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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第十三章 勇者と魔王
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27.新しいいのち

『さて、本題だけれど――ああ、そう固くならないで。僕は君たちを害しようなんてこれっぽっちも思ってないんだから』


 2級神はそう言って、紅茶を口にすれば笑みを零した。

 良く言えば、気さく。

 悪く言えば威厳を感じられないその態度からは、女神とはまた違った意味で神らしさを感じる事が出来ず、エルトリスもミカエラも訝しむように視線を向ける。


『結論から言えば。この世界はこれから先、長く保護される事になる』

「……保護?」

『うん。カルティエルの手から離れたこの世界は、本来なら管理者を失った事で荒廃し、朽ちていくのが定めだけれどそうはならない、保証するよ』

「そう」


 エルトリスは短く返しつつ、紅茶に口をつける。

 ……どうでも良い訳ではない。

 それなら、これから先もエルトリスが気に入っていた連中は生きていけるのだから、それは嬉しい。


 ただ、その喜びよりも、胸にぽっかりと空いたままになっている穴が大きすぎただけで。

 そんなエルトリスの様子を見れば、2級神は苦笑した。


『保護される理由を一応説明するとね、それは決して同情心からという訳じゃないんだ。こちら側にも、明確な利があるから君たちは保護されるんだよ』

「それは、良かったかも。慈愛だとか同情だとか、哀れみでされるよりはずっと信頼できるから」

『あはは、そう言ってくれると嬉しいな』


 2級神はそう言って、柔らかく笑みをこぼす。

 その在り方は、表情は、まるで友人を相手に――否、或いはもっと近しい者と話しているかのような錯覚を、エルトリス達に覚えさせた。

 親戚。姉弟。

 ――或いは、母親とでも話しているかのような。そんな、奇妙な感覚。


 それをエルトリス達が感じているのを知ってか知らずか、2級神は言葉を続けていく。


『簡単に言うとね。君たちは、僕たちが生み出そうとしていた目的そのものなんだよ』

「……?」

『カルティエルは、それよりも自分の力を蓄える事を優先したみたいだけどね。本当に愚かしい、素直に報告すれば位が一つ上がった可能性もあったのに』

「良く、わからない。私が目的、っていうのはどういう事?」


 ため息を漏らした2級神に、エルトリスは訝しげに視線を向ける。

 自分たちが目的、という言葉の意味が、エルトリス達には理解できなかった。

 女神カルティエルはこの世界に生きる者達全てを家畜と言い放っていた。だというのに、2級神は自分たちこそが目的だと口にする。


 同じ神だというのに――格はまるで違うが――ここまで噛み合っていないと、エルトリス達はどうにもその言葉を額面通りに信じる事が出来ずにいた。

 そうだなぁ、と2級神は少しだけ考えるように小さく唸ればミカエラに視線を向ける。


 ただそれだけで、ミカエラは剣の姿から人型へと変えられてしまった。


「――っ、え」

『例えば、君もそうだ。僕ら神が創り出した無数の世界には、確かに魔剣という物は多く存在している――けれど、この世界のような魔剣は存在しない』


 ごめんね、とミカエラに軽く謝ってから、2級神はエルトリスに再び視線を向ける。

 赤い瞳はどこまでも優しくて、何かを企んでいる様子など全く無く。


『そして、エルトリス――君も、ね』

「……私、が?」


 だからだろうか。

 エルトリスは、先程まで信用できなかったはずの2級神の言葉を、つい聞き入れてしまった。


 無論、2級神の言葉に偽りはない。

 言っている事はすべて真実だし、エルトリス達を害する意思も有りはしない。

 ただそれでも、エルトリス達がそれをすんなりと受け入れられたのは――それは、彼女が位の高い神だからだろう。


 文字通りの神託。

 姿が見えず、言葉だけを与えられるそれでさえ狂信を生み出す芽となるというのに、眼前で会話を交わしてしまえば、多くの者はそれを信じずには居られなくなるのだ。


『君は、カルティエルが創り出した人間という枠から、完全に外れている』

「……枠、って」

『普通の人間は、君ほど強くはなれない。脆弱な器に閉じ込められればそこまで、器に心まで侵食されて、心身ともに脆弱に成り果てるのが普通なんだ』


 2級神の言葉に、エルトリスは小さく声を漏らす。

 その言葉には、心当たりが有った。

 幾度となく身体に引かれ、頭の中まで成り果てそうになった。

 今だって、元の自分から考えれば大分――2級神が言う所の器に、引かれている。

 それでも、自分の芯だけは捻じくれず、残ったままだという事をエルトリスは良く理解していて。


 ――ただ、エルトリスはその上で頭を左右に振った。


「……違う、よ」

『ん?』

「私が、こう居られたのはルシエラのおかげだから。だから、私は特別なんかじゃ、ない」


 全て、ルシエラがそばに居てくれたから。

 そう口にすれば、エルトリスはうつむき、その表情を2級神から隠した。


 2級神はエルトリスにこちらを向くように言うことも無く、そうかもね、と小さく呟くと紅茶に口をつける。


『……ただ、そうだとしても君もまた、神がこの世界を保護する理由なんだ。元より規格から大きく外れ、更に“魔剣”と一体となった君は正しく、新たな種族と言っていい』

「新たな種族……?」

『人間、魔族、エルフ、ドワーフ、ホビット、ドラゴン、半神、宇宙人――枚挙を上げれば暇がないけれど、君とこの世界における魔剣はその何れからも外れているんだ』


 だから、僕たちは君を保護するんだよ、と。

 2級神は、子供に言い聞かせるような優しい声色で、そう告げた。


 エルトリスもミカエラも、その言葉の全ては理解できない。

 2級神があげた種族の多くは、二人の知らないもの――この世界の外のものだ。

 新しい種族、と言われてもピンと来ない。


 ただ。

 2級神が、それ故に自分たちを保護してくれるという事だけは、理解できた。


「……ん。まあ、わかったよ」

『そう、良かった。一応理由くらいは説明しないとね――っと、そうだった』


 エルトリスがため息を漏らしながら、2級神の言葉に納得を示せば、彼女は嬉しそうに笑みを零し。

 そして、柔らかな笑みを零しながら、手を軽く合わせれば――


『君に、お詫びを。今回は僕たち神の一柱が、君たちに多大な迷惑をかけた』

「別に、いいよ。もうあのクソ女神も相当な罰を受けてるんだろうし」

『そう言ってくれると嬉しいけど――僕としては、それじゃあ気がすまないからね』


 ――それは、今までとは違う。

 2級神はエルトリスに、今まで見せた気さくな表情とは違う、どこか――何かを試すような笑みを、彼女に向けた。


『――君の願いを一つ、叶えよう。何だっていい、例えば君が元の体に戻る、とかでもね』

「……え」


 降って湧いたその言葉に、エルトリスは目を丸くする。

 願いを、叶える。

 それは正しく神の所業であり、目の前の彼女であれば文字通り可能なのだろうと、エルトリスは理解していた。


『莫大な富。永遠の快楽。悠久の名声。どんな事でも構わないよ、一つだけ、お詫び代わりに叶えるからさ』

「何でも……って、なら――」


 だから、エルトリスは元の体に戻して欲しい、そう言葉にしようとして。

 この身体にされてしまった時から、ずっと願っていた事を口にしようとして。


 しかし、その言葉は喉奥から出てくる事はなかった。

 そうして、どうなる。

 そんな事よりも、もっと大事なことが有るはずだ、と。


 エルトリスは一度だけ言葉を止めて、そして深呼吸をする。

 2級神は、その様子に満足気に笑みを零し、頷いた。


『――よろしい。その願いを叶えよう、エルトリス。嬉しいよ、君ならきっとそうすると思っていたから』


 2級神はそう告げれば、指先から小さな光の粒を放ち――それは、エルトリスの身体に吸い込まれるとドクン、と内側で脈打って。


「エルトリス!?」

『それじゃあお幸せにね。大事な人は、ちゃんと守ること。神様との約束だよ?』

「……っ、ぁ」


 冗談めかしてそんな言葉を口にすれば、2級神はその姿をふわり、と煙のように消してしまった。

 エルトリスは、胸元を抑え込みながら、その場に倒れ込み――それを、ミカエラは支えるようにして、慌てた様子で呼びかける。


「だ、い……じょ、ぶ……っ」


 ただ、エルトリスは胸の内に生まれたその熱を、鼓動を、愛おしむように腕で抱いた。

 自分の内側で、新たな――否、懐かしい何かが戻ってくるような、その感覚。








 白い世界は解け、元居た世界に戻る。

 時間は殆ど経っていないのか、女神が突然消えた事に皆は戸惑い。


 エルトリスはその腕に感じる確かな重みに。

 自らの内側から戻ってきたその存在に破顔して――それが軽く悲鳴をあげるくらいに、強く、強く抱きしめた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ろくな神ではなかったけれども、神が消えると荒廃しちゃうのですね。 そういえばカルティエルはいつかこの世界にも生まれ落ちるのかな…だとしたらすごい皮肉…… エルちゃんやルシエラはどうしてそん…
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