表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第十三章 勇者と魔王
351/365

17. 終着、そして――

 ――放置すれば均衡が崩れる。

 その闖入者に魔王は気付くが、彼女達に手を出す暇をエルトリスは与えなかった。


「――……」

『寄越せ、アルケミラ――!!』

「ええ。無論、そのつもりです」

「ふん。まあ、今回だけは貸しにしてあげるわ」


 黒い刃が振るわれるよりも早く、ルシエラが2人から放たれた白い槍を、植物の蔦を喰らえば。

 今までは微かに圧されていた筈のエルトリスが、魔王を僅かにだが圧し始める。

 アルケミラだけでは、拮抗に戻せただけだったかもしれない。

 だが、もう1人。

 既に退場したはずの六魔将が居たならば、話は変わる。


「……っ、あ、ああああぁぁぁぁ――ッ!!!」

「く……っ」


 漆黒の刃と白熱したそれが激突する度に火花が散り、徐々に、徐々に――今まで無傷だった魔王の身体に、傷が入り始めた。

 傷から溢れ出すのは、赤ではなく紫。

 人間ではない色の血を流す少年を見れば、エルトリスは唇を噛む。

 魔族になっているから、ではない。


「――思い出して!!あなたは、私を殺した男でしょう!?」

「何、を」

「忘れたなんて言わせない!!思い出せないなら、思い出すまで言ってやる!!あなたは私を殺した、殺せた唯一の人間なんだから――ッ!!!」


 取り繕う事さえ忘れた言葉を、必死な声で口にする。

 少年は、エルトリスの口にした言葉の意味が判らなかった。


 それで、互いの刃が鈍ることはない。

 それで、動揺する訳でもない。


 ただ――何か。胸の奥、脳の片隅でひっかかる何かを感じ、少年は眉を顰める。


「……知らない。僕は、君なんて」

「私は忘れない!あなたが、私を殺してくれた事――あの楽しくて最高だった一時を、断じて忘れてなんかやらない!!」


 少年が何を言おうと、エルトリスは言葉を止める事はなかった。

 ……それは、エルトリスとしてはとても珍しいことだった。

 戦いの最中に言葉を交わす事など、然程意味はない。

 それどころか、体力を減らすだけで余分でしかない。

 下手をすれば、隙を露呈するだけの愚行にしかならない、そんな行動は馬鹿らしい。


 故に、エルトリスが戦いの最中に言葉を口にするのは、余裕綽々な時か――或いは、余程愉しかった時だけ。

 感情が抑えきれず、言葉を口にせずには居られなくなった時だけで――そして、今は余裕でもなく、愉しい訳でも無く、正しくそれだった。


 許せない。我慢できない。悲しい。ムカつく。

 雑多な感情を入り混じらせながら、エルトリスは魔王と白熱した刃で切り結び。


「どうしてあなたは戦ったの!?守りたい奴が居たんじゃなかったの!?」

「――守りたい、もの?」

「それを台無しにされて!!あの戦いもなかったことにされて!!悔しくないのかよ、勇者――……ッ!!!」


 ――その言葉を耳にした瞬間、初めて魔王の顔が苦悶に歪んだ。

 太刀筋が鈍る訳ではない。

 判断を間違える訳でもない。


「……そんな、者は――っ」

「あったでしょう!?私とおんなじで!守りたいやつが居たから、あんなに強かったくせに!!」

「あ……ぐ、う――っ!?」


 ただ。

 脳をかき乱されるような。

 心を切り刻まれるような、そんな感覚に魔王は苦悶の声を漏らした。


 その脳裏に微かに映るのは、存在しない筈の記憶。

 ただの収穫機であり、世界のシステムに過ぎない魔王には存在する筈のない記録。


 ――優しく、暖かな両親。

 聖剣に認められた自分を暖かく送り出してくれた村。

 旅の途中で出会った大事な女性(ひと)

 戦いの最中で得た、大切な友。


 大きくなりすぎた力を恐れ、裏から迫害するように仕向けてきた貴族。

 自分に取り入ろうとする、醜い性根が顔に出ている事にも気付かない連中。

 精一杯頑張った自分たちを、僅かに出た被害で責め立てる民衆。


 そして――最後に出会えた、自分と同類の、自分とは正逆の道を進んだ男。








『――駄目よ?貴方は魔王、私のお人形さんなんだから』

「――クソ女なんかに負けないで!!あなたは、私と同類なんだから――!!」


「――――――あ゛」


 ――同時に耳にしたその言葉に、魔王は短く声を漏らし。


「……っ、う゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁ――ッ!!!!」


 そして、手にした漆黒の刃を――黒に塗れたアルスフェイバーを、少年はエルトリスではなく、虚空に向けて振り払った。

 眼から。耳から。口から。

 血を垂れ流すように零しながら、少年は荒く息を吐き、体を震わせる。


「……っ、ぁ……ぐ」


 苦悶の声を漏らし、攻撃の手を完全に止めた少年に、エルトリスもまた手を止めて。

 そして、しばしの静寂の後。


「……ありがとう。君のおかげで、思い出せた」


 魔王であった、魔王にさせられていた少年は、柔らかく笑みを浮かべた。

 姿は、変わらない。

 手にした刃もまた、漆黒のまま。

 しかし、その瞳には確かに理性を宿していて。


 その姿に、魔族達も、人間達も戸惑いを隠すことが出来なかったが……エルトリスだけは、心底嬉しそうに安堵の笑みを零した。


「良かった……気をつけて、まだ――」








『――あーあ。残念、私は魔王クンが勝つと思ってたのになぁ』


 ――声が、響く。

 エルトリスと少年だけではなく、その場に居る全員がその声を聞いたのか。

 戸惑う周囲を無視して、エルトリスと少年はその姿を探った。


 前回は、既にエルトリスが死亡寸前だったが故に、遅れを取った。

 だが、今は違う。

 互いに消耗こそしたが、エルトリスも少年も健在で――


「――な」

「……っ」


 ――二人が、それに気付いたのは刹那の後。

 少年の背後から、なにもないはずのその空間から現れたのは、大きな人の口。

 きれいな歯並びをしたそれが、少年を瞬きの間に飲み込んで。


『――まあ、何方でも変わらないのだけれどね?ふふっ、ふふふ――っ♥』


 ごくん、と飲み込む音。

 その口はそのまま少年を飲み込めば、水面から浮き上がるかのようにして、それは現れた。


 絶世の美女。

 見る者すべてを魅了するであろうそれは、口元を醜悪に歪めながら。


『おめでとう!貴女の勝ちよ、エルトリス。満足した?』


 ――たった今、全てを台無しにしたそれは、女神は。

 手を軽く合わせながら、心底見下した、小馬鹿にするような声色で、エルトリスを褒め称えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ、応援お願いいたします。
― 新着の感想 ―
[一言] バルバロイ戦が終わってからというもの、休む暇がない… エルちゃんにとっても。読者にとっても。 (そして作者にとっても?) アルケミラが出てきて、アルルーナが復活(?)して、その余韻に浸る暇…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ