そして、二人は
「――でね、エルちゃんと一杯遊んだの!」
「それは良かったですね。私も今度、エルトリスちゃんの所に行きたい……なぁ」
世界の何処にもない場所。
アリスの能力によって作り出されたその空間――永遠のお茶会の中に、二人は居た。
片方はこの空間の主であるアリス。
そしてもう片方は、いろいろな意味でアリスとは対称的な女性、エスメラルダ。
エスメラルダはアリスの楽しげな言葉を聞けば、笑みを零し……同時に、大きくため息を吐き出した。
「……もしかして、まだまだ忙しいの?」
「まあ、はい。どうにもあんな事があった後だって言うのに、略奪とかそういう事をする人が耐えなくて……」
軽くそう返せば、エスメラルダはその豊満な乳房に顔をうずめるように、机に突っ伏す。
長身でグラマラスな美女である彼女の顔には、しっかりと隈ができていた。
それも当然である、彼女が最後に眠ったのは3日も前のこと。
英傑である彼女は復興の最中を狙う賊や魔族、それに兵士たちの指揮など休む暇を殆ど与えられていなかったのだ。
「ふふ、それじゃあゆっくり休んでいってね?ここなら、ゆっくり休めるから♥」
「そうさせて、いただきます……」
ぐったりとしながら紅茶を口にするエスメラルダを見れば、アリスは可笑しそうに笑みをこぼす。
彼女とこうして話すようになったのは、エルトリスの元でばったりと出会った後の事。
エルトリスに好意――恋慕が混じっているかは定かではないが――を抱いている者同士、気が合ったのだろう。
アリスとエスメラルダは時折こうして卓を囲み、茶会を行っていた。
話す内容は、基本的には互いの日常。
それこそ街の道端で話すような井戸端会議だとか、愚痴だとか、そういったもので。
「こちらもどうぞ。茶も必要であれば申し付け下さい」
「あ、有難うございます、ハッターさん」
エスメラルダはぐったりとしたまま、ハッターに軽くそう返すと茶菓子を受け取り、カリカリと少しだけ口にした。
今や、エスメラルダの癒やされる時間はこうしてアリスと共に居る時か、或いはまれな休みを使ってエルトリスの元に行った時のみである。
その分、その時間だけはエスメラルダはぐったり、ぐったりと――それこそ、部下や知り合いには見せられないようなだらけようを見せているのだった。
まあ、それも無理のない事だろう。
元々はエスメラルダはただの一般人、これほどまでに責任ある役職に付くような人間ではないのだ。
それでも仕事を投げ出さずに日々を過ごしているのだから、称賛こそあれど非難される謂れはない。
そんなだらりとしたエスメラルダの様子を見れば、アリスはうーん、と口元に指を当てる。
「……ね、エスメラルダちゃん。ゆっくり休む?」
「ん……そうですね、少し眠らせてもらえると……」
「……ん♥じゃあ、ゆっくり休ませてあげるね――」
――その声を聞いた瞬間、エスメラルダの意識は落ちた。
暗く、暗く。暖かく、そしてひどく安らぐ夢の底に。
「――……♥」
「アリス様」
「大丈夫、わかってるわ。半日くらいしたら、戻すから♥」
「はい、そうして下さいませ」
……鼻歌を歌いながら、膨らんだお腹を軽く擦るアリス。
目の前から消えたエスメラルダを愛おしむようにお腹をさすりつつ、少しだけ窘めるようなハッターの声に、アリスは笑顔でそう返した。
「ふふ、ゆっくり休んでね、エスメラルダちゃん♥」
お腹を撫で、擦ればとくん、と脈打つ感触にアリスは目を細める。
エスメラルダは微睡み、意識は夢の底。
アリスと繋がっている腹部から伝わる暖かさに酔いしれつつ、彼女は自分がどうなっているかも判らないまま、安らかに眠っていた。
「……あ、そうだ♥エルちゃんに会いに行っちゃうのもいいかなぁ――」
……アリスが、そんな事を考えているなどとは、知る由もなく。
――そして、世界の何処かの片隅。
大国から離れた片田舎に、その家は有った。
木造りの小さな小屋。
みすぼらしい、という程ではなく住むには困らない程度のその小屋の前で、火花が散る。
「腕は鈍っておらんようじゃな!」
「そっちこそ、何時になったら鈍るんだよ……っ」
かたや、嗄れた老人。
かたや長身であり、かつ豊満な――過度なくらいに豊満な体をした女性。
二人は手にした刃を振るいながら、軽口を叩きあい、そして楽しげに笑っていた。
……使っている武器は、無論木刀などではなく真剣である。
触れれば斬れる、下手をすれば死に至る、そんな演武を繰り返しながら、二人は一進一退。
圧さず圧されず、拮抗した状態で刃を躍らせ続け――
「――そこまでにしておけ、二人共。そろそろ飯の時間じゃぞ」
『あんまり動きすぎ、駄目。アルカン、自分の年齢考える、べき』
「……っと、だってさ」
「むぅ……やっと身体が温まってきたんだがのう」
――頭からつま先まで、汗に塗れながら。
二人はそう言うと、声の聞こえてきた方に視線を向けつつ、刃を鞘に収めた。
互いの相棒に声をかけられてしまったのであれば、仕方がない。
アルカンはサクラに軽く唇を尖らせながらそんな言葉を口にすれば、汗を拭い。
「どうだった、俺の動き」
「ふん、まだまだじゃの。私を扱っておった頃の方が倍は強かったわ」
「そっか。じゃあもっと頑張らないとね」
そして、エルトリスは黒髪の少女――日々元の姿に近づきつつ有るルシエラの言葉に、そう応えれば。
少しだけ女性らしい、柔らかな笑みを零しながら彼女の頭を優しく、優しく撫でた。
ルシエラはそうされるのが嬉しいのか、はたまた恥ずかしいのか。
顔を赤らめながら頬を緩め、しかしいかんいかんと頭を振るえば、それを振り払い。
「――いいか、すぐに元に戻って元通り、お前を愛でてやるからな!!」
「うん、楽しみにしてる」
ルシエラの言葉にエルトリスは苦笑しながらそう応えれば、食ってくだろ、とアルカン達を小屋の中に誘った。