11.追憶の中へ⑥/私の最高の一時
――彼女たちの眼前に広がるのは、人智を超える戦いだった。
エルトリスとバルバロイの戦いも無論そういう事は出来たが、彼女たちの前で起きている戦いはそれを遥かに超えている。
刃が一振りされる度に、世界に亀裂が走る。
大地が裂け、空が割れ、周囲のか弱い生命はその余波に耐えることさえ赦されない。
そんな戦いの中央に居るのは、2人。
魔王と勇者、その両名は呼吸をすることさえ忘れながら、その戦いに没頭していた。
白い剣閃が奔れば、瞬間魔王は大きく弾き飛ばされ、その口から赤い血を吐き出した。
黒き暴虐が振るわれれば、勇者はその身体を打ちのめされつつ――しかし、決意とともに立ち上がった。
魔王は笑い、勇者は真剣な表情で、戦いを続けていく。
形勢だけを見るのであれば、まだ笑顔を見せる余裕がある魔王にこそ分が有るように見えた――が、事実はそうではない。
「ハ、ハハハハハ――ッ!!良いぞ、もっと俺を楽しませろ、小僧……!!」
「……ッ、魔王――!!!」
その笑顔は、余裕からではない。
長らく埋まることがなかった退屈が満たされ、夢中になる相手を見つける事が出来た。
子供がお絵描きに夢中にでもなるかのような、そんな稚拙な理由で魔王は笑っていたのだ。
方や、勇者はそんな魔王を見ながら表情に険しさを増した。
「何故笑える!!お前が振るった暴虐で、多くの命が失われた!お前の仲間が多くの悲劇を生み出した!!お前は、それを何も後ろ暗く思わないのか――!?」
「思わん!!命を狙うならば奪われる事も良しとしろ!!俺に纏わり付く仲間とやらがやった事であるなら、その仲間とやらに責を問うが良い!!」
勇者の言葉は、良識は魔王には届かない。
だが、その魔王の言葉に勇者は初めて、魔王に対して人間味を感じていた。
殺されるから殺した。
他人がしたことを、自分にまで押し付けるな。
それは――
「――そうだね、それは、悪いことじゃない」
「ぬ……っ」
――それは、勇者もまた、常日頃感じていた事だった。
アルスフェイバーという聖剣を与えられてから、それの唯一無二の使い手として崇められてきた勇者は、常にその2つに苛まれてきた。
魔王の仲間――を称する者、或いは勇者という存在を疎む者から命を狙われれば、それを返り討ちにすることでしか身の安全は守れない。
だが、それをすれば勇者は多くの者に謗られた。
勇者でありながら、無為に命を奪うなんて!そんな言葉を口にする価値など、まるで無い者たちからそう言われた。
そして、国が押し付けてきた仲間――それが全てではない――が、窃盗を働けばそれもまた勇者の責任とされた。
まだ年端も行かない勇者ならば騙せるだろうと思った、仲間とも呼べない仲間が犯した愚行の責を、勇者は問われ続けたのだ。
「魔王。その考えは、間違っていない。でも――貴方に、守りたいと願う者は無いのか?」
「守りたい者だと……?無い、そんな者など――!!」
再び、白と黒が激突する。
その余波で地形は削れ、拡散した力で大地は荒涼としていく。
この戦いに干渉できる者など絶無。
誰であろうと、自分たちの戦いを邪魔することなど、出来はしない――
「――そうか。であるなら、それが僕と貴方の決定的な差だ」
「笑わせる!守らねばならぬ足手まといなど邪魔なだけだ!!俺の隣には唯一つ、ルシエラさえ有ればいい……!!」
「それは、魔剣だね。ルシエラさん、貴女は教えるべきだったんだ。不条理で、醜くて、愚かで――でも、そんな人の中には、輝かしい者も居るんだと」
少しだけ寂しそうに、勇者は――少年は目を伏せた。
それは、戦いの最中における決定的な隙。
エルトリスはその隙を見逃すこと無く間合いを詰めて――
「――この刃は、守るべき者の為に!!」
「ぬ、ぅ――ッ!?」
――瞬間。
アルスフェイバーが、眩い光を放った。
少年だけの力ではない。
彼と絆を結んだ多くの者が今、立ち入れるはずもないその戦いに、干渉していた。
「僕は、守るべき者の為に戦う!醜く、不条理なこの世界で――それでも僕が守りたいと願った者の為に!そう思う僕自身の為に戦う――!!」
「――ッ、笑わせるな、勇者――!!!」
その光は、少年を想う者たちの光。
心をつなぎ、魂をつなぎ――その輝きを力とするアルスフェイバーは、魔王の……エルトリス個人の力を凌駕した。
圧される。
圧倒される。
拮抗していたはずの力が、崩れ去る。
それは、エルトリスにとってはじめての経験だった。
遠い過去、幼い頃にルシエラの前に引きずり出された時以来の、敗北感。
理解することが出来なかった。
自分に何一つ優しくなかった、そんな世界に輝かしいものがあるなど――誰も、誰一人として、教えてなどくれなかったから。
――否。
そんな魔王にもただ一つだけ、輝かしい物はあった。
「――感謝するぞ、勇者」
輝かしい物を握りしめ、エルトリスは赤黒く身体を染めながら、勇者に向けて疾駆する。
その踏み込みは、彼の人生の中で最も疾く。
その刃は、彼の人生の中で最も鋭く。
そして、彼の全身全霊は眩い光とともに断ち切られた。
魔王の表情に悔いはなく、笑顔のまま。
その穏やかな表情に、勇者もどこか――安堵したように、笑みを零し。
……そこで、記憶の世界は停止した。