24.魔剣
エルトリス達の元から離れた女神がとった行動は、酷く単純な物だった。
足りないならば、喰らえばいい。
元より喰らうつもりで世界なのだから、何もエルトリス達を先に喰らう必要は無いのだ。
――無論、女神は出来るならばあのバグと魔王を失い、絶望の淵に立った家畜たちの表情を見たかったとは思っていたが。
それも、自らが死の淵に立たされてしまえば吹き飛んでしまった。
先に小さな、あまり育っていない家畜から喰らう。
それで得られる力など知れたものだけれど、それでも数百、数千、或いは万にも届く程のそれを喰らったならば、相応の力は戻るだろう。
そうすれば、あのようなバグには遅れは取らない。
あのバグが守ろうとしたもの全てを喰らってから、それからバグの処理を行えばいい――
そうして、女神は先程争っていた場所からはるか彼方。
エスメラルダとアリスが人々の力を束ね、放っていたその場所へと訪れた。
『――くふっ。ふふふっ、良いわぁ。沢山の前菜に、美味しそうなのを幾つか。これだけ有れば、十分よ』
眼下に集う人々を、エスメラルダとアリスを見れば、女神は醜悪に笑みを浮かべる。
そして、徐にその手を叩き合わせれば――先程そうしたように、空から無数の白い異形を作り上げた。
世界のリソースを変換して産み出した異形達は眼下の人々に襲いかかり、喰らい、そして最後は女神へと還元される。
エルトリス達が来るまでにはまだ暇はある。
ここに居る家畜達は二人を除けば自衛する力さえない者がほとんどだ。
勝った。
これで、問題なく全てが思ったとおりに完結する――
――その筈だった。
『……あれは、何?』
白い異形達の前に、無数の異形達が立ちはだかる。
それは、剣。槍。斧。
それらから作り上げられた、女神が作り上げたものとは全く違う別の異形だった。
「譎ゅ?譚・縺」
「謌代′螂ウ邇九?蜻ス縺ォ繧医j縲√%縺薙?騾壹&縺ャ」
言葉とも取れない音をかき鳴らしつつ、異形達はまるで人間達を護るように、白い異形を喰らい、斬り裂き、貫いていく。
無論、その全てが強い訳ではない。
白い異形に砕かれ、壊される者も居るが――それでも尚、異形達は止まる事無く白い異形達を押し留めた。
『何……何、ふざけないで……!!あんな物は知らない、私はあんな物は創ってない……!!また不確定要素なの!?』
その有様に、女神は憎々しげにそれを睨みながら、髪をかきむしる。
吸収できない。
自らがより上位に昇る為に育てたはずの家畜を、この身に還元できない。
急がなければ、早くしなければあのバグがやってくるというのに――
女神は、知る由も無かった。
幾度となく世界を作り、喰らい、作り、喰らいを繰り返してきたその世界で、女神の思惑に気付いた者が居た事など。
その者が、女神に対抗するために女神に依らない生命を作り上げることに腐心し続けていた事になど、気付くことも無かった。
魔剣。
自らの意思を持ち、自らの自由意志で主を選ぶ、人とも魔族とも違う存在。
幾つもの魔剣を打ち、失敗し、廃棄し、いつか地の底で命を終えた者がいた事など、女神は知ろうとさえ思わず。
兆候は、前の世界から会ったのだ。
エルトリスの持っていた魔剣ルシエラ。
女神はそれを取るに足らない瑣末事だとして、特に気にする事もなくエルトリスの魂を虚弱な器に閉じ込める事で満足してしまった。
そしてエルトリスがより苦しむようにと、エルトリスと少年が居た世界を元にした新たな牧場を作り上げて――
――それが、女神の犯した最大のミスだった。
似せるべきではなかった。元にするべきではなかったのだ。
一度ならば、それは取るに足らない瑣末事だった。
だが、女神は二度。
再び、女神の思惑に気付く者を産み出してしまった。
結果、生まれたのは二振りの完成品。
一つは、女神さえ御しきれなかった不確定要素が持つ、魔剣ルシエラ。
そしてもう一つは――この世界における、女神の思惑に気付いた者が作り上げた、ルシエラに比肩する一振りである。
そしてその過程で生み出された多くの命は、その全てが女神に依らない物であり。
『――っ、さっさと潰れなさい、塵が――!!』
……その、女神の知る由もない生命達に、女神は怒りを顕にした。
有り得ない。
どこで間違えた?
今回も無事収穫を終えて、私は神としての位を上げるのではなかったのか?
そうだ、これはただの収穫と食事であって、こんな苦労する筈など無かったのだ。
何が悪かった?
あのバグは、認めよう。
あれを生かして飼料として扱おうとしたのは、紛れもなく私のミスだ。
だが、目の前の光景はなんだ?
この、私の知らない家畜共はなんなのだ?
これでは、まるで――
「追いついた」
『――っ』
――そこで、女神の思考は中断された。
凛とした女性の声とともに、叩き込まれた拳が女神の頭骨を再び砕く。
声さえ上げる事が出来ないまま、女神は地に叩きつけられれば――
『ぐ、が――っ、この……っ!!』
「ミカエラ、おねがい」
「ええ。姉様の仇――ッ」
『――ぎ、あああああぁぁぁぁ!?』
――その身体を、深々とミカエラの刃が穿ちぬき、削り飛ばした。
ギュルギュルと廻る刃は女神の臓腑を削り、血肉を八つ裂き、骨を粉へと変えていく。
その耐え難い激痛に、女神は初めて聞くに堪えない絶叫をあげた。
有り得ない、有り得ない、有り得ない――!!!
どうして神である私が、私が作った世界にこんな目に合わせられなければならない!?
こんなのは間違っている、こんなのはおかしい、こんなのは余りにも理不尽だ!!
私は、私が神なのだから――!!
『か――ちく、共……ッ!!私に、血肉を捧げなさい!!!』
断末魔にも似た絶叫をあげながら、女神はその腕を幾つもの人の口が生えた異形へと変えて、近くに居た人間へと伸ばしていく。
私は滅びない、私は死なない、私は神なのだから負けるはずがない――その一念が、女神を必死にさせていた。
「……二度は、やらせないよ」
その腕を、少年が黒刃を持って切り裂く。
異形じみた腕はのたうちながら、力を失い――それを、魔力の奔流が焼き払った。
「ごめんなさい、助かりました……え、えっと」
「魔王くん……ん、いいや、今はエルちゃんのお友達なんだよねっ?」
「お友達……ん、それは分からないけど」
エスメラルダとアリスは魔王を見れば、一瞬だけ警戒する……が、人間を救ったのを見れば、その警戒も直ぐに解けた。
少年はアリスの言葉に苦笑しつつ、視線を空に向ける。
そして、少年が見上げた先。
空から降りてきたのは、彼女達が知る姿とは大きく異なっては居たけれど――
「……エルトリスちゃん」
「エルちゃん、大丈夫……?」
「……うん。そんな顔しないでよ、私は平気だからさ」
――その姿で、エルトリスは心配そうにする二人に苦笑するようにしてみせれば。
女神を貫いていたミカエラに、手をかけて。
『ま――』
女神が何か言おうとしたのを、聞くことさえ無く。
ミカエラを頭部に向けて、思い切り振り抜いた。