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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第十三章 勇者と魔王
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22.魂の契約

 ――しくじった。

 戦いはさておいて、人の心を弄ぶ事に長けている相手だなんて、判りきっていたことなのに。


 体から熱が抜けていく。

 胸を穿ちぬかれ、横薙ぎにちぎられた。

 助からない。

 子供にだって分かる、これはもうどうしようもない。


「る――し、エラ……っ」


 口から血が溢れていくのを感じつつ、砕かれたルシエラの名を呼ぶ。

 返事は、返らない。

 ……いや、今更どうにもならないのか。

 俺とルシエラは、魂で繋がっている。

 ルシエラがまだ無事だったとしても、俺がこの有様じゃあもうどうにもならない。


 ――死ぬのか。

 こんな、後一歩って所で――またあの、クソ女にしてやられるのか。


「――エルトリス様!!!!」


 リリエルの叫び声が聞こえた。

 らしくない。

 何時も冷静で、頑固で、でも――俺のことを、どこまでも信じてくれたあいつ、らしくない声だ。


 言葉を返したかったが、それよりも早く俺は、水面に叩きつけられ、沈んでいく。


 ――ああ、赤い。

 水面が、赤く、赤く染まっていく。

 それを、自分が流しているのだと思うと――ああ、やっぱり、駄目なんだな、と理解できてしまった。


 ……身体に纏わり付く白い異形を見ながら、意識が暗転する。

 もはや、息ができない苦しささえも感じない。


 俺は、どうしようもない虚無感に意識を手放して――……








『――やられたのう、エルトリス』


 ……ふと聞こえた、ルシエラの声に意識をつなぎとめた。

 もう、目も見えない。

 光が届かない程の水底まで落ちたのか、或いは見る力さえ喪ったのか。


 ただ、ルシエラの声が聞こえたことに、安堵して……同時に、申し訳無さで胸がいっぱいになった。


 詰めを誤らなければ、まだ戦えた。

 まだ、勝てた。

 でもそれ以上に――俺の道連れで、ルシエラを死なせてしまうのが、余りにも、余りにも申し訳なくて。


『馬鹿者。それを言うなら私の方じゃ。エルトリスはまだ、無事だからのう』


 ――何を、言っているのか。

 俺が無事なわけがない。

 あの傷は、どう考えても致命傷だ。どうあがいても助からない欠損だった。

 心の臓、そして肺を抉られて、どうして生きていられるというのか。


『ほれ、意識してみるが良い。まだ、心の臓は動いておるじゃろう?』


 何を、馬鹿な。

 俺はそんな事は有り得ないと考えつつ――


 ――どくん、と確かに脈打っているそれを、感じた。


『恐らく、以前ロアに何かされた時の物じゃろうな。怪我が癒えた訳ではないが、骨も臓腑も無事じゃよ』


 ……そう、だったのか。

 でも、それならおかしい。

 どうして――どうして、力が入らないんだ。

 それなら、まだ戦えるはずなのに。


『……もう答えは判っておるじゃろう?』


 ……言うな。

 言うな、言うな、言うな……っ。


 それ以上先は、言わないで良い。

 理解させないでくれ、頼むから――


『全く。そんな泣きそうな顔をするでない』


 ――ルシエラは、そう言うと俺の頬を撫でたような、そんな気がした。

 感触はない。

 聞こえるのも声だけだ。

 ルシエラから流れていた筈の力は、既に無く。


『……済まんのう、エルトリスの最期まで付き合いたかったが、ここまでらしい』


 らしくもない言葉を口にすれば。

 ルシエラは、申し訳無さそうに――ただ、笑っていた。


 ……ルシエラが死んだら俺も死ぬ。

 結果は、変わらないのか。

 ただ、俺はそれでも――ルシエラだけが欠けるよりは、良いかと安堵して。


『安心せい。お前は死なせはせんさ、私の大事なエルトリスだものな』


 その言葉に。

 俺は、言いようのない不安を覚えた。

 ルシエラを信用している。信頼している。大事だと思っている。

 だからこそ、その言葉が――決して、虚偽などではないと理解できてしまったから。


『私のすべての力を、お前に譲渡する。私は、これからお前に溶けるのじゃ』


 ――やめろ。

 誰が、誰がそんな事をしろって言った。


『魂の契約の抜け道じゃな。片方が死ぬ前に魂まで融合してしまえば、もう片方は死なずに済む』


 誰が説明しろなんて言ったんだ、やめろ……っ。


『これからは私の力は文字通り、エルトリスの物になる訳じゃな。くく、腹が空いて仕方なくなるかもしれんが、まあ頑張れ』


 ――やめてよ、お願いだからやめて――っ!!


『……そんな顔をしないでおくれ、エルトリス。私は、お前が何よりも大事なのじゃ』


 ……叫んだ瞬間、私はルシエラに抱かれたような、そんな気がした。

 感覚もない、感触も感じないのに、ただ、暖かい。


『私の大事なエルトリス。案ずるな、私は消えるわけじゃあない』


 その、暖かさが私に染み込んでくる。

 それが、どうしようもなく嬉しくて、愛おしくて――悲しくて。


『今までも、これからも。ずっと、ずっと一緒じゃ。だから泣かないでおくれ、私の愛し子(エルトリス)


 私は、何度も何度も、何度も何度も何度も、ルシエラの名前を叫んだ。

 そうしないと、ルシエラが消えてしまうような、そんな気がして。

 ルシエラの暖かさが身体に満ちて、やがて――その暖かさが、私のものになる。


 代わりに、私の大事なものは、永久に失われるというのに。


『……なに、直ぐに私の妹も来るさ。ミカエラに宜しくの』


 ルシエラの代わりなんて、居ない。

 私は、みっともなく泣いて、叫んで――喚いて。


 ……そんな私に、軽く口づければ。

 その感触だけを残して、ルシエラは完全に、私の中に溶けた。








『――くふっ、ふふふふ……っ!!ああ痛い、痛い痛い痛い……!!!でももうバグは消えたわ?』

「……っ!!」


 ――身体を赤く染めながら、女神は忌々しげに傷を撫でつつ狂喜した。

 少年は黒刃を手に女神に立ち向かっては居たものの、エルトリスを欠いては対等に戦うことは出来ず。

 女神もまた、深く傷を負いはしていたものの――それでも、少年を圧倒していた。


「負けられない……っ、あの子の為にも――」

『あら、そう?でもこれが現実よ』


 自分を正気に戻してくれたエルトリスの為に。

 ここまで元凶を追い込んだと言うのに、負けるわけには行かない――その気炎を、女神は嘲笑う。


 眼下では、白い異形達が魔族達や人間達を圧し始めていた。

 無限とも思える増援による物量は、如何にバルバロイ達が居るのだとしても消耗を強いていたのだ。


 ――敗北の二文字が、少年の脳裏をよぎる。

 それは、別段弱気になったと言うわけではない。

 優れた戦いの感覚を持つからこそ判ってしまったのだ。このまま進めば、自分たちに勝機はないと。


 そして、この状況を打開する手立てなど、有りはしないという事を。


『ふふっ、ふふふ……っ!!やっと諦めた?まあ良くやった方だと思うわよ、貴方達も♥さあ、それじゃあ収穫を始めましょうか――』


 その様子を見た女神は、勝ち誇り。

 目の前の少年から、文字通り喰らおうとして――








『――ぶ、ぐっ!?』


 ――その、醜悪な笑みを浮かべつつも、美貌をたたえていた顔が歪んだ。

 顔面にめり込んだのは、拳。

 女神はゴキ、ベキン、と顔が砕ける音を聞きながら、殴り飛ばされて。


『な、にが――っ』


 そして、信じられないものを見た。


 180程はあろう背丈。

 金と黒の入り混じった、背中まで伸びた髪を揺らしながら、その魔性としか言いようのない身体を黒いドレスで包んだ女性は、女神に青い瞳でただたた冷たく視線を向ける。


 彼女の手に、魔剣はない。

 だと言うのに――その全身から漲る力が、殺意が、女神の身体を僅かに硬直させた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ルシエラさん……
[一言] ルシエラーーーーー! 逝かないでーーーーーー! いや、逝ったわけではないのだろうけども… そしてエルちゃんが幼女でなくなってしまった…… そもそもエルちゃんと呼んでいいのか。 ロアくんそ…
感想一覧
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