6.追憶の中へ①/心の姿
『――さて、準備は良いかの』
「はい、ルシエラ様」
「ああ、大丈夫だ」
森から出て、宿の中。
エルトリス達は今、ベッドの上で仲良く川の字になっていた。
エルトリスとリリエルの間に居るルシエラは、二人の言葉に小さく頷けばその手を軽く握る。
『良いか、記憶の中では私は手助けが出来ん。くれぐれも無茶をするでないぞ』
「判ってるっての、ちょっと見てくるだけだ」
『それとリリエル。必要以上の物は見るでないぞ、良いな?』
「はい、心得ています」
『一々五月蝿いわねぇ、本当に』
リリエルとエルトリスに再三注意を口にしつつ、ルシエラは小さく息を吐きだした。
――ルシエラとしては、今回の事に実のところ、乗り気では無いのだ。
記憶の世界――というよりは、自身とエルトリスが過去に生きてきた世界。
それは、今の世界よりも遥かに殺伐としており、争いに満ちていて。
そんな世界をリリエルに見せるのはどうなのか、というのが一つ。
そして、もう一つは――……
『……何かあったら、直ぐに私の名前を叫べ。直様お前達を引きずり出してやるからの』
『引きずり出すのは出来るんだ?』
『まあ、何じゃ。喰った物がどうなってるかは判らずとも、吐き出す事は――』
『ごめん、聞くんじゃなかったわ……』
……エルトリスに視線を向け、小さく頷いたのを見れば、ルシエラは諦めるように息を漏らした。
どうであれ、今更やっぱりやめた、というのは通らない事をルシエラはよく知っている。
自らの相棒は一度決めたなら、それをやるまでは止まらない事を誰よりも知っていたルシエラは、二人に目を閉じるように促し、握っていた手に熱を込めた。
喰らう――のではなく、飲み込む。
ゆっくり、ゆっくりと。
咀嚼しないように、丸呑みするように。
二人の意識を、ルシエラは――……
――奇妙な感覚に目を開く。
天も地もなく、ただ宙をさまよっているかのような感覚。
薄暗いどころではなく、何一つ見通せない暗闇の中で、ただ体の感覚だけがはっきりとしていた。
身体、というのも違うのかもしれない。
何というかこう、自分自身の輪郭、というべきなんだろうか。
何ともフワフワした奇妙な感覚に、俺はふむ、と小さく息を漏らしてから周囲を見た。
「――エルトリス様、ですよね」
「ああ。リリエル、それにワタツミも無事来れたか」
そこにあったのは、何時も通り――いや、服を全く身にまとっていない、微かにぼやけた輪郭をしたリリエルと、その隣に浮かんでいるワタツミの姿。
二人は俺を見れば、安堵したように。
しかしどこか訝しむような視線で、そんな言葉を口にする。
「よし、じゃあ記憶に潜るぞ。アイツとの戦いだけ見れりゃあ良いんだが――」
『……エルトリス、なのよね?』
「――しつこいな、それ以外の何だって言うんだよ」
兎も角進もうとした所に改めて言葉をかけられれば、俺は小さく息を漏らした。
まあ、確かに……こう、こっちから見るリリエル達の姿もうすぼんやりとはしているけれど。
だからといって、こんなに何度も口にするような事じゃあ無いだろうに。
「エルトリス様。自分の姿を確認できますか?」
「あん?」
『多分、ちょっと見るだけで判ると思うわ』
……それでも尚、そんな言葉を口にする二人に呆れ返りながら、俺は自分の体を見下ろした。
視界に入るのは相変わらず、目障りなくらいに大きな――大きすぎるくらい、大きな胸。
……?
いや、でも待て、俺の胸は、こんなに大きかったか……?
そもそも、何というか……何かがおかしい。
「……ん?んん??」
腕を伸ばし、見る。
……長い。
何時も見慣れた小さな手じゃなくて、何というか、こう、スラッとしていて指先まで、ちゃんとしてる。
脚を前に出してみれば、それも短い見慣れた物じゃあなくて。
肉付きの良い、むちりとした長い脚が見えれば――
「ちょっと待て、何だこれ……っ!?」
――そこでようやく。
俺は、自分の体が今までの物じゃあなくなっている事に、気がついた。
大人の身体。
いや、或いは成長した姿、というべきだろうか。
大人相応に伸びた手足に、普段以上に大きく膨らんだ胸。
お尻も、意識してしまえばずしりと重い……ような、きがする。
「……もしかしたら、それがエルトリス様の本来の姿なのかもしれませんね」
「本来の、って」
「今のエルトリス様の体は、成長しない檻のようなものです。それさえなければ……」
「……い、いやいやいや、待て、ちょっと待てっ!!」
『何よ、良いじゃない。贔屓目に見ても良い線行ってると思うわよ?』
そういう問題じゃない!
いや、それが嬉しくないとか、そう言ってしまうと嘘になるけども!
そうじゃなくて、これが俺の本来の姿だと!?
違う、俺は元々は男だし、今だってそう思ってる……それに、これからそれを見に行くんだ。
だってのに、この姿が俺の本来の姿だって?
それじゃあ、まるで――……
「……ああもうっ。どうでも良いから行くぞ、お前ら」
「は、はい。しかし何方へ行けば?」
「ルシエラの中だからな、何となく判る。離れるなよ」
……それから先の事を考えそうになって、俺は直様頭を振った。
そんな事、考えるのもバカバカしい。
真っ暗闇の中、俺は感覚だけで歩き、歩き、歩く。
揺れる胸にお尻、背中を軽く撫でる髪の毛。
……今の俺は意識だけの状態なんだから、そんな物を感じる事自体がおかしい筈なのに、どうしてもその感触が消えてくれない。
――もしかしたら、それがエルトリス様の本来の姿なのかもしれませんね――
「……冗談じゃない、ってのに」
ああ、全く本当に、冗談じゃない。
どうかこれが、ルシエラのイタズラであってくれと、俺は心の底から願っていた。
……だって。
これが本来の姿、だっていうんなら。
俺の心は、意識は――魂は、すっかりそうなっちまってるって、事じゃあないか。