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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第十三章 勇者と魔王
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11.追憶の中へ⑥/私の最高の一時

 ――彼女たちの眼前に広がるのは、人智を超える戦いだった。

 エルトリスとバルバロイの戦いも無論そういう事は出来たが、彼女たちの前で起きている戦いはそれを遥かに超えている。

 刃が一振りされる度に、世界に亀裂が走る。

 大地が裂け、空が割れ、周囲のか弱い生命はその余波に耐えることさえ赦されない。


 そんな戦いの中央に居るのは、2人。

 魔王と勇者、その両名は呼吸をすることさえ忘れながら、その戦いに没頭していた。


 白い剣閃が奔れば、瞬間魔王は大きく弾き飛ばされ、その口から赤い血を吐き出した。

 黒き暴虐が振るわれれば、勇者はその身体を打ちのめされつつ――しかし、決意とともに立ち上がった。


 魔王は笑い、勇者は真剣な表情で、戦いを続けていく。

 形勢だけを見るのであれば、まだ笑顔を見せる余裕がある魔王にこそ分が有るように見えた――が、事実はそうではない。


「ハ、ハハハハハ――ッ!!良いぞ、もっと俺を楽しませろ、小僧……!!」

「……ッ、魔王――!!!」


 その笑顔は、余裕からではない。

 長らく埋まることがなかった退屈が満たされ、夢中になる相手を見つける事が出来た。

 子供がお絵描きに夢中にでもなるかのような、そんな稚拙な理由で魔王は笑っていたのだ。

 方や、勇者はそんな魔王を見ながら表情に険しさを増した。


「何故笑える!!お前が振るった暴虐で、多くの命が失われた!お前の仲間が多くの悲劇を生み出した!!お前は、それを何も後ろ暗く思わないのか――!?」

「思わん!!命を狙うならば奪われる事も良しとしろ!!俺に纏わり付く仲間とやらがやった事であるなら、その仲間とやらに責を問うが良い!!」


 勇者の言葉は、良識は魔王には届かない。

 だが、その魔王の言葉に勇者は初めて、魔王に対して人間味を感じていた。


 殺されるから殺した。

 他人がしたことを、自分にまで押し付けるな。


 それは――


「――そうだね、それは、悪いことじゃない」

「ぬ……っ」


 ――それは、勇者もまた、常日頃感じていた事だった。


 アルスフェイバーという聖剣を与えられてから、それの唯一無二の使い手として崇められてきた勇者は、常にその2つに苛まれてきた。

 魔王の仲間――を称する者、或いは勇者という存在を疎む者から命を狙われれば、それを返り討ちにすることでしか身の安全は守れない。

 だが、それをすれば勇者は多くの者に謗られた。

 勇者でありながら、無為に命を奪うなんて!そんな言葉を口にする価値など、まるで無い者たちからそう言われた。


 そして、国が押し付けてきた仲間――それが全てではない――が、窃盗を働けばそれもまた勇者の責任とされた。

 まだ年端も行かない勇者ならば騙せるだろうと思った、仲間とも呼べない仲間が犯した愚行の責を、勇者は問われ続けたのだ。


「魔王。その考えは、間違っていない。でも――貴方に、守りたいと願う者は無いのか?」

「守りたい者だと……?無い、そんな者など――!!」


 再び、白と黒が激突する。

 その余波で地形は削れ、拡散した力で大地は荒涼としていく。


 この戦いに干渉できる者など絶無。

 誰であろうと、自分たちの戦いを邪魔することなど、出来はしない――








「――そうか。であるなら、それが僕と貴方の決定的な差だ」

「笑わせる!守らねばならぬ足手まといなど邪魔なだけだ!!俺の隣には唯一つ、ルシエラさえ有ればいい……!!」

「それは、魔剣だね。ルシエラさん、貴女は教えるべきだったんだ。不条理で、醜くて、愚かで――でも、そんな人の中には、輝かしい者も居るんだと」


 少しだけ寂しそうに、勇者は――少年は目を伏せた。

 それは、戦いの最中における決定的な隙。

 エルトリスはその隙を見逃すこと無く間合いを詰めて――


「――この刃は、守るべき者の為に!!」

「ぬ、ぅ――ッ!?」


 ――瞬間。

 アルスフェイバーが、眩い光を放った。

 少年だけの力ではない。

 彼と絆を結んだ多くの者が今、立ち入れるはずもないその戦いに、干渉していた。


「僕は、守るべき者の為に戦う!醜く、不条理なこの世界で――それでも僕が守りたいと願った者の為に!そう思う僕自身の為に戦う――!!」

「――ッ、笑わせるな、勇者――!!!」


 その光は、少年を想う者たちの光。

 心をつなぎ、魂をつなぎ――その輝きを力とするアルスフェイバーは、魔王の……エルトリス個人の力を凌駕した。


 圧される。

 圧倒される。

 拮抗していたはずの力が、崩れ去る。


 それは、エルトリスにとってはじめての経験だった。

 遠い過去、幼い頃にルシエラの前に引きずり出された時以来の、敗北感。


 理解することが出来なかった。

 自分に何一つ優しくなかった、そんな世界に輝かしいものがあるなど――誰も、誰一人として、教えてなどくれなかったから。


 ――否。

そんな魔王にもただ一つだけ、輝かしい物はあった。


「――感謝するぞ、勇者」


 輝かしい物を握りしめ、エルトリスは赤黒く身体を染めながら、勇者に向けて疾駆する。

 その踏み込みは、彼の人生の中で最も疾く。

 その刃は、彼の人生の中で最も鋭く。


 そして、彼の全身全霊は眩い光とともに断ち切られた。


 魔王の表情に悔いはなく、笑顔のまま。

 その穏やかな表情に、勇者もどこか――安堵したように、笑みを零し。


 ……そこで、記憶の世界は停止した。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここにきて、なんというか、典型的な「魔王と勇者」譚… たまにはこういうのもよきもの。 エルちゃんが、充実した相手と戦っているときに笑い転げるのはこのころから変わりませんね。 勇者くん(現魔…
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