その後のお話②
「――今日も特に異常なし、か」
テラスケイル公国を囲む城壁、その一角。
弓を背に、小さく息を漏らす女性が一人。
世界が女神の手から離れて以来、以前はひっきりなしだった魔族の侵入はぱったりと収まってはいたものの、それでも見張りが一切必要ないという事はなかった。
例えば、今でも尚人間への憎悪に燃えている魔族も居る。
また、国々が疲弊しきった今ならばと略奪を目論む人間も居る。
平和、平穏、と言うにはまだ遠く、そんな輩からテラスケイル公国を守るために、女性は今日も見張りを一手に引き受けていた。
「がんばってるみたいだね☆」
「まあ、自分で引き受けた事だからな」
そんな彼女に声をかける、小柄な女性が一人。
以前にもましてピンク色の、フリルの付いた少女趣味な服に身を包んだ彼女――メガデスは、見張りをしている女性に笑顔で声をかける。
メガデスは女性の隣に腰掛ければ、はい、と何処かで買ってきたのか、ケーキを差し出した。
「有難う。しかし――本当に良かったのか?」
「いいのいいの☆アミラちゃんがやってくれてるお陰で、私は趣味に走れるし☆」
「……まあ、メガデスが良いのなら良いが」
女性――アミラはそう言うと、苦笑しながらケーキを一口食べて、表情をほころばせる。
アミラは今、メガデスの後継としてテラスケイル公国の警備を一手に担っていた。
アバドンとの一件でアミラの実力を知っている者が多かった事、そして先の女神の件でも一定の活躍を見せた事。
そしてなにより、メガデス本人からの推薦もあって、特に滞り無くアミラはメガデスの後継……つまりは、英傑の一人となる事が出来た。
無論、アミラは未だにメガデスより優れているなどとは思っておらず、英傑と名乗ることも無いのだが。
「それにしても、いつまで経っても見張りのお仕事はなくならないね☆」
「今はまだ、色々と不安定だからな。女神の被害からの復興中だし、それを突いて富を得ようとする者も居る」
「あーあ、折角みんなで協力して戦ったのにね☆」
「そんなものさ。喉元過ぎれば熱さを忘れる、とも言うしな」
メガデスの言葉に、アミラは苦笑しながらそう答えると軽く弓を番え、そして放った。
放たれた矢は複数、そして音速。
音の速さで飛んだ矢は彼方へと飛び――
「あたったね☆」
「まあ、この程度の距離ならな」
――そして、メガデスとアミラは視認さえ難しいだろうその距離を事も無げに見ながら、笑う。
悲鳴さえ届かない彼方では、脚を撃ち抜かれて身動き一つ取れなくなった野盗が数人。
アミラは今や自分の部下となった者達に軽く言葉をかければ、その野盗を捕らえるように命令した。
「すっかり様になってるね☆」
「そんな事もない、私に反感を持つ者もそれなり多いさ……と、マロウト、お前も食べると良い」
『……は、はぁい』
「相変わらず、まだまだ私に慣れてくれないよね、マロウトくん☆」
一仕事終えた後、アミラはマロウトにもケーキを差し出すと、マロウトはおっかなびっくりと言った様子で人の姿となり、メガデスから離れるようにして――アミラにぴったりとくっつくようにしながら、ケーキを口にする。
その様子にメガデスは心外だなぁ、と言った様子で言葉を口にする……が、それも致し方のない事だろう。
何しろ、マロウトはメガデスの素の口調を良く知っている。
アミラとずっと共に居たからこそ、メガデスの素はこんな可愛らしい物ではなく、中々に恐ろしい物だと判っているのだ。
……まあ、とは言え邪悪ではないことも理解しては居るのだが。
「そう言えば、お仲間の……えっと、何だっけ。金ピカはどうしたの?」
「金ピカ……?ああ、エルドラドか」
そうしてしばしマロウトをからかうようにした後、メガデスはふと思い出したように言葉を口にした。
エルドラド。
魔剣であり、哀れな犠牲者を自らの器として作り変え、自由気ままに生きている彼女。
メガデスはそれなり世界に通じては居るものの、彼女についての話はとんと聞かず。
「……まあ、多分元気でやってるだろうさ」
メガデスのその言葉に、アミラは軽く苦笑しながら――二人でも遠すぎて視えない、彼方に視線を向けた。
「――あーあ、つまらないわぁ」
魔族の住まう、遠い彼方の地。
魔族の多くは魔王が中心となって再建を続けている集落に集っていたが、全てが全てそういう訳ではなく。
爪弾きにされたもの、群れるのを嫌うものは今まで通り、集落から遠く離れた場所で自由気ままに過ごしていた。
ある者は人間達への襲撃を目論見、ある者はただ一人で暮らし、そしてある者は――
「ひ……ひっ、助けて、くれぇ」
「私を殺すつもりで来たんじゃなかったのかしらぁ?なのに命乞いだなんて、本当にくだらない」
――ある者は、今や形骸化しつつある六魔将の座を狙い、その者達の命を狙っていた。
今や人と融和しつつあるアリス、バルバロイ、アルケミラ――そして、それとは正逆の一人。
アルルーナはとりわけ命を狙われる事が多く、その事に辟易しきっていた。
否、正確に言うのであれば、そうする者達の不甲斐なさに……というべきだろうか。
命を狙ってきたくせに、いざとなれば命乞いするもの。
様々な手を使って挑んでくるくせに、アルルーナが能力を使えば卑怯と口にするもの。
そういった者達を、アルルーナは下らないの一言で切り捨てる。
せめて、挑むのであればもっと気概がある者じゃないとつまらない。
そうでなければ、弄ぶ価値さえないじゃあないか、と。
「……今の所一番マシなのが貴女っていうのが、本当に頭が痛いわぁ」
「あら、協力者に対して随分な言いようですのね?」
そんな憂鬱な気分の中。
アルルーナは傍らにいるその協力者に視線を向ければ、更に大きくため息を吐き出した。
協力者はクス、と笑みを浮かべながら傍らにいる子供たちを愛でるように撫でつつ、アルルーナが八つ裂きにした魔族の残骸を溶かし、金の調度品へと変えていく。
「くふっ、まあ貴女の事はそこまで嫌いでもないわぁ、エルドラド。人間でも魔族でも無い貴女は、それなりに興味は有るし――ただ」
「ん……どうかしましたの?」
「一つだけ判らないのだけれど。何故私の元に来たのかしら?」
協力者――エルドラドを見ながら、アルルーナは少しだけ不思議そうに、そう口にした。
アルルーナが複数の思考を用いて考えてみても、エルドラドが自分に付く理由がわからなかったのだ。
最初は寝首をかくつもりだろうと思っていたものの、その気配すらない。
今となっては協力者と認めざるを得ず、エルドラドを傍に置いては居るのだが、ついぞその理由は判らずにいて。
アルルーナの言葉にキョトンとすれば、エルドラドはくす、と小さく笑みを零した。
「……だって、此方のほうが愉しそうでしょう?将来世界を支配したのならば、その時は何割かを私に頂ければそれで十分ですわ」
「愉しそう、ねぇ。まあ――私は、あの子とまた殺し合うのは楽しみでは有るけれど、貴女は違うでしょうに」
「私の国を作るに丁度いい機会、というだけで十分ですわ。強いて他の理由をあげるなら――」
エルドラドは口元をにんまりと緩ませると、アルルーナと視線を合わせ。
「――私を負かしたあの女にリベンジするには丁度いいでしょう?私、あの子がどうしても手元に欲しいんですもの」
「あー」
アルルーナはその言葉に納得がいったとでも言うかのように声を漏らせば、なるほどね、と嗤った。
ならば確かに協力者だ。
自分はアルケミラを、彼女はエルトリスを。
共に手元に置いて、弄び、辱め――そして、愛でる為に、手を取り合おう。
アルルーナとエルドラドは、互いに嗤えば静かに、静かにその勢力を伸ばしていく。
何れは魔王か、或いはアルケミラか――それとも、他の誰かに見つかって、その企みは露見するだろう。
その時どうなるのかは、また別の話。