13.そして、時は流れ
――出来るわけがない、とある者は口にした。
絵空事だ、と前線に立ちもしない者は鼻で笑った。
事実、彼女が口にした言葉は余りにも滑稽で、理想を追いすぎていて、現実が見えていない。
全ての人間の力を、一つに集約する。
それは、俗に言う絵本――お伽噺、寓話で語られるような、夢物語でしかない。
「それが出来なきゃ死ぬだけだ」
だが、そんな夢物語を彼女は出来て当然、出来なければお終いだ、とはっきりと突き付けた。
初めは受け入れられる事も無かったその言葉も、時間が経てば様相が変わってくる。
光の壁が突如として薄れ始めたのを――それこそ、彼方に有ったはずの魔族たちの世界が微かに見える程に――見れば、少女を小馬鹿にしていた者達にもやっと現実が見えてきたのだ。
終わりは、遠い世代の話ではない。
此処で歯止めを効かせなければ、今を生きる自分たちが滅ぶのだと。
光の壁が消えるのは、今日明日のことではない。
だがそれでも一度、永久と思えていた物がそうでないとわかってしまえば、光の壁に対する安堵は一気に薄れてしまった。
人々は毎日光の壁を見ては、消えては居ないか。
薄れては居ないか。
――壁の向こうから、魔王がやってきてやしないか。
そんな事を考えながら、日々を不安に過ごしていく。
そうなってしまえば、もう彼女が口にした絵空事に、夢物語にすがる他無かった。
何しろ彼女は唯一魔王と刃を交え、その上で生き残った人間なのだ。
その外見……或いは年齢からは想像もつかないような粗野な彼女は、ようやく動き出した彼らを見ればため息まじりに告げる。
「……さっさと人間どもを集めろ。発破をかけてやる」
その声に、優しさのようなものは微塵もない。
あるのは呆れと、ほんの少しの焦り。
時間がいつまであるかもわからない。
対策を打つ前に魔王が来てしまえば、今度こそ為すすべもなく滅ぶしか無い――そう理解していた彼女たちは、急いで民を集めさせれば、民に現実を知らしめた。
あの光の壁はそう遠くない未来に消える事。
魔王が来れば、おそらく生きとし生ける物全てが刈り取られる事。
今のままでは、英傑が束になったとしても勝機は塵芥ほども無い事――
――それを告げられた民は、叫び、罵声をあげ、泣き、戸惑った。
何のための英傑だ。
どうして私達がこんな目に。
こんな女子供の言うことなんて信じられるか。
聞くに堪えない言葉を――しかし、彼女が予期していた言葉を吐き連ねる民を見れば、彼女は表情一つ変える事無く魔剣を纏い、そして――その言葉を叩き伏せるように、地を叩いた。
恐慌をかき消すような轟音。
彼女が大地を叩き揺らし、亀裂を入れたのを見れば、民草の尽くは口を閉じる。
理解したのだ。
彼女が僅かにでも、その暴力をこちらに向けたのであれば――その瞬間、自分たちが死ぬ事を。
彼女は小さくため息を吐き出せば、肩を軽く竦めながら軽く飛び、建物の上から民草を見下した。
「――有る。生き延びる手段は、有る」
――その言葉に民草は皆、耳を傾けた。
驚異を見せつけ、力を見せつけた上で恐怖を与え、縛る。
その行為は決して褒められたものではない。
だが、短時間で彼らを纏め上げるには、これ以上無く効果的で。
「テメェらの全てを俺に預けろ。そうしたら、コイツラのついでにテメェらも守ってやる」
その言葉に民草はどよめきながらも、異を唱える事はしなかった。
唱えれば死ぬと――殺されると、そう感じていたからだ。
そんな彼らを見れば、ため息を漏らしてから彼女は英傑の1人に語りを譲り、その場を後にする。
――それと同時に、民草は改めて英傑がどんなに有り難い存在だったのかを理解した。
先程の少女のような暴虐さは無く、どうすれば良いのかを理知的に導いてくれる存在。
飴と鞭――この場合は天使と悪魔、だろうか。
少女が普段よりもより露悪的に振る舞ったお陰で、英傑たちの言葉は酷くあっさりと、民草の間に浸透した。
それからは、日々民草は英傑たちの為に、そして何より自分たちが生きる為に努力し続けた。
それは、今まで戦いに赴く事がなかったものの同様で。
ある者は正義感に。
ある者は義務感に。
ある者は愛する者の為に。
ある者は、自らの私財が意味を失わないように。
それぞれの理由を、欲望を元に彼らは生まれてはじめてと言っても良い程に、これ以上なく真剣に一つのことに打ち込んだ。
「――可能性は有ると思うか?」
「ん……正直、半々かな」
そんな様子を、遠くから眺める姿が2つ。
魔族の中でも最も強力な――今や2大巨頭となってしまったアリスとバルバロイは、彼らの努力をそう評価した。
彼女たちも当然、少女に協力する側である。
初めは一つでも間違えればただの自滅にしかならないそれに、アリスは難色を示したが――
「でも、エルちゃんが出来るって言ったんだもの。信じるわっ」
「そうだな。少なくとも、可能性は有る」
――少女が、エルトリスが笑顔で告げたその言葉を、アリスは否定する事など出来なかった。
一步間違えれば勝負を始める前に終わってしまう大博打。
そして、その大博打に勝った後も続く、魔王との戦い。
「さぁてと、エルちゃんの様子を見に行こうっと♪」
「あまり邪魔はしないようにな。我は、アルケミラの忘れ形見達を見に行くとしよう」
各々言葉を口にすれば、2人は別れた。
光の壁は日に日に薄れ、今や向こうの光景が普通に見通せるようになってしまっていた。
草木一つない、荒野。
かつての姿よりも更に荒廃してしまったその世界の先に、魔王が居る。
――決戦の日は、近い。
少女の仲間は、守りたい者達は、皆それを理解していた。




