだろう。

 その事は、何度も彼らに呼びかけて正気を取り戻そうとして――その結果、多くの仲間を失ってきたウルゥ達は、良く解っていたけれど。


 改めて、こうして分かりやすく化け物となってしまった同胞を見るのは、ウルゥには耐えられなかった。


「……ごめんなさい。もっと早く来ていれば、助けられたかも知れないのに」


 その声は、既に化け物に成り果てている巨人に届くことはない。

 巨人は聞くに堪えない音を鳴らしながら、ウルゥを叩き潰そうとその歪な両腕を振りかぶり――


「でも、ここで死んであげる訳にはいかないの。解って……ね」


 ――その腕よりも疾く、ウルゥは動いた。

 頭部を切り落としても死なないのであれば、もっと深手を。

 腕の腱を断ち、普通ならば心臓があるであろう部分を穿ち、背骨があるであろう場所を斬る。


 元より足の腱を断たれて立ち上がれない巨人にそれをすることは、ウルゥにとってはそう難しい事ではなく。


「――は、ぁ」


 そこまでしてようやく動かなくなった巨人に、荒く息を吐き出しながら、ウルゥは額の汗を、顔に付いた血を拭った。

 体中に付いた血に吐き気を覚えつつも、口元を拭ってそれを押さえ込めば、ウルゥは集落の奥を睨む。


「良いわ、こんな奴らを向かわせる訳にはいかないものね。纏めて相手してあげる」


 ずしん、ずしん、と地面を揺らしながら。

 恐らくはその魔族が居るであろうそこから、のそりのそりと現れた巨人達に辟易としたような表情を見せつつも、ウルゥは小さく呟くと木剣を軽く構えた。


 既に侵攻部隊のエルフ達の大多数は陽動部隊の援護に向かっている。

 後はこの巨人達を処理すれば、恐らくは――……








「……まさか、ね」


 ……一瞬浮かんだ考えを、ウルゥは軽く頭を振るって拒絶した。


 事ここに至るまで、魔族がまるで姿を現して居ない事。

 既に多くの――奴の兵士である筈のエルフが倒れているというのに、別段変わった動きが見られない事。


 ――まるで、自分たちがこうする事が、予定調和(・・・・)であるかのような気持ち悪さ。


 そんなものは気の所為に決まっている、そうでなければならない――ウルゥは、そう信じる他無かった。


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