魔王少女、幸せに
『――宜しかったのですか?』
『ん?』
『あの世界の管理権を、他の神に渡したそうではありませんか』
『ああ、うん』
2級神は、かけられた言葉に苦笑する。
あの世界とは、エルトリス達のいる世界――つまり、2級神がある種救った世界に他ならない。
彼女は軽く頷けば、声をかけてきた同僚に振り返った。
『良いんだ。僕は、別に多くの世界を管理したいなんて思っていないからね』
『……かの新種を貴女の功績にも出来たでしょうに』
『それこそ、興味がないよ。僕は、手の届く範囲だけで十分だから』
欲のない彼女の言葉に、同僚は小さく息を漏らしつつ、彼女が覗き込んでいる物を見た。
そこにあるのは――
『貴女が作った世界ですか?』
『うん。皆楽しくやってるみたい』
――機械の体を持つ者。小柄な女性と大柄な男性の夫婦。嗄れた老人。少年と少女。
そういった者達を見つめながら、彼女はそれらを慈しむように笑みを零す。
『前任から引き継いだ世界だと聞きましたが』
『引き継いだ……っていうのとは、ちょっと違う気もするけどね』
『随分と気に入っているのですね。さしたる功績の無い世界と聞きましたが』
うん、と同僚の言葉に迷いなく頷けば、2級神はそこに映る一人の女性と子供たちに視線を向けた。
彼女達を愛おしむように眺めながら、2級神はふぅ、と小さく息を漏らすとその景色を閉じて、軽く伸びをする。
『さて、それじゃあ子供たちを寂しがらせないように、お仕事を済ませて帰ろうかな』
『貴女はつくづく変わった神です。功績を求める訳でもなく、高みを目指す訳でもなく、さりとて世界で遊ぶ訳でもない』
同僚の言葉に、彼女は苦笑した。
同僚の言葉は、至極もっともだ。
神の存在理由は新たな種を生み出す事である。
新たな文明、新たな生命、新たな宇宙――そういった物を生み出すことに成功すれば、更に上位の存在に認められる事で位を上げる事もできた。
無論、全ての神がそれに興味を示している訳ではない。
中には世界を弄ぶ事で楽しむ神も居れば、そもそも世界を管理すること無く放置し続ける神も居る。
……カルティエルに関しては、完全な異端だった。
神の間にある不文律である、新たな存在の封殺、そして世界を新たな存在を生み出す為ではなく自らを肥やすために使うといった行為。
如何に性悪な神とは言えど避けていた事を平然と行っていたが故に、彼女は今も尚、無限とも言える世界で転生を繰り返していた。
――閑話休題。
『――僕は、そもそも君たちとは出自が違うからね』
『被造物上がり、ですか。非常に珍しいが故に貴女を揶揄する神も居ますが……』
『僕は、自分の世界が愛おしい。だから、これ以上は要らないんだ』
2級神は同僚に軽くそう返すと、自らの管理している世界を目の前に浮かべてみせる。
被造物上がり。
作られた世界の内から神となった、非常に稀な存在。
それが、2級神の正体であり――
『ならば、何故あの世界を?』
――同僚は、2級神の口にした矛盾に首をひねった。
ならば、道理が合わない。
興味がないのならば救わなければ良い。これ以上必要ないならば、救う必要も無かったはずなのに。
そんな至極当然の疑問に、2級神は軽く笑った。
『――だって、同じ境遇だったなら助けたくなるでしょう?』
彼女の言葉に、同僚はきょとんとして――そして、小さく笑みを零す。
『そうですね。貴女はそう言えばそういう方でした、ハルト』
神の住まう世界は、今日も何も変わらず回り続ける。
一時は新種が生まれたという事で湧いては居たが、それも一瞬。
その新種が何かを為す、或いは何かを残すまでは特に何かが動くことも無かった。
「んじゃ、気をつけてな」
「カカッ、まだ家に帰れぬほど老いてはおらんわ」
「……よく言う。既に100は越えておろうに」
空が赤く染まる夕暮れ時。
エルトリスとルシエラは、アルカンとサクラを軽く手を振って見送っていた。
外の空気は冷たく、ルシエラが軽く身震いすれば、エルトリスは一緒に小屋に戻る。
「近頃は冷えてきましたね」
「うむ……リリエル、済まんが温かい飲み物を頼む」
「はい、ただいま」
小屋の中で夕食の支度をしていたリリエルは、ルシエラの言葉に笑顔で応えれば、湯を沸かし始めた。
エルトリスとルシエラはテーブルの周りに腰掛ければ、小さく息を漏らし――ルシエラはぐったりと、椅子の背もたれにもたれかかる。
「やっぱり、まだ慣れない?」
「慣れるものかよ。私が何年魔剣をやっておったと思っておる」
エルトリスの言葉にルシエラはぐったりとした様子でそう返せば、まあ悪くはないがの、と軽く笑ってみせた。
――ルシエラは、既に魔剣ではなくなっていた。
2級神が新しくルシエラに肉体を与える際、エルトリスの肉体を使ったが故か。
或いは、新たな種族であったが故に元通りの肉体を与える事が出来なかったのか。
どちらかは不明だが、ルシエラが目覚めた時に与えられていた肉体は、人のものだったのだ。
とは言っても、純粋な人という訳ではない。
初めは赤子のような大きさだったルシエラはみるみる内に大きく成長――ここ数ヶ月で既に少女の枠を越えそうな程に――しているし、何より内包している力も人間のそれではなかった。
謂わば、エルトリスと同じ規格外。
あともう暫くすれば、魔剣の姿にはなれずとも元通りか、或いはそれ以上の力を振るえるようになるだろう。
「まあ、もうちょっと成長したら戦い方も教えるよ。お前一人じゃ、あんまり戦えなさそうだし」
「何ぃ……?」
「紅茶が入りましたよ、ルシエラ様」
「うむ、あつつ……ふん、よく言うわ。エルトリスの方こそ、私が居なくなったせいで上手く戦えておらんではないか。それに――」
ルシエラはリリエルから茶を受け取りつつ、暖を取り、少しだけ意地悪く笑みを零した。
エルトリスは何だよ、ときょとんとして――
「――夜の方では私の圧勝であろうが。くく、私の方こそ教えてやっても良いぞ?」
「ぶ……っ」
――ルシエラのその言葉に、エルトリスは口につけていた茶を噴き出した。
みるみる内に顔は赤く、赤く染まっていき。
リリエルはそんな主達の様子を、微笑ましく眺めながら。
「……っ、いきなり変な事言わないでよ、バカ――ッ!!!」
「おうおう、赤い赤い。今でさえこれじゃからな、私が元通り成長したらどうなるか、楽しみだわい」
「時間は考えてくださいね、お二人とも。日の高い内はアリス様やエスメラルダ様もいらっしゃいますから」
「心配するところが違うでしょ……!?」
そうして、暖かで穏やかな日々は過ぎていく。
世界は平和には程遠く、不穏も、平穏も入り混じっているけれど。
しかし、それも含めてきっと楽しい日々なのだろう。
エルトリス達は今日も、これから先も、にぎやかに、楽しく過ごし――
「しかし、何じゃ。エルトリス」
「……何だよ」
「何故そんなにすっぱい物を食べておるのじゃ?」
「しらない。なんとなく欲しくなってるだけだし」
――暫く後。
割と大きな騒ぎにはなったが、それはまた別のお話である。
……という訳で魔王少女、世にはばかる!はこれにて完結です。
何かしら思いついたら番外編のところに何か投稿するかも知れませんが、本編の更新は有りません。
約一年に渡るお付き合い、本当に有難うございました!