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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第十三章 勇者と魔王
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20.天地創造②

 ――地表を満たす水から、黒く穴の空いたような空から、白が迫る。

 見たこともない異形は女神に目もくれずに、エルトリス達へと襲いかかっていた。


「――エルトリス!貴方は魔王とともにあの女神を討って下さい!!」

「うん、言われずとも――!!」


 アルケミラはそんな最中であっても、的確に指示を飛ばす。

 エルトリスと魔王の邪魔をさせないように陣形を組み、殺到する白い生き物の尽くを打ち払い。

 そんなエルトリス達の様子を見れば、女神は醜悪な笑みを見せながら、余裕そうになにもない所に腰掛けて、宝石のような色をした液体を口にしていた。


 その有様は、まるで演劇でも見ているかのよう。

 エルトリス達の奮戦を、まるで喜劇が如く楽しみながら、女神は再び自分へと肉薄する二人にグラスを軽く投げた。


 そのグラスが、みるみる内に巨大化する。

 まるで城でも投げつけられたかのような巨大さに、そして勢いに二人は小さく息を吸って――


「舐める、な――ッ!!」

「この程度……っ!!」


 ――そして、白と黒の刃をもってそのグラスを、勢いを殺すことさえ無く切り裂いた。

 止まらない。

 エルトリスも、少年も、その程度の暴力で止まることはない。

 自らに虚弱というのさえおこがましいような肉体を与えた女神を。

 自らが守りたかった者を――守り抜いた筈の者を、全て奪った女神を。

 二人は、断じて許すことはない。


『……あーあ。そんな真面目な顔しちゃって、馬鹿みたい』


 だが、それを女神は小馬鹿にするように一蹴した。

 その手を軽く――しかし二人の動きよりも早く――叩き合わせれば、パン、と乾いた音が鳴り響く。


 刹那、現れたのは――


「――……っ」

『ほぉら、会いたかった人たちでしょう?どうぞ♥』


 ――少年の動きが、一瞬だけ止まる。

 それは、彼が知っている人間達だった。


「……っ、テメェ、どこまで――っ!!」


 そして、エルトリスも彼らの内何人かを知っていた。

 あの戦いの時、少年について来て――しかしながら、少年とエルトリスとの戦いには着いてこられなかった者達。

 それが、女神が作り出した者達の何人かに入り混じっていたのだ。


「……」

「……あ、ぅ」

「うー……」


 言葉は、発さない。

 それらは呆けた表情で音を鳴らしながら、刃を握る。


「――――――!!!!」


 ――その、人としての尊厳を踏みにじるような所業に、少年は咆哮をあげた。

 エルトリスと共に矢のように、女神までの間を駆ける。

 冷静さを欠いた訳ではない。

 ただ、最早女神に何もさせたくはなかったのだ。


 少年とエルトリスは、自らに向かってくるその人間達の尽くを切り捨てた。


 かつて少年を育ててくれた者。

 少年を愛してくれた者。

 共に遊んだ友人。

 自分を支えてくれた仲間たち。


 それと同じ顔をした、同じ姿をした人間達を斬る度に、少年は口から血が滲み出るほどに歯軋りを鳴らし、先へと進む。

 エルトリスは、少年に言葉をかける事はなかった。

 理解していたからだ。

 もしリリエルやルシエラ、アミラやエルドラド――自分の仲間たちで同じ事をされたなら、その時は何を言われようとも止まらないだろうと。


『あらあら、酷いわねぇ。折角再会させてあげたのに――』

「黙れ――ッ」


「――……あ、ぅ」


 そして。

 女神の言葉に静かに怒りに燃える少年の前に、彼女は現れた。

 それは、少年が一番守りたかった者。

 自分を愛し、自分が愛した女性。


 少年はバキン、と奥歯を噛み砕きながら刃を強く握りしめ――


「……っ、え」


 ――その、女性の写し身は。

 少年の目の前で、少年ににこりと笑みを浮かべれば、自分の首を突き刺した。

 突然の行動に少年は呆気にとられ、動きを止める。


「……どう、して」


 それは、決してその写し身に意思があった訳ではない。

 すべて、女神が即興で作り出しただけの、外見だけの物に過ぎない。

 だが、声色も、姿形も、或いは匂いまでも同じなそれが語る言葉は――


「……どうして、わたしたちを、ころしたの」


 ――これ以上なく的確に。

 少年の心を、穿ちぬいた。


 戦意を喪失するわけではない。

 泣き叫ぶわけでもない。

 だが、その余りにも残酷な――そして邪悪な仕打ちは、少年の思考を一瞬だけ、完全に停止させた。


『くふっ、ふふふっ♥はぁい、チェックメイト』


 それは、女神の前では致命的な隙。

 時間にすれば一瞬程度のその隙に、少年を水晶の内に閉じ込めた。

 ……否、推奨というよりは飴玉の方が近いのかも知れない。

 甘い香りを放つそれに閉じ込められれば、少年は指1つ動かせなくなり――








 ――それに構うことなく、エルトリスは女神を間合いの内に収めた。


『あら、薄情ねぇ。折角のお友達なのに、助けようともしないなんて』


 だが、それでも女神の余裕は崩れない。

 知っているのだ。

 エルトリスの白刃は、決して自分には届かないという事を。


 それは、女神が造物主であるが故のアドバンテージ。

 或いは、“世界を作る側”という立ち位置故の特典だろうか。

 世界の内側に生きる者は決して、世界の外側からそれを作る物には触れられない。

 先程は魔剣に誘導された結果、空間の綻びを切り裂かれはしたが、女神自身はダメージらしいものは負っていなかった。


 故に確信していたのだ、遊んでも問題ないと。

 故に慢心していたのだ。創造物が、自らに届きうる刃など持っていないと。


 ――否。

 エルトリスは既に、世界の外に刃を届かせている。


「っ、そこ――ッ!!!」


 かつて、ロアと戦った時の経験をエルトリスは覚えている。

 あれもまた、世界の外側に立つ者だった。

 アリスとも、幾度となく戦っている。

 あれもまた、理の外に立つ者だった。


 女神は知ろうともしなかったのだ。

 牧場の内側で愉快なことが起きているとは知りながらも、牧場の中に立ち入ってその仔細を調べようとはしなかったのだ。


『くふっ、無駄無駄。何処を斬っているのかしら――』

「……そこを、斬ったんだけど?」

『――……?』


 エルトリスの言葉に、視線に、女神は自分の首筋を撫でる。

 ――手が赤く濡れたのを見て、女神は信じられない物を見るような表情を、初めて見せた。


 女神が硬直している隙に、エルトリスは少年を飴玉のような水晶から開放すれば、再び女神と向き合う。


「どうしたの?まさか、自分の血を見るのは初めて?」

『……嘘』

「……見てればやり方、多分わかるよね」

「ああ、大丈夫。君のを見て、何となく察した」

「さっすが」


 女神は手についた自らの血を見て、ぶつぶつと小さくつぶやき始めた。

 それを尻目に、エルトリスは少年と言葉を交わす。

 旧友のように言葉を交わしあえば、互いに軽く笑みを浮かべながら――


『……ああ、ああ。やっぱり、不確定要素(バグ)なんて、残すべきじゃ無かったのね』


 ――そんな二人に、女神は醜悪な笑み以外の表情をはっきりと浮かべてみせた。


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― 新着の感想 ―
[一言] エルちゃんの反撃開始ですかね。 水晶に閉じ込めて何をする気だったのだろう…ただの拘束ならまだしももしやリソースの回収? 理の外に攻撃が届くエルちゃんはたしかにすごいけど、冷静に考えると、ア…
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