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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第二章 大森林に巣食う魔卵
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7.魔卵、蠢く

 エルトリス達が抵抗勢力と合流した頃。

 大森林の一角――ワルトゥが居た場所とはまた違う集落で、決死の抵抗が行われていた。


「くそ……くそっ、くそ……っ」


 大樹をくり貫いて造られた塔のような建造物に立て籠もったエルフ達は、眼下に広がる光景に顔を青ざめさせながら震え、怯える。

 彼らの眼下には、同胞であるはずのエルフ達が建物を囲むように蠢いていて。

 かつては彼らと交流していた――友だった者や、或いは伴侶だった者まで含まれているその群れは、容赦なく彼らの命を奪おうとしていた。


 大樹の中に立て籠もったエルフ達のリーダーは、ガリガリとその綺麗な髪を掻き毟る。

 彼とて、何もして来なかったわけではない。

 魔族であろう卵の怪物を打倒せんとした抵抗勢力とは合流しなかったものの、自らの住む集落には堅牢な防壁を築き、昼夜問わず見張りを置いた。

 いざという時の為の抜け道も作っており、万が一卵の怪物に変えられてしまった仲間たちに襲われたとしても何とか出来るような備えは、確かにしていたのだ。


 ――彼に落ち度があったのだとすれば。

 そうする以前に、既に内側に魔卵に作り変えられた者が居たという事だろうか。


「どうすればいい……っ。どうすれば……」


 抜け道は破壊された。

 防壁は内側から崩された。

 周囲は完全に囲まれ、とてもではないが大樹から抜け出す事はできない。


「……抵抗勢力の連中が来てくれるのを、待つしか……」


 故に、出来るのは最早藁にもすがるような細い確率にかける事だけ。

 抵抗勢力に加わったエルフ達が掲げる目標は魔卵の排除であり、全てのエルフを救うことではない。

 彼らは作り変えられてしまったエルフ達と戦う事を良しとした者たちであり、作り変えられたとしても同胞である者たちを手に掛ける事を拒んだ彼とは別物だ。

 故に、救いが来る可能性など0に近い。

 ただ、それでも――最早、それに縋る事でしか大樹に立て籠もっている彼らは正気を保つ事ができなかった。


 ドン、ドン、と大樹の壁を叩く音。

 呻くような、そして笑うような声。

 かつての同胞が、狂いながら自らを殺しに来る。そんな悪夢に、耐えられる筈もない。


「――あ」


 そんな中、外を見ていたエルフの一人が声をあげた。

 彼女の表情に浮かんだのは、絶望ではなく希望。

 最早死を待つしか無いこの状況で、その表情を浮かべる理由など、一つしか無い。


「……っ、来た!抵抗勢力だ、助けに来てくれた!!!」

「何だと?!」


 外に居る群れが、その外側から来たエルフ達に次々と倒されていく。

 その有様はまるで共食いのようで、眼下に広がる光景に彼らは背筋を凍りつかせたが――だが、奇跡のような状況にその悍ましさも直ぐにかき消えた。


「私達も彼らを手伝いましょう!」

「し、しかし、同胞を手にかける訳には……」

「まだそんな事を言っているのですか!?もう彼らは、同胞ではありません!」


 触発されたかのような彼女の言葉に、リーダーであるエルフはそれでも渋る。

 彼をそうさせたのは、一度は抵抗勢力と合流することを拒んだという事実と、それともう一つ。


 ――何故彼らは、()()()()()()()()()


 それは、ほんの僅かな疑問。

 自分たちが窮地に立っている時に、都合よく現れた抵抗勢力。

 それは自分たちにとっては奇跡のような助け舟であり、それを疑う事なんて愚かしい事の筈なのに。


「……っ、もう良いです!私達だけでも行きましょう!!」

「ああ!彼らだけに戦わせる訳には行かない!」


 だが、そんな疑念にためらっていたリーダーを見れば、他のエルフ達は業を煮やしたのか。

 とうとうリーダーの指示を待つ事もなく動き出すと、次々と大樹の外へと駆け出していった。

 大樹の外は戦闘の真っ最中であり、抵抗勢力と思われるエルフ達が大樹を囲んでいたエルフ達を殲滅している真っ只中。

 同胞が同胞を殺す、そんな凄惨な光景に彼らは震えこそしたものの、抵抗勢力だけにそんな重責を負わせる訳にはいかないと――義憤にも似た感情を抱きながら、優勢である彼らに加勢していく。


「く……っ、行くしか無いか」


 そんな中、リーダーだけはまだ胸に引っかかる物を取り去る事が出来ずに居たが、眼下に広がる光景を見れば留まっている事も出来ず。

 大樹から外に出れば、抵抗勢力達と協力しながらかつての同胞を、既に正気など望めないであろう彼らを自らの手で殺していった。


 ――後に残ったのは、大樹を囲んでいた者たちの血で染まった木々と、その亡骸。

 正気を失っていたとは言えど、物言わぬ死体となってしまったそれを見れば、手にかけてしまったエルフ達は顔を青ざめさせながら、胃の中のものをその場で吐き出していた。


「……だから、やめろと言ったんだ」


 そんな者たちを見ながら、彼らのリーダーであるエルフは目を伏せる。

 彼が抵抗勢力と協力しなかったのは、無論同胞との殺し合いを忌避したからというのもあるが。

 それ以上に、そんな凄惨な殺し合いに耐えきれるような心を持ったエルフなど、自らの集落には殆ど居ない事を理解していたのだ。


 だが、それも命あればこそ。

 ひとまずは助かった事に少なからず安堵を覚えながら、彼は自分に近づいてきた――先程共闘した相手に、視線を向ける。


「有難う、助かった」

「いや、構わないさ」


 疲弊した笑顔で、リーダーは救いの手を差し伸べてくれた相手と握手を交わそうと手を伸ばす。

 彼は、そんなリーダーに優しげな笑顔を浮かべながらその手を握り――……








「だって、ハンプティ様の命令だからね」

「え」


 ……張り付いたような笑顔のまま。

 ヒュン、という風切り音と共に、リーダーの視界は、ぐるんと回った。


 ドン、ドン、と地面に叩きつけられる感覚。

 体の感覚は既に亡く、彼は声を上げることすら叶わないまま、薄れゆく意識の中で周囲の光景を見た。見てしまった。


「ひ――っ、なんで、なんで――」

「やめて、いやぁぁぁっ!!!」

「あはは、ごめんね、ハンプティ様の命令なの」

「そうそう、だから仕方ないよね」


 ――助かった筈なのに。

 助けてくれた筈の相手が、笑顔で同胞を殺していく、その地獄を。


 ああ、悪夢は終わってなどいなかったんだ、と。

 そんな当たり前の事が、彼の思い浮かべた最期の事だった。








「わっはっはっは!実に愉快な見世物だったのである!!」

「ハンプティ様、終わりました!」

「うむ、では死体は全て()()の元へ運ぶように。大事な栄養であるからな」

「はいっ!」


 卵状――というよりは、卵そのものに細い手足が生えた魔族、ハンプティは機嫌が良さそうに笑顔のエルフ達と言葉を交わしていた。

 彼らの足元には、苦痛と絶望に顔を歪めたエルフ達の亡骸が転がっていたものの、それを意に介する事もなく。


 ……寧ろ、それを愉しげに眺めながら。

 ハンプティは運ばれていくエルフ達の死体を眺めつつ、四つん這いに這いつくばったままのエルフの背中に腰掛けた。


「うむ、良い座り心地なのである!やはり下等生物はこうして遊ぶに限るであるなぁ!」

「はい、その通りだと思います!」

「貴様らもいずれはアレの栄養としてやる故、楽しみにしているのである!」

「はい、私達は幸せです、ハンプティ様!」


 椅子のように扱われても尚、エルフの表情が笑顔から変わる事はない。

 自らの末路を述べられても、エルフの声色が喜悦から変わる事はない。


 そんな自らの作った――作り変えた道化の有様に、ハンプティは心底可笑しそうに嗤えば、元いた集落の方へ向けて笑顔のエルフ達を歩かせ始めた。


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