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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第十三章 勇者と魔王
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9.追憶の中へ④/砂漠の中の一粒

 エルトリス達が記憶の中を歩き始めて1分か、1時間か、或いは1日か。

 すっかり時間の感覚さえも失いながらも、2人……否、3人はエルトリスの、もといルシエラの様々な記憶を垣間見た。


 だが、その多くは略奪、或いは暴虐を働いた記憶ばかり。

 或いは強敵との戦いに心を躍らせた記憶ばかりで、エルトリスが見ようとしていた記憶は無く。


「~~……っ、だああ!もう、何で見つからねぇんだ!?」


 決して遠くはないはず――そう思っていた記憶がまるで見つからない事に、エルトリスは頭をかきながら蹲った。

 エルトリスは、甘く見ていたのだ。

 エルトリスが探し出そうとしている記憶は、エルトリスとルシエラが関わり始めてから十数年、或いは数十年にも及ぶ記憶の中において、ほんの僅かな時間のもの。

 それこそ、砂漠の中に落としたガラス片を探すような、途方も無い作業である事を未だ自覚さえしておらず――


「気長に探しましょう。何れは見つかる筈です」

「……まあ、そうだけどもさ。悪いな、リリエル」

「いえ、このような事であれば幾らでも」


 ――ただ、リリエルにそっと手を差し伸べられれば、エルトリスは小さく溜息を吐き出しながら、少しだけ申し訳無さそうに言葉を口にした。

 一人で来ていたなら、先程のルシエラの一部に喰らわれ、分解され、ルシエラ共々死んでいたのだろうか。

 そんな事を考えつつ、エルトリスは再び記憶の中を宛も無く歩き出す。


 記憶の中は、別段整理されている訳でもない。

 意識して記憶を整理している物など、それこそ世界でも稀だろうし更にルシエラはその辺りはとても大雑把な存在だった。

 悪い記憶は忘れ、それ以外は乱雑に。

 それこそ、子供のおもちゃ箱のように散らかっている記憶は、時系列さえも曖昧で。


 最初に近い部分を引けたのはただの幸運だったか、と痛感しながら、エルトリスは次の記憶を見て――小さく、息を漏らした。


『……何ここ、牢屋?』

「にしては、観客席のようなものがありますね」


 そこは、円形状の大きな檻の中だった。

 その中央にあるのは、リリエル達も見慣れた存在。


 そして、その前に立っていたのは、やや筋肉質な身体をした少年の姿で――


「……行くぞ、ここは関係ない」

「そう、ですか?エルトリス様がそうおっしゃられるのであれば」


 ――その後で起きる事をしっているエルトリスは、少しだけ懐かしむように笑みを浮かべながら、その場を後にする。

 リリエルはエルトリスの言葉に従えば、後ろを着いて歩き。


 その背後で響き渡る絶叫と悲鳴、逃げ惑う音に僅かに気を惹かれながらも、エルトリスの言葉を優先した。








 それから、更に歩く事暫く。

 様々な記憶を目にしつつも、未だに見つからない目当ての記憶に、エルトリスはすっかり辟易しきっていた。


「……なあ、ルシエラが嫌がらせしてるって思うか?」

「い、いえ、流石に……それは……」

『私達相手ならともかく、エルトリスにそんな事は……しないんじゃないかしら……多分……』


 ワタツミもリリエルも、少し自信なさげにそんな言葉を口にする。

 かれこれ、ルシエラの器官に襲われること十数回。

 いずれも、過去の記憶に巣食っている存在だからだろう、エルトリスが居るにも関わらず無遠慮に、容赦なく三人を消化しにかかっていて。


 それが別のものだと理解していても、その度に投げかけられる言葉が中々に心に響いているのか、エルトリスはがっくりと項垂れたまま、溜息を吐き散らしていた。


「しっかし、ここまで見つからないのは流石に予想外だぞ。どうなってやがるんだ」

『何十年の内の1日とか2日なんでしょ?そりゃあ時間も掛かるわよ』

「……にしたってなぁ。何かこう、作為を感じるっていうか」


 ワタツミの言葉に、エルトリスは頭を軽く掻きながら周囲を見る。

 そこにあったのは、ルシエラを振るって軍勢を切り払うエルトリスの姿。

 まさに屍山血河。

 生き残っている者はエルトリス1人、ただ1人で国のすべての軍勢を討滅し、文字通り国を崩した光景で。

 ルシエラはそんな光景の中で血肉を貪りつつ、エルトリスと共に享楽に浸っていた。


 そんな光景を見て、リリエルはふと、気付いたかのように唇に指を当てる。

 そうして、暫く思案した後、口を開いた。


「……一つだけ、感じた事があるのですが」

「何だ?」

「もしかしたら、その記憶はルシエラ様にとって、忌まわしい物なのでは有りませんか?」

「忌まわしい――?」


 リリエルのその言葉に、エルトリスは首をひねった。

 忌まわしい。

 少なくとも、エルトリスはそんな事を一度も考えたことはなかった。

 エルトリスにとってその記憶は、紛れもなく輝かしいものだ。

 過去の人生における、完全な敗北。

 死力を尽くし、全存在を賭けて挑み、その上でエルトリスはあの少年に敗れ去った。


 血肉を削り合い、互いに限界まで力を尽くした結果の敗北は、断じて忌まわしいものなどではない。

 あれこそが、エルトリスが求めていた最期であり、末路であり――


 ――ただ。

もしかしたら、ルシエラにとっては違うものだったのではないかと。

エルトリスはそこで初めて、思い至った。


 ルシエラからしてみれば、自らの主が――魂まで共有した存在が、目の前で破れたのだ。

 それを果たして、あのルシエラが快く思うだろうか――?


「……って、なると」


 エルトリスは眉をひそめる。

 今までエルトリスが歩いてきたのは、探してきたのはルシエラが何処か、招いてくれるように感じていた場所だ。


 だが、果たしてルシエラが忌避するような記憶がそんな場所にあるだろうか?

 エルトリスならば、そんな記憶は絶対に見られたくない。


 ……例えば、この身体になって最初の頃の事とか。

 アミラと出会った森で、力を使い果たして以後しばらくの事とか。

 アリスの世界の中での出来事だとか。

 或いは、ごく最近――アルルーナによって見せられた、あの悪夢だとか。


 そんな事を思い返すだけで、エルトリスは顔を熱くしながら頭を振った。

 要するに、そういう事だろう。

 そんな記憶を他人に見せるのなんて御免だし、ルシエラ自身は招き入れてくれたけれど、心の奥底では誰にも見られたくないと思っていたかも知れない。


「こっちだな。着いてきてくれ」

「はい、エルトリス様は私の隣に」

「……ああ、判ってるよ」


 ――で、あれば。

 そんな記憶があるのは、これまで探してきた場所とは正反対。

 如何にごちゃついた記憶の中だとしても、嫌なものだけは混ぜはしないだろうから、このどこか暖かい場所から離れ、冷たい場所。


 つまりは、ルシエラが嫌がっている――拒絶していると感じている場所にこそ、それはある筈だ。


 俺はそれを確信すれば、リリエルの隣に立って歩き出す。

 ……内心、リリエルを頼もしく思い始めている自分をちょっと怖く思いつつ。

戻ったらバルバロイと軽く手合わせでもしよう、と。

 そんな事を考えながら、俺は無意識の内に、リリエルと軽く手を繋いでいた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 忌まわしい記憶に近づけば近づくほど、"消化器官"の抵抗もはげしくなりそう。 逆に言うと、このまま進むと、ルシエラが一番大事にしている思い出が見られるということかな…? それもそれで気になるけ…
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